表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/81

清風高校 藤崎くんの独白

『文武両道』



 古めかしいモットーを掲げる清風高校には、それを自然に地で行く人間が大勢いた。中でも、



『てめえ、突っ走ってんじゃねえよ!』

『他の奴のことも考えろ! ハードル上げんな!』



 という、とんでもない奴がいる。

 それが奴……北岸 玲だ。



 新入生代表挨拶で颯爽と壇上にあらわれ、完璧な美貌と完璧な挨拶で会場をどよめかせ、その後のクラスの自己紹介で『伊勢うどんのような人生を目指してます』意気揚々と言って、クラスの空気を凍てつかせた女。



『スイスを目指す――の方がよかったかな?』


 と良い笑顔を向けられて、何の反応も出来なかった俺は、悪くない。悪いのは奴だ。


 一応空気は読めるようだがお構いなしだ。気にもしない。

 奴に笑いの才能はなかった。


 その自覚があるのか、クラス全体へのそうした迷惑行為は、あれ以来なかったが、奴の隣に座る俺は、かなりの被害をこうむった。 



『「おいたわ()しや……」「おい! たわしや! さお竹やじゃないよ」……ふふ、どう? さお竹やは余計かな?』



 天才という奴は、やっぱりどこかおかしいのか――


 奴はよくよく吟味もせず、思いついたギャグらしきものを、隣の俺にぶつけてくる。 


 県下一の進学校だ。その中で上位に在り続けるのが当然とされ、目立つ容姿から、一挙手一投足は常に注目されている。

 誰からも期待され、家でも学校でも心休まるときがなく、明るい笑顔の下で、常人には計り知れないストレスをためているのだろう――


 と、最初は俺も、好意的に解釈した。



「ふっ」


 可愛らしかった過去の自分を鼻で笑ってしまう。


 奴に、そんな繊細な神経はない。

 ストレスなど皆無。

 奴の神経は極太だ。

 

 単に思いついて、単にそれを言いたいだけだ。ストレスなど、たまる前に全出ししているのだから、たまりようがない。


 その証拠に奴は、俺の困惑などまったく気にせず、笑いどころがわからないギャグや、答えに窮する質問を次々と繰り出してくる。


 最初は、



『ひょっとして、俺のこと……?』



 などと勘違いしそうになったが、



『柴犬に見つめられた経験、ない?』

『どこかすっぽりはまれるとこ知らない? 溝で』

うらみ……ねたみ……そねみ…………ドレミ、ぶふっ、どう?』



 好きな相手に、人格以前に正気を疑われるような発言はしないだろう。

 そんな宇宙人的発言を、脈絡もなく、いきなり自分都合で言ってくる。そのくせこっちが話しかければ、



『困るよ、藤崎くん。集中して読んでるのに』



 と、受付拒否だ。恐ろしく勝手だ。ちなみにその時奴が手にしていた本は、ハゲ川柳。ハゲにまつわる川柳だけが綴られている本だ。ますます奴がわからない。



 奴のことはわからないが、奴の中で俺がどういう位置づけにあるかはわかった。


 どう思われても構わない――有象無象のグループに、俺は入れられたようだ。

 なかなかの屈辱だ。


 これでも俺はできる。たっぱがあって、がたいもいい。少々厳ついが顔もいい。告白だってよくされるし、バレンタインのチョコにいたっては処分に困るほどもらう。自慢じゃないがモテる。

 異性からは、『やだ、かっこいい』といわれ、同性からは、『ずりいよな』といわれる。



 でもそれって、勘違いだった?――



 と落ち込むくらいに、プライドがぽっきりへし折られた。 


 俺のプライドを難なくへし折った奴は、ついでとばかりにクラス女子の心までかっさらって、俺含む男子勢の心をぼこぼこにしてくれた。

 

 奴はタラシだった。しかも真正のタラシだ。息をするように次々にタラシ込んでいく。それも女子ばかり。



『今日も可愛いね、〇〇さん』

『綺麗な字だね。〇〇さんの性格がでてるな』

『〇〇さんの笑顔にはいつも癒されるわ』

『髪切った? すごい似合ってるよ』



 お前はどこの紳士だ! 純一か! というくらい、女子にはマメに声をかける。クラス女子全員・・、もれなくだ。

 その言葉攻めに、落ちない女はいない。憧憬の対象から声をかけられるだけでも嬉しいだろうに、内容がことごとく好意的なのだから、天にも上る気持ちだろう。


 結果、花園ができた。


 花園を作り、その中心で奴は、言葉という魔法の水と栄養を、女子という花々に満遍なくそそぎ、男子の間で雑草に分類される女子まで、活き活きとさせた。奴の親友沢田が来ると、花園の勢いはさらに増した。



 で、俺ら男子はどうしていたかというと、輪にはいれず、楽しそうなやりとりを、指をくわえて眺めるだけだ。

 バレンタインは、奴の一人勝ちだった。



 北岸 玲――奴は男の敵だった。


 しかし奴は、俺ら男子という生き物を毛嫌いしているわけではない。

 挨拶や会話だって普通にする。女子に向かうときのような熱がないだけだ。

 良い印象を持たれようとか、好かれようとか、奴はこれっぽっちも思ってない。 


 男子には実にあっさりだ。お袋が作る即席漬――濡れた野菜たちにも勝っているのではないかと思うほどにあっさりしている。



 あんま興味ないんだよね――



 という心の声を態度でありありと示し、『愛の反対語は、憎しみではなく無関心』かの名言を、ナイーブな男心にくっきりと刻んでくれた。


 ちょっとは隠せよ。


 奴は空気の読めない馬鹿じゃないし、他人の感情には敏感だ。処世術にも長けている。ただそれを、男子に使わない。あれだ、節エネってやつ?



 要するに、奴は俺たち男子を、人間扱いしているように見せかけて、人間と思っていない。おそらく、奴の中では、男子は机や椅子――学校の備品の一部でしかなのだ。そうとしか思えない。俺なんかはさしずめ、叩きやすい位置にぶら下がったサンドバッグか……。

 まさに屈辱。


 

 俺のプライドをへし折るだけでは飽き足らず、精神までガツガツ削ってきやがるこの女。

 呪いたくても呪い返しが怖くて、今は呪うことさえできない。


 一度、『深爪しろ!』(あれは地味に痛いからな)――と小さく呪ったが、ボールを受け損ね、爪が割れて俺が(・・)流血。

 呪った瞬間、跳ね返された。

 以来、怖くて呪えない。破れた呪いは倍になって返ってくるというのは本当だ――と恐怖して終わった。



 奴は呪いまで跳ね返す。

 恐ろしい女だとわかっていたが、去年の俺は知らなかった。



 母親が某アニメヒーローの大ファンだったことから付けられてしまったという、男のような名を持つ才色兼備の奇人変人優等生が、まだエンジン全開にしていなかったということを。





◇  ◇  ◇  ◇





「藤崎くんよ、ちょっといいかね」




 俺は、二年目も奴と同じクラスになってしまった。


 二年の春――クラス替えの掲示板を見て歓喜した俺は、次の瞬間絶望した。

 男子はこれといって特色はなかったが、女子は、神の恵みか悪戯か、容姿リストの上位をそのまま貼り付けたようなメンバーだったからだ。


 当然、そこには奴の名もあった。


 見つけた時の、俺の気持ちを考えて欲しい。

 ポーンと高く上げられ、その最高点から床に叩きつけられた、俺の気持ちを……。


 掲示板を見上げながらほくそ笑んでいる奴を見て、俺は恐怖した。地獄に仏――ではなく、天国に悪魔だ。



『うわぁ、これはきついな。うちのクラス、女の戦いになりそうだね』


 同中だった男が、心配そうな声を上げる。


『その方がマシだと思うぜ』

『え?』


 という声を無視して、俺は掲示板を見上げている奴の横顔を盗み見た。

 奴はまだほくそ笑んでいた。


 やる気満々だ。今年も花園を作るつもりだ。奴の『魅惑のアーモンドアイ』(世間ではそういわれているが俺には恐怖&憎らしいとしか思えない)のかがやきが、とんでもないことになっている。

 これだけの面子だ。さぞかし豪華な花園になることだろう。昨年に引き続き、俺たち男子を隅っこに追いやり、歯噛みさせるのだろう。そして俺はまた奴のサンドバッグに……。


 という俺の予想は一部外された。





「いいから聞きたまえ。いくよ。わたしはわたしはたわしはたわしは……ふふ、どう? なんかこう、来るものない?」



 変わらずサンドバッグ状態だ。が、

 


「お前、どんだけたわし好きなの?」



 と即座に言い返せるほどに、俺は成長した。そして、奴の珍妙さもまた成長、というか肥大していた。



「え? どうしてわたしがたわしを?」



 自分の言葉が笑いのツボに入ったのか、ぶーっと盛大に噴きだす。



「……」



 これ以上は、いまだにどう反応していいのかわからない。


 とりあえず、奴がいうようなものは一切、俺の心にはやって来なかった。が、目には来ていた。

 椅子にふんぞり返っている北岸――奴の今現在の格好は、非常にエロいのだ。

 

 水着としか思えない光沢のある黒の上下。上半身は、クールな大襟のシャツを羽織っている。しかし、肝心の胴体と、膨らんだ袖部分はシースルーなので透っけ透けだ。おまけに胸元を大胆にはだけさせていて、シャツを着ている意味がない。


 いや、意味はある。エロさを出すためだ。いわずもがな、ボクサータイプのパンツは丸見えだ。股上が浅く、かがんだら、後ろの割れ目が『御出座~』になるのではないかと、期待と心配をするほどにきわどい。そして、素足にロングブーツという、いけないお姉さまのいでたちだ。まったく、けしからん。ゲフンゲフンな装いだ。




 そりゃあ他人ひとにも見せたかろう――と思わず頷く見事なプロポーションを、惜しげもなく晒している。文句なくエロい。が、成熟しきっていない青さというか、爽やかさがある。そして、中味がほとんど男なので、俺の分身が困った状態になることはない。



 見慣れたこともあるし、今ここにはいないが他の女子も全員、甘かったり、クールだったり、綺麗だったり、清楚だったり、多少傾向が違うだけで、黒を貴重とした露出過多の衣装に身を包んでいる。

 

 中でも、奴が一番露出が高くエロかった。なぜなら、奴が言いだしっぺだから。



 奴は、クラス女子全員を自分好みに仕立て上げ、文化祭という舞台で、自分好みの曲を歌わせ踊らせる――

という暴挙にでたのだった。





 そんなまさかの提案に、クラス全員が呆気に取られたのは、ゴールデンウィーク明けのことだった。

 事前に知っていたのは、奴の親友――沢田 瑠衣と山野 良子、二木 玲於奈。それと、数人の男子・女子生徒だ。

 すでに担任にも話を通し、承諾を得ていた。

 

 仕事が早い。


 秋の文化祭のことを五月の頭に言い出したのにも驚いたが、一番驚かされたのは、奴の中ではすべてが出来上がっていたことだった。




『歌って踊って三十分』



 シンプルだが破壊力に富んだダサダサな仮題から、俺は不安を抱いた。

 奴がお笑い好きなのは、一年を通して痛いほどに教えられていた。その才能が極めて乏しいというか、あさってに行ってることも。


 自分ひとりでは無理だから、クラスを使って笑いを取りにいくことにしたのか――と思いきや、目指しているのはお笑いではなかった。



 奇跡のクラスといわれる女子を総動員して、本格的なライブをしようと奴は考えていたのだった。

 仮題はとんでもなくダサかったが、目指しているのはその対極にある『クール』だ。ダンサブルな洋楽にあわせて歌い踊る――その詳細が、驚く俺たちの前で披露された。


 事は仔細に渡り、綿密に考えられていた。


 曲はもちろん、ダンスからメンバーまで決められていた。すごかったのは、振り付けからメインボーカル、サブボーカル、コーラス、バックダンス――それらが曲ごとに入れ替わり、クラスの女子全員がフォーカスされるように、緻密に考えられていたことだ。極端に、出番の多い少ないもない。


 出し物の内容もそうだが、文化祭までのスケジュールも逆算して作られており、その過程で予想される諸問題――保護者の説得・費用試算から資金調達・練習場所・時間の確保やすり合わせ・成績維持等々、あらゆることを想定し、それに対する打開策、対処やケアまで考えていた。



 やるか、やらないか――心を決めるだけだった。


 北岸たちは、このためにゴールデンウィークを丸々潰したのだという。だろうな。


 そうしてこれだけの準備をしておきながら、奴は、やりたくない人が一人でもいたら諦める――と、あっさりいった。

 蛇足だが、奴の中では男子は備品(無機物)に分類されているので、人というのは女子を指す。



『強制じゃないし、そんなことはしない。やりたくないことをやらされるのは、わたしも嫌だから。とりあえず、できるかできないかは、置いておいて。自分はどうしたいか、それだけで考えて。やりたいか、やりたくないか、それだけ。後のことは、わたしたちがなんとでもするから』 



 男前にいった奴は、



『これは、みんなのカッコ可愛い姿を見たい、それを他の人に見せびらかしたい――っていう、わたし個人の勝手な望みだから、あんまり気負わないで』



 最後にぶっちゃけて笑った。


 

 そして、現在に至る。

 じっくり一日考えてみて――という奴の言葉を無視し、女子は聞いたその場で、全員が頷いた。

 まあ、そうなることは予想できた。


 一年ですでに清風の女王と呼ばれ、誰もが憧れる存在の北岸が、自分のために出番や衣装(奴は個性や容姿に合わせ、ひとりひとりの衣装を考え、すでにそれをパターン化していた)メイクまで考え、見たいと切望しているのだ。応えたい、という気になるだろう。俺だって女だったら、やってみようかな?――って気になる。



 というわけで現在、女子は期待に応えるべく奮闘している。

 その裏で、文字通り裏方になった俺たち男子は、下僕のようにこき使われている。


 いっちゃなんだが、北岸には、人として色んなものが欠落していると思う。


 ともあれ俺たち男子は、備品(無機物)から、馬車馬(有機物)にクラスチェンジした。



『去年よりだんぜんいいよな』

『おお』



 嬉々として走り回る仲間を見るたびに、


 それでいいのか日本男児! 


 と思ってしまうが、俺もちょっぴりそうだし、相手は魔王だからしょうがない。(奴は悪魔から魔王に昇格し、クラスに君臨しているのだ)


 それに、目標に向かってがむしゃらに努力するみんなの姿を見るのは悪くない。



 がむしゃらに何かするなんてカッコ悪いし、するのも見るのも恥ずかしいとか思ってたけど――



 少々気恥ずかしく思っている俺の目の前で、恥を知らないデビルウーマン北岸は、すでに自分の世界に戻っていた。

 


「ふっふっふ……」



 不敵に笑いながらシャーペンを動かしている。余裕だ。というのも、北岸が描いたものは、すでに形になっていた。


 皆の奮闘努力の結果、文化祭発表ひと月前にして、出し物は完成した。

 今は、その精度を上げようとしている。北岸がそうしようと言ったわけではなく、女子たちが率先して完成度を高めようとしていた。慢心せずさらに高みを目指そうとするクラスメイトを、俺たち男子も応援した。進んで雑用を引き受けている。


 だから、出張る必要がない北岸は余裕なのだ。が、



 おい、人にたわし投げつけといて、後は放ったらかしかい――



 いつものことだが、ブレない姿勢に呆れていると、



「北岸さん、そろそろ始めるよ?」



 クラス一の影の薄さでありながら、実は非常にタフで器用。なんでもできる好奇心も旺盛な堀越がやって来た。



「ああ、コッシー」



 北岸が顔を上げ、ふふふと笑う。


 ひょろりと細長い栄養の足りなさそうな堀越は、北岸からニックネームで呼ばれる男子、第一号だ。

 容姿はイマイチどころかイマサンくらいだが、やる気はあるし、なんでもやってしまうことから、北岸に信頼され、相談役にもなっている。


 女子好感度爆上げ中男子のひとりだ。


 

「できたよ、見て」



 北岸が紙を差し出す。受け取った堀越が「さすが北岸さん、早いね」と笑った。



「何だよ、それ?」



 俺は横から覗き込む。



「新しい番付表でござるよ」



 ああ、あれ――俺は心の中で頷いた。



 北岸は、『素敵女子番付表、in二年B組』なるものを独自に作成しており、一昨日、番付の入替え作業中にクラス女子にその存在がバレ、女子から轟々の非難を浴びたのだった。


『わたしの、わたしによる、わたしのための』とのたまったように、北岸の主観と好みだけが反映されたものだ。それを眺めてニマニマするのが最近の癒しなんだとか。


 お前どんだけ余裕なんだ――とか、お前どんだけ女好きなんだ――とかは置いておいて、公になった番付表のせいで、北岸は女子たちから非難された。でもそれは、



 順位を付けるなんて、最低!



 というものじゃなかった。



『どうして山野さんが入ってないの? お・か・し・い!』

『いや、良子は――』

『良子が入ってないのは、どう考えてもおかしいでしょ』

『北岸さんも入ってないし』

『いや、自分入れるのおかしいでしょ?』

『とにかく良子ちゃんは入れて、ねじ込んで』

『うん、ここに山野さんの名前がないのは、おかしいと思う』

『だよね』

『うーん、良子の人気に嫉妬』


 

 というようなものだった。余談だが、その時北岸の親友三人はどうしていたかというと、(いつも北岸と一緒の三人は、もちろん番付表の存在と内容を知っている)我関せずを貫いていた。多勢に無勢。大親友の沢田でさえ、助太刀に入らなかった。


 そして、北岸は女子の声に負けた。


 無ければ作ればいいじゃない! といわれて、むりくりに北と南を作らされた。もちろん、新設された北と南の横綱は、北岸と山野だ。


 それまで『清風の四天王』といわれていた四人は、この日から、『清風の四横綱』と呼ばれるようになった。多少語感の悪さはあるものの、四人の特別感というか存在の重量感を考えれば、こっちの方が合ってるなと、俺も思う。

 そして北岸は、へこむことなく『目からうろこ!』と目をかがやかせ、『北の横綱、北岸 玲。良いね!』と嬉々として名乗るようになった。


 うん、こいつはそういう奴だ。


 しかし驚くべきは、女子たちの強さだ。

 最初は控えめだったり、自信なさ気だった女子たちは、夏休みの強化合宿を終えたあたりから、言動が積極的になってきた。仲間意識が強くなり、自信も持ったのだろう。


 秋を感じるころには、魔王北岸にも、本音をぶつけるようになっていた。もう、けちょんけちょんだ。ちっさな山野が増殖中だ。恐ろしいことだが、一番の被害者北岸は、それが嬉しいようだった。


 魔王より恐ろしいと公然とささやかれる山野 良子にいつも怒鳴られ、嬉しそうにしているのだから、当たり前っちゃあ、当たり前か――


 思いつつ、できたてほやほやの新番付表を見ていると、

 


「何やってんの! 玲!! あんたが来ないと始まんないでしょうが!!」



 御大があらわれた。


 大きくカールさせたボリューミーな銀髪(カツラ)に、真っ赤なルージュ。切れ長のつり上がった目を、まなじりにいくほど長いツケマで縁取っている。膝から下が広がった――パンタロンというのか?――ぴったりとしたパンツを除けば、露出具合は北岸といい勝負だ。エロカッコいい度は互角。だが今の迫力は、山野の方が数段上だった。まっこと恐ろしい。


 この姿と迫力で用事を言いつけられれば、『はい、女王様』と跪くしかない。が、さすが付き合いの長い魔王には、そんなもの、屁でもない。なにしろこいつは、中味が魔王の女王様だから。

 


「ごめーん」



 北岸は、口先だけの謝罪というのが丸わかりな返事をする。

 大好きな親友の美しい姿にご満悦のようで、良い笑顔だ。

 対する山野の顔は険しい。



「おのれは……」



 始動当初から、山野の機嫌は悪かったが、成功が見えた今の方が悪い。

 原因はもちろん北岸だ。こいつは親友の山野を、鬼のようにこき使っていた。


 山野は賢く実務に長け、真面目で責任感も強い。それが仇となったようだ。スケジュールの管理から折衝事まで、ありとあらゆることを、『良子、お願い』の一言で任され、ライブの方でも出番を増やされ続けている。


 最初は『気持ち多目かな?』くらいだった山野の出番を、北岸は自分の出番を削ることでどんどん増やしていった。


 わかる。

 半切れで歌い踊る山野は、とにかくかっこいい。

 北岸が『もっと良子を見たい』というのも頷ける。 が、


 お前、負荷かけんのも大概にしろ! といいたくなる。

 それほどに、北岸は山野を使うのだ。

 しかし、奴はてんで気にしないし、山野もなんだかんだいいながら、結局やってしまうのだから、恐ろしい。


『歌って踊って三十分』という、内容と乖離したライブ名が、文化祭委員の会合で『ふざけている』と指摘されたときも、山野はいいがかかりをつけてきた相手に一歩も引かず、守る必要はないのでは?――と誰もが思っていたあのライブ名を守った。


 同じ文化祭委員で、山野と一緒だった堀越が言うには、相手は山野の気を引きたいために、喧嘩を吹っかけたきたそうだ。


『ぜんぜん相手にされてなかったよ、哀れだよね』


 と笑う堀越を見て、ちょっと怖かったのを覚えている。



 そうして文句を言いながらも、親友の思いを現実にしようと山野は動いていた。

 ちなみにあのライブ名。北岸の強いこだわりのひとつなのかと思っていたら、違った。


『え? そんなことになってたの? ごめん。ないと不便だから適当に付けただけだったんだけど』


 まったくこだわりがなかった。


『それを先にいっときなさいよ!!』


 北岸に渾身のヘッドロックをかける山野を、誰も止めなかった。

 そしてあの仮題がそのまま用いられることになったのだが、果たして良かったのか悪かったのか……。



 まあそんなわけで、一見怖く、とっつきにくいが実は面倒見のいい、頼れるお人よしの山野は、クラスの男女から非常に人気が高かった。そして、誰が見てもひどい親友北岸も、依然として人気が高かった。憎めない人間だし、なにより北岸が山野を好きなのがわかっている。



「何やってんの?」


 いいつつ近付いてくる山野に目を向けると、


「玲ちゃーん」

「玲ったら、こんなところで油売ってたの?」 


 後ろから、沢田と二木もやってきた。


 場が一気に華やぐ。

 大きくカールさせた髪を跳ねさせている沢田は、尻しか隠れないような丈の短いスカートだ。すらりとしたまぶしい足に、ロングブーツ。チアガールっぽくて甘いが、小悪魔な感じに仕上げてある。


 一方、二木は妖艶な感じだ。山野と同じタイプのパンツに、かかとの太いパンプス。トップスのベルスリーブの袖は長く、肩から腕のラインを隠しているが、着丈が非常に短く、胴回りは丸見えだ。髪は赤銅色(カツラ)のロングストレート。もちろんメイクもばっちり。二木の余りある妖艶さを前面に出していた。


 北岸は、クラスの女子をよく見ていて、個人にあった衣装やメイクを考え、女の子たちに綺麗になる魔法をかけた。(奴は奇人変人だが、天才だ。それは認める)その中でも、かがやいているのは、やっぱりこの四人だった。


 ダントツだ。並ぶと圧巻だ。本当に同い年かと思うほど大人びているし、背が高く貫禄もあるので圧倒される。


 見慣れても、側で四人が揃うとやっぱり緊張する。

 そんな俺の心中など関係なく、四人が一所に集る。


「できたよ」


 北岸が自慢げにひらひらさせるそれを、「何が」山野が容赦なくひったくる。


「新番付表」

「あんた……そんなもん作ってたの?」

「余裕ね。いつものことだけど」

「できたんだー。見せて見せて」

「どうぞどうぞ」


 と、楽しそうにやっている四人から、俺と堀越は距離を取りつつ移動する。

 圧倒されるということももちろんあるが、



 ひとつ、二木 玲於奈の背後に立ってはいけない。

 ひとつ、二木 玲於奈に話しかけてはいけない。

 ひとつ、二木 玲於奈を二秒以上見つめてはいけない。(遠くからわからないように見るのはよし)


 ただし、女子はその限りではない。



 という決まりがあるからだ。

 すべて二木由来の決まりごとは、クラス内では固く守られていた。二木の男嫌いは超有名だ。制裁現場を見たという証言も多数ある。なので、俺と堀越は移動した。


 しかし、二木ばかりに気を取られてはいけない。

 山野も危険だ。目が合うと、『暇?』『手、空いてるの?』の後に、必ずといっていいほど用事をいわれるのだ。


 俺は非常に神経を使っていたが、その必要はなくなった。




「いつまで見てんの」


 ほうほう、と頷いている沢田の手から山野が紙をひったくった。


「こんなもの見たってしょうがないでしょ、行くわよ」

「はーい」

「こんなもの……」

「ったく、ロクでもないことばっかり考えるんだから」

「ひどくなった」

「事実よね?」

「OH」


 

 四人は背を向け、いつものように会話しながら歩き出した。

 俺を一顧だにしないのも、いつものことだ。へこまされた北岸が、起き上がりこぼしのように即効で立ち直るのも。


「っしゃあ、行くぜよ!」


 男前な気勢を上げた北岸が、ハリウッド女優のような豪奢な金髪もちろんカツラをかき上げる。


「ロブ・マーシャルを超える!」

「あんた、ついこの(あいだ)『超えたぞよ』、とかいってなかった?」

「……」

「あら、健忘症? それはいいけど、天城越えとか言わないでね? 玲」

「……」

「ぷふっ」

「うん、じゃ、今日は自分を超える、で行こっかな」

「はーい!」

「はいはい」

「普通ね」



 薔薇のように華やかな四人は、ゴージャスな姿に似つかわしくないが、関係性には相応しいやり取りをしながら出て行った。





「なあ……あいつ、あの調子で一生女はべらして生きてくのかな?」


 俺と一緒に置いてけぼりにされた堀越を見た。

 堀越は笑っている。 


「羨ましいよね。でも、それはないんじゃないかな? いいひとがあらわれれば、北岸さんも、今みたいに女の子ばかりにかまけることはないと思うよ。あの三人は一生付きまとわれると思うけど」

「今お前、色々すごいこといったけど……」

「え? どれ?」

「あいつ、女が好きなんじゃないの?」

「好きだよ。でもそれは観賞対象であって、それ以上の特別な感情はないっていってたよ」

「え? お前、それあいつに訊いたの? ってか、あいつ、女にしか興味ないんじゃないの?」

「勘違いしてるね、藤崎。北岸さんはヘテロだよ。興味がないんじゃなくて、興味をもてるだけの異性がいないだけ」

「……なんかそれ、地味に傷つくな」

「はは、藤崎だけじゃないから落ち込まないでいいよ。だって、異性として北岸さんの目に留まろうと思ったら、北岸さん以上の能力がないと駄目みたいだからね」

「いないだろ、そんな奴」

「まあ、世界のどこかにはいるだろうけど、同年代にはまず、いないだろうね。でも、自分より優れた相手がいいだなんて、北岸さんもやっぱり女の子だよね。ぜんぜん普通じゃないけど」

「お前、結構ひどいこといってるって、自覚ある?」

「そっかな? 事実をいってるだけだけど。でも、どんなひとがパートナーになるのかな?」

「王様とか、会社のCEOとかだろ」

「お金と地位はあるにこしたことはないけど、資質の方が大事みたいだよ」

「へえ、案外真っ当なんだな。ま、あいつだったら自分でのし上がりそうだもんな」

「いや、二木さんをアラブの王様に嫁がせて左団扇の予定だから、自分の相手は中味だけしっかりしてたらいいんだって」

「ひでえ! やっぱひでえ。親友を売る予定にしてんのか? まさに魔王に恥じない所業だな。どんだけ自分本位なんだ、あいつは」

「はは。冗談だと思うけど、北岸さんが本気になったら、そうなるかもしれないよ。ほんと、目が離せないね」


 と笑う堀越は、とっても嬉しそうで少し寂しそうだった。


「……何だよ」

「このまま時が止まればいいのに、って思うよ」

「何いってんだよ。そんなもん無理に決まってんだろ」

「うん、無理だ。だから、後悔しないようにがんばってるんだよね、俺も、クラスの皆も、もちろん藤崎も」

「……」

「あれ? 違った?」

「違わねえよ」

「だったら、素直にいわないと。変に意地や見栄を張ってもしょうがないよ? 性格もあるから仕方ないけど。ストレスになるよ」

「なあ堀越、お前なんか変わった? そんなべらべらしゃべる奴じゃなかっただろ」

「うん。思ったことは素直にいうし、行動に移すことにした。北岸さんを見習ってね」

「げ」

「おかげで快調だよ。北岸さんのいう通りだね。ストレスと排泄物は速やかに体外へ排出する」

「なんだそれ」

「いつも元気だから、その秘訣を北岸さんに訊いたら、教えてくれた。余計なものは身体に溜めないようにしてるからだと思うって」

「なるほどな、確かに溜めてないよな。ってか、女が排泄物とかいうなよ、あいつは」

「排泄物っていったのは、沢田さんだよ」

「マジ? ショック……俺、それは知りたくなかった」

「そう? ショックついでに、藤崎にいっとくね。文化祭終わっても、まだ終わらないから」

「は?」

「ご協力いただいた他校の皆さんへのお礼が決まった。身体で返すって」

「は?」

「これだけ歌って踊れるんだから、それを使わない手はないよねってことで、メンバー少なめ小規模ライブでお返ししようってことになった。女の子は皆、やるっていってたよ」

「マジで?」

「チームわけとか詳細はこれからだから、藤崎、フォローよろしく」



 という堀越の顔はかがやいている。

 え? さっきの寂しげなあれはなんだったの? 俺の勘違い?



「文化祭の打ち上げと、クリスマスは派手にしたいって――」

「まてっ、堀越! クリスマスって何だ。まさか、クリスマスまで続くのか?」

「そうだよ。燃え尽き症候群が怖いからね。陸上競技でも、ゴールの後ゆっくり走ってるだろ? あれと同じだよ。半年も走り続けてるんだから、突然何も無し状態は危険だ」

「ゴールが遠のいたショックの方が危険じゃないか?」

「何いってるの? ははは」


 爽やかに笑い返された。


「皆もうその気だよ。それより中間期末の定例考査、実力、全国模試、テスト関係も目白押しで、勉強会も続けるっていうから、ほんとたいへんだよ。来年は受験だし」


 もう、あれもこれもで困っちゃう、みたいにいってるけど、顔はにやけてるぞ! 堀越。


「――頼りにしてるよ、藤崎」



 いやだー! されたくねー!!


 

 と、心で雄叫びを上げていたら、いきなり腕をがっつり掴まれた。

 突然のことに身じろぎする。が、非力に見えてもやはり男。ビクともしない。ガタイじゃなく、心で負けてるからか?



「逃げられると思う?」



 負けてたー!

 完全に俺の迫力負け。笑う堀越の後ろに、北岸と山野の姿が見えた。

 奴らに感化されたのか、それとも、堀越の中で眠っていたものが奴ら(主に北岸)によって目覚めさせられたのか? 


 堀越は、すっかり魔王の配下になっていた。


 ガタイはいいが根は善良、(こころ)子羊な俺が何をいえよう。

 呪いもできない。

 ということは、俺は下僕として使役されるしかない、ということだ。


 くそ、やってやる。

 身を粉にしてやろうではないか。

 だがな、これだけは譲らない。



「堀越、ひとつだけ条件がある」

「何?」

「クリスマスだ」

「クリスマスパーティーのこと? 参加したくない?」

「違う。参加する。クリスマスパーティーの幹事は俺にやらせてくれ」

「どうしたの? 積極的だね。何か企んでる?」


 くそっ! 察しがいいな。


「ま、藤崎だから、そんな大それたことは考えてないよね?」


 シット!!


「プレゼント交換したいとか?」


 お前は悟りか?


「いいよ、藤崎に任せるよ。思い出に残るパーティーにしてよ」


 おう、期待しとけ。


「あんまり期待しないでおくから」

「お前! さっきからなんだよ、ちょっとはオブラートに包めよ!」

「溜めないっていっただろ? さあ、俺たちも行こう」

「ちぇっ」

「拗ねない」


 笑う堀越にまだいってやりたかったが、奴に腕を引かれるまま、俺はディーヴァたちのいる場所に足を向けた。


 ちぇ、悔しいけど、悪くないんだよな――なんて思いながら。




  

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ