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異世界カルテット ~わがままに踊ります~  作者: たらいまわし
第七章 舞台にあらわれいでたるは
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誰がために彼らは来る

「ふう」



 息を吐き、結衣は名鑑を閉じた。

 伴侶候補者の総数を減らすための相関図――は、かつてない熱意で取り組んだため、一応の形を成した。


 養子、婚姻といった様々な縁組により形成された一族の、絡まり伸びた根先までは、短時間の作業では到底行き着くはずもなかったが、要となるホレイス――その兄弟姉妹を中心としたものはできた。

 根気よく調べれば、いずれ根先までたどり着ける。

 達成感と充実感に、結衣は包まれていた。

 


「大元はできたね、ちるちゃん。ここからは、兄弟ひとりひとり、別に作っていったほうがわかりやすいかな? ね?」



 相関図というよりは、家系図にちょろりと枝が付いたようなお粗末なものだ。それでも確かな手ごたえに、結衣は満足していた。やる気もまだまだ残っている。

 しかしみちるは違うようだった。


 できたー! 

 と、一番に快哉を上げそうなものなのに、このときのみちるの反応は、なんとも薄かった。



「うん……そだね」



 見るからにテンションが低い。

 それまで先頭を走っていたのが、嘘のような熱の冷めようだ。表情も渋い。


 疼痛を抱えたような顔をするみちるを見て、結衣は笑った。



「ちるちゃん、顔がすごいことになってるよ?」

「……だってさ。今気付いたんだけどさ。なんか嫌じゃない? 嫌いな相手のことばっかり詳しくなってくのって」

「それはそうだけど……必要だからしょうがないよ?」

「うん、わかってるよ。わかってるよ、結衣ちゃん。わかってるけど、なんかくやしい」

「みちる様、そうおっしゃらず」

「お茶をお入れしますから、ご気分を変えて、続きをいたしましょう」



 二人の手伝いをしていたコシマとリシェが微笑み、立ち上がる。

 


「はい。ありがとうございます、リシェさん、コシマさん」

「ほんとありがとうございます。忙しいのに、こんなことまで手伝ってもらっちゃって」

「とんでもございません」



 礼をいうみちると結衣にさらりと返事をして、二人の侍女はすぐに茶の仕度にとりかかる。

 その後姿を見送ってから、結衣は礼儀作法の師に顔を向けた。


 真ん中に座ればいいものを、それができない性分なのだろう。ミレアは、作業の邪魔をしないようにと気遣ってか、ソファの隅で品良くひっそり座っていた。まったく、奥ゆかしい。

 


「ミレアさん、ありがとうございます。ミレアさんがいなかったら、頭を抱えたままでした」



 結衣は端っこでこじんまりと座っている、すでに姉とも友とも思い慕う師に、礼をいった。


 

「いえ、そんな」



 ミレアが小さく首を横に振る。と同時に、みちるが大きく頷いた。



「ほんとですよ。先生はやれやれいうばっかりで、ぜーんぜん手伝ってくれないんですから」



 と、恐縮する礼儀作法の師の隣で、獄舎の監督人のように目を光らせている、もう一人の師を睨めつける。


 

「ふん、自分のことではないか。自分でやらんでどうする」

「厳しすぎますよ! ミレアさん、先生ってば、お茶も飲ませてくれないんですよ?」

「飲むなとはいうとらんぞ。どれも遅々として進んでおらんというのに、よう飲めたものじゃ――とは、いうたがの」

「ほら!」



 どう思います? と詰め寄るようにいわれたミレアは、おろおろしながら答えた。



「それは……お厳しいとは思いますけれど、ウード先生は結衣様とみちる様のためを思って厳しくされていらっしゃるので……。ですが、休憩はきちんとお取りいただきたいですね」

「ですよねー? ほら、ミレアさんだっていってるじゃないですか。ただ、がむしゃらにやればいいってもんじゃないんですよ。休憩はきちんととらないと。ぶっ続けでやるなんて、逆に効率が下がるんですよ?」

「何をいうておる。腹がくちくなれば、おぬしらはすぐに船をこぎだすし、がむしゃらにやる姿など、今はじめて見たぞ。しかし効率などと……ほんに口だけは達者じゃの、みちる」

「むっかー!」



 みちるが声と気分を荒げていると、



「はは、今日もやってますね!」



 朗らかな声が飛び込んできた。





◇  ◇  ◇  ◇





 突然の訪問者は戸口のところでそういうと、ためらうことなく、淑女の集う場にずかずかと足を踏み入れてきた。



 はっきりいって、この行為は侵入だ。が、部屋にいる人間はだれも驚かない。

 不審者であれば騒ぎもするが、堅固なスライディールの城に不審者はいない。

 実際侵入者は、結衣とみちるも見知った顔であり、こうした行為も、今日がはじめてではなかった。

 


 男が、ソファの手前で立ち止まった。



「おはようございます」



 姿勢をただし、室内の人間に向かって礼をする。

 闊達な声だ。言葉は短く、頭だけをわずかに下げる簡易の挨拶だが、さすが騎士だけあって、わずかな所作にもめりはりがあり、それがぴしりと決まる。


 上げた顔は笑顔だ。表情だけでなく、全体の雰囲気が明るい。

 無作法も、つい許してしまいそうな快活さだ。が、大柄な護衛騎士に向けるみちるの目は、胡乱なものを見るようだった。そして声は、



「ああ……ガウバルトさん。おはようございます」



 地に沈んでいた。

 直滑降で落ちた気分を、ものの見事に体現するみちるに、



「それはないでしょう?! みちる様」



 ガウバルトが笑み崩れる――その後ろで、



「まったく……ノックぐらいしないか! ガウバルト!!」



 しかめ面をしたリグリエータが立っていた。





◇  ◇  ◇  ◇





 実は、スライディールに移った結衣とみちるの居室には、結構な数の訪問者があった。


 新生活に慣れるための配慮だろうか。

 サルファ、キリザ、リグリエータ――王城での扱いやもろもろを数日かけて何度も聴取した三人は、それ以降も毎日。彼らばかりでなく、スライディール城に出入りする人々が、毎日のように二人の様子を見に来てくれていた。


 玲たち四人とその伴侶を除けば、それ以外は全員だ。忙しいだろうに、時間を見つけては、のぞいていってくれる。

 差し入れを持ってきてくれたり、手伝えることがあればなんでもいってくれと、皆優しく好意的だ。

 嬉しい限りだ。



 同じ城内でも玲たちとは別棟で、離れて暮らすと聞き、


 王城にいたときと似たような状態になってしまうのか――


 と、不安と寂しさを覚えたのが、嘘のような毎日だ。

 寂しさなど感じる暇がないほどに、人が来る。


  

 訪問者たちは気遣いのひとが多く、結衣とみちるの学習の妨げにならない時間で切り上げてくれるのだが、ごく一部はそうでなかった。

 アリアロスの護衛騎士――ガウバルトがそれだった。



 ガウバルトは、人相風体から受ける印象そのままの騎士だった。

 陽気でざっくばらんな護衛騎士はたいへん気安く、結衣とみちるも彼とは気楽に接することができた。おかげで、打ち解けるのも、馴染むのも早かった。

 が、馴染みすぎた。向こうが。


 居心地がいいのか、他に行くところがないのか、ガウバルトは日に何度も二人のところにやって来ては、時間の許す限り居座った。


 しかも、慣れない事物に悪戦苦闘する結衣とみちるを見て、『いやあ、大変ですね』と笑い、ウードとみちるの言い合いを聞いては、『はは、面白いですね』とこれまた笑い、笑いながら茶をがぶ飲みし、菓子でもなんでも、あるものを大食いして帰っていくのだ。

 

 そんな人間だ。当然、歓迎などしない。


 


「……何しに来たんですか? ガウバルトさん」



 みちるは目の前、ソファのど真ん中に落ち着いたガウバルトに、すかさず言葉の矢を放った。

 学習の邪魔になるレベルで居座るようになった護衛騎士に、みちるは出会って二日目で遠慮を捨てた。


 しかし、刺々しいみちるの声など、護衛騎士の分厚い心には、かすりもしない。


   

「そう露骨に嫌な顔をせんでくださいよ、みちる様。おっ、ありがとうございますコシマさん。今日はなんですか?」



 並べられる茶と菓子を前に、いい笑顔だ。



 ソルジェの側近、ジリアンやバルキウスとは大違いだった。


 彼らは訪問に、たいそう気を使ってくれていた。訪問時間を見計らい、結衣とみちるの勉強の邪魔にならないよう考えて来てくれる。しかも、花や可愛い小物など手土産つきだ。会話は、レナーテの風俗や慣習など、面白くそれでいてためになる内容で、もちろん長居などしない。こちらが恐縮するほど、細かいところまで神経を使ってくれる――というのに、ガウバルトは一切なしだ。


 好きな時に来て、好きにして帰る。

 ジリアン、バルキウスらとは、目的をこととしているのは明らかだ。



 第一王子の側近たちは、結衣とみちるがスライディール城に馴染むことを目的として来てくれている。それは、自らの意志ではなく、誰かの指示で来ているのかもしれないが、たとえそうだとしても、そう思わせない気遣いと配慮が、彼らにはある。


 しかし、ガウバルトは違う。

 休憩だ。自身の休息のために、せっせと足を運んでいるのだ。

 みちるが邪険にするのは当然だ。しかし、



「ガウバルトさん、今日はお休みなんですか?」



 みちると違い、結衣はガウバルトをまったく邪険にしなかった。





◇  ◇  ◇  ◇





 ちょっと邪魔になるな――



 と思うこともあるが、結衣は陽気なガウバルトの来訪を歓迎していた。

 なぜなら、面白いからだ。


 ウードとみちるの、祖父と孫のような言い合いも面白くて大好きだが、ガウバルトとみちるのやりとりも負けず劣らず面白く、それらを聞くのが楽しみだった。


 みちるはウードにも遠慮しないが、そこには好意と甘え、そして尊敬がある。

 しかしガウバルトに対しては、それらがない。ない分、面白い。邪険にしても、悪人でないことはわかっているので、本当の意味での嫌悪もない。というわけで、ガウバルトとみちるの兄妹のような応酬を、結衣は気楽に楽しめるのだった。



 ガウバルトも、それを楽しんでいる節がある。






「ええ、そうなんです」



 結衣の笑みに、ガウバルトも笑みながら頷く。それを聞いて、みちるがへの字にしていた口を動かした。



「家でゆっくり休んだらどうですか?」



『帰れ』といわんばかりの言い草に、ガウバルトが『にかっ』と笑う。



「みちる様、こう見えて、俺は仕事人間でしてね。休みの日でも、ぶらぶらするなんて、とてもじゃないけどできないんですよ」

「嘘だ!」

「嘘じゃありませんよ。大事な御使い様がどうしてるか、休みの日も、仕事の合間も、気になって気になって仕方ないんですよ。だからこうして休みでも家に帰らず、御使い様をお守りする任務に、自主的に就いてるわけです」

「いやいや、お茶飲みに来てるだけですよね? 仕事の合間も、って休憩しに来てるだけですよね? 今日だって、ご飯食べに来ただけですよね?」

「何いってるんですか、みちる様」



 はははと豪快に笑い飛ばした護衛騎士は、菓子に手を伸ばしながら、侍女のリシェに「しょっぱい物もあればお願いしたい」と図々しい注文をする。



「リグリエータさん、なんとかいってやってください。このひと、お守りするとかいってますけど、飲み食いしかしないんですよ?!」



 みちるは何をいってもまったく堪えない護衛騎士ではなく、今この場で、厚かましい護衛を押さえつけられる唯一の存在――総大将の側近リグリエータに訴えた。


 しかしできる側近は、呼びかけに、ちらりと視線を動かしただけだった。

 舌鋒を放つ薄い唇は、このとき、茶器の影に隠れていた。


 リグリエータが何もいわないのをいいことに、



「そんなことないでしょう」



 ガウバルトが異を唱える。



「ありますよ。しかもこの間なんか、人の分までぜーんぶたいらげちゃって。ほんとひどいんですよ?」

「いや、手をつけてらっしゃらなかったんで、お嫌いなんだと思って片付けたんですよ? 善意です」

「何が善意ですか。あれは食べる時間がなくて置いてたんですー」

「今後は気をつけますよ」

「それ、シャルナーゼさんにもいっといてくださいね?」

「おっ、その感じじゃ、あいつも結構来てるんですね?」

「ほぼ毎日来てますよ。昨日なんか特にひどかったですよ」


 

 険しかったみちるの顔が、さらに険しくなった。



「――休みで暇だかなんだか知りませんけど、たっぷり半日はいましたよ。わたしたちがうんうんいいながら勉強してる後ろで、たらふく飲んで食べて昼寝して、剣を磨いて、ちゃっかり夕飯まで食べていきましたよ! なんなんですか? あの人!」

「ほんと、鞘までぴっかぴかになってました」

「結衣ちゃん、感心してる場合じゃないよ?」

「いや、だって、ほんとぴかぴかだったから……」

「あれだけ無心で磨いたら、なんでもぴかぴかになるよ!」

「ははは、やるな、あいつ」



 みちるの怒りもなんのその、ガウバルトは大口を開けて笑う。



「やるな、じゃありませんよ! あの人なんなんですか? ほんとに護衛なんですか?」

「護衛ですよ。休日だろうが何をしてようが、ちゃあんと目は光らせてますから、大丈夫です」

「剣は嫌ってほど光ってましたけど、目はぜんぜん光ってませんでしたよ? めちゃめちゃくつろいでましたよ?」 

「いや、俺と同じで心の目は光らせてますから、大丈夫です」

「すーすー寝息立ててましたけど? 心の目もお休みになってましたけど?」


 瞬間、ぶっとガウバルトは吹いたが、すぐに体勢を立て直す。


「それでも危急には即応できます。むしろ、そっちのが得意なんですよ、俺らは」

「絶対、嘘!!」 



 という騒ぎの横で、リグリエータはひとり静かに茶を飲み、ウードとミレア――二人の師は気配を消して、奥の方で座ったまま、成り行きを見守っている。



「リグリエータさん……聞いてくれてます?」



 みちるは、さっきからうんともすんともいわない側近の顔を、少し離れた場所からのぞき込んだ。



「……」



 それでもリグリエータは反応しない。 

 


「リグリエータさん?」



 今度は結衣が呼びかけた。

 リグリエータはここに来て、最初に一度、ガウバルトを叱ったきりだった。

 いつもなら、茶を飲んでいても、飲みながら、二人の勉強の進捗具合や予定の確認など、さくさく草を刈るように話を進めていくのだが、今日は瞑目しながら、茶を飲むばかりだ。



 具合でも悪いのか――



 結衣が身を乗り出そうと身体を動かしかけたとき、



「あれですね……」



 ガウバルトが重々しくいった。珍しく、口調も顔も真剣だ。



「なんですか? あれって」

「リグリエータさん、今、心の耳栓してますね」

「……」

「……は?」






◇  ◇  ◇  ◇






「ヤーヴェが王城に戻ったんで、リグリエータさん一人に仕事が回ってくるわけですよ」



 二の句が継げないでいる結衣とみちるに、ガウバルトが真面目くさった顔で説明してくれた。



「普通だったら気遣って、減らしたりしてくれるんでしょうが、そこは玲様ですからね。怪我も病気もしてない健康な相手に、容赦なんかしちゃくれません。それどころか、リグリエータさんが何でもこなすもんで、どこまでできるか面白がって、逆にどんどん仕事を回してくるんですよ」

「はあ……」

「そうなんですか……」

「リグリエータさんはリグリエータさんで、『できません』とかいいながら捌いていくもんだから、仕事が増える一方なんですよ。あれですね。いい加減に出来ない、意地でもしてしまうリグリエータさんの気性を上手く利用されてますね。まったく、恐ろしい人ですよ、玲様は。それを誰も止めませんしね。キリザ将軍は『いっぺん、やれるとこまでやってみりゃいいだろ。こんな機会はまずねえぞ』とかいって、一緒になって面白がってますし。止めてくれる人がいるとすれば、ソルジェ殿下ですが……殿下も玲様にはとことん甘いですからね。ま、力尽きる前には、なんとかしてくださるとは思いますけど――」

「でも、サルファさんがいますよね? サルファさんだったら、止めてくれるんじゃないんですか?」


 

 いつも二人の努力をたたえ労ってくれる副宰相サルファの、優しい面を思い浮かべた結衣が、そう訊ねると、



「結衣様、何いってるんです。見た目とあたりの柔らかさに騙されちゃいけませんよ?」



 呆れ声を返された。



「あの人はキリザ将軍の友人ですよ? 見た目や感じは天と地ほどに違いますけど、本質は似てるんです。だから、なんだかんだいいながら仲いいんですよ、あのお二人。それにあの若さで副宰相になってるんですよ? 能力もそうですが、まともな神経じゃ、あそこまでの地位には登れません。リグリエータさんの扱いに心を痛めるような普通の優しさは、お持ちじゃないですよ。それに、副宰相閣下は、玲様の熱烈な信者で支持者ですからね。玲様の不利益になるようならお止めするでしょうけど、そうでなきゃ、何もいいませんよ」

「そうなんですか」

「そうなんです。副宰相閣下は玲様たちが何をされても、嬉しそうに笑ってらっしゃいますよ。だから大変なんですよ、リグリエータさんは。孤軍奮闘お疲れなんで、そっとしといてやってください。心の耳栓も仕方ありません。なにしろ向こうで耳栓なんて、そんなことをしたら、後が大変ですからね。いつなんどき何をいわれるか、されるかわかりませんから、まったく気も抜けませんし……。俺らみたいな使われる人間は、ここでしか(・・・・・)ゆっくりできないんですよ」

「やっぱり休憩に来てるんですね?!」



 ごく自然な告白に、みちるが食いついた。

 するとガウバルトは、「ええ」と悪びれることなく、実にあっさり頷いた。



「だって向こうじゃゆっくりなんて、とてもじゃないけどできません。くつろいでたら睨まれるんですよ? 玲於奈様と良子様に。伴侶の皆さんが一緒じゃなかったら、『何しに来た』『帰れ』って目ですよ? ひとのこと、塵芥でも見るみたいに見るんですよ? そうじゃなかったら、あれしろこれしろって使われるか、遊ばれるかのどっちかでしてね。ほんと恐ろしい場所ですよ、あそこは。心身ともにやられます。だから俺たちは、向こうで失った英気を、ここで養ってるんです」



 無理なからぬこと――当然の帰着であるようにガウバルトは話すが、『うんうん』と頷けるものではない。なにせ、口でいってる割には、顔の色艶はとてもいいし、気鬱さの微塵も感じられないのだ。


 見るからに健康体――身体も心も骨太な護衛騎士を、みちるは睨んだ。



「他の場所ところで養ってください」

「ここが一番いいんですよ。近いし、飯は勝手にでてくるし――」

「休憩所がわりに使わないでください!」

「御使い様はぜんぜん怖くないし――」

「はあ?!」

「楽しいし、気を使わなくていいし、落ち着くんですよねぇ」

「こっちが落ち着けませんよ!」

「そうだ、俺も剣の手入れするか……このところ忙しくて、ちょっと手抜きになってたんですよね。気になってたんですよ。大事な商売道具ですからね。一気に片付けますか!」

「そんなの他所でやってください!」



 みちるが声を荒げていると、リグリエータがカチャリと音を立て、茶器を戻した。



 すかさずリシェが反応する。 

 お代わりは? いかがいたしましょう?――無言の問いに、無言で否の意志を伝えてから、



「確かに、ゆっくりできるな。少々うるさいが……」



 リグリエータが鋭い目を持ち上げた。





◇  ◇  ◇  ◇






「耳栓、もういいんですか?」


 

 ブルータス、お前もか――愕然としながら目を見張るみちると、「でしょう?」と、嬉しげなガウバルトのはざまで、結衣がにこやかに訊ねる。



「ええ。おかげで、ひとごこち付けました」

「よかった」


 

 そっけない返事を聞いて、結衣は笑った。




 リグリエータも、ガウバルトと同じで、見た目を裏切らない人物だった。

 見るからに切れ者の側近は、剣を思わせる鋭利な風貌で、態度にも言葉にも、愛想というものがまるでない。無駄を徹底的に排除したような言動だ。が、毎日顔を合わせているうちに、それにも慣れてきた。


 こちらに移ってから気遣われることが多くなり(もちろん、アリアロスの護衛二人は除く)、



 そんな気を使ってくれなくても――



 かえって恐縮することが多くなった結衣とみちるには、リグリエータの任務、仕事と割り切った接し方は、逆に神経を使わずに済むのだった。




『遠慮しないでください。俺も遠慮しませんから』



 と最初に宣言した通り、リグリエータは遠慮しなかった。


 ヤーヴェやセリカのように、優しく労ってくれることはない。もちろん、親身になってくれる二人の言葉や気持ちは、それはそれでたいへんありがたく、とても嬉しいのだが、『しょうがないですね』『ま、がんばってください』と実にそっけなく、聞き手によっては突き放すようにも聞こえるリグリエータの方が、結衣とみちるには合っていた。



 気分を悪くしないかな?――などといちいち考える必要がない。

 嫌われてるのかな?――と思うこともない。



 なにせ、リグリエータのつっけんどんな態度と物言いは、仕様なのか常態化しており、しかも相手を選ばなかった。軍の総大将――主であるキリザにも、まったく遠慮しない。


 さすがに、グレン、サルファ――宰相、副宰相の両者に対しては、遠慮していた。遠慮といっても、積極的な発言を控えているというだけで、態度はほとんど変わらない。彼らが同席していても、キリザへの発言はそのままだったし、二人に差し出口は控えても、追従口は決してしないし、頷きはしても微笑んだりはしなかった。


 心象を上げたい、相手に自分を良く見せたい――などとは、露ほども思ってないようだ。 



『御使い様なんですから、俺らに気を使う必要はありません。ま、玲様たちみたく、まったく無し、好き放題っていうのは、困りますがね』


 

 リグリエータは誰に対しても率直だった。

 作り笑いで態度をころころ変える連中とは大違いだ。



 おもねらない、つくろわない。一貫した態度とストレートな言葉を吐く、常に気分は低気圧――な側近リグリエータに、結衣とみちるは一方的な信頼と親しみを覚えていた。

 



「今日はゆっくりなんですね、リグリエータさん」

「ええ。そろそろお暇しますがね」


 

 結衣の声に、リグリエータは安定のそっけなさで答える。



「え? 今日は駄目出しは――」



 いいんですか?――とみちるがいう前に、図々しい護衛騎士が、図々しく割り込んできた。



「まあまあリグリエータさん。そういわず、ゆっくりしてってくださいよ」



 聞くなり、みちるの顔が歪む。と、それを見たガウバルトが眉をひそめた。



「みちる様、女の子がそんな顔しちゃ駄目ですよ」

「はあ?」



 そうしてみちるの渋面を鬼瓦へと進化させたガウバルトは、リグリエータに笑顔を向けた。



「ゆっくりしてこいっていわたんでしょう? ゆっくりすればいいじゃないですか」



 悪魔のささやきをし、それから真顔になる。



「――でも、休んだ後が怖いですね。何かとんでもない用事を言いつけるつもりじゃないですか? 玲様」



 心配するように見せかけて、不安をあおろうとするガウバルトだった――が、「ふん」と、リグリエータに鼻先であしらわれた。



「ガウバルト、他人ひとのことより、自分の心配をしろ」

「え?」

「どうしようかと思ってたが、助かった。酷くこきつかってもよさそうなのを、二人ばかり見つけたからな」

「……嘘でしょ?」


 

 それまで余裕だったガウバルトの笑顔がひきつった。



「選ばせてやる。力仕事とちょっと頭を使うのと、単純だがまったく面白くない作業、どれにする?」

「ちょっ、勘弁してください。俺、今日非番なんすよ? それも久しく取れ――」

「それだけ時間があったら、お前ひとりでできるな。やり方も、わかってるし」

「待ってくださいよ!」



 ガウバルトは泣きつくが、リグリエータはあっさり視線を外すと、結衣とみちるに向き合った。



「今日、こちらに大臣たちが来ます」



 いきなり本題に入る。

 いつもそうだがリグリエータは簡潔で、状況は考慮しても、こちらの心情に合わせてくれることはほとんどない。


 急転直下――天から地に叩き落された護衛騎士の姿に、小鼻を膨らませていたみちると、気の毒そうに見ていた結衣が意識をリグリエータに移す。と、彼はいった。



「――面談の席に、お二人とウード先生にも同席していただきたいと玲様が仰せですので、準備してください」

「……」

「……」


 

 結衣とみちるは固まった。

 そのまま三秒ほどかっちり固まってから、



「それを先に言ってくださいよ! リグリエータさん!! いつですか? 今? もう? すぐ行くんですか? 何するんですか? 挨拶? 挨拶ですよね? どうするんだっけ、結衣ちゃん」

「ちるちゃん、落ち着いて。それより先に用意しなきゃ。玲さんたちに会うんだし。片付けて、手洗って、服着替えて――」

「うわあ、コシマさん、リシェさーん!!」

 


 勉強優先で、御使い様どころか、年頃の娘としてどうなのか? と自身でも突っ込めるほど身づくろいの甘い二人は、慌てに慌てた。

 清潔であればそれでよし! が、あだとなった。

 うるさく騒ぐ二人に、



「ふん、普段から身支度をきちんとしておらんから、こういうことになるのじゃ」



 ウードがいわでものことをいう。



「むきー!」

「みちる様、結衣様、まずはお仕度をいたしましょう。コシマ、リ――」

「いえ、そのままで結構ですよ」

「え? いいんですか?」



 熱のない声に、結衣が反応する。



「お二人には御使い様に見えない格好で、といわれてますので」

「もう、それを先に言ってくださいよ、リグリエータさん」

「でも、髪はなんとかしてください。お二人とも、跳ねてますよ」

「……」

「……」

「ぶっ」

「ささ、結衣様、みちる様」

「あちらへ――」



 間隙に、すかさずコシマとリシェが進み出る。




 結衣とみちるのスライディール城での生活は、たいへん賑やかで、とてつもなく忙しかった。

 王城でのそれとは、まったく異なる。

 思っていたのともぜんぜん違う。

 運動会の大玉転がしの球のごとく、押し走らされる毎日だ。



 多くの人の手でころころと転がされる、充実(?)の毎日を過ごす二人には、目を回さずに進むのがやっとで、球の軌跡を振り返る時間もなければ、向かうだろう先を想像する余裕もなかった。






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