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異世界カルテット ~わがままに踊ります~  作者: たらいまわし
第七章 舞台にあらわれいでたるは
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試される男たちは

 大臣たちが招き入れられたのは、サロンのような一室だった。



 瀟洒な作りで、天井が高く、広さも、十名以上の人間を擁してなお、充分なゆとりがある。 

 内装は、抑えた色と控えめな装飾で上品に仕上げられており、柔らかな白を基調としたそこに、光が差し込む。


 

 そんな優美な空間に、娘たちはいた。




 中で訪れを待っていたのだろう。

 男たちが扉をくぐるときには、娘たちはすでに立ち上がっていた。

 

 前回、王城に姿をあらわしたときと同様、白無地のドレスに身を包んでいる。

 まろやかな光沢を放つそれは、上質なものだろう。だが、袖口と胸元に、折り返しとささやかな刺繍があるばかりで、目立つ飾りはほとんどない。



 いささか質素に過ぎないか――



 と思いそうなところだが、そんなことを思う余裕が、男たちにはなかった。



 遠目でもわかる美しさが近くにあった。

 多勢に紛れていた前回と異なり、四対の目はいずれも、男たちに向けられている。



 真っ直ぐな眼差しに緊張する――と同時に、男たちは困惑した。





◇  ◇  ◇  ◇





「どうぞ、楽になさってください」



 着座するやいなや、そう声がかけられた。

 美しい面は、男たちを歓迎するように笑んでいる。



「……」

「……」



 姿を見るのは二度目だが、声を聞くのははじめてだった。

 発せられた声は姿同様、華やかでありながら凛としており、そこに気負いや緊張は微塵も感じられない。 


 異界の、それも、子や孫ほどの年若い娘たちの落ち着き払った態度に、だれもが驚く。

 しかし驚きはしても、それだけで戸惑ったりはしない。

 男たちが困惑したのは、一見して『普通ではない(・・・・・・)』とわかる状況にだった。






 男たちが通された場所は、元は、中庭の花々を愛でるために造られた室のようだった。

 中庭に面した壁には、窓が大きく取られており、そこだけに色が付いている。


 柔らかな緑で縁どられた窓。

 そちらに目を向かわせるためだろう、室内の装飾や彩りは徹底して抑えられ、調度品も最低限、それも厳選された小ぶりのものしか置かれていない。


 そんなところに、色も造りも重厚な長机があった。

 無粋にして無用――瀟洒な部屋にそぐわないそれが、中央奥手側で、これ以上ない存在感と異質さを主張している。


 どうやら四人の御使い様が使用するらしく、調和を乱す長机は彼女たちの前に据えられており、机上には、紙や冊子、筆記用具等の実用的な物品が載っている。



 さりげない贅と工夫を凝らした場所に、趣きを異とする家具が鎮座する。

 そこに、美しい娘たちが並び座る。



 その光景もさりながら、男たちを戸惑わせたのは、中にいる人間たちだった。



 異様に少ない。

 顔ぶれも、どう考えてもおかしい。



 居ると思っていた総大将キリザ、居なければならないはずの後見人、副宰相サルファ――両人の姿が見えないのだ。なのに、思いもしない姿はある。



 話には聞いて知っている、一目でそれ(・・)とわかる痩身蓬髪の老人が壁際で控え、その向かいの壁際では、侍女が二人、並んで頭を垂れている。

 


 見知った顔といえば、長机の脇にいる鈍色の髪と炯眼を持つ男と、ここまで自分たちを案内してきた優しげな風貌の男、その二名だけだ。



「……」

「……」



 そして、

 視線を戻せば、女神もかくやの娘たち。



 笑みを浮かべた美しい面――

 陽光のきらめきを放つ瞳――




 午後の陽射しはすべてをくまなく照らし、男たちに突きつけていた。


 



◇  ◇  ◇  ◇





 一瞬で中の異様を悟った男たちは、身構えた。



 ここに来るまでに、すでに緊張していた。


 城の警備は、戦場において常にルゼーの片翼を任される、実戦経験豊富な男が就いており、その、野趣溢れる強面を持つ男が、直々に自分たちを出迎えた。

 城内には、軍との関係が浅い自分たちでも顔と名前の一致する人間が、何人もいた。

 待機させられた場所では、危険物を所持していないか、確認のために懐までさぐられた。


 想像以上のものものしさに、緊張はいや増しに募る。



 この分では、面談の席には、キリザをはじめとする上級武官たちがずらりと並ぶだろう――



 そう、覚悟していたというのに、到達した最奥は、信じられないほど手薄で、何もかもが予想とかけ離れていた。


 

 どういうことだ――



 男たちは戸惑い、先とは別の緊張に縛られながら、動揺を内にとどめようとした。





◇  ◇  ◇  ◇





 結果からいうと、大臣たちの努力は失敗していた。

 さすが、国の中枢に身を置いているだけあって、慌てふためくことなく全体に落ち着いた様子を見せていたが、面は引きつり、戸惑いは目の動きになって、はっきり表にあらわれていた。



 いくつもの視線が室内をさまよい交差する。

 その様は、玲の自然な微笑を誘った。



「どうかされました?」

「いえ、その、サルファ副宰相のお姿がございませんが……副宰相のご到着前に、我らを通されてよろしかったのでしょうか?」



 恰幅の良い、老齢の大臣が応える。

 懸念の声に、玲は頷いた。



「ええ。サルファさんは、今日はいらっしゃいませんから」

「副宰相は同席されないのですか?」



 驚く声に、玲は「ええ」と、にっこり微笑む。



「サルファさんとキリザさんは、多忙でいらっしゃいますのでね。皆さんとお会いするだけでしたら、リグリエータさんとヤーヴェさんにいてもらえれば充分だと思いましたので、お二人には遠慮していただいたんですが……ロメルさんには、何か問題が?」


 

 声を返された大臣が、驚きに目を見張る。



「わたくしを……ご存知でいらっしゃるのですか?」

「ええ、知っています。ロメルさん、リムナクスさん、アビアさん、ビジュリエンダさん、タルバートさん、レヴェンさん、タンノイさん、プラークさん……ですよね? ふふ……違いました?」

「いえ……」



 首を振るロメル同様、大臣たちは、ひとりひとりに目を移しながら、違えることなく歌うように諳んじていった玲の顔を、驚きの目で凝視した。



「皆さんのお顔とお名前はわかっています。もちろん、友人たちも承知していますから、名乗っていただかなくて結構ですよ。ですが、皆さんはどうでしょう? わたしたちが、おわかりになります?」



 微笑む玲は、早くも地を出し始めていた。






◇  ◇  ◇  ◇






「先日グレンさんが紹介してくださいましたから、不要かとも思いましたが、あれから日も経ってますし、あの遠目の一瞬では、皆さんも、だれがだれだかおわかりにならないでしょうね。それに、こちらがお呼びしたのに、名乗らずにいるのは失礼ですから――」



 というと、玲は流れのままさらりと自分の名を言い、友人たちにもそうさせた。

 良子と玲於奈はいつも通りごく短く、瑠衣も名前以外はいわなかった。

 大臣たちが呆然としている間に、短い名乗りを済ませると、



「今日はありがとうございます。一度、皆さんにはお会いしたいと思っていたんですが、色々忙しくしていましたので、これまでその機会が作れませんでした。ようやくこちらの生活にも慣れてきましたので、こうして席を設けることができました。これまでの不義理は、どうぞ、許してくださいね」



 玲はにこやかに、この場を主導するのは、自分であることを示した。






 男たちは驚いた。

 サルファ、キリザが居ないのだから、当然、総大将の側近リグリエータ、ヤーヴェ、そのどちらかがこの場を仕切り、話しを進めていくのだと思っていた。


 官位は上司たちのそれに及ばないが、軍の運用に直接関係しない事々において、総大将の代理を任される二人であれば、この場を仕切るのになんら問題はない。



 だからこその人選か――



 と納得しようとしていたのに、どうやらそれすらも違うようで、すべては御使い様自身が務めるらしい。



 役割が決まっているのか、二人の御使い様は早くもペンを片手に記録を取りはじめており、残る二人は顔を上げ、こちらに笑みを向けている。



 そして、肝心の総大将の側近たちはというと。

 二人は何をするでなく、彼女たちの両脇で控えていた。それも、どちらも見たことの無い様子でだ。



 総大将キリザの側近を務める二人は、キリザの代理で直接相対するときはもちろん、それ以外の場でも気を抜くことはない。会議であれ、王城の廊下であれ、誰もが気を緩め、気楽に楽しむ華やかな場でさえ、陰に陽に、目を光らせている。


 そんな、周囲に人が居ればどこであれ気を抜かない二人の目が、今、休んでいた。


 リグリエータの冷徹な目は眼光弱く、しかも視線は下げ気味で、ヤーヴェの穏やかに見えてそのじつ抜け目ない柔らかな瞳は、なぜだか逆に光量を増している。



 キリザとサルファ――強力な守護者らがいない今、御使い様を護るのは彼らであるはずだが、目の前の二人には、そうした気負いや意気込みのようなものが一切感じられなかった。口を開く気配すらない。



 まったくの傍観者――という態だ。

 それを見せられた男たちは、さらに気を引き締めた。



 総大将の側近は、大臣である自分たちのことをよく知っている。

 数はいても、大それたことはしないし、しようとも思わない。なにしろ大臣を務めるほとんどは、大役に畏れを抱くような人間だ。


 そのことを彼らは知っているし、それに安心して気を抜くような若者たちではない――ということを、男たちも経験から知っている。


 よく知る相手でも、気を抜かないし、馴れ合わない。無害とわかっていても、河岸の違う相手には決して心を許さない。

 御使い様との面談ともなれば、神経を張り巡らせるだろう。

 そのための要員であるはずだし、実際そうしなければならないはずの彼らが、明らかに力を抜いている。



 ということは――



 必要がない。

 そういうことだろう。


 神経を張り巡らせる必要もなければ、出しゃばる必要もない。

 なぜなら、彼女たちがするからだ。



 四人の御使い様――彼女たちの落ち着き払った態度を見、堂に入ったしゃべりを聞かされれば、それも腑に落ちる。



 誰かに言わされているわけではない。

 そう思わせてくれるものは、どこにもない。


 名を呼び上げていく声、ひとりひとりを見つめる目は、第三者の存在、他者の意志が介在しているのではないか――という疑いを微塵に砕くものだ。



 そしてこの違和感しか覚えない状況――



 焦点を緩め、今一度、全容を目にした瞬間、男たちの脳裏に言葉が閃いた。



 試される?――



 落雷の如き衝撃が、身体を駆け抜ける。

 と同時に、落ちてきた答えは、不可思議と思えた人物たちの正体をも、男たちに気付かせた。


 二重の衝撃に、男たちは固まった。

  





◇  ◇  ◇  ◇






 男たちは、まともに思考できる状態ではなかったが、素早く理性をかき集めた。


 迂闊に口を開いてはならない――と戒める。 

 今ここで、それぞれに口を開いては、混乱を拡大させ、自分たちの無能ぶりをさらけ出すばかりだ。


 男たちは固く唇を引き結び、示し合わせたように、並びに座る同僚――ロメルに目を向けた。


  


 

 基本的に、大臣という位に上下はない。表向きは横並びだ。が、大臣職にも軽重があり、関わり合っていく中で、おのずと序列のようなものができあがる。その筆頭となるのが、ロメルだった。


 ロメルには、レナーテの三傑のような華々しい実績はなかったが、年齢、閲歴、ともに最長であり、その篤実さは誰もが知るところで、誠心を尽くすロメルの下で、大臣たちはまとまっていた。

 貴族間にある派閥が、そのまま大臣たちの間に持ち込まれないのは、彼の功績だ。


 私心を排し、公人として地道に務めを果たす彼が、男たちのまとめ役であり代表だった。



 ゆえに、こうした場ではロメルが話すのが常だった。

 しかし、男たちが頼みとするロメルは、この時瞑目していた。


 長く大臣を務めている彼にも、ここでの衝撃は大きかったようだ。

 何もかもが予想外だった。


 心を立て直しているだろうロメルを、男たちが固唾を呑んで見守る。 

 だれもが、ロメルが口を開くのを待っている。

 というのに、



「許すなど、とんでもございません。お許しを請わねばならぬのは、我らの方にございます」



 迂闊な男が口を開いた。





◇  ◇  ◇  ◇





 声は、室内の視線を集めた。



 羞恥のにじむ声。面持ちは沈痛だ。しかし目だけはかがやいている。

 喜色に光る目を、プラークは声とともに前に向けた。 



「我らは何もできませんでした。皆様の危急をお救いすることもできなければ、これまで何のお役にも立てませんでしたこと……心よりお詫び申し上げます」



 胸に手を当て、深々と頭を下げる。

 男たちの驚きの顔が、怒りのそれに変化した。



 大臣の中でも一番の新参者が空気も何も読まず出しゃばるばかりか、『仕方ない』といっていた口でいけしゃあしゃあというのだから、男たちの怒りも倍増だ。

 怒りに顔を歪める男たちの前で、玲が応えた。



「謝罪は結構ですよ。あの状況では、仕方ありません。皆さんが静観するしかなかったのは、わたしたちも充分理解してますから、どうぞ、お気になさらず」

「そのようにおっしゃっていただけるとは……お姿ばかりでなく、お心までできていらっしゃる」



 感に耐えない――とばかりに大仰な身振りと声でいうプラークに、今度は苦く顔を歪めた男たちだったが、



「ええ、よくいわれます」



 明るい返しに、毒気を抜かれた。

 謙遜も何もない。玲の冗談とも本気ともつかない応えに、プラークも一瞬呆気に取られたような顔をした。が、深く考えない男は、玲の声音の明るさだけを受け入れた。



「なんと、お気持ちの良い」


 

 と喜声を上げたプラークは、ここぞとばかりに続ける。 



「皆様をお迎えできましたこと、神に深く感謝いたします。皆様にも、レナーテにお越しくださいましたこと、そして、今日この機会を我らにお与えくださいましたこと、心より御礼を申し上げます。どうぞ、幾久しくレナーテをお導きくださいますよう。微力ではありますが、我ら大臣、一丸となって皆様にお仕えいたしますこと、ここにお約束いたします」



 頭を下げるプラークの並びで、男たちが顔をしかめていた。





◇  ◇  ◇  ◇





 これ以上無いほどに顔を歪めた男たちだったが、睨みつけるだけで、他は何もできなかった。

 ただ出しゃばるというだけでは、咎めることができない。

 プラークの大仰な言い様に、御使い様が意に染まない、不快な様子でも見せてくれればそれも可能だが、



「そうですか。感謝の気持ちはいただいておきますね」



 と、気色に変化はない。

 二人の御使い様は黙々とペンを走らせ、残る二人の御使い様は、笑みのままだ。それが、プラークを調子付かせた。



「なんなりとお申し付けください、玲様……失礼ですが、そう、お呼びしてもよろしいですか?」

「ええ、どうぞ」

「ありがとうございます。こうしてお会いいただけるだけでも光栄でありますのに、お名前をお呼びすることまでお許しいただけるとは望外の喜び」



 浮かれたプラークは、



「しかしお美しい……」



 あらためて感嘆の声を上げた。



「王城でお姿を拝見したときにも思いましたが、お近くだと皆様のお美しさがよくわかります」

「それはどうも」

「なればこそ、気になるのですが……」



 プラークはわざとらしく顔を曇らせる。



「なんでしょう? どうぞ、おっしゃってください」

「はい。それでは失礼を承知で申し上げますが……そのお召し物、先日王城にお出ましされたときと、同じものではありませんか?」

「ええ、そうですが、何か問題が? 似合ってませんか?」

「とんでもない。たいへんお似合いです。ですが、皆様にはそのご容姿にふさわしい、もっと華やかなお召し物の方がよろしいかと」

「そうですか?」

「はい。今お召しになられているご衣裳は、それはそれで美しいのですが、皆様の華には勝てません。しかもそれを何度も着回すなど……」

「二度目ですが、それでも駄目ですか?」

「皆様は御使い様でいらっしゃいます。そのように質素なものを何度も着まわすなど……もしかして、皆様は、そういったことには、あまりご興味がございませんか?」

「身を飾るということですか?」

「はい」

「興味はありますよ」



 玲の声に、プラークの曇りが晴れた。



「――特にわたしは好きですね。いつもというわけではありませんが、そういう機会には徹底して着飾ります。こだわりも強いですしね」

「それでしたらなおのこと」

「今、布地を集めてもらっているところなんですよ。ですが、はかばかしくないようで……まあ、政務や軍務に携わる方々に畑違いのことをお願いしているので、それは仕方ないんですが……」

「それならば、わたくしにお任せください」



 プラークが身を乗り出した。



「ご希望のものをおっしゃっていただければ、すぐにご用意いたします」

「それは頼もしいですね。プラークさんはそちら方面ではたいへん有名だとうかがってます。今着ていらっしゃるものも、深い銀の色味がとてもいいですね。よく似合ってらっしゃいます」

「ありがとうございます。こちらは糸からわたくしが注文して作らせたものでして」

「そうでしたか」

「はい。自分に似合うもの、納得のいくものをとなると、一から作るしかありませんので」

「徹底していらっしゃるんですね。たいへんじゃありませんか?」

「専用の職人と工房がございますので」

「工房まで? すごいですね」

「いえ、たいしたことでは」



 やりとりが続く。

 聞かされる男たちは、プラークの話に辟易する一方で、それを楽しんでいるような玲の態度に不安を覚えはじめていた。



 ただ単に興味があって頷いているのか、それとも――



 男たちがじわりと嫌な思いを胸に広げていると、



「玲様、お訊ねしてもよろしいでしょうか?」



 嬉々としてしゃべっていたプラークが、神妙な面持ちで切り出した。



「どうぞ」

「それではお言葉に甘えて申し上げます。サルファ副宰相を後見人とお決めになられたのは、まこと、皆様でいらっしゃるのですか?」 



 いきなり核心に迫るプラークに、男たちは度肝を抜かれ、次にいきり立ち、一人が声を上げた。



「プラーク卿! 無礼であろう!」



 鋭い声に、視線が向かう。

 叱責したのはロメルではなく、強情そうな太い眉を持つ壮年の男だった。

 


「アビア卿、わたくしは無礼を承知で、あえてお訊ねしたのです」


  

 プラークは、怒りもあらわに睨めつけてくる同僚を、余裕の表情で見返す。と、その顔を玲に向けた。



「玲様。王城では、皆様のご意志ではなく、サルファ副宰相が強引に、後見人に就かれたのではないか――という話が飛び交っております。事実ではない、ただの戯言だと、わたくしも思っておりましたが、今日こちらにうかがい、考えをあらためました。後見人は、皆様のご意志ではなかったのですね」



 プラークは言い切った。が、肝心な根拠、理由は見事にすっぽり抜けていた。

 ただ力を込めただけの断定の声に、



「いえ、わたしたちの意志ですよ」



 玲はあっさり答え、



「正確にいえば、わたし(・・・)の意志ですが……」



 微笑まで付ける。


 その返答はまったくの予想外だったのだろう。プラークは一瞬、石つぶてを当てられたような顔をした。が、すぐに自分を取り戻した。



「ですが玲様……何をもって、後見人をサルファ副宰相にお決めになられたのでしょう? たいへん失礼ではありますが、サルファ副宰相のお姿をご覧になって、お決めになられたのではありませんか?」

「ええ……そうですね」



 玲は答える。


 男たちは、返ってきたのが否定でなかったことに驚いた。ために、言葉のはざまで浮かべた笑み――わずかに変質した玲のそれに、気付くことができなかった。

 プラークももちろん、それに気付かず、「やはり……」といいながら首を振る。



「確かに、サルファ副宰相は見目麗しくいらっしゃいます。ですが、お姿のように清いお方ではございません。かの方は、謀略・・を得手とするお人でございますれば――」

「謀略などと、卿は何をいうのか!!」



 ふたたび、アビアが口を開いた。

 ここで黙るということは、プラークの発言を認めてしまうことになる。

 大臣の総意と思われてはならないし、なにより、浮薄な男の危険な発言を、見過ごすわけにはいかなかった。

 


「口を慎め、プラーク」

「発言はよくお考えください」

「浅はかな……」



 他の男たちも、口々にいう。

 そうしてプラークを睨みつける者がほとんどの中、ひとりの男が前を向いた。

 


「玲様、皆様、どうか、この者の申すことを、お信じになさいませんようお願いいたします。この者は、皆様のお心に、不審の芽を植えつけようとしております」

「不審の芽などと、曲解されては困りますね。悪意を感じますよ、リムナクス卿」

「悪意? 悪意で事実を捻じ曲げているのは、卿ではないか?」



 静かにいい、リムナクスはふたたび前を向く。



「サルファ副宰相は、知略に優れたお方です。国のために謀をすることがございます。国と国との争いにおいて、敵を欺き陥れることを、ときとしてなさいます。ですがそれは国のため、国民を守るためです。プラーク卿はそれを誇張し、副宰相が謀略を用いてばかりのような言いようをしましたが、決してそのようなことはございません。必要なときにしかお使いになられませんし、それを特定の人間、その利益のために使われることもありません。副宰相は国のために尽力されています。謀略は、数ある知略のうちの一つに過ぎません」

「そのように安穏と構えていてよろしいのですか? 副宰相がその気になれば、切っ先など、いつ、どちらに向くかわかりませんのに……。そも、リムナクス卿をはじめ皆様は、副宰相をなにより国を思うお方のようにお考えのようですが、果たしてそうでしょうか?」

「違うと?」

「すべては、ソルジェ殿下の御ためではございませんか? ひいてはご自身のため……」

「はっ、自分がそうだからといって、他人もそうだと思うなよ」



 アビアが侮蔑を隠さずいった。



「……どういうことですかな? わたしが私欲で動いていると?」

「そうだろう。私欲でなければなんだというのだ。御使い様がご自身でお決めになられたと聞いてなお、そうでないと言う理由はなんだ? 噂に過ぎない話を信じる根拠はなんだ? それを御使い様に押し付けようとする理由はなんだ? 教えて欲しいな」

「御使い様が不当な扱いをされているのを見れば、捨て置くことはできません。そうではありませんか? したが、そのように感情的になられては、わかるものもおわかりにな――」

「不当? 卿にはそう見えるのか? ちゃんと目は洗ったか? しかし、見えたところでわかる頭が無ければ同じか。いっそのこと、取り替えてもらったらどうだ? ずいぶんと傷んでいるのではないか? ああ、傷んでいるのは頭ではなく性根の方か? いっておくが、貴様のそれは私欲だ。そうでなければ私怨だ。なにからなにまで遠く及ばぬからといって、サルファ副宰相をお恨みするのはやめろ。恨むなら、自分を恨め。副宰相も迷惑だ」

「なんですと?!」

「違うか?」

「やめよ!」



 睨み合うアビアとプラークの間に声を放ったのは、ロメルだった。



「やめよ。御使い様の御前であるぞ」



 常にない厳しい声でそういうと、ロメルはふたたび口を閉ざした。

 




◇  ◇  ◇  ◇





 男たちは、動揺を隠せなかった。

 同僚二人が感情も剥き出しににらみ合う。


 勘違いもはなはだしいプラークは、同僚全員を敵に回しているというのに、いまだ自分が優勢であると思い込んでいるらしく、目でアビアを睨みつけながら口元は笑っている。

 そのプラークを睨み返しているアビアは、一度暴言を吐いて心が据わったのだろう、応戦の構えを見せている。

 頼みとするロメルは、ふたたび緘黙状態だ。


 そして男たちも、恐恐としながら、暴走するプラークに怒りを覚えている。


 

 緊張高まる並びの前で、玲が口を開いた。



「どうやら皆さんの意見は、分かれているようですね。それが悪いとは思っていませんよ。人の数だけ意見があるでしょうし、今日はそれをお聞きしたいと思ってお呼びしたので、存分に意見をおっしゃってください。この先、こうした機会が作れるかどうかわかりませんから、心残りのないように、遠慮なくお話しくださいね」

「ありがとうございます」



 ここでまた、プラークがしゃしゃり出た。

 当然のように口を開いた男は、他者の割り込みを防ぐためか性急に、



「それでは、思うところを述べさせていただきます」



 そう前置きをすると、懲りもせず、のっけからいった。



「後見人のご再考を、切に希望いたします」




 男たちが息を呑み、玲が笑んだ。





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