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異世界カルテット ~わがままに踊ります~  作者: たらいまわし
第七章 舞台にあらわれいでたるは
74/81

試練は続くよ、もうちょっと 

 労わるような声に、男たちは顔を上げた。

 しかし、目の前にあったのは、



 たった今の声を放ったのは、本当にこの人物か――



 声音からは、とても想像できない面だった。

 




◇  ◇  ◇  ◇





 玲は早々に、愛想の仮面を外していた。

 先の仮面はプラークを踊らせるためだけに乗っけていたのだから、対象者が退出した今、それ(愛想)はもう必要ない。



「ふ」



 すでに次なる仮面をかぶっていた玲は、微笑を作った。

 あるかなかきかの微笑で、次なる仮面――『冷徹』を際立たせる。と、それを前に向けた。



 ここからの時間こそが、真の試練である――



 ということを、わかりやすくお伝えしたわけだが……相手がそれを、正しく理解したかどうかはわからない。

 だが、玲の変容を見た大臣たちは、綺麗に固まった。


 一応の目的――第二幕の幕開けを知らせる、と同時に必要な空気を作った玲は、すぐにその笑みをしまった。





◇  ◇  ◇  ◇





「皆さんの中に、プラークさんに同調する方がいらっしゃらなかったのは、重畳でした」

「……」

「……」



 固まった大臣たちが、それを聞いてさらに固まる。

 淡々としながら冷気を帯びた声を聞かされ、さらにその目を見てしまえば、そうなるのも当然だった。

 

 口元を緩め、再び薄笑みを作る――と、玲は矢継ぎ早に問いかけた。



「わたしたちが、今の生活に不満を感じているように見えますか?」

「不当に扱われていると思いますか?」

「わたしたちが、プラークさんを好ましく思っているように見えますか?」



 強い声に、自然と背筋を伸ばした大臣たちは、すべての問いに対して首を横にした。



「その通りです。わたしたちは現状にたいへん満足しています。後見人を代えるなど、考えたこともありません」

「ならば……なぜ? 後見人の再考をするなどと?」



 声を押し出すようにしていうアビアに、



「なぜ?」



 不敵に笑った玲は、視線を横に滑らせた。



「リグリエータさん、どうぞ、皆さんに教えてさし上げてください」



 その声に、それまで『まったくの傍観者』を決め込んでいたリグリエータが反応した。

 壁に向けていた顔を正面に戻し、深いため息をつく。と、リグリエータは憮然とした様子のまま、言った。



「……悪いお方ではありませんが、玲様はお人が悪いので」



 ヤーヴェがふきだした。




 

◇  ◇  ◇  ◇





 空気が変わった。



「リグリエータさん、完 璧 です」

「そうですか」

「ヤーヴェさんは、笑いすぎですよ?」

「すみません」



 玲が、両脇に立つ、両極端な様子の側近たちに声をかける。

 その短い会話のはざまで、三人の御使い様――瑠衣、良子、玲於奈が視線を交わす。


 くだけたやりとり。自然な笑み。

 大臣たちは初めて見る光景に、目を奪われた。

 


 しかし、和やかな空気が流れているのは、長机の向こう側だけだった。

 




◇  ◇  ◇  ◇





「わたしはひとが悪いんです」



 和やかな空気を作り出し、その中心にいる人物――玲が立ちはだかった。


 口調はしごく穏やかだ。声音にも険はない。面も笑んでいる。

 しかし整った面にある笑みは、側近たちに向けたものとは別物だった。



「そればかりでなく、物覚えも頭の回転もたいへん良くてですね。どうでもいいことはもちろん、印象深い出来事は、まざまざと脳裏に蘇えらせることができるんです。こちらに来たときのことなどは、それこそ昨日のことのように鮮明に思い出せます。そうそう、あのとき皆さんは、どちらに? わたしたちのことは、どのようにお聞きになって、どのような行動を?」



 明るく訊ねた玲は、次の瞬間、大臣たちの臓腑を容赦なく締め上げた。


 

「ああ、答えていただかなくて結構ですよ。皆さんが何もしなかったのは、知ってますから」

「……」

「……」



 大臣たちの面から、みるみる血の気が引いていく。



「そのことで、必要以上に皆さんを責めるつもりはありません」



 青ざめる様を見つめながら、玲は続ける。 

 


「終わったことですし、いまさらそれを蒸し返したところで、どうにもなりません。それに、皆さんの行動も、多少は理解できますからね。皆さんとの関わりは、まず、こちらが望んで避けていましたし、サルファさんやキリザさんが関与していれば大丈夫だろう――そう、皆さんが判断して、わたしたちのことに手も口も出さなかったのはわかります」



 と、一応の理解を示す。



「ですが……ホレイスさんの行いにも、皆さんは何もしませんでしたね。まあ、それだって、わからないでもないんです。ホレイスさんはたいそうな力をお持ちのようですから、下手に彼を刺激して恨みを買うのは、色々なものを背負っている皆さんには、避けたい事柄でしょう。スライディールの御使い様は化け物。まともな御使い様は、ホレイスさんの手中にあって、彼の甥であるハイラル王子が王太子になるのは時間の問題――そんな状況下で、彼に楯突くことは、逆に、無謀といっていいでしょう。趨勢がわかるからこそ、動けない。しかも、文官のトップであるグレンさんが動かず、その真意も明らかにされずでは、皆さんの立場では、どうしようもありませんよね? でも……グレンさんやサルファさんに、意見とまではいいませんが、様子を訊ねるくらいはできたんじゃないですか? それすらしなかったのは、どういうわけでしょう? 大臣という重職に就いているのに事なかれ? 他人任せ? いったいどういう方たちなのかと、わたしたちが疑問に思うのも、仕方ないと思うんですが……」



 口調は穏やかに、しかし確実に急所を攻めてくる玲に、大臣たちは速やかに白旗を上げた。



「申し訳ございませんでした。返す言葉もございません」



 代表して謝罪するロメルに、



「謝る相手が違いますね」



 玲は冷淡にいうと、視線を滑らせた。



「おわかりですよね。ご紹介しましょう。皆さんから向かって右が村瀬 結衣さん、左が中尾 みちるさん、こちらに移った王城の御使い様たちです」





◇  ◇  ◇  ◇





 ごきゅ――



 玲から紹介された結衣とみちるは、音を立てて唾を飲み込んだ。


 ぼうっとしていたわけではない。

 違うところに目を向けていた――わけでもない。大臣たちはおしなべて、地味だ。容姿も装いも、どちらもとっても控え目だ。ひとり、悪目立ちしていた人物もいたが、それは出て行った。


 残った人は皆、品の良いおじ様、おじい様といった感じだから、『ほうほう、さすがは高位貴族』と感心するくらいで、目を奪われることはない。

 それに、この場のどこかで自分たちが紹介されることはわかっていたから、話だってちゃんと聞いていた。


 しかし、話の途中、しかも、こんな厳しい流れのところで紹介されると思ってなかった二人は焦った。

 思いがけない上に、結衣とみちるは四人のように、見られることにも慣れていない。授業であてられただけでも緊張するくらいだ。


 いきなり振られ、注目され、もう充分あわあわしている二人の前で、さらに動揺する事態が起こる。




「まことに申し訳ございませんでした」



 大臣たちが一斉に立ち上がり、二人に向けて、腰を折ったのだった。



「え?」

「え?」


 深々と頭を下げられた結衣とみちるはうろたえた。


「そんな……」

「いやいやいや、いいですよ?」

「そうですよ。ぜんぜん怒ってませんよ? わたしたち」

「ぜんっぜんです」


 

 ちょっと前は、確かに、とてつもなく怒っていた。だがそれは、今ここで頭を下げている人たちに、ではない。

 二人の怒りは、ミレアらを侮辱し、何の見返りも求めず自分たちのために傍にいてくれているウードをこれ以上無い言葉と態度で辱め、ついでにいえば、自分たちをみすぼらしいといった男――プラークに対してだ。


 それを諌め、時に叱り飛ばしてくれた大臣たちには、『わたしたちの代わりにありがとう!』と感謝こそすれ、怒りなど、ひとかけらたりとも抱いてない。

 だから自然に言葉が出た。



「ほんとです。ほんとに怒ってませんから」

「ほんとぜんぜんです。だからそれは止めてください」



 深く頭を下げる大臣たちに、結衣とみちるは懇願するように訴える。

 しかし、自分たちの行いを心から恥じ、悔いている大臣たちは、一向に頭を上げようとしない。



「ふふ」



 その様子を、友人たちとともに眺めていた玲が笑った。



「優しい御使い様たちで、良かったですね?」



 でも、わたしたちはそうじゃありませんよ――


 余韻でそう響かせる玲の声は、一瞬のうちに空気を凍らせ、なかなか上げようとしない大臣たちの頭を、いともをたやすく上げさせた。

 




◇  ◇  ◇  ◇





「……」

「……」



 大臣たちはゆっくり上体を起こした。

 彼らが直立しながら寒気に包まれている間に、周囲が動く。

 


「先生」

「よう堪えたの」

「ほんと、すんごいがんばりましたよ」



 結衣とみちるが側近たちに誘導され、ウードの隣に落ち着いた。

 


「おぬしらが飛びかかかるのではないかと、気が気でなかったぞ」

「ちゃあんと耐えました」

「ぷるぷるしてたよ? ちるちゃん」



 表情柔らかく小声を交わす三人の様子に、思わず目元を緩めた大臣たちだった。が、



「村瀬さん、中尾さん、ご苦労様。先生と一緒に、もうちょっとだけ、そこで待っててね。皆さんは……座ってください」



 強い声に引き戻され、



「もう少しだけ、お付き合いくださいね」


 

 全身を緊張させた。





◇  ◇  ◇  ◇





 玲劇場第二幕――が佳境を迎えようとしているとき、伴侶一向がスライディールの城外に到着した。

 警護の人間たちが礼の姿勢をとり、城内からも人がでてくる。

 馬から下り、手綱を預けたキリザが、迎えに出てきたルゼーの一の部下、カーマベルクに笑みを向けた。



「おう、ベルク。だれか出てきたか?」

「いえ、まだどなたもお戻りになりません」

「ふうん、そうか」



 口元をにやけさせながらキリザがひとりごちている間に、カーマベルクが上席者らに目礼をし、その部下たちが、到着した男たちの馬を預かる。



「ふふ、ぎゅうぎゅうにやられてんのかな? なあ?」

「どなたも出てこられていないということは、まだじゃありませんか?」



 キリザの隣に下り立ったサルファがふんわり笑う。



「そうだな。ってことはこれからか……サルファ、ちょっと見に行くか」

「馬鹿をおっしゃらないでください。今日の面談には、顔を出さない約束ですよ?」

「ちぇ」

「おとなしく広間に行ってください」



 というゆるい会話の後方で、



「シャルナーゼ、鞍なんか外してどうするんだい?!」



 穏やかならざる声がした。



「お気になさらず、どうぞ先に行ってください」

「行けないよ!」



 筆頭軍師とその護衛が、着くなり、ここでもやり始めた。



「駄目だよ、そんなのもの。置いていくんだ」



 厳しいアリアロスの声。

 そんな彼らから、ソルジェやレイヒ――伴侶仲間ばかりか、側近たちまでもが、顔を背けるようにしている。



「……」

「……」



 見たことのない光景に、カーマベルクとその部下たちが気を取られていると、キリザの声が飛んできた。



「ああ、もういいから、そいつらはほっとけ! 行くぞ!! おい、お前ら。あいつらが来る前に、城門下ろしとけ」

「え?」



 通りすがりに命じられた男たちが、驚きの声を上げる。

 総大将が『あいつら』とあごで指したのは、筆頭軍師とその護衛だ。



「……」

「……」



 男たちは困った。

 彼らにとって、総大将キリザは神に近い存在だ。その命令は絶対だ。だが、今のは即行動に移せない。後で、ルゼーから叱責を受けるのが確実な、厄介な命令だ。


 とんでもない命令に立ち尽くす男たち――に、レイヒがささやいた。



「城門を下ろすのは、もちろん、伴侶であるアリアロス軍師が入城されてからですよ」



 男たちは胸を撫で下ろし、微笑を残して去る新将軍に深く頭を下げた。



 


◇  ◇  ◇  ◇





「ったく、あいつら……」



 キリザは、一団からやや離れてついて来る主従を肩越しに見た。


 少々遅れはしたものの、筆頭軍師主従は無事、入城を果たしていた。

 いらぬ騒ぎを起こし、周囲に迷惑をかけたことを恥じているのか、反省しているのか、アリアロスは申し訳なさそうについてくる。


 一方、護衛のシャルナーゼは、面をしゃんと上げ、堂々且つ悠々とした歩みで、しんがりを務めていた。

 意図してやっているのか、自然体か――

 いずれにせよ、その姿は平素となんら変わりない。そして片手には、きっちり鞍をぶら下げていた。



「ほんと、どっちが上かわかんねえな」 

「まあ、それは以前からいわれてますけどね」



 キリザとサルファは、言葉を交わしながら、歩き慣れた回廊を進む。


 男たちは、先頭を行く上席者らの邪魔をしないよう、二人から少しばかり距離を置いて従っていた。

 と突然、カーマベルクが強面をソルジェに向けてきた。



「殿下……」

「なんだ?」


 

 不意の呼びかけに、ソルジェは応じた。


 軍の人間でも、ほとんどのものは立場的なこともあって、ソルジェを遠巻きにする。だが、カーマベルクはそうではなかった。彼は、第一王子にも臆せず向き合うことのできる、稀少派のひとりだった。


 なぜなら、彼は高位武官である。実力実績ともにあり、ルゼーの傍で厳格な気風――というものにもなれている。そしてこれが一番の理由かもしれない。彼自身も、人から恐れられる容姿をしていた。


『同類』という意識が働くためか、カーマベルクは気負いなく、そしてソルジェも構えることなく話をする、という間柄だ。

 そうはいっても特別親しくはない。私事など、ひとつとして話したことはない。が、仕事上のやりとりは、普段からしているのだった。


 何か気がかりでもあるのか、このとき、カーマベルクは眉をひそめていた。強面が、隆起する眉のために、さらに恐くなっている。だがその問いは、



「城内に、鞍を持ち込んではいけませんでしたか?」



 少しばかり首を傾げるものだった。



「いや」



 ソルジェは首を振った。

 人やその他生き物――口のあるものに関しては、良子と玲於奈がことさらに神経を尖らせており、二人の指示により、それらは厳しく制限されている。しかしモノには、特別制限はかけられていない。



「武器でもないし、禁じられては――」



 といっている途中で、ソルジェは問いの理由に気付いた。



「だれか、持って入ったのか?」

「はい。先ほど、ガウバルトが――」



 来て――とカーマベルクがいい終えないうちに、ソルジェの周辺にいる男たちが一斉に吹き出した。



「……」



 突然、しかも経験したことのない反応に、カーマベルクが驚く。



「あー」



 ソルジェはとりあえず、鞍が問題なのではない、ということをカーマベルクに教えた。



「鞍が駄目だということではないのだ」



 問題は、アリアロスの護衛らのしようとしていることなのだが――

 ソルジェは続きに窮した。


 ソルジェたち四人の伴侶は、玲たちから仔細を聞いて知っているし、側近たちも、事情は詳しく教えられていないが、彼らの近くに在り、毎日城に出入りしているので、おおよそのことはわかっている。加えて、護衛たちと行動をともにすることが多くなったため、彼らの性格や行動傾向は、いまや完全に近く把握しつつある。


 休み明けで磨きぬかれた剣を佩いた護衛が、おそらく味を占めたのだろう大量の武器を持ち込もうとし、それを阻止されれば、別のものを持ち込もうとする――


 諦めない護衛に、だれもが感心した。それがひとりなら、心ひそかに感心するだけで済んだ。だが、同じようなことを考える人間がおり、それがまた同じ主に仕えている――という事実は、男たちの笑いのツボを直撃した。


 ふき出さずにいられたのは、ソルジェとゼクト、新任のリゾン、そして当事者である主従の五人だ。



「はあ……」



 仔細をしらないカーマベルクは、当然のことながら、困惑する。その前で、キリザが足を止め、振り返った。



「お前ら!! ガキじゃあるまいし、なに騒いでんだ! 静かにしろ!」



 と、一番の大声で叱り付けたキリザだったが、その理由を知ると、途端に静かになった。

 しかし顔は、これ以上無いほど渋い。

 その隣で、サルファが息をするのも苦しそうに笑っている。



「あの――」



 さらに困惑するカーマベルクに、キリザが応えた。



「なんもねえよ。気にすんな。禁止されてるわけじゃねえし、だれも怒らねえよ。アリスが笑われるだけだ」

「はあ……」



 いいながら、後方でひとりうなだれているアリアロスに目をとめていたカーマベルクは、



「他は大丈夫なんだろ?」

 


 総大将の声に、視線を戻した。



「――余計なもんは入れてねえだろな」

「もちろんです。本日予定の方々と、許可された方々しか、お通ししてません」

「おい待て、ベルク」



 キリザの目が、ギラリと光った。



「許可された方々って何だ、誰だ?」



 厳しい口調に、カーマベルクは困惑しつつ答えた。



「ウルーバル将軍と、エルーシル副将軍ですが」



 瞬間キリザの面が歪んだ。



「あいつら……」



 総大将の恐ろしい顔と声に、カーマベルクはうろたえた。



「北の、ご兄弟ですが……いけませんでしたか?」  

「駄目に決まってんだろ! 今日、あいつらは来んな――って、良子ちゃんにいわれてんだよ! お前、ルゼーから聞いてねえのか?!」

「聞いておりません」

「ルゼー、あいつ……わざとか?」

「何をおっしゃってるんです。ルゼー将軍がそんなことをするわけがないでしょう。単に使いを出す暇がなかったんでしょう。今頃、あなたが押し付けてきた仕事を片付けていらっしゃいますよ」

「……」



 僚友の呆れ声に、キリザは大人しくなった。



「申し訳ありません」

「謝罪は必要ありませんよ」



 頭を下げるカーマベルクに、サルファは柔らかく応える。



「ルゼー将軍はお忙しい身です。それに、知らせが届いたところで、あのお二人がその気になれば、入城を止めるのは、皆さんには至難の技でしょう。いずれにせよ、結果は同じです」

「お前……自分に害がないからって、のん気なこといいやがって……」

「いけませんでしたか? 敬愛する将軍を見習って、少しばかり真似させていただいたんですが……」

「てめえ……」



 総大将の鬼のような形相に、知らずとはいえ入城を許してしまったカーマベルクは、それがいかなる事態につながるのかと、顔色を変えた。



「両閣下を連れ戻した方がよろしいでしょうか?」

「ったり前だ!!」

「……」



 そのあまりの勢いに、カーマベルクは息を呑み、強面の下で冷汗を流す。

 が、



「でないと、俺が良子ちゃんに叱られるんだよっ!!」



 続きを聞いた瞬間、きょとんとした。



「……」



 因果が瞬時に繋がらず、そのまま固まるカーマベルク。

 その背後で、抑えた笑声が上がる。

 と同時に、別の場所からも声が上がった。



「御使い様のご居城で、そのように騒がれるのはいかがなものでしょう」





◇  ◇  ◇  ◇





「……」

「……」



 明るい咎めの声は、キリザとサルファの後方からだった。



「今日はまた、一段とお声が大きくていらっしゃいますね、キリザ将軍。ああ、皆様もお揃いで」



 視線を集めた男は、優美に頭を垂れる。

  


「今、ご到着でいらっしゃいますか……」



 いいながら、悠々と歩みよってくる男――プラークに、サルファが笑みを返した。



「ええ。プラーク卿は、御使い様との面談は、もうお済みになられたんですか?」

「ええ、皆様がごゆるりとされている間に……」

「……」



 いいようこそ丁寧だが、声には棘があり、面には優越があった。

 不遜な態度に、カーマベルクは面を歪めたが、



「おい、他の連中はどうした?」



 総大将の明るい声に、思わず視線を動かした。



「出てきたのは、お前だけか?」



 キリザは声音ばかりでなく、先の剣幕が嘘のような笑顔だった。

 しかしそれを向けられた相手、プラークは眉をひそめた。



「閣下には以前からお願いしておりますが……そのような呼びかけは、改めていただけませんか? わたくしは閣下に仕える人間ではありません。そのあたりにいるものと同じように扱われては困ります」



 己の無礼は許せても、相手のそれは許せないらしい。

 再び眉根を寄せるカーマベルクの前で、キリザが鷹揚に笑った。



「そりゃ悪かったな、プラーク。で、他の連中はどうしたんだよ?」

「……他の方は、まだ御使い様のもとにいらっしゃいます」

「なんだ、お前だけ追い出されたのか?」

「……」


 総大将のふざけた声に、プラークは顔を歪めた。しかし憤りは、すぐに凪いだ。なにしろ彼の胸の内は今、怒りをなだめてなお余りある高揚感で満たされている。

 その余裕を、プラークはそのまま声にした。



「違います。実はわたくし……玲様から直々に、特別・・な用をおおせつかりましてね。そのために、他の方々より先に退出することを許されたんですよ」



 もったいをつけていう。


 自分だけが特別の扱いを受けた。

 御使い様の信頼を勝ち得たのだということを、相手に教え驚かせるために、プラークは、声も言葉も意味深に、そそるようにいったのだが……。



「へえ、そっか」



 キリザはまったく食いついてこなかった。



「特別な、用、ですよ?」



 興味のキの字もなさそうなキリザの返しに、逆に驚かされたプラークは、重ねていった。

 それでも、

 


「おお、そりゃ聞いたぜ。あのな、お前、俺のこと誤解してるみたいだからいっとくけどな。俺は、どっかの奴らみたく、聞いた端から忘れてくような人間じゃねえんだよ。つまんねえことでも、わりかしちゃあんと覚えてる」

「……」



 キリザは興味もなければ、聞く耳もなく、さらにはひとを小馬鹿にしたような発言をする。

 下品な上、まったく思い通りにならない総大将に、プラークがわなわなと心を震わせていると、堪えかねたような笑い声が、小さくだが前方――キリザの背後から上がった。

 

 実をいえば、それは、自分たちの大雑把な大将と、その大将を困らせる、どっかのやつらの顔を脳裏に思い浮かべてしまったがために出た笑いだったのだが、勘違い男プラークは、それを自分を嘲笑するものだと勘違いした。


 笑顔と笑声を、己への嘲笑ととったプラークは、もったいをつけるのをやめた。

 数いる大臣の中で、自分ひとりだけがここにいる――その意味と重要性をまったく理解しようとしない、もしくは理解できない相手と、その配下の男たちに、プラークははっきり教えてやることにした。






「ふっ、上流が汚れていれば、下流もそれに染まってしまうのは、仕方のないことですね」



 まずは宣戦布告の一撃をお見舞いする。

 しかし、期待したものは得られなかった。


 プラークが得ることができたのは、幾人かの、静かだが濃い怒りの気配と、



「そうか? いい感じに薄まるんじゃねえか? なあ?」



 面白くもなんともない、ふざけた返しだ。

 プラークは、ままならない総大将を、軽蔑の目でひたと見据えた。



「閣下、ひとつ、ご忠告いたしましょう。閣下はずいぶんと余裕をお持ちでいらっしゃいますが、そのようなふざけた態度は、今後のためにも、改められたほうがよろしいですよ?」

「ほお……そりゃどういうことだ?」



 キリザの目が妖しく光る。

 ようにかがやくばかりだったキリザの目を、ようやく別物に変えることができたプラークは満足した。



「将軍閣下のお言葉を拝借すれば、吠え面をかく――そういうことになるでしょうね。それも近いうちに……」


 

 しかし満足できたのは、その一瞬だけだった。



「へえ、そりゃ面白そうだな。で、その近いうちってのはいつだよ? 明日か? 十年先か?」

「は?」

「近いうちっていわれても、個人差あんだろ。俺んとこの死んだじいさんなんか、ちょっと前っていって、よくよく聞いたら二十年前ってことがあったぞ。俺がガキのころで、まだボケる年でもなかったのに、それだぞ」

「……閣下がご自身のお振る舞いを心から悔いることになられるのは、七日後ですよ」

「へえ、えらくはっきりしてんだな。なんだよお前、装飾屋だとばっかり思ってたが、予言もやってんのか?」

「装飾屋?」

「城でもなんでも、飾り付けてるじゃねえか。でもな、張り切るのはいいが、ほどほどにしてくれよ。外向きの行事はそれで構わねえが、内向きのは適当でい――」

「それくらいにしていただきましょうか」



 プラークは怒りの目をキリザに向けた。 



「わたくしは陛下より城の管理を任され、わが国にふさわしく、その時々、必要に応じて城内を整えているのです。決して装飾屋などではありません。そして、予言者でもありません。これは、御使い様のご意向、ご意志により、決められたことです」

「ふーん」

「ひょっとして……まだおわかりにならないのですか?」

「いや、わかってるぜ。お前のいいようじゃ、俺はこのままだと、七日後には総大将じゃなくなるってんだろ?」

「左様です」

「ふーん」

「突然のことで、実感がわきませんか? それとも強が――」

「いや、どっちでもねえよ。それにしても急な話だな。玲ちゃんがお前にそういったのか?」



 言葉をさえぎられ、むっとしたプラークは、次に眉をひそめた。



「将軍、あなたという方は……御使い様を、いつもそのように呼ばれているのですか? 少しは立場を弁えられてはいかがです? 御使い様は神の遣いでいらっしゃるのですよ? 神に準ずるお方を、そのようになれなれしく――」

「弁えるも何も、俺ぁ最初っからそうだし、玲ちゃんたちにも、それを咎められたことはねえんだがな」

「当前でしょう。見目恐ろしい将軍に、華の如く可憐な方々が、いったい何をいえましょう」



 瞬間、誰かが失笑した。


 プラークが声のしたほうに、怪訝の目を向ける。

 しかし、失笑は一瞬だけで、それが誰かはプラークにはわからなかった。もちろん、失笑の理由もわからない。

 いくばくかの引っかかりを覚えながらも、プラークはそれを放置した。



「……御使い様は、相手を慮らない、閣下のそういうところを嫌気されていらっしゃるんですよ」

「だ、か、ら、玲ちゃんがそういったのか?」

「玲様、とお呼びください。玲様は、はっきりとはいわれませんでした。慎み深いお方でいらっしゃいましたからね。そのように思われていても、お言葉にされるのは憚られたのでしょう。わたくしはそれを代弁して――」

「なんだよ、お前の意見かよ」

「お心を汲み取り、お伝えする――それも、後見人の大事な務めですので……」

「おいおい、まるでてめえが後見人みたいな口振りだな、プラーク。スライディールの御使い様の後見人は、サルファのはずだが……」

「確かに今は(・・)、そうですね。ですがそれも、いずれ代わることになるでしょう」

「へえ……お前にか?」

「おそらく」



 言葉は控えめだが、キリザを見返すプラークの目は、自信に満ちている。



「ああ、どなた様もお恨みにならないでくださいね。これは御使い様のご意志ですので。そういうわけですから、将軍閣下はお心に余裕のある内に、ご身辺の整理をされたがよろしいですよ。お山の大将でいられるのも今だけです。残り少ない時間を、せめて有効にお使いください」

「ああ、わかった。そうさせてもらうぜ」



 キリザは口早にそういうと、「おい!」声を前に飛ばした。それは、プラークの背後でなりを潜めていた、カーマベルクとはまた別の、ルゼーの部下に向けたものだった。



「プラーク卿のお帰りだ。出口までお送りしてさし上げろ、丁重にな」

「はっ」



 キリザの命に短く答えたルゼーの部下が、すぐさまプラークの脇に立つ。



「どうぞ、お戻りはあちらです」

「……」



 落ちてきた低い声に、プラークは息を呑んだ。

 案内人の表情と雰囲気が、先と違っていた。


 それまで、なんの感情も映してなかった面や声が、今は切れそうなほど冷ややかに――。そして、鍛え上げた身体には剣呑が、瘴気の如くまとわりついている。


 そしてそれは、ひとりではなかった。

 城門で自分たちを出迎えた武官――貴族たちの間で、『悪鬼』とささやかれているカーマベルクが、二つ名の由来となっている恐ろしい面を歪め、プラークをめつけていた。



「……」



 プラークは、生まれて初めて『殺気』というものを体感した。そして、ここにいたってようやく、自分が極めて危険な場所にいて、そこで、極めて危険な発言をしていたのだ――ということに気が付いた。



「わ、わたくしに、何かあれば、み、みみ、御使い様が――」 

「なんもしねえよ」



 いきなりガタガタと震えだしたプラークに、キリザは雑に応えると、



「おい、お前ら」



 ルゼー配下の二人を呼び寄せた。



「お前ら、その顔はやめろ」

「地顔です」

「元からです」



 どちらも、ルゼーの教えと気構えが身体の芯まで染み込んでいるのか、キリザにまで強面を向けてくる。


「……」


 キリザは呆れつつ感心ながら、目にも留まらぬ早業で、二人の額を両の中指の背で弾いた。


「?」

「!」

 

 突如やって来た半端ない音と痛みと衝撃に、二人が驚く。

 武官たちの怒気が、驚きに取って代わられた。その一瞬の隙に、耳を掴み、問答無用で引き寄せる――と、総大将はささやいた。



「奴がここに来るのも最初で最後だ。短い夢くらい見させてやれ」






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