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明暗

「咲様」



 呼び声に、咲は反応した。

 引っかぶっていた掛け布から、頭だけをゆっくり出す。しかしそれ以上は動かなかった。


 ふたたび扉が叩かれた。

 丁寧なノックの後に、声が続く。


「咲様」

 

 扉越しの声は少しくぐもって聞こえたが、落ち着いたその声が、誰のものであるかはわかった。


「リモ……さん?」


 消え入りそうな声で訊ねる。


「はい。リモにございます。お加減が悪いとお聞きしました。お部屋に入らせていただいてもよろしいですか?」

「……」


 咲がためらっていると、 


「他のものは下がらせました。わたくし、ひとりだけでございます」


 見透かしたような声が続いた。 

 




◇  ◇  ◇  ◇

 


 


「どうかそのまま。お具合が悪いのですから、無理はなさらないでください」


 起き上がろうとする咲を平坦な声で制したリモは、寝台に近付くと、華奢な丸椅子を引き寄せそこに腰を下ろした。


「失礼します」


 といいながら、咲に向かって手を伸ばす。

 咲は身体を硬くした。が、咲の額にそっと触れた手は、体温を確認するとすぐに離れていった。


「熱はないようですね。ですが、お顔の色がよくありませんね。お寒くありませんか?」


 ご気分がすぐれませんか?―― 

 何か飲み物をお持ちしましょうか?――


 咲は、どの問いかけにも反応しなかった。

 そしてリモは、慌てるでもなければ、ひどく心配している風でもない。


 侍女頭は無表情で、じっと咲を見つめる。

 


 どこまで聞いているのだろうか――

 


 咲は焦っていた。リモがここに来たのは、侍女たちが咲の変調を伝えたからに違いない。普段は若い侍女たちに任せきりだが、何かあったとき、責めを負うのは侍女頭であるリモだ。何があったか問いただされるに違いない。



 どうしようどうしよう――


 訊かれる前に、このひとに話す? 

 話してどうするの? どうなるの?


 

 心が二つの分かれる。


 一方では、すべてを話してしまおうとする自分がいて、もう一方で、それを止める自分がいる。

 話したくはない。リモという女性がどういうひとか、わからない。知ろうともしなかった。距離があった。最初こそ近くにいたが、その存在は、いつの間にか遠くになっていた。


 自分の周りにいて、世話を焼くのは、若い侍女たちだ。

 リモは侍女たちを差配する侍女頭という地位にいるのだから当然だが、何を考えているのかまったくわからない、堅苦しい存在が側にいないことに、咲は内心でほっとしていた。


 

 小言をいいそうな雰囲気が、ちらりと寄越す視線が苦手だった。

 だれもが自分を褒めているのに、彼女は頷くだけだった。

 だれもが結衣とみちるを気に掛けないのに、彼女だけは心に留めていた。



『まさか、ホレイス様がお二人のご希望をかなえて差し上げるとは、思いませんでしたわね』

『あれは、リモ様がお口添えなさったそうよ』

『まあ』

『お二人も御使い様でいらっしゃるのだから、お望みにはできうる限りお応えしなくては――と、ホレイス様に進言されたそうよ』

『それで、どこのものともわからぬご老人がいらしたというわけね』

『ホレイス様も徹底していらっしゃいますこと』

『ご不興を買われたのですから、仕方ないでしょう』

『いずれにせよ、ご希望がかなわれてよかったではありませんか、ねえ、咲様』


 全体的には面白かったが、リモが後押ししたという部分は気に食わなかった。


 自分だけを特別扱いしないリモが嫌いだった。

 自分をどう思っているのかまったくわからない彼女が不気味だった。



 そんな人間に、すべてを話す?

 自分のことを嫌っていたら? 


 それこそ窮地に立たされる。

 でも、すべてを吐き出して、押しつぶされそうなこの思いから逃れたい、なぐさめられたい――という気持ちもあった。



「咲様」


 葛藤している咲に、声がかけられた。


「ホレイス様がお怒りです」



 咲は殴られたような衝撃を受けた。





◇  ◇  ◇  ◇





「ええーーーーっ!!」


 結衣とみちるは、本日二度目となる絶叫を広間に轟かせた。


 一度目の歓喜のそれとは異なる、驚き一色の大声は、居合わせた人々を驚かせ、ウード(祖父)セリカ()――対面する二人の感動の余韻まで吹き飛ばした。


「ま、孫っ?!」

「セリカさんが? セリカさんが?」

「セリカさんがセリカさん?!」

「落ち着け、結衣、みちる」


 セリカ、セリカと連呼する二人を、ウードが宥める。


「落ち着けませんよ! ってか先生、どうしてそんな落ち着いてられるんですかっ!!」

「落ち着いてはおらん。動揺しておる」

「お、お孫さん、セリカさん、女の子ですよね? どう見ても、男の人なんですけど?」

「じゃから……そういうことじゃ」


 いいにくそうにいうウードの代わりに、セリカが答えた。


「すみません。わたしの祖母はたいへん悪戯好きでして――」

「はあ?!」


 みちるが顔を歪めた。


「悪戯? どういう奥さんなんです?! 悪戯にもほどがありますよ!!」

「すみません」

「あ、や、セリカさんに怒ってるわけじゃありませんよ。わたしは先生の奥さんに怒ってるんです。家を捨てたのだって、その奥さんが原因ですよね?」

「みちる様は、事情をご存知なんですか?」

「先生から聞きました」


 小さな鬼瓦と化したみちるの横で、結衣が訊ねる。


「学者を目指してた先生を家に縛り付けるのはつらいからって、先生が家を出るしか仕方ない状況を、奥さんが作ったっていうのは、本当なんですか?」

「ええ、本当です」

「わしを疑っておったのか? 結衣」

「いえ、そういうわけじゃないんですけど、あんまり突拍子もない話なんで、確認しておいたほうがいいかなって」

「それは大事なことですね」


 頷いたセリカだったが、みちるの険しい顔を見て、微笑をしまった。


「みちる様は……お怒りなんですね」


 みちるは深く頷いた。


「好きな人に、夢を諦めて欲しくないっていうのはわかりますよ、でも、やり方があるじゃないですか。財産を勝手に処分して、それも悪い人間を選んで、騙されるとわかって、にっちもさっちもいかない状況に家族を追い込んで、先生が汚名をかぶって逃げるしかないようにして……そんな風に、無理やり夢を追いかけさせるってどうなんです?」


 怒りの丈をセリカにぶつけた。


「ひと様のことに口を挟んじゃいけないのはわかってます。けど、ひどすぎます。お孫さんのことだってそうですよ。ほんとのこと言えばいいじゃないですか。どうして嘘なんか付くんです?」

「すみません。祖母は、祖父の驚く顔が見たいがために――」

「なんですかそれ?!」


 みちるはひどく怒っていたが、怒りと呆れが交じり合った口調は、なんともいえない愛嬌があって、数人の笑みを誘った。


「そんな理由で許されるんですか?」


 結衣が静かに訊ねた。


「先生は、お孫さんのために、贈り物をしてたんですよね? 異国の髪飾りや首飾り。女の子と思って送り続けたそれは、どうなるんですか? もらうセリカさんだって困りますよね?」

「それは大切にしまってあるんですよ。未来の妻に――といっても、まだ影も形もありませんが、贈るつもりです」

「そうですか。でも、先生の気持ちは? お孫さんのために選んだ先生の気持ちは? 自分のせいで婚期を逃したと思って心配してた先生の気持ちは? 先生にもセリカさんにも失礼じゃないですか。人の心は、そんな風に悪戯に振り回していいもんじゃないと思います」

「……」

「……」



「玲ちゃん、耳が痛い?」

「いやはや、たいへん勉強になりますな」

「やっぱり痛くないみたいね」


 と小声を交わした三人は、次の瞬間、『パシパシパシ』と音も調子も小気味よく良子に頭をはたかれた上、ぎろりと睨まれた。


 突然の制裁に、だれもが目を丸くする。

 結衣とみちるも固まった。


「……」

「……」


 例に洩れず驚いている二人の頭に、ふわりと何かがかぶさった。

 

「結衣、みちる」


 ウードの骨ばった大きな手が、小さな頭をぐしゃりとなでる。


「おぬしらは、ほんに真っ直ぐじゃな…………ちと出来は悪いが」

「出来は悪い、は余計ですよ!」

「でも、ちるちゃん。悪さ具合が小さくなってるよ」

「そんなので喜んじゃダメだよ、結衣ちゃん! 先生……誤魔化そうとしてるでしょ?」

「鋭いの」


 ウードは優しい目を二人に向ける。


「わしはな、色んなものを見て回った。土地土地で人に触れ、学問芸術はもちろん、様々なものに触れ、それらを知り学ぶことができた。そして今、わしがここに、こうしておぬしらの側におれるのは、そのおかげじゃ。何も無い、学しか無いわしじゃから、教授に選ばれた。御使い様という伝説の存在を、この目で見て、至宝といわれるゆえんを知りえた。わずかとはいえ、おぬしらや孫の助けになることができた。このとんでもなく素晴らしい廻り合わせをくれたのは、妻じゃ。セリーヌがわしを解放してくれたからじゃ。まったく、ひどく驚かされはしたがの。あれには、感謝しかない」

「……そういうと思いましたよ、先生」


 口をへの字に曲げて、みちるがいう。


「先生、奥さんのこと大好きですもんね」


 結衣が微笑む。そしてウードは、


「それもあるの」


 と、臆面もなくいいのける。


「こんなとこでのろけですか?」

「呪いの言葉を吐くでないぞ、みちる」

「いいませんよ。ここではね」


 可愛げなくいうみちると、顔をしかめるウード、笑顔の結衣――三人に目をとめながら、キリザがいった。


「とんでもないばあさんだと思ってたが、それに似合いのじいさんだな」

「はい」


 セリカが嬉しそうに頷いた。




◇  ◇  ◇  ◇




「呪いかあ。その呪いの言葉を、是非とも聞きたいとこだけど……」


 という玲の声で、三人は我に返った。


「申し訳ございません、玲様」

「すみません」

「すみません、玲さん」


 揃って頭を下げる老教師とその生徒二人に、


「とんでもない。謝っていただく必要なんてまったくありませんよ。見てて、とても癒されましたから」


 玲は微笑む。


「耳が痛いの間違いじゃないの?」

「玲にそのあたりの痛覚はないはずだけど?」


 良子がぼそっといい、玲於奈もぼそっと応じる。

 友人たちの声は、しっかり耳に届いていたが、玲は素知らぬ顔で続けた。

 

「わたしはたいへん狭量なんです。楽しいことやおいしいものは抱え込んで、それを大好きな人たちと共有するのが好きなんです。ですから続きはここではなく、スライディールの城でお願いしますね」


 と、三人に頷かせた。

 スライディールの面々は一様に微笑んでいたが、埒外の人間たちは微笑むことができない。


 玲の明確な選別に、王子たちは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 玲はそちらに視線を向けたが、一瞥しただけで、すぐに視線を近くに戻した。

 ほほを引きつらせている男に、微笑みを向ける。


「ホレイスさん、おわかりいただけましたね?」

「……」

「どうされました? ご気分でも?」


 訊ねる玲の声は優しいものだったが、気遣いでないことはすぐ知れた。


「過去を振り返っていらっしゃるんですか? それとも未来でしょうか? どちらでも結構ですが、考えるのは、わたしたちが帰ってからにしてください。まだ少し、あなたにも用があるんですよ。すぐ済みますから、そのまま、黙って聞いていてください」


 というと、玲は結衣とみちるに目を向けた。


「村瀬さん、中尾さん」

「はい」

「はい」


 毅然とした声に、二人も同様の調子で応える。


「質問しますから答えてください。あなたたちの後見人はこのホレイスさんですが、この方にこのまま、後見してもらうことを望みますか?」

「嫌です!」

「望みません!」


 二人は顔を歪めながら脊髄反射で答えた。


「早っ」

「わかってたけど……」

「即答だね」


 これ以上ない見事な返事に、良子、玲於奈、瑠衣が感心し、玲も笑みながら口を開いた。


「キリザさん、サルファさん、今の、お聞きになりましたね?」

「はい」

「しっかり聞いたぜ、玲ちゃん」


 サルファとキリザが頷く。と、


「はい!」


 玲が両手を合わせ、『パン』と乾いた音と同時に陽気な声を響かせた。


「ということでホレイスさん、ただいまをもって、あなたは村瀬さんと中尾さんの後見人から外されました」





◇  ◇  ◇  ◇





 リモは突然震えだした咲を見つめていた。


「咲様、何をそんなに怯えておいでなのですか?」


 しかし咲は答えない。


「ホレイス様がお怒りになっているのは、咲様をご案じになられてのことです。突然のことに驚かれ、咲様がだれにもお会いにならず、原因もわからずで、たいへん心配なさっておられます。皆も心配しております」


 自分に対して怒っているのだと早合点していた咲の身体から、力が抜けた。しかし、


「……リファイ殿下がこちらにいらしたそうですね」


 ふたたび身体が硬直する。


「咲様のご様子がおかしくなったのは、それからだと聞いております。何がございました?」

「……」


 訊ねる声は穏やかだった。

 それでも咲は口を開かない。


 リモが吐息を付き、顔を上げた。


「咲様。ホレイス様は、咲様のご様子にお変わりがあったのは、結衣様とみちる様が、ウード氏と企み実行したことによるものだとお考えになり、お三方にその罪を認めさせ、罰を与えようとなさっておられます」


 咲の目が大きく見開かれる。


「お体の変調は、お三方ではなく、リファイ殿下とお会いになられたせいですよね?」

「……」

「咲様、このままでは本当にご友人を失ってしまわれますよ?」


 咲はリモの目を見ることが出来なかった。

 そしてリモも、咲から視線を外した。


「今、スライディールの御使い様がこちらにおいでになっています」


 咲は驚き、リモを仰ぎ見る。だが、視線が合うことはなかった。


「――結衣様とみちる様は、スライディールの城にお移りになられるようです」


 というとリモは立ち上がり、


「隣室で控えております。ご用の際はお呼びください」 


 それだけを言い残し、部屋から出て行った。

 咲はふたたびひとりになった。

 閉じられた扉を見つめる瞳は、涙が乾き、光を失っていた。

 




◇  ◇  ◇  ◇

 

 


 

「ば、馬鹿な……わ、わしは……」


 玲から後見役の解任を、明るく言い渡されたホレイスは、滑稽なまでに取り乱していた。

 身体を小刻みに震わせながら、首を振っている。


「……」

 

 驚くホレイスに、玲は呆れの目を向けた。


 いつ爆弾が投下されるか――という構えた末の驚きならわかるが、青天の霹靂を今の今、目の当たりにしたような驚愕ぶりに、玲は心底呆れていた。


「そんなに驚くことですか? さっき、色々改定したといいましたよね? 後見人に関する決まりも改定したんですよ。当然でしょう? 後見役は、御使い様がこちらでの基盤を作るための、最重要といってもおかしくない役目ですよ。真っ先に手をつけるに決まってるじゃないですか。ひょっとして、そんなこと、うっすらとも思いませんでした? 匂わせるだけでは駄目ですか。いちいち、あれはこうでこれはこうで、と説明しなければおわかりになりませんか? あなたはこちらの人でしょう? 事情もよくご存知で、王宮勤めも長いというのに、これまでどうされてたんです? それとも、村瀬さんと中尾さんに拒否されるなんて、これっぽっちも思ってなくてショックを受けたんですか? それはそれで救いようがありませんよ? もう、こっちがびっくりです。これでは話が滞ってばかりですよ?」



「ふふ……珍しいわね、玲があんな風にいうなんて」


 苛立ちをにじませる玲に、玲於奈が笑った。

 

「うん。良子ちゃんみたいになってる」

「あれだけ察しの悪い人間相手にしてたら、そりゃ腹も立つでしょ」

「こっちに来てから、察しのいいひとばっかりだったから、余計よね?」

「馬鹿で察しが悪いくせにしぶといんだから。玲もよく相手してるわ」

「前歯の二、三本、へし折ってやればいいのに」

「ちょっと」

「いけない?」

「うん、玲於奈ちゃん、それはやめとこう。でも、相手ってのもあるよね? アリアロスさんだったら、玲ちゃんも喜んでいじくりまわすだろうし、見てるこっちも楽しいんだけどなあ」

「瑠衣? わたしの伴侶をあんな馬鹿と一緒にしないでくれる?」

「わかってるよ? ぜんぜん違うのはわかってるから」

「そう?」


 と、好きに話す友人たちの前で、玲は「はあ」とため息を付いた。 


「もとより期待はしていませんでしたが……」


 首を振って気持ちを切り替えた。


「わからないならわからないで結構。とにかく、あなたはもう、村瀬さんと中尾さんの後見人でない、ということを覚えておいてください」


 言い置いて、玲は前方にいる目立つ兄弟に目を移した。


「ウルーバルさん、エルーシルさん。持ってきた衣装箱を室に納めてきてください。お二人が戻られ次第、スライディール城に帰ります」

「わかっただす」

「しっかし、どこさ持ってけばいいんだぁ?」


 いいながら、銀髪の兄弟たちは移動する。

 扉口で小さな嬌声が上がった。


「なんだべ?」


 というウルーバルを横目で笑いながら、


「ワルトさん」


 玲は、男たちの影でひっそり鳴りを潜めているホレイスの側近に声をかけた。

 小柄な側近が飛び上がった。


「は、はいっ」

「場所はご存知ですね? お二人を案内してください」

「あ――」


 口を開きかけるワルトを、玲は視線で制した。


「案内を拒否しますか?」


 見据えられたワルトは首を横にした。





「兄じゃ、大丈夫だすか?」


 エルーシルが声を向ける先には、大きな衣装箱を肩に担ぎ上げたウルーバルがいる。


「大丈夫だあ」


 銀髪の美丈夫は、それを証明するように、肩に乗せた衣装箱を軽く揺すって見せた。

 離れた場所で、ふたたび嬌声が上がる。


「硬くて持ちにくいが、さっきよりずっとましだあ。見かけほど重くねえ」


 それを聞いたエルーシルが「ふふ」と笑った。


「玲様とは逆だすな」

「んだ。ははは」


 と、気持ちのいい笑い声を辺りに響かせた陽気な兄弟は、


「さあ、行くだすか、兄じゃ」

「おお、行くべ」

「しっかし、エル、ありゃ困るべ。あれじゃあ、通れねえ」

「まったくだすな。出入り口をふさがれては困るだす。そこ、危ないだすから退いてくれだす。怪我しても知らんだすよ。ワルトさん、あんたはこっちだすよ。案内役がそっちいってどうするんだす。先頭に立って、しゃきしゃき歩いてもらわんと困るだす」


 騒がしく、別の意味で騒いでいる人垣を押し破り、出て行った。




「……」

「……」


 扉口をふさぎ黄色い悲鳴を上げていた侍女だろう女性たちは、ため息を付きながら兄弟の背中を見送っている。


 ルゼーと並び称される銀髪の美丈夫ウルーバル。

 逞しさはウルーバルに及ばないものの、エルーシルも兄によく似た美丈夫だ。


 その二人を間近に、しかも膂力まで見せ付けられれば、騒いでしまうのも無理はない。

 しかし、彼らの斜め具合を知っている玲たちは、眉をひそめるばかりだ。



「うーん、まさかのわたし」

「二人とも……ほんと自由だね」

「神経疑うわ。デリカシーのかけらもないでしょ、あれ」

「もう、このまま置いて帰らない?」

 

 玲於奈の声に玲が笑った。 

 

「うん。それも面白そうだけど、まだひとつ、残ってるからね。それを済ませないと」

「そうね」

「そだね」

「さっさと済ませて、玲」

「うん。というわけですからホレイスさん、速やかにお答えください。もうひとりの御使い様――多田 咲さんはどこですか?」





◇  ◇  ◇  ◇





 ホレイスが顔を引きつらせている後ろで、ハイラル、アブロー、リファイ、ラズルの四人も表情を固くしていた。



 三人の御使い様を全員取り上げられるのでは?――



 その懸念が現実になるのかと構えていると。



「顔合わせをしたいだけです。わたしたちは多田さんの顔を知りませんので、一度会っておきたいんです。それに、村瀬さんと中尾さんがスライディールの城に移ることも、伝えておきたいですから」



 という、拍子抜けするようなものだった。

 連れていくつもりはないようだ。それはいいが――。



「多田さんは、どちらですか?」



 咲は会える状態にない。おそらくそうに違いない。それを知っているリファイら四人は、それが面にでないよう努めた。


 原因を作った当人は涼しい顔でいられるが、咲の変調の理由わけを知らないホレイスはひとり動揺していた。

 リファイとラズルが咲を訪れたという、因果関係がはっきり認められるその事実は、リファイの読みどおり、ホレイスには伝えられていなかった。



 ホレイスは焦った。

 突然の変調だ。兆しも何もなかった。だれも寄せつけないのだから、咲本人から聞くことはできず、側付きの侍女たちもわからないという。


 その『まったくわからない』という侍女らの言葉に、簡単に頷いてしまったのは、思い当たる原因があったからだ――それを思い出して、ホレイスは総毛だった。


 ウードを力づくで引きずり出し、結衣とみちるを恫喝した記憶がまざまざとよみがえる。



「ホレイスさん?」 



 問う声に、ホレイスは反応できなかった。

 咲のこともそうだが、今更ながら思い出した三人への非道行為、それらが早晩、眼前に立つ御使い様たちに知れてしまうだろう恐怖に、ホレイスの思考は止まった。




 そして、玲はというと。

 声をかけても反応しない、血の気を失った物体から、未練なく目を離した。


「多田さんは?」


 結衣とみちるに訊ねる。


「多田さん、具合が悪くて部屋にいるそうです。会ってないから詳しいことはわからないですけど」

「それは、いつ、だれに聞いたの?」

「ホレイスさんにさっき聞きました。咲ちゃん、だれにも会わないんだそうです」

「部屋に閉じこもってるみたいです」

「ふうん。それはいつから?」

「朝はいつもどおりだったって、ねえ? 結衣ちゃん」

「はい。そう聞きました。ホレイスさんがここに戻ってきたときには、そうだったらしいです」

「そう」


 いいながら、玲は横目でキリザの側近を見る。それに応えるようにヤーヴェが小さく頷く。玲は視線を戻した。


「わかりました。今日会うのはやめておきましょう。体調が悪いときに、無理はいけません。ああ、すいません!」


 玲はいきなり上半身を捻り、扉口の人垣に向かって声を張り上げた。


「そちらに、多田さん付きの侍女はいらっしゃいますか? こちらに来ていただきたいんですが」


 という声に、六人もの女性がおずおずと進み出てきた。


「何これ?」

「……多いわね」

「全員? ひょっとして、全員仕事放ったらかしてここに来てるわけ? どんだけ物見高いの、ってか、具合悪いんじゃないの? 多田さん」

「病気で臥せってるわけじゃないって、わかってるんでしょうけど……それでも、呆れるわね」

「ほんと、とんでもないわ。心配するでしょ、普通」


 玲於奈と良子は眉をひそめ、


「ちょっと多いよね?」

「うん、これはないな。いろんな意味で」 


 瑠衣と玲は笑った。

 そして、予想外の人数だったため、玲はもう一度声をかけなければならなかった。


「お一人で結構です! 年長の方、いらしてください」





◇  ◇  ◇  ◇





「お名前は?」


 侍女が来るなり、玲は問いかけた。

 明るい髪色をした侍女が、面を下げたまま答える。


「シュリーと申します」

「ではシュリーさん、お訊ねします。今、多田さんには誰が付いてるんですか?」

「侍女頭のリモさんが付いていらっしゃいます」

「そうですか。今日、多田さんに会いました?」

「はい。身の回りのお世話をさせていただいておりますので」

「多田さんは、朝は元気だったんですか?」

「はい。朝は普通にお過ごしでした」

「それで、いつ具合が悪く? シュリーさんはその場にいらっしゃいました? 何か思い当たることはありませんか?」


 侍女は目を泳がせはじめ、


「答えにくい質問でしたか?」


 という玲の声で、息を飲むのがわかった。


「わかりました。この話は結構です」


 玲は侍女に安堵の息を付かせた。


「シュリーさんにお願いしたいのは、多田さんへの伝言です。わたしたちがここに来たということと、村瀬さんと中尾さんがスライディールの城に移るということ。それと、体調がよくなったら一度会いたいと、わたしがいっていたと、多田さんに伝えてください」

「はい。ですが……」

「何でしょう?」

「その……申し訳ございません。今一度、皆様のお名前をお教えいただけませんでしょうか」

「ああ。一度では覚えられませんよね」

 

 と笑った玲は、結衣とみちるに顔を向けた。


「ね、多田さんて、わたしたち四人のこと知ってる?」

「もちろん、知ってますよ」

「うちの高校で知らない人間はいませんよ」

「そっか。うん。それではシュリーさん、こう伝えてください――」

 




◇  ◇  ◇  ◇





「はーい、それじゃあ皆さん、用も済んだことですし、スライディール城に帰りますよー」


 玲が声をかける。


「遠足か」

「良子、突っ込みは後にして。さっさと帰りましょ」

「そうね。村瀬さん、中尾さん、忘れ物はない?」


 良子と玲於奈が即座に反応する。


「玲ちゃん、ウルーバルさんとエルーシルさんがまだ戻ってきてないけど、いいの?」

「OH……」

「だから早く帰るのよ? 瑠衣」

「置いて帰っても、どうってことな――」

「ひどいだすよ! 良子様」


 四人の間に、思わぬ声が乱入してきた。


 非難の声に振り向くと、エルーシルが仁王立ちで立っていた。もちろん、ウルーバルもいた。


「やだ、戻ってきたわ」

「噂をすれば――ってやつ?」

「聞こえてるだすよ! 玲於奈様、良子様。わしは耳もいいんだす。わしらを置いて帰ろうとしただすね? 待っててくれるんじゃなかったんだすか? 玲様もひどいだす」


 そんなエルーシルの非難の声を、聞いているが気にしない玲は、


「ははは」


 高らかに笑いながら、足早に近付いてくる兄弟たちをかわして出口に向かう。

 良子と玲於奈も、


「玲のあの笑いいなし(・・・)だけは、ほんと感心するわ」

「あれ聞くと、こっちが脱力するんだけど」


 ささやきながら後に続く。


「笑ってるべ。玲様の笑いは、ほんに気持ちいいべ」

「何いってるんだすか、兄じゃ。ごまかされてるだすよ」

「ウルーバルさん、エルーシルさん。お疲れ様でした。一緒にスライディール城に帰りましょ」

「瑠衣様だけだすよ、優しいのは――」

「お二人には薪運びと藁積みをしてもらわないと」

「前言撤回だす」


 いいつつ、銀髪の兄弟は四人の後を追う。


「あいつらが戻ってくるとうるせえな。さ、結衣ちゃん、みちるちゃん、行くか」

「は、はい」

「先生も、忘れもんはないな? ヤーヴェ、セリカ、もう十分見たな?」

「ええ」

「はい」

「おし。じゃ、俺たちも行くぞ、サルファ」

「はい」


 キリザに頷いたサルファだったが、後を追わず、彼はひとり、ホレイスと王子たちに向き直った。




「皆様、たいへんお騒がせいたしました。これにて我々は失礼いたします」


 挨拶をし、出口に向かう。と、

 先陣を切って出て行ったと思われた玲が、戸口に立っていた。


 微笑みながら、サルファを待っている。


 サルファが扉口までやってくると、玲はくるりと身体の向きを変え、背を向けた。そのまま歩き去るかと思いきや、優美に半身を捻り、中の男たちを振り返った。



 

 面には微笑がのっていた。

 えもいわれぬ美しい微笑に、男たちの目が奪われる。



 そうして流麗な所作と微笑で視線をひきつけた玲は、男たちに辞去の言葉をかけた。



「それでは皆さん、ご機嫌よう」



 それは、典雅でありながら、これ以上無い嫌らしさを含んでいた。

 

  




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