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異世界カルテット ~わがままに踊ります~  作者: たらいまわし
第七章 舞台にあらわれいでたるは
75/81

それは誰もが通る道 

「将軍、あれでは、またひどい噂を流されてしまいますよ?」




 サルファは呆れるようにいった。


 なにしろキリザのささやきで、武官たちのギラギラとした怒気は収まったが、その代わりにあらわれたのは、凄み満載の冷笑だ。

 見る側にしてみれば、質が変わっただけで、与えられる恐怖の量に変化はない。


 そしてそれを向けられるのは、自己陶酔も妄想もはなはだしい男だ。

 誰も求めていないのに、自ら総大将に喧嘩を売り、部下らの怒りを買い、自らの首を絞める――


 その自業自得の顛末を、プラークがいかに吹聴するかは、想像にやすい。

 キリザもわかっているはずだ。しかし、



「おう、そりゃ楽しみだな」



 キリザの声は明るかった。





 このときキリザは、一団と別れ、危険人物と二人になり、なんとか距離を取ろうと試みるも、その都度、気配を察した先導者に振り向かれ、心身を無駄に消耗させるだけになっている愚かな男――プラークを、にやにやと眺めていたのだった。


 彼がサルファに目を向けたのは、怯えの姿が建物の影にすっかり消えてしまってからだ。



「ま、わかってたが……玲ちゃん、上手く転がしたみたいだな?」

「ふふ、そのようですね」



 サルファも笑顔を返す。


 

「あいつ、もう、てめえが後見人になったみたいに思ってたな。俺を辞めさせる気、満々だ」



 と笑うキリザに、カーマベルクが強面を向けた。

 プラークの言葉通りにはならないと教えられ、さらに今の会話で、上席者たちには想定内だということがわかり安堵はしたものの、彼の中では不満と懸念がくすぶっている。



「ですが閣下、あのまま放置してよろしいのですか? 釘をさしておかないと、王城で何を振れ回るかしれませんよ?」

「いいんだよ、あれで」



 しかしキリザは取り合わない。



「騒ぎになります」

「だろうな。なあ?」

「ええ。それはもう、たいへんな騒ぎになるでしょうね」



 声を向けられたサルファが、こちらも笑顔で応える。



「ですがこれは、玲様のお考えになったことでしてね。こちらとしては、プラーク卿には、大いに勘違いして、大いに活動していただきたいんですよ。ですから、それを控えさせてしまうような真似はできません」

「しかし……」


 

 カーマベルクは納得できない。



「いいからあいつはほっとけ。王城は結構な騒ぎになるだろうが、こっちは折込済みだし、それだって長引くことはない。騒ぎは玲ちゃんたちが回収してくれる」

「御使い様が……ですか?」

「ああ――」



 怪訝な顔をするカーマベルクを見て、キリザが笑った。



「そっか。お前は行儀のいい玲ちゃんたちしか知らないんだったな。そういやまだ挨拶くらいしかしてねえだろ?」

「はい」

「それじゃあ、わからねえよな。まあ、ほっといてもその内、いやでも知ることになるだろうが……。その前に、ちっとばかし教えといてやるか。新人もいることだしな」



 という総大将の声は、ことのほか明るく、面も声と同じで笑っていたが、どちらも、よくない類のものだった。






◇  ◇  ◇  ◇






 回廊で、キリザが玲たち四人のことを、嬉々として語っているころ――



「あの……元気出してください」

「わたしたち、本当に怒ってませんから」

「……ありがとうございます」



 結衣とみちるは、美しい彫刻が施された扉の前で、大臣たちをなぐさめていた。






 面談は終了した。


 緊張続きの場から開放された結衣とみちるは、達成感と開放感でいっぱいだった。

 玲から課せられた任務は、つつがなくやり終えた。


 さすがに満点とは言いがたい。それでも失敗はしなかった。それだけで充分だ。自分たちにしたら上出来だ――と満足していた二人は、足取り軽く自室に向かおうとした……のだが、大臣たちを見て、足を止めた。



 大臣たちは死に体だった。

 そんな姿を見ては、放ってはおけない。なにせ、大臣たちがこうなってしまったのには、自分たちのことが、大いに関係している。


 何もしなかった――

 できなかった――


 というだけで、『そこまで責めますか?! 玲さん』と心の中で突っ込んでいたくらい、玲は大臣たちを責めていた。



『いっておきますけど、大臣職を辞そう――などと、思わないでくださいね? 謙虚なのは結構ですが、わたしたちからすれば、職を辞すなど、とんでもない。そんなものは、逃げ(・・)でしかありません。一番ラクで卑怯な方法です。そう、わたしたちは考えますからね。仕事での失敗は、どうぞ、仕事で取り戻してください』



 何か個人的な恨みでもあるのかと思うほどに、残った大臣たちには厳しかった。

 そればかりではない。



『プラークさんのこと、不思議に思われたでしょう? ですがこれには目的がありましてね。大、掃、除……』

『……』

『わたしたちの住み良いように、大掃除をしようかと思いましてね。ちまちま片付けていては、きりがありませんからね。こう見えて、わたしたち、とっても忙しいんですよ。つまらない相手や、つまらないことにかける時間はないんです。たとえあっても、使うつもりはさらさらありませんしね? ふふ……プラークさんは、どなたに声をかけるでしょうね? できれば掃除は一度で済ませてしまいたいので、プラークさんにはがんばってもらって、なるべくたくさんのお友達を集めていただきたいですね。ああ、皆さんのご親戚が入ってないといいですね?』



 玲は己の企みを朗らかに披露し、それを聞かされた大臣たちは、紙粘土のように白く固くなっていた。

 

 極めつけは、最後だった。

 玲は、一冊の冊子を取り上げ、大臣たちに見せた。



『これを、読んでおいてください』

『……それは?』

『村瀬さんと中尾さんの王城での生活を聞き取り、記録したものです。皆さん、ご存知無いでしょう? 知っていれば、二人が御使い様だとわかった時点で、彼女たちに謝罪していたでしょうからね』

『……』

『どうぞ、想像力を働かせて読んでくださいね。皆さんにも、お子さんやお孫さん――愛おしい存在が、いらっしゃいますよね?』



 にこやかに、大臣たちを地に沈めた玲は、



『以上です。ご苦労様でした。リグリエータさん、大臣の皆さんをお送りしてください。ヤーヴェさんは村瀬さんと中尾さんを。ウード先生は……お疲れのところ申し訳ありませんが、ご相談したいことがありますので、残ってください。すぐ済みます』



 言い渡したのだった。

 厳しい声に、皆、従った。



 退出組の結衣とみちるは、大臣たちとともに、速やかに部屋を出た。ウードのことは少々気がかりながらも、心は軽かった。しかし、大臣たちはそうではない。

 城の出口までたどり着けるのか――と心配になるほど、彼らは疲弊している。



「帰ったら、あったかいお茶でも飲んでください」

「あと、おいしいものとか、甘いものとか食べてください。お腹いっぱいになったら、また、元気も出てきますよ」



 言い訳のひとつも言わず、ただ黙って責めを受けていた善良な大臣たちの気持ちを、ちょっとでも持ち上げようと、結衣とみちるは精一杯励ました。



「ほんとは、お茶だけでも皆さんにご馳走したいんですけど……」

「あ、それいいねえ、結衣ちゃん」

「駄目だよ、ちるちゃん。そんな勝手はできないし、連絡無しに大勢連れて戻ったら、コシマさんとリシェさんがびっくりするし、お茶の用意だってたいへんじゃない」

「そっか……そだね」

「でしょ? それに、勉強だってたくさん残ってるし」

「……」



 勉強と聞いて、途端に顔を歪めたみちるを見て、ロメルが微笑んだ。



「結衣様、みちる様、ありがとうございます。そのお気持ちだけで我らには十分です。元気をいただきました」

「そうですか?」

「ええ」



 ロメルが頷くのと一緒に、他の大臣たちも頷き、「ありがとうございます」「お心遣い感謝いたします」と、口々にいう。



「よかった」



 大臣たちの微笑がはかないながらも無理に作ったものでないとわかり安堵した結衣は、みちると笑顔を見合わせると、続けた。



「玲さん、今日は皆さんにすごく厳しかったですけど、それは多分、皆さんに、がんばってもらいたいからなんだと思います。ね? ちるちゃん」

「うん。大事だから怒るんだって、それをちゃんと理解できる相手だから、いうんだって、うちのじいちゃん――じゃなくて、えーと、わたしの祖父は、わたしを叱るとき、いつもそういってましたよ」

「玲さんは、皆さんに期待してるんだと思います。ほんとに駄目な人だったら、大臣を続けろ、なんて、絶対いいませんよ」

「そうそう。給料泥棒! 即効辞めろ! ってなるよね?」

「うん」

「ありがとうございます……何のお役にも立てませんでしたのに」

「そんな……」



 結衣とみちるが考える以上に傷が深いのか、人が良いのか、大臣たちはまた、頭と気持ちを下げてしまう。



「もう。あのときのことは、本当にもういいんですよ」



 呆れたみちるは、怒ったようにいった。



「仕方ないって、玲さんだっていってたじゃないですか。わたしたちだって、そう思ってます。わたしたちがもういい、っていってるんですから、そういうことにしといてください。皆さんには怒ってません。プラークさんには、すっごい怒ってますけどね」



 最後にぐぐっと眉間を寄せた。

 


「ひとのこと、みすぼらしいとか田舎者とか……」



 そのときの怒りを思い出したみちるは、本気で怒り出した。



「貶すようなことばっかりいって。貴族だから凄いんですか? 都会で綺麗な格好してるから凄いんですか? 向こうで、都会派の侍女さんたちにもお世話になりましたけど、コシマさんとリシェさんの方が、見かけも中味もずーっと、ずーっと上ですよ」

「ちるちゃん、それはプラークさんにいわないと」

「……」



 みちるの怒りに水を差して薄めた結衣は、大臣たちに顔を向けた。



「ミレアさんも、侍女のコシマさんとリシェさんも、わたしたちにすごく良くしてくれるんです。先生だって、わたしたちの傍にいたって何の得もなかったのに、ずっと傍にいてくれて、わたしたちを助けてくれたんです」

「何にも知らないくせに……どうしてあんなことがいえるんだろ。ほんと腹立つ。先生は、汚名をそそごうとか、偉くなろうとか、そんなこと、ぜんっぜん思ってませんから」

「ちるちゃん、そんな喧嘩腰にいわなくても……。ここにいる大臣さんたちは、わかってくれてるよ。そうですよね?」

「はい」



 顔を向けられたロメルが、頷いた。



「ウード殿がそのようなお方でないことは、承知しております。結衣様とみちる様が、ウード殿に格別の信頼をお寄せになっていらっしゃるのも、今日の席でよくわかりました」

「ほら」

「うん」



 結衣とみちるは笑顔を見合わせる。



「よかった」

「うん、よかった。いいひとたちだ」

「うん」



 と、二人が満面の笑みで頷き合っていると、



「結衣様、みちる様」



 声を掛けられた。



「そろそろ戻られた方がいいんじゃないですか? 俺もそうですが、お二人も、やることが山ほどあるはずです」

「……」

「……」


 

 淡々とした声に、二人ははっとした。と思うとすぐに真顔になった。



「戻ろう、ちるちゃん」

「うん」



 頷き合った後の二人の行動は、早かった。



「それじゃあ皆さん、さようなら」

「さよなら。お茶とお菓子、たくさん食べてくださいね」



 言うが早いか、大臣たちからくるりと背を向け歩き出す。

 その後を、ヤーヴェが追う。



「そうお急ぎにならなくても大丈夫ですよ」

「だってヤーヴェさん、今日はぜんぜん進んでないんですよ?」

「でも結衣ちゃん、今日はしょうがないじゃん。それに、候補者はすっごい進んだから、大丈夫」

「勉強の方はぜんぜんだよ? ちるちゃん、昨日先生に言われたやつ、暗記した?」

「……まだ」

「先生が戻ったら、絶対テストされるよ?」

「急いで戻ろう、結衣ちゃん。あ、ヤーヴェさん、ちょうどよかった。ヤーヴェさんにお願いがあるんです」

「はい、なんなりと」

「ガウバルトさん、今日休みだっていってたんで、絶対部屋にいると思うんですよ。ヤーヴェさんが帰るとき、ついでに持って帰ってくれませんか? シャルナーゼさんは静かだから、まだいいんですけど、ガウバルトさんは、ほんとうるさいんで」

「ぶっ……承知しました」


「……」

「……」



 大臣たちは、急ぎ足で遠ざかる二つの小さな後姿を見送った。

 その面は、一方的な別れを突如告げられたときの、驚きの形で固まったままだ。

 その大臣たちの固まりを、



「皆様も、どうぞ」



 熱の無い声がするりと解いた。

 





◇  ◇  ◇  ◇    






「スライディールの皆様は、お姿どおりの方々ではありません。美しい方たちですが、美しいだけではありません。お心もお身体も、信じられないほどお強くていらっしゃるんですよ」

「しかも聡い」

「そのような方たちですでからね。誰かに守られ、与えられる――ということを良しとされません。座して待つ――そのようなこともされません。欲しいものは、自らの手で獲りに行く――そういう方たちなんですよ」

「……はあ」



 実態を知らない男たち――カーマベルクとリゾンに教え授けてくれる親切な人は、いつの間にやら二人に増えていた。

 


「玲様は、将来の妨げ、邪魔になるものを排除しようとお考えでしてね。皆様のお姿から、皆様の実態を想像できるものはおりません。美しさに惹かれ、皆様のお傍に近付こう、関わろうとする人間が大勢出てきます。中には純粋に、お役に立ちたい――というものもいるでしょうが、大半は、利を求めてのことでしょう。多くの人間が、皆様のお傍に侍る機会を得ようと動きます。機会をうかがうだけならまだしも、それ以上のことを狙い企み、実行に移す――そんな輩が、いつ出てくるかしれません」

「その前に、そういった連中を叩く。それも、こてんぱんにな」



 阿吽の呼吸で、語り手が代わる。



「玲ちゃんがプラークに良い顔をするのは、馬鹿に躍らされる馬鹿を釣り上げたいからだ。それなりの頭で、それなりの忠誠心を持ってりゃ、プラークみたいな馬鹿の口車には乗らねえさ。馬鹿の口車に乗るのは、てめえの欲しか考えない馬鹿だ。ただの馬鹿でもいらねえってのに、欲度しい馬鹿なんて、そんなもん、いてもしょうがねえだろ? だから、そういった連中をまとめて叩く――と、どうなる?」



 総大将はご機嫌な顔を向けてくる。

 しかしカーマベルクは黙っていた。


 ここで、『驚きます』などと、自分の気持ちを正直に言おうものなら、『阿呆!』とどやされる。

 総大将は教えたいだけで、答えはもとめていないのだ。


 カーマベルクのその推測は正しく、キリザはすぐに話し出した。



「奴らを叩くのは、俺らじゃねえ。玲ちゃんだ。元々容赦はねえし、相手はいない方がマシって奴らばっかりだから、玲ちゃんは、そりゃもう手加減なしでやるぜ。見かけは人形みたいに綺麗な嬢ちゃんだ。笑って座ってんのが似合いの嬢ちゃんに、いきなり、それも思いっきり叩かれてみろ。目も夢も、一気に覚めるってもんだろ?」



 いいながら凄みのある笑みを浮かべる――と、またも滑らかに舌を動かした。



「邪まなことを考えてる連中の意気も、それで大方挫けるだろうさ。ついでに、これまでなーんもしなかった連中も、ビビらせる。のほほんと過ごしてるだけで、おこぼれに預かるなんざ、とんでもない。相応の思いはしてもらうし、使わせてももらう――って、玲ちゃんはいってたな。ほんと玲ちゃんは容赦ないぜ。ま、容赦ないのは、玲ちゃんばっかりじゃねえけどな」

「……」



 カーマベルクは引いた。

 内容もそうだが、キリザの笑みがそうさせた。



「皆様、基本お優しいのですが、お厳しいところもありましてね」

「お前、それ逆だろ。基本厳しいんだよ、あの四人は」

「ああ、そうかもしれませんね」



 聞かされる側には恐ろしいばかりの話を、キリザとサルファは嬉々として話す。



「……」

「心配すんな、ベルク。四人の中でも玲ちゃんは優しい方だ。ま、それも、相手や状況次第だけどな……」


 

 キリザは悪い笑みで、脅すようにいう。



 結局何がしたいのか――



 カーマベルクはキリザの笑顔を見ながらそう思った。

 心配するなといっておいて、すぐさま不安に陥れようとする。しかも楽しげに。


 頼りない笹舟に息を吹きかけ、くるくる回る様を見て楽しむ。

 悪戯な神か悪魔の如き所業は、上に立つもの――というより、まず人としてどうなのか? と思うが、それが軍神といわれるキリザの持ち味であり、長所であり、短所であり、余裕の証でもあった。

 饒舌であればあるほど、朗らかになればなるほど、その度合いは高くなる。


 事態は、上層部の思い通り――あるいはそれ以上に順調に推移しているのだろう。しかしやられる側、余裕の余波をかぶる人間は、たまったものではない。


 複雑な心境のカーマベルクの前で、部下の気持ちを上下左右に揺さぶった総大将が、ふいに顔を横向けた。



「そういやあいつら、まだやられてんのかな?」

「どうでしょう」



 楽しげな声に、サルファが笑みを返す。

 笑顔を向け合う上席者たちの前で、カーマベルクは先から寄せたっきりになっている眉根を、さらに寄せた。



 あいつら――というのが、プラーク以外の大臣を指しているのは、カーマベルクもわかっている。

 しかし、仮にも大臣。グレン、サルファ、二人の前で、その存在がすっかり霞んでいても、彼らもそれなりに経験実績を積んでいる。比較される対象が出来すぎるというだけで、王城に出入りしているピンからキリの貴族の中では、人柄、能力ともに上等の部類に入る人たちだ。


 そんな大人相手に、御使い様とはいえ、こちらに来てまだ間なしの異界の娘が、どう『やる』というのか――



 考えていると、キリザと目が合った。

 


「わかんねえって面してんな」 

「それは仕方ないでしょう」

「まあな。実際、手前がやられるか、やられてる奴を見ないことには、わかんねえよなあ」

「……」


 

 恐ろしい笑顔と内容に、カーマベルクは身動きできなくなった。


 蛇に睨まれた蛙状態になっているカーマベルクの前で、美麗な笑みを浮かべていた副宰相が、小さく視線を動かした。

 


「将軍、噂をすれば……ですよ」

「……来たか」




 総大将キリザの、すでに上がっている口角の片端が、ゆっくりと持ち上がった。






◇  ◇  ◇  ◇






 見えない拘束を解かれたカーマベルクは、すぐに上席者たちの視線を追った。

 視線の先にいたのは、やはり、大臣たちだった。


 しかし姿を認識した瞬間、カーマベルクは目を眇めた。

 入城から、さして時間も経っていないというのに、大臣たちの様子が遠目でもわかるほどに変わっている。

 力がない。というより、生気がない。足取りも、見えない枷でもつけられているのかと思うほどに重い。



「……」



 カーマベルクの背筋を、経験したことのないぞわぞわが、尾てい骨のあたりからじわじわと這い上がってくる。




 どんよりとした空気を纏う一行が、カーマベルクの背中の悪寒と同じ速度で近付いてきた。

 


「おう、ご苦労さん」



 まだ距離があるというのに、待ちきれないのかキリザが声を投げた。

 陽気な声だ。

 普通なら、声をかけるのすらためらうところだが、色んな意味で、総大将は普通ではない。 



 対して、大臣たちは、顔を上げるのがやっとのようだった。

 牛の歩みでキリザ、サルファ――上位者らの前までやってくる。と、大臣たちは足を止めた。それと同時に、大臣たちを先導していたリグリエータが無言で脇に退く。



 カーマベルクは迷うことなく、キリザの側近に目を移した。


 リグリエータは態度やものいいから、冷たく、他者を受け付けないような印象を持たれがちだが、それは外見ばかりのことで、実際はそうではない。できる男にありがちな傲慢さはなく、狭量、狭窄――そうした部分もない。人にも事にも柔軟に、過不足なく対応し、対処する。


 そんな総大将の側近を、頼りにするものは多かった。カーマベルクのような、将軍の傍にいる高位の武官たちは、特にそうだった。



 なにしろ彼らが頂く大将は、豪快であるがゆえか、ただ単に面倒くさいのか――何の説明、理由も無しに、結果や決定だけを、どん、と男たちの前に置くことがある。さすがに将軍たちには事前に説明しているだろうが、それ以外のものには寝耳に水、のようなことも多い。


 それは各自、己が仕える将軍に聞けばいいのだろうが、皆が皆、教えてくれるわけではない。将軍の性格もあれば、事にもよる。中でもカーマベルクが仕えるルゼーは口数が少なく、そのあたりのことはまったくといっていいほど教えてくれない。


 剣を振るうしか能のない人間が、武官の上地位に付けるわけはないのだが、だれもがキリザやルゼーほど、頭が切れるわけではない。そこを補ってくれるのが、リグリエータだった。必要だと判断すれば、それだけの情報をくれる。さすがに、懇切丁寧というには程遠く、何から何まで、というわけではないが、訊ねれば、嫌な顔もせず教えてくれる。


 多くのものを求め課せられる、カーマベルクのような中間管理職にとって、リグリエータは頼みの綱であり、安定剤のような存在だ。



 そしてカーマベルクは、今まさに、安定を欠いている。



 後で少々教えてもらいたい――



 内なる思いを、リグリエータに目で伝えようとしたのだが……。

 残念なことに、目は合わなかった。

 このとき総大将の側近は、あろうことか、自身の主にガンを飛ばしていた。





◇  ◇  ◇  ◇





 カーマベルクは息を呑んだ。


 呆れ果てたようなものは過去に何度か見たことがあるが、これほどはっきりとした、怒りなのか何なのか――負の感情のこもった目をぶつけるのを見るのは初めてだ。


 リグリエータの炯炯とした目に、カーマベルクが心の中で二歩も三歩も後退りしているというのに、それを向けられるキリザの横顔は笑顔のままで、サルファにいたっては肩を震わせている。

 


「……」



 まったくわけがわからないカーマベルクの前で、上位者たちと向き合う形になった大臣たちが、二人に向かって頭を下げた。

 静々と頭を下げ、静々と頭を起こす。



「ご苦労様でした」



 言葉の前に、小さな咳払いで笑いを飛ばしたサルファが、柔らかな声で労う。

 それに応じようとロメルが動く。その前に、キリザが口を開いた。



「ひどくやられたみたいだな、大丈夫か?」

「……はい、おかげさまで」

「……」



 見るからに大丈夫ではない。

 というのに、そう答えてしまうのは、習い性か、彼らのさがか――  

 それもわからないほどに、疲れきっているということか――

 

 カーマベルクが推量していると、



「大丈夫じゃねえな」



 キリザが断じた。



「そのようですね。皆さん、今日はこのまままっすぐお帰りになって、ゆっくり休んでください」

「ですが……」

「報告は必要ありません。今日のことは、玲様から事前に聞かされていますし、実際どうだったか、詳しいことはこれからお聞きすることになっています。ですが……驚かれたでしょう?」

「……はい」

「そりゃ驚くよな。でも誰もが通る道だ。俺らだって、どんだけ驚かされてるか……思い出したらきりがないくらいだぜ。あんたらの場合は、俺らと違って、寿命の縮む思いをさせられただろうが、ま、こればっかりは仕方ねえ。命をとられることはないから心配すんな」



 と明るく言ったキリザは、笑顔を真顔に変えた。 



「それに、後見人から何から総取っ替えになるかもしれねえって話になるのは、俺らも知ってる」



 それを聞いた大臣たちの面に、ようやく、わずかだが生気が戻った。



「ああ……」

「そうでしたか……」

「よかった」



 胸のつかえが取れたのか、大臣たちは口々に安堵の声と息を落とす。



「玲ちゃんは人を驚かせるのが大好きでな。でもなぁ、俺まで代えるって話はなかったんだが……玲ちゃんがそういったのか?」

「いえ……」

「そのような話はございませんでしたが……」



 怪訝の顔を並べる大臣たちに、キリザは教えた。



「いやな、さっきプラークに遭ってな。近々総大将を辞めさせられることになるだろうから、身辺整理しとけっていわれたんだよ」

「なんと……」

「そのようなことを?」

「あの愚か者が……」



 驚き憤る同僚たちの声を背に、



「閣下、そのようなお話はございませんでした」



 ロメルが静かに話し出した。



「――玲様がおっしゃられましたのは、といいますか、プラークが求めたのは、後見人とお身の回りのもの、それと…………伴侶の再考でして、玲様は、それを了承されました」

「やっぱりか、あの野郎……」



 キリザが声を捻じ曲げていると、



「あの……閣下、皆様、このことはご存知なのですよね?」



 恐る恐るいう声に、引き戻された。

 見れば、大臣たちは驚いており、その目はキリザではなく、カーマベルクに釘付けになっている。



「ああ、こいつは知らないんだよ。なんせ、出入りしてまだ間なしだからな」



 と大臣たちに明るく答えたキリザは、次にカーマベルクを怒鳴り付けた。



「なんて顔してやがんだ! お前、俺の話聞いてなかったのか!!」

「しかし、伴侶までというのは、さすがに――」



 伴侶は初耳だったカーマベルクは、目に怒りをたたえたまま、しかし声だけは絞って訴えた。伴侶や側近たち――彼らの心情を思えば、自然そうなる。



「阿呆。総替えっつったら、御使い様に関わるのは全部っつうことだろうが。肝心要の伴侶だけがそのままなわけねえだろ。それだって、本当に代わるわけじゃねえ。いちいちびっくりするんじゃねえよ! 見ろ。こいつらだれも、びっくりなんてしてねえだろが」



 いわれて後ろを振り返れば、キリザのいうとおり、新任のリゾンを除けば、だれも驚いていなかった。



「わかったか」

「……」



 厳しい声に、カーマベルクは無言で頷く。その間に、キリザの視線がカーマベルクの後背――奥へ飛んだ。

 鋭い視線は、驚くどころか動揺すらしていない四人の伴侶、ではなく、同様にたたずんでいる側近たちの上で止まった。



「お前ら、知ってたのか?」



 意外とばかりに訊く声に、



「いえ」

「存じません」



 ジリアンとバルキウスが速やかに応じる。

 真顔で首を横にした二人だった。が、次の瞬間には笑顔になり、笑みながら、二人ははっきりと答えた。



「存じませんが……」

「伴侶が代わるなど、ありえませんから」

「ふふ……そうか」



 自信に満ちた答えに小さく笑ったキリザは、カーマベルクに視線を戻した。



「っつうわけだ。伴侶は代わらねえ。後見人もな。もちろん俺もだ。わかったな?」

「はい」

「よーし、じゃあ行ってこい」

「はい?」

「はい? じゃねえよ。お前……俺が何のために懇切丁寧に、四人のことを教えてやったと思ってんだ?! お前のためじゃねえぞ!!」

「……」

「ああ、ご自分のためでしたか」


 

 声を失うカーマベルクの前で、サルファが笑う。



「ったり前だ!!」



 吠えるキリザの傍らで、「どうしたんです?」リグリエータが呆れ声でサルファに訊ねた。



「ウルーバル将軍とエルーシル副将軍のお二人が、入城されましてね」

「ああ……」



 納得の声を落とすと、リグリエータは主に目を向けた。



「怒られればいいんですよ、良子様に」

「リグ、てめえ……」

「ふん」



 リグリエータは鼻を鳴らしてそっぽを向く。その一方で、



「すぐに探してまいります」 



 ようやく色々わかったカーマベルクがかしこまった。



「そうしろ。おい、ジル、バルキウス。お前らはベルクを手伝ってやれ」

「はい」

「はい」

「シャルナーゼ、お前もだ。鞍は持ってっていいぞ」

「承知しました」

「それから新人」

「は、はいっ!」

「お前はリグと交代だ。大臣たちを出口まで送ってやれ。セリカ、お前はその付き添いだ」

「はい」

 


 側近護衛に指示を飛ばしたキリザは、最後に大臣たちに向き合った。



「ご苦労だった。今日は帰ってゆっくり休んでくれ。なあに、何も心配はいらねえ。あんたらは、俺が良子ちゃんに叱られないことだけを、祈っといてくれ」






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