表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界カルテット ~わがままに踊ります~  作者: たらいまわし
第七章 舞台にあらわれいでたるは
69/81

スライディールという城で

 午前の講義――本日一講目となる講義を終えた結衣とみちるは、ソファに座っていた。


 休憩時間である。

 午前唯一となる休憩は、比較的長く時間が取られており、その際には茶が供されるため、あたりには茶と焼き菓子のいい香りが漂っている――


 というのに、結衣とみちるの顔は険しかった。



「うーん」

「はぁ」



 仲良く暗い声を落とす。

 なぜなら、目の前に鎮座しているのは、芳香など放たない書類や冊子であり、それらが大小の山を築く向こうにウードがいる。


 香りの素らは隅っこのティーテーブルの上。

 物理的に手の届かない場所にあり、



「結衣、みちる。先からうなり声とため息しか聞こえんが……よもや、眺めておるだけではあるまいな?」

「……」

「……」

 


 心理的にも手が伸ばせない状態だった。



 厳しい声と視線に、みちると結衣は顔を上げた。



「ちゃんと読んでますよ」

「もう、目がしぱしぱしてます」


 

 濃い疲労感を漂わせながら、それでも二人は手元の紙に視線を戻した。

 

 

「はぁ。絵が欲しいなあ。せめてイラスト」

「ほんと、そう」 

「馬鹿をいうでない。人相書きなど、どれほど時間と手間がかかると思うておる。これだけ揃えてもらっておるだけでも、感謝せねばならんのだぞ。わかっておるのか?」

「わかってますよ。わかってても、いいたくなるんですよ」

「字だけだとわからないんです」

「想像せよ」

「それが難しいんじゃないですか。皆、なんか似たような感じだし……」

「先生、ちょっと休憩させてください」

「何をいうておる。今がその休憩時間ではないか」

「これじゃあぜんぜん休憩になりませんよ!」

「お茶、飲みたいなあ……」


 

 結衣が、ティーテーブルに目を向けた。

 

 



◇  ◇  ◇  ◇





 早いもので、二人がスライディールの城に移ってから、十日近くが経つ。

 二人を取り巻く環境は激変した。


 暗い穴のような場所から解放された。

 新たな住まいとなったスライディールの城は、外観こそおどろおどろしかったが、中は心安らぐ美しさで満たされていた。


 集う人間もしかり。近寄りがたい人が多かったが、嫌らしい笑みを浮かべたり、蔑みや嘲りの視線を向けてくるような人間は、ここには一人としていなかった。なにより、この城には、あの四人がいる。


 

 喜びしかなかった。

 玲たち四人がこの世界にいた。憧憬する彼女たちが、それも、自分たちを救いにあらわれた。

 あのときの驚きと感動を、二人は一生忘れないだろう。

 それまで抱えていた恨みや悲しみ、不安、苦しみといった負の感情は、あの一瞬で浄化された。


 目に留まることなど一生ないと思っていた相手に認識された。

 間近で見る喜びに、四人の気遣う言葉や優しい笑みに、二人は有頂天になった。


 舞い上がりすぎて失礼なことをいったり、してしまったというのに、スライディールの人々は、結衣とみちるをあたたかく迎え入れてくれた。

 もう、見るもの聞くものすべてが嬉しく、胸は弾むばかりだった。


 が、踊るようなその気持ちは、わずか数時間で終了した。




『元気そうでよかった。今日はゆっくり休んでもらって、今後のことを話すのは明日にしようかと思ってたんだけど、二人とも元気いっぱいみたいだから、今から話してもいい?』

『はい!』

『どんとこいです!』


 調子をこいて、いい返事をしてしまった。

 結果、こうなった。

 書類とウード――彼らを相手に格闘の毎日だ。




 なにしろ二人の知識は真っ白に近い。

 御使い様に関することはウードに教えられ、いくらかは知っていたが、それ以外のことはまるで知らない。


 というわけで、二人はこの世界のことを一から勉強することになった。

 まずは、生活に直結すること――新住居となったスライディール城のいわれや特異な構造、ここでの決まりごと、出入りする人々のことを教えられた。


 特別難解なことはなかったが、人の顔と名前、役職や関係性など、覚えなければならないことが多かった。しかもこれはほんのさわり、入り口でしかない。


 知るべき異世界は、彼方まで広がっている。

 範囲が広がれば、覚えることも当然増える。それも、可愛らしい量ではないだろう。闇金で作った借金のごとく、急速に膨れ上がっていくに違いない。


 それらに押しつぶされる己が姿をたやすく想像できた二人は、背筋に寒気を覚えたが、身体を震わせる暇はなかった。

 引き続き教授役として二人の側にいることになったウードが、それをさせてくれなかった。




 最初ウードは、二人が豪奢な檻から解放されたことを、我がことのように喜んでくれていた。

 が、それはそれ――ということなのか、確かな相手に保護されたことで憂慮がなくなったのか、元から遠慮のなかったウードの指導の手は、以前にも増して厳しくなった。



『先生、ちょっと待ってください』

『待たぬ。次はこれを覚えるのじゃ』

『無理ですよ!』

『できなくてもやるのじゃ。明日の講義に必要なことじゃからな。これらは明日の朝までに覚えよ、よいな。それは至急じゃが、こちらは暇のあるときでよい、目を通しておくのじゃ』

『暇なんかありませんよ!』

『なければ作ってでも覚えよ。これには毒草、毒花、毒虫、害獣などが載っておる。しかしまあ、よくこれだけのものを揃えられたの。危険な動植物ばかりを集めた図鑑など、お目にかかったことがないわ。しかも、量といい、これほど精密かつ仔細に色つきで描かれたものは他にはないぞ。みちる……菓子などで汚すでないぞ』

『こんなグロいもの見ながら、ものを食べようかなんて気になりませんよ!』

『はて、そのように繊細であったかの?』

『先生はわたしをどういう人間だと思ってるんです?』

『まあよい。おぬしらには食事か休憩時間くらいしか残っておらんから、そういうたまでじゃ。しかし、それが無理なら、睡眠時間を削るしかないの』

『ええー?!』

『先生の鬼! 人でなし!!』

『何をいうておる。すべてはおぬしら自身のためじゃ。よいな? これらの名称は覚えんでもよいが、色形は目に焼き付けておくのじゃぞ。それからこれは王宮の――』



 国名ひとつからして『はじめまして』状態の二人に、まったく容赦なしだ。


 フォアグラ生成要員のガチョウよろしく、ウードから知識をぎゅうぎゅう詰めにされる――その一方で、二人は御使い様について回る大事なことも決めなければならなかった。

 




◇  ◇  ◇  ◇





 結衣とみちるは、自分たちが『御使い様』というたいそうな存在である――などと思ったことは、正直、一度たりともなかった。御使い様は玲たち四人であり、自分たちは何かの間違い、手違いだと確信していた。ところが。



『後見人と伴侶を決めなくちゃいけないから、その準備もしておいてね? 人選に必要なものは、こっちで用意してあるから――』

『え?』

『ああ、ひょっとして、だいたいの目星は付けてる? だったらいいんだけど……』

『いえ、違うんです。その、伴侶って、わたしたちの……ですか?』

『うん。そうだけど?』

『ふふ。中尾さんと村瀬さんは、自分は御使い様じゃないと思ってるのね』

『そっか……。うん。それじゃあ、二人に選んでもらおっかな。中尾さんと村瀬さんは、今、分かれ道に立っています。道は二つ。ひとつは、御使い様であると受け入れる道。もうひとつは、御使い様なんか真っ平御免、遠慮しますの道。さあ、どっち?!』

『……』

『……』

『ちょっと、何? その「丁か半か」みたいな訊き方。博打じゃないんだから』

『いいんじゃない? 実際人生かかってるし』

『玲於奈?』  

『村瀬さん、中尾さん。玲ちゃんはすっごい軽いノリで訊いてるけど、これ、すっごい大事だから、ここは、どっちにはるか、真剣に考えてね。でも、すぐ決めてね?』

『あんたのノリも、とんでもなく軽いけど?』

『え? そっかな?』

『そうです。わたしたちは軽ーく、コーヒー? 紅茶? どっちにする? みたいな感じで訊いてますが、これはとても重要です。その場限りの話ではありません。一生に関わります。御使い様として生きるか――、その地位を捨てて生きるか――、道は百八十度違います。ですが、どちらも茨の道です。そう簡単にはいきません。それぞれに困難と苦労があります。それはもう保証します。で、どうせ苦労するんだったら、自分のため――幸せの可能性が高い方を、とった方がいいと思わない?』



 と、玲にいい笑顔を向けられて、「うむうむ」「なるほど」と思った二人は、このとき軽く頷いてしまった。

 確固たる意志があって頷いたわけではない。

 前向きな考え方に、同意を示しただけなのだが、ここで頷いてしまったことで、二人の運命は決まった。


 御使い様としての道をとった――とみなされてしまった。

 気付いたときには遅かった。


 すでにその前提で準備をしていたのだろう。二人の居室となる場所に、大量の品が運び込まれた。

『違うんです』などと言える状況では、もうなかった。



 というわけで、本来おいしいお茶らが乗せられるはずのテーブルは、後見候補と伴侶候補の身上書からなる山々に占拠されたのだった。ご丁寧に、補助資料として各種名鑑、会議録や法規集――といったものまで用意されている。


 逃げられない――


 知らぬ間に借金――こなき爺でも可――を背負わされた気分だ。が、頷いた以上、おののいてばかりもいられない。

 すべては自分たちのためだ。

  


『不相応の身分に気後れするのはわかるが、よく考えるのじゃ。御使い様という地位は、望んで得られるものではない。逆に、捨てられるものでもない。あえてそれを捨てるというのであれば、それなりの覚悟をせよ。放棄するには強い意志が必要じゃ。多くの人間を説得せねばならん。説得したところで、自由など、手に入らんぞ。利用しようと企む輩もおるでな。国の監視下に置かれるのは、まず間違いない。過去にもそうした例があった。ならば逃げようか――などと愚かなことを考えるでないぞ。この世界の人間でないおぬしらが、どこへ行く? 誰を頼る? 何も知らぬ世界で生き抜く術が、おぬしらにあるか? 甘い考えは捨てよ。御使い様でないと固辞するおぬしらに、手を差しのべるものなどおらぬ。伸びてくるのは、邪まな手しかないぞ。それでなお、御使い様ではないというか? わずか一時の心の平穏のために、先の平穏を手放すか? 御使い様ではない『不定の身』となることを望むか?』 



 と、たたみかけるようにウードに脅された結衣とみちるは、ただちに身上書の山と向き合った。


 まずは、『急務』といわれた後見人に手を付けた。

 さすが大国――というべきか。

 ホレイスのような人間もいるが、まっとうな偉い人も多いらしく、後見候補の身上書は、小山を作っていた。それでも、流し読みせず貴族名鑑をめくり、助っ人から助言ももらい、数日をかけて数名にまで絞った。


 本当は、ウードかサルファになってもらいたかったのだが、ウードは後見役を務めるには、地位と力が圧倒的に足りなかった。しかも高齢である。無理はさせられない。

 今、仮の後見人となってくれているサルファも、これ以上は彼の負担が大きくなりすぎる――ということで、二人が希望する両名は駄目だったのだ。


 よくしてもらっている人に無理はさせたくないし、迷惑だってかけたくない。仕方なく諦めた二人は、後見人を選り分けた。



 そしてほっとしたのも束の間。次に待っていたのは、伴侶候補者らの身上書だった。

 難敵だ。後見候補とは、わけが違う。およそ三百という数は、まさに桁違いの多さだ。


 それら身上書が作る山を見るだけで眉根が寄る。が、すべてに目を通すよういわれているので、睨み付けてばかりもいられない。しかも見るだけでなく、この三百という数を、数十にまで絞り込まなければならないのだ。



『会うのが一番だと思うけど……三百人の候補者全員と、会う?』



 ぶるぶるぶる――

 当然、絞る道を選んだ。

 選んだものの、手が伸びない。なにせ、結衣とみちるには、候補者というものに、良い思い出がない。

 

 しかしそんなことはいってられないので、手に取ってみる。だが、書類だけで絞り込むというのは、想像以上に困難な作業だった。



 名前、年齢、家族構成――それらを頭にインプットしてみても、脳裏に思い描けるのは、紙を切って作ったようなひらひらした人型くらいのものだ。


 職業、家柄、賞罰――さらなる情報を加えてみる。

 ずらずらと書いてあるそれらは、多分、すごいのだろう。

 しかし、結衣とみちるには、どこがどうすごいのかがわからない。


 そうしたわからないことは細かく仔細に書いてあるくせに、肝心の人柄は『良』『可』などと、簡潔を極めた記載しかなく、容姿にいたっては皆無だった。


 これでは想像しようにも想像できない。

 肉を付けるどころか、点々とした目鼻さえつかず、ひらひらとした人型が頭の中に増えていくばかりだ。




「無理ですよ、先生」



 人型しか生成しない文字の羅列に、みちるが音を上げた。



「無理ではない。玲様たちは、わずか数日ですべてに目を通されたというぞ」

「そんな……玲さんたちと一緒にされても困ります、先生」

「そうですよ。元がぜんぜん違うって、前からいってるじゃないですか。処理能力が違うんですよ。っていうか、そもそも順番が違うじゃないですか。玲さんたちは先に伴侶をバシッと決めてから、候補者の身上書に目を通したんですよね?」

「そうじゃ。おぬしらも、バシッと決めるがよい」

「決まりませんよ! 決め手が見えませんよ。そうじゃなくて、先生。先に基準になる人が決まってて、それで振り分けていくのと、膨大な中からちまちま探すのとは、ぜんぜん違うんだと、わたしはいいたいんですよ」

「ふむ。それはそうじゃな」



 ウードが考え深げに頷く。



「みちる、おぬしはときおり、はっとするほどまともなことをいうの。じゃが、いたし方あるまい」

「なんですか、ひとをまともじゃないみたいに。わたしは常にまともですよ! しかも他人事みたいに、しかたあるまいなんて」

「何をいうておる。他人事じゃと思うておれば、このようにうるさくはいわん」

「そうですよね」

「駄目だよ結衣ちゃん、そこで嬉しそうに頷いちゃ。とにかく、わたしたちだけじゃ無理ですよ。助っ人がいないと」

「そのように、すぐ人をあてにするでない」

「じゃあどうやって絞ればいいんですか?」

「そのための名鑑ではないか。他の資料も揃えていただいておるのじゃ。それらを駆使せよ」

「いちいちあっちもこっちも探してたら、それだけで日が暮れますよ!」

「そういう文句は、実際、日が暮れるまで探してからにせよ」

「やっていいんだったら、やりますよ?」

「何をいうておる。そのように悠長に探している時間など、おぬしらにはない」

「ほらっ、ないじゃないですか! それなのにやってから文句いえとか、おかしいですよね?」

「そういう小理屈をひねりだしている間に、探すのじゃ」

「はあ?!」



 と、ウードとみちるが遠慮ない言い合いをしていると、「くすくす」という楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


 柔らかな声に、三人が顔を上げる。


 扉口に、若い女性が立っていた。

 若いが、にじむような品と落ち着きがある。



「皆様、おはようございます」



 小さく腰を落とす優美な姿に、結衣とみちるが歓声を上げた。


 

「ミレアさん!」

「やったー! 助っ人来たー!」






◇  ◇  ◇  ◇







「まずは、挨拶をせんか!」



 挨拶をすっ飛ばした結衣とみちるは、当然のことながら、ウードに叱られた。

 しかし、しょげることもなければ、むかっ腹を立てることもない。



「おはようございます、ミレアさん」

「おはようございます。ミレアさん、来てくれたんですね。ちょー嬉しい」



 嬉しさが勝つ二人は、満面の笑みでミレアを出迎えた。






 ユリアノスの妻ミレアは、結衣とみちるの礼儀作法の師になっていた。

 元は、玲たちの礼儀作法の師をしていたが、吸収力抜群の四人には、もはや教えることは何もないらしく、まっさら状態の結衣とみちるに付けられたのだった。


 最初その話を聞いたときは、


 

 この上、礼儀や行儀作法までねじ込まれるのか――

 死んじゃうかも――



 二人は首を落とした。



 なにしろ、師となる人物は、親は地方豪族、嫁いだ相手は高位貴族の嫡男という生粋の貴族だ。


 その女性というのが、玲の伴侶――第一王子ソルジェの側近ユリアノスの妻だと知って、二人の目の前は真っ暗になった。

 というのも、師となるミレア本人と会うより先に、彼女の夫ユリアノスと面識を得ていたからだ。


 ユリアノスは、文句なしの男前だった。精悍で、高潔さが感じられる正統派男前だ。黒目黒髪がいっそうそれらを引き立てる。しかし、堅い。高位貴族にして高位の武官。しかも第一王子付きというのだから、仕方のないことかもしれないが、ユリアノスは言葉や態度、雰囲気など、何から何まで堅かった。


 そんな男性の妻である。



 いったいどんな堅い女性が来るのか――『四角四面か?』『上から目線か?』『敵対心むきむきか?』『びしびし容赦なし系か?』



 と、びくびくしていた二人の前にあらわれたのは、鞭などふるいそうにない、はかなげで優しげな風貌の女性だった。

 押し付けてくるようなものが何もない。ふんわりとした空気をまとう、乙女のような人だった。


 癒し系。


 いやいやそうと見せかけて――と最初懐疑的だった二人も、


『礼儀作法の師を仰せつかりましたミレアにございます』


 という柔らかな挨拶からはじまり、


『難しく考えていただくことはありません。いずれ覚えていただければ結構ですよ。作法は生き死にに直結するものではありませんから』

『休憩時間までお使いなのですか? あまりご無理はなさらないでくださいね』

『休息は必要ですよ、ウード先生も』


 激走するウードにブレーキをかけ、礼儀作法に当てられた時間を、お茶や肩肘張らない会話などに割いて緊張と鬱憤を解消してくれるにいたって、癒し系ではなく、完璧な癒しであることを知った。


 そうして癒してくれるだけでなく、二人の窮状を見かねてか、頻繁に顔を見せ、手助けまでしてくれる。

 後見人の選別は、ミレアなしにはできなかった。しかも、


『皆様の一助となれますことが嬉しいのです』


 といってくれるのだ。



 こんな人がいるのか――



 王城の侍女たちしか知らなかった二人は感動した。

 

 かしずかれることになれた貴族の女性だというのに、ミレアはまったく偉ぶらなかった。

 それは、コシマとリシェ――かつてはミレアの侍女だったが、今はスライディール勤めになっている――二人の侍女にしても同じだった。

 

 ミレアから離され、玲たち四人付きになり、そこからさらに凡庸な自分たち付きにまわされたというのに、嫌な顔ひとつせず、『お励みください』と、かいがいしく結衣とみちるの身の回りの世話をし、勉強に集中できる環境を整えてくれる。


 見下すこともなければ、玲たちと比較することもなく、結衣とみちるを見、気遣ってくれる。

 ウードに対しても態度を変えない。

 コシマとリシェ――二人の侍女と、大貴族の若奥様であるミレアは、ウード自身が恐縮するほどに彼を立て敬い、そうしながら、結衣とみちるの手助けまでしてくれるのだった。


 そして今日も。 

 


「お邪魔になるかとも思ったのですが、早いほうがよろしいかと思いまして」


 人目を惹くような美人ではないが、人柄がにじみ出る優しい面に、これまた優しい笑みをのせて、ミレアはいう。


「はい」

「なんですか? ミレアさん」


 期待と喜びを込めた目で見つめる二人の前に、ミレアが薄い紙束を差し出した。


「玲様たちが伴侶選定の折に作られた、伴侶候補者の選別一覧表です。こちらをご参考にすれば、結衣様とみちる様の選別作業もはかどるのではないかと思いまして、お借りしてまいりました」

「ミレアさん……」

「マジ天使」


 




◇  ◇  ◇  ◇

 

  


 


 高位貴族、堅物美男子ユリアノスの妻女にして礼儀作法の師、そのじつ天使のミレアは、冷めたお茶を侍女たちに入れ替えさせ、それを結衣、みちる、ウードの三人にすすめながら、自身は侍女二人を呼び寄せ、一覧表をもとに身上書を仕分けはじめた。


 三人がお茶を飲んでいる間に、身上書は『良』『可』『不可』という三つの山に綺麗に分別された。

 


「どのような基準を設けられて判断されたかは教えていただけませんでしたが、玲様たちは、このように分けられました。これを絶対と、信じてくれるなと、玲様はおっしゃられました。これは自分たちのまったくの独断だからと。結衣様とみちる様には、ご自身の価値や基準に基づいてお選びいただきたいとのことです。ですが、玲様はこうもいわれました。『不可』については問題ないと」



 いわく、『良』『可』をそのまま鵜呑みにするのは駄目だが、『不可』についてはそのまま不可として処理していい、ということらしい。

 実際、『良』と『可』は、どういう基準でより分けたのか、まったくわからなかった。


 ルゼー、ウルーバルの両将軍――ヒエラルキーの最上部にいる人物たちが、『可』に入れられていたのだ。


 ウルーバルはまだわかるとしても、非の打ち所のないルゼーが『可』というのはわからない。さらに、ウルーバルの弟エルーシルが『良』に入っていたことで、ますますわけがわからなくなった。が、『可』も『良』と同じく、じっくり見なければいけない――ということはよくわかった。


 良、可の間には、絶対の開きはないようだ。しかし『不可』には、なるほどと頷けるものがあった。

 知己の少ない結衣とみちるが、その姿を思い浮かべられる数少ない人物たちの名が、そこに並んでいたのだ。


 もとより、玲たちの判断を疑う気持ちなど毛ほどもなかったが、不可の中に彼らの名を見つけた結衣とみちるは、絶対の信をおいた。

 


「玲様たちが『不可』とされた方々は、結衣様とみちる様にもふさわしくないと、玲様はお考えです。玲様たちは、最初に仕分けされて以降、一度も手を加えていらっしゃらないそうです。王城へ、結衣様とみちる様をお迎えに行かれるより前に、こちらの方々は伴侶にふさわしくない、と判断されていたのです」



 早い段階で俺様、腹黒王子たちが伴侶候補から弾かれていたことを知った結衣とみちるは、大いに溜飲を下げながら、玲たちの選別眼のすごさに舌を巻いた。



「こちらに記載された方々は、ご出自、ご経歴、ともに素晴らしい方ばかりです。わたくしでもお名前とお顔が一致するような方たちですが、ルゼー将軍のように、なぜこの方がこちらに? と強く思えるような方はいらっしゃいませんでした。数としては少ないですが、こちらの方々を基点に振り分けていくのも、ひとつの手ではないかと思いまして――」


 といわれた結衣とみちるは、光を取り戻した。


「ミレアさん、ありがとうございます。なんだか希望が見えてきました。探すんじゃなく、まず、いらないものを、どんどん捨てていけばいいんですね?」

「ミレアさん、ほんとありがとうございます。なんかすんごいやる気がでてきましたよ。ははは、捨ててやる~。片っ端から捨ててやる~」


 死に体だった二人の心はよみがえった。

 目は生き生きとかがやき、全身にはやる気がみなぎっている。

 それと反比例するように、ミレアの面から微笑が消えた。


「え? 片っ端?」


 急激な変化、それも、不穏に明るい二人の様子に、箱から出たばかりの令夫人ミレアは動揺した。しかし、


「さあミレアさん、あの腹黒王子様と俺様王子様のお仲間をじゃんじゃん教えてください。芋ずる式で奴らのお仲間を切っていきましょう」

「お願いします」


 心が走りはじめたみちると結衣に、その心情が汲み取られることはなかった。 





◇  ◇  ◇  ◇





 結衣とみちるは、早速作業に取り掛かった。


「見つけたよ、ちるちゃん。この人、ホレイスさんの親戚だ!」

「ふはは、貴様は不可だ。コシマさん、その人は、ぽいしてください」

「かしこまりました」

「リシェさん、このガーワンさんていうひとは? 知ってます?」

「お名前は存じ上げておりますが、両殿下とお親しいかどうかは……」

「そうですか、残念」

「ガーワン様は元に戻しますね」

「はい」



 結衣とみちるは熱心に名鑑を繰り、玲たちによって『不可』に仕分けられていた第二王子ハイラル、第三王子リファイ、アブロー、ラズル、そして――伴侶候補ではないが、結衣とみちるにとっては悪の権化にして総本山であるホレイス――彼らに連なる候補者を探し、片っ端から切っていった。


 日ごろから親しくしている人間も、その対象としたかったが、いかんせん、結衣とみちるはその辺りのことがまったくわからないし、頼みとするミレアは、ユリアノスに嫁いでくるまでは地方で過ごしていたため、王都の交友関係にそこまで精通していない。ミレアとともに中央に出てきたコシマとリシェも同様だ。


 その線での選別は諦めざるをえなかった。が、伴侶候補者には彼らの血縁者らが多数含まれていたため、『不可』の山は着実に高くなっていった。


 身上書の総数が減っていくのは快感であるし、王城で自分たちをひどい目に遭わせてくれた一族を切って捨てる作業はこの上なく楽しく、結衣とみちるの手と口は止まらなかった。



「ねえ、ちるちゃん。これって、相関図みたいなの、作ったほうがよくない? 人が多いし、結構関係複雑だし、これだけあると覚えられないよ」

「そうだね。母親の姉の夫がハム夫の義理の弟とか、あるかもしれないし」

「聞くだけで、頭がこんがらがっちゃう。大変だけど、作っちゃえば書き加えていけるし」

「うん。さっき見たー! どっかで見たー! っていうのもなくなるよね?」

「うん、一回作ってみようよ、ちるちゃん」

「うん、そうしよう、結衣ちゃん」

「コシマさん、リシェさん、お手伝いしてもらってもいいですか?」

「はい」

「お手伝いいたします」



 というやりとりの傍で、


「ああ、どうしたらいいのかしら」


 ミレアはひとり、気を揉んでいた。





◇  ◇  ◇  ◇






「どうしましょう。わたくし、そんなつもりでおすすめに上がったのではないのですが……申し訳ありません、ウード先生」



 対象となる数が減れば、いくらかでもましだろうという気持ちですすめたそれが、俄然二人のやる気――それもちょっと違った方向に大きく火をつけてしまったミレアは、ウードに謝罪した。


 

「なんの、謝罪など無用です、ミレア様。あれはあれで理にかなっておりますぞ」

「ですが先生、このままでは……。候補者がいなくなってしまいそうな勢いです」

「心配は無用です。ホレイス卿の一族のものを排除するだけです。それより、ミレア様には礼を申し上げねばなりませんな。二人のために、お骨折りいただき、ありがとうございます」

「お礼など、とんでもありません」

「いや、ミレア様のおかげで、あれらは元気になりました。こちらに来てからずっと勉強漬けで、いい加減倦んでおりましたでな。実のところ、みちるがいつ暴れだすかと、わしは冷や冷やしておりました。騒がしいのはいつものことですが、あのように生き生きと騒ぐのは久しぶりです」

「そんな……」


 ミレアが恐縮しながら嬉しく思っていると、


「ミレア様」

 

 突然、ウードが好々爺の顔を消した。

 ミレアは驚き、老人を見つめる。


「はい」

「あれらは素直で真っ直ぐです。どうぞ、これからも、二人の力になってやってください」

「もちろんです」


 なぜそんなことをあらたまっていうのか――ミレアは不思議に思いつつ、助力を惜しむつもりはないその本心が相手に伝わるよう、深く頷いてみせた。 


「ありがとうございます」


 ミレアに向かって微笑んだウードが、その笑みを横向ける。

 ウードは孫娘を見るような眼差しで教え子たちを見、ミレアは胸騒ぎを覚えながら老人の横顔を見つめた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ