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「決まった……」



 極めて場違い。

 底抜けに明るい声を広間に響かせた玲は、舞台女優のように両手を大きく広げたまま、声を落とした。

 そうしてしばらくの間、ひとり、達成感と爽快感にまみれていたのだが……


 

「あれ?」


 首を傾げた。

 数秒経っても、広間は静寂を保ったまま。

 予想していた反応も、一向に訪れない。


 それもそのはず。


 玲の陽気の衝撃波をまともに食らった結衣とみちるは、先ほどよりもさらに凝固しており、同波を浴びたウードとホレイスも、石膏像のように固まっていた。


「……」


 玲は腕を下ろした。首を巡らし、後ろを振り返る。

 衝撃は、前面だけでなく放射状に広がっていたのか、後ろにいるレナーテの王子たちをも固まらせていた。


 スライディール城を自由に行き来している男たちは、すでに耐性ができているため、驚き固まることはない。慣れているし、おかしみや諸々を解し、それを楽しむことのできる懐深い人物たちであったので、彼らは玲の作った空気を損なうことなく、ひっそり肩を震わせていた。


 広間は、大勢の人間がいるというのに、コトリとも音がしなかった。



「うーん。おかしいな。ドカーンと来ると思ったんだけど……来ないね?」


 首を捻る玲に、


「あんた……ここで笑い取りにいったわけ?」


 良子が呆れの目を向ける。


「いや、ちょっとこの場の空気と、皆さんの緊張をほぐそうかと思ってね?」

「ほぐす?」

「破壊よね? だだすべりで全壊?」

「いやいや、良かったでしょ?」

「うん、良かったよ! 玲ちゃん。タイミングも、見せ方も文句もばっちり! ちょっと、パンチがありすぎただけだと思う」


 ひとり、瑠衣だけは絶賛だ。


「ふふ、でしょ?」


 気を良くした玲がふたたび笑顔になり、良子と玲於奈が呆れ顔を見合わせている。と、



「ギィィヤァーーー」

 

 悲鳴のような嬌声が上がった。





◇  ◇  ◇  ◇






 それは、結衣とみちるの歓喜の悲鳴だった。


 突然の嬌声に、誰もが驚愕する。

 そんな中、玲たち四人だけは普通だった。



『ギャー』とも『キャー』とも聞こえる、うねるような嬌声に、


「来た! ビッグウェーブ」


 玲が破顔した。


「来たね! 玲ちゃん!」

「うん。あれかな? 異世界だから、時間差あるのかな?」

「なわけないでしょ! だいたいこれ、あんたのふざげたあれ・・に反応したわけじゃないから」

「いやいや、わたしのあれ含む歓声でしょ、これは」

「違うと思うけど……」

「どんだけめでたい頭してんの?」

「良子ちゃん? 玲ちゃんの頭と気分は、年がら年中お正月だよ?」

「こら、瑠衣は人のこといえないでしょ」

「え? わたしは、お盆とお正月の三百六十五日だよ?」

「なるほど」

「何それ、どこがどう違うの? 説明しなさいよ」

「ふふ」


 と、四人が話している間も、かなり遅れてやってきた嬌声は、とどまることなく続いていた。




◇  ◇  ◇  ◇




 結衣とみちるは、驚きと喜びが小さな身体に収まりきらず、互いの手を握り合い飛び跳ねながら、言葉にならない声を上げていた。


 全身で狂喜する結衣とみちるを見て、


「はは。大人しい嬢ちゃんたちだって聞いてたが、元気いっぱいじゃねえか、なあ?」

「ええ、本当に」


 キリザとサルファは笑んでいたが、強張りを解かれたウードはひとり、箍が外れたようにひたすら歓喜の声を上げまくる二人の様子に焦っていた。


「落ち着け、落ち着くのじゃ! 結衣! みちる!」


 しかし、異常な興奮状態に陥っている二人には聞こえないのか、手を取り合って飛び跳ねたままだ。

 自分の声が届かないとわかったウードは、ためらうことなく二人の頭に拳を落とした。


「痛っ!!」

「先生?!」


 突然落ちてきた衝撃と痛みで、ようやく二人がウードに目を向ける。

 それを間近で見ていたサルファとキリザが、


「これはまた、迷いがありませんね」

「はは、御使い様に拳骨落とすなんざ、俺でもできねえぞ」


 と笑う。

 副宰相と総大将――二人の声は聞こえていたが、ウードはそれどころではない。


「目が覚めたか? 落ち着け」


 声をことさら低くして、結衣とみちるの乱れを抑えようとした。

 しかし、


「夢じゃない!」

「夢じゃない! 先生、痛いー!」

「夢じゃなかった!」


 興奮は覚めやらず、今度はウードを揺さぶりながら喜びだした。

 拳も効かないとわかったウードは、すかさず二人の首裏に手を伸ばした。首根をむんずと掴み、動きを封じる。


「落ち着くのじゃ! 結衣、みちる」

「だって先生――」

「わかっておる。おぬしらの喜びようを見ればようわかる。こちらの方々は、おぬしらがいうておった、セーフー女子であられるのだな」



「え?」

「セーフー女子?」


 ウードの声に反応したのは、その、セーフー女子の面々だ。


「なんだか、淫猥な響きがあるわね?」

「淫猥って、あんた」


 玲於奈と良子は冷静なまま、


「ははは」

「セーフー女子!」


 玲と瑠衣が声を上げて笑う。

 すると突然、結衣とみちるが静かになった。


 つき物が落ちたように急に大人しくなった二人に、



 少々力を入れすぎてしまったか――



 と、ウードは指の力を抜きつつ視線を下げた。

 しかし、二人が静かになったのは、ウードのせいではなかった。


「……」

「……」


 結衣とみちるは、四人を凝視していた。眼前のやり取りの、一部始終を見逃すまいとしているのか、目を爛爛とかがやかせ、食い入るように見ている。


 その前で、セーフー女子たちが声を交わす。


「ちょっと、風俗系をイメージしちゃわない?」

「あんたがそれをいわなかったら、イメージしないで済んだんだけど? ってか、そっち系の連想とか話、一番嫌いなのはあんたでしょうが」

「ええ。他人なら、絶対・・許さないわよ」

「自分はいいって? どんだけ勝手なの」

「まあまあ、セーフー女子のお二人さん」

「あんたもでしょうが! 玲」

「いかにも」


 と、良子の声に頷いた玲は、笑みを正面に向けた。


「わたしたちは、セーフー女子です」


 凛とした声に、ウードが視線を上げる。

 明るい声の持主は、ウードを見つめていた。


「先生は、村瀬さんと中尾さんから、すでにわたしたちのことをお聞きなんですね?」

「……はい」


 結衣とみちるの首根っこを押さえたまま、ウードが硬い声で答える。


「それはよかった。説明する手間が省けて助かります。先生がどこまでご存知か知りませんが、先生とは、はじめてお会いしますし、わたしたち四人を見ても、誰が誰だかおわかりにならないでしょうから、まずは自己紹介をさせていただきますね」


 玲はにっこり笑い、結衣とみちるの鎮まりかけた興奮を刺激した。




 

◇  ◇  ◇  ◇





 しかし、自己紹介はすぐには始まらなかった。


「後ろの皆さんもどうぞ、こちらにいらしてください」


 自己紹介をする前に、玲は後ろを振り返り、男たちに声をかけた。


「何度も同じことをしたくありませんので」


 というと、すぐに顔を正面に戻す。


 ウルーバルとエルーシルが即座に動いた。それに引きずられるように、ハイラルたち四人も移動した。震源地であるソファを迂回するようにして、前へ回りこむ。


 娘たちと向かい合う正面の場所は、素早く行動した銀髪の兄弟たちが陣取っていたため、少し斜めから見る場所に落ち着いた。そこではじめて玲たち四人の顔を見たハイラルたちは、息を飲んだ。


 娘たちは、ひとつの飾りもつけていなかった。着ているものも、生地はそれなりに上質なようだが、色も形も簡素に過ぎる地味な侍女服だ。というのに、娘たちは美しかった。紅のひとつもひいていないというのに、鮮やかで、華やかだった。

 自然でいながらたたずむ姿には品があり、王侯貴族のような威厳までにじませている。

 

 異なる美貌を持ちながら、同等のものを四人それぞれが有していた。

 並び立つ様は、圧巻だった。


「……」


 ハイラルたち四人はそれを、臍を噛む思いで見つめた。わきあがる怒りと後悔で、面が歪む。


 一方、キリザをはじめとする、スライディールへの入城を許されている男たちの面は、ほころんでいた。中でも銀髪の兄弟たちの目は、期待にかがやいている。


「玲様、いつでもいいだすよ」


 と、声までかけてくる始末だ。


「お前……」

「すんませんだす。もう、ひとっ言もしゃべらんだすから、許してほしいだす」


 エルーシルが速やかに侘びをいれた。


「ふふ。期待されてるね? 玲ちゃん」


 瑠衣が笑い、


「うん。これは期待に応えないとね?」


 玲も笑ってそれに答える。

 途端に良子と玲於奈が顔色を変えた。


「ちょっと、こんなとこで、サービス精神発揮しないでよ?」

「必要ないでしょ?」


 抗議する二人に、


「何いってるの。やるからには、自己紹介だって全力ですよ?」


 と、厳しい顔を向けた玲は、次ににっこり笑い、照準を結衣、みちる、ウードの三人に合わせた。そして、


「お待たせしました」


 かしこまり、優等生の態度で静かにそういうと、背筋を伸ばし、朗々と声を響かせた。





◇  ◇  ◇  ◇





「殿下? いかがなさいました?」




 このとき、ソルジェはスライディールの大広間の長椅子に、静かに腰を下ろしていた。


「ん? ああ」


 と、レイヒの声に反応し、椅子の肘掛から腕を下ろす。あごの支えがなくなり、見るでもなく見ていたものから自然に視線が外れる。


「先ほどから、心ここにあらずといったご様子ですが……」

「あ……そうだったか?」

「ええ、殿下。ずっと軍師殿を見つめていらっしゃるので、軍師殿はそれが気になって、ただでさえひどい足元が、どうしようもないことになってますよ」


 とリグリエータが嘆息混じりにいう。その後に、ガウバルトの声が続いた。


「そうですよ、殿下。ご覧になるなら、どうか別のところをお願いします。足を踏まれる俺の身にもなってください」


 ガウバルトの声に、ジリアンが眉をひそめた。


「ガウバルト、それは殿下のせいでは――」

「ああ、わかってる」


 ガウバルトがジリアンの声をさえぎり、アリアロスを見下ろす。


「軍師殿のせい、ですよね?」

「ああ。ほんとう、すまない」


 言い訳できないアリアロスが素直に謝る。

 護衛に睨まれ頭を下げる筆頭軍師――アリアロスに、多くが呆れ顔を向ける中、レイヒが笑みを向けた。


「アリアロス軍師。少し、休憩なさってください。根を詰めすぎるのは、よくありません。何事も、特にこうした稽古事は、緩急をつけてなさった方がよろしいですよ」

「そうですね」


 レイヒの助言に、リグリエータも賛同した。


「そのまま続けても上達するどころか、軍師殿の場合はひどくなる一方ですから、少し休んで気分を変えてください」

「はあ、助かった」


 と安堵の声を上げたのは、ダンスの練習相手をさせられていたガウバルトだ。


「おい、シャル、次はお前だぞ。逃げたら良子様に言いつけるからな」

「……」


 シャルナーゼが眉をひそめる。

 もの言いたげな同僚を捨て置いて、ガウバルトは主であるアリアロスに目を向けた。


「軍師殿、提案があります。ひと踏みにつき、いくら、巻き添え食らって転んだら、いくら、と決めませんか?」

「え? お金をとるのかい?」

「ええ。俺らは護衛で身体が資本なんですよ。ダンスの練習相手なんて、まず護衛の仕事じゃないでしょう? 相手が可愛い女の子だったら喜んでやりますが、手を握る相手は中年男で、しかも俺らは女役。覚えさせられて練習相手にさせられた挙句、踏んづけられるわ、巻き添えで倒されるわ、笑われるわじゃ、俺らもたまったもんじゃありませんよ」

「まったく」


 その通り――と頷くシャルナーゼの目は、据わっている。


「ここはきちんと決めませんか? 小額じゃ、軍師殿には屁でもないでしょうし、実際、尻に火がつかないでしょうから、そうですね……十回足を踏みつけられるごとに、馬一頭――」

「法外にすぎないかい? それは。余計に足がもつれるよ?!」

「何いってるんです。高給取りな上に、使うところがないせいで、馬鹿みたいに溜め込んでるのは知ってるんですよ?」

「それに、さらに俸給が上がりますよね? 知ってますよ?」

「君たちは、そんな人間だったのか……」


 護衛二人の悪人顔に、アリアロスが顔を引きつらせていると、


「いい加減にしないか! ガウバルト、シャルナーゼ」


 リグリエータが調子にのる護衛二人を、強い声で叱責した。そして最後にアリアロスを睨みつける。


「軍師殿も軍師殿ですよ。あんな話、頭から信じてどうするんです! ふざけてるだけですよ」

「いや、どうみても本気だろう?」


 気弱にいうアリアロスに、ガウバルトが笑った。


「ええ、半分本気ですよ。けど、どう考えたって無理でしょう? 玲様なら笑って承諾してくれるかもしれませんが、軍師殿の伴侶は玲於奈様なんですからね」

「良子様もいらっしゃることですし……」

「冗談でも怖くて、お二人のいない今しかいえませんよ。それとも、裏で握りますか?」


 またもや悪い顔をするガウバルトに、


「ガウバルト、護衛を辞めたいのなら、はっきりそういえ。将軍にお願いして、今日にでもお前らを移動させてやる」


 リグリエータが冷たくいい放つ。

 ガウバルトとシャルナーゼが引きつった。


「冗談ですよ! 冗談!!」

「本気じゃありませんよ!」

「なら、悪乗りはほどほどにするんだな。殿下もいらっしゃるんだぞ」

「いや、別に、冗談なら構わない」


 ソルジェは穏やかにいう。

 落ち着いた声に、


「殿下……」

「さすが殿下」


 リグリエータとガウバルトが同句ながら、まったく異なる心情をこぼす。

 二人の声を挟んで、ソルジェは続けた。


「ここ、スライディールの城内なら構わない。だが、一度ひとたびここを出れば、人前で、今のような発言はするな。それが本心でなくともだ。アリアロスは筆頭軍師だ。玲於奈の伴侶でもある。アリアロスを軽んじる――延いてはそれに繋がるような発言は、たとえ冗談であっても許さない。いいな?」

「はい」

「はい」


 静かだが厳しい声を向けられたガウバルトとシャルナーゼは、これまでの態度が嘘のように身体を緊張させ、深く頭を垂れた。


「わかっていれば、それでいい」

「殿下は寛容すぎます」


 苦い顔を向けてくるリグリエータに、ソルジェは薄笑みを返した。


「リグリエータ、スライディールの城は、玲たちの城だ。レナーテであって、レナーテではない。ここでは玲たちの流儀に従う。だから、必要以上にかしこまることも、厳しくすることもない。だろう? レイヒ」

「はい、殿下のおっしゃるとおりです。それに、それがわからず外で浮かれるような護衛や側近は、ここにはいませんから、大丈夫ですよ」


 第一王子と新進気鋭の将軍、その二人にいわれれば、リグリエータも退くしかない。


「わたしとしては、伴侶の皆様以外には、常の態度でいてもらいたいのですが」

「無理だ。玲たちがそれを望んでいないし、キリザやサルファも望んでいない。ここは、特別だ」

「……そうですね」


 リグリエータは薄く笑った。



 そう、ここは特別だ。

 訪れる者たちの心を揺さぶり、高揚させ、また、穏やかにもさせる。

 何から何まで突き抜けた御使い様たちに支配されたここは、特別な場所だった。


 それを、リグリエータも我が身で経験している。


 ここは、時間の流れさえも違うのではないか、と思うくらいだ。

 驚く暇もないまま、追われるように時間が過ぎる。


 玲たちの指示はいつも一方的で、しかも減ることがない。なのにこちらの言い分や都合などは、綺麗にさらっと流される。とても理不尽だ。人も多く、騒がしく、ゆっくり落ち着くこともできない。それでいて、経験したことのない充足感、自由さと楽しさに包まれる――という不思議な場所だった。


 誰もが、個性の強い御使い様たちに流され、転がされ、感化されていた。

 リグリエータも、早々に抵抗を諦めた。



 もう、どうとでも好きにしてくれ――



 と、開き直り、流されるまま玲たちに染まっている。そしてその影響を最も強く受けているのが、第一王子、ソルジェだった。


 ソルジェは、誰が見てもわかるほどに、ここスライディールでは肩の力を抜いていた。自然体だ。ごく自然に笑い、人と交わり会話する。以前は声をかけるのもためらい、遠慮していたリグリエータも、今では何の躊躇もなく、声をかけることができた。


「殿下」

「なんだ?」


 柔らかな雰囲気をまとうソルジェに、リグリエータは――こちらも極めて稀である――穏やかな笑みを向ける。


「玲様たちは順調でしょうか? 殿下は、それが気がかりでいらっしゃるんですよね?」


 と、心ここにあらずだった理由を訊いた。


「ん? ああ……」

「大丈夫ですよ、殿下」


 横合いからガウバルトが入ってきた。


「キリザ将軍とサルファ副宰相が一緒なんですよ? 北のご兄弟も一緒ですし、危険なんかありゃしません。玲様のことですから、今頃は水を得た魚のように、ホレイス卿相手にしゃべり倒していらっしゃいますよ。ね? 軍師殿」

「しゃべり倒すだなんて……何てことをいうんだい、ガウバルト! 君、さっき叱られたばかりじゃないか。少しは慎んだらどうだい?」


 アリアロスが肝の太い護衛を叱りつける。


「いや、だって、皆さんもそう思ってるでしょ? 軍師殿だってそうでしょ? 玲様が大人しく黙ってると思います?」

「え、まあ、それはそうだけど……でも、ものにも言いようがあるだろう?」

「じゃあ、何ていえばいいんです?」

「え? それは……」


 もごもごと口ごもるアリアロスを、レイヒが笑った。


「おそらくそうでしょうが、殿下は、玲様たちを心配されているわけではありませんよ」


 レイヒの声に、リグリエータをはじめとする側近たちがわからないような顔をする。


「わたしも同じ気持ちですからよくわかります。おそらく、ゼクト君もそうじゃないかな?」


 と視線を向けられたゼクトが、動かしていた手を止めた。

 レイヒを見返す顔は、珍しく無表情ではなく、むっつりと機嫌が悪そうだった。


「アリアロス軍師はどうかわかりませんが……」


 笑い声で前置きしてから、レイヒはいった。


「ご一緒したかったですね? 殿下。わたしたちの伴侶が、どんな表情で、どんな風にホレイス卿に対峙するのか、人伝でなく、側で見たかった」


 レイヒは心情を吐露した。

 その、レイヒの素直な声に触発されたのか、ゼクトが無言で頷いた。


「ああ」


 ソルジェも頷いた。


「――こうして待つだけというのは、どうにも、もどかしいな」



 玲――



 心で伴侶の名を呼びながら、王城の方角に目を向けた。

 


 



◇  ◇  ◇  ◇





 その王城では――




「清風高校二年B組、北岸きたぎし あきら! 好きな言葉は『天井知らず』! 北の横綱やってます!!」



 伴侶たちの寂寥の思いを知らない玲が、朗々と、堂々と、広間に声を響かせていた。

 威勢よく、天を指差す大仰な振り付きだ。



「……」

「……」



 ふたたび広間がシン・・となる。



 意外にも、玲の自己紹介は短かった。が、そのノリと勢いは玲らしく、しかもその勢いのまま、


「はい、次、瑠衣ちゃん!」


 次なる自己紹介者を指名した。


 玲の、当然とも巧妙ともいえる人選に、良子と玲於奈が顔を険しくする。

 なんとなれば、玲と相似の魂を持つ瑠衣は間違いなく、迷いなく玲に追随するからだ。


「はーい!」


 案の定、瑠衣がためらうことなく手を上げた。


「同じく! 清風高校二年B組沢田(さわだ) 瑠衣るいです。東の横綱やってます! 特技はイチゴの早食いです!」


 肩入れにウィンクという可愛い仕草付きで、勢いの道を作る役目をやり遂げた。


「……」

「……」



 このノリでやれと?――

 


 良子と玲於奈が顔を歪めている間に、


「はい、次、良子!」


 玲の声が飛んできた。


「はあ?」

「は? じゃないでしょ?」

「いやいやいや」

「良子? こういうのはトントントン、ってリズムよく繋げてやらないと。流れが止まってグダグダになっちゃうでしょ?」


 玲は厳しい顔だ。一方、役目をやり終えた瑠衣は、


「良子ちゃん、ガンバ!」

 

 いつもと同じだった。


「ちょっと待って――」

「旅に限らず恥はかきすて。いつもいってるでしょ? はい、もっかいいくからね、良子。リズム大切にしてねー。はい次、良子!」

「え?!」


 と良子が固まっていると、瑠衣がずずいと良子の隣にやって来た。


「良子ちゃんは恥ずかしがりやさんなので、わたしが代わりにやりますね。いいよね? 玲ちゃん」

「もちろんです。やっちゃってー、瑠衣ちゃん。どうぞ!」

「はーい」


 瑠衣は元気よく応えると、良子に代わって彼女の特技と、聞かせたところでわかるはずのない番付の順位を伝えたばかりか、梃子でもやらないだろう玲於奈の分まで、自分からしてのけた。


「グッジョブ、瑠衣。ナイスリズム」

「ありがとう! 玲ちゃん」


 サムズアップを交換する魂の姉妹は、いつもながらの上機嫌だ。しかし、


「……」

「……」


 特技は説教、回し蹴り。『どちらも危険ですから近付かないで』の注意付きで紹介された、南と西の両横綱――良子と玲於奈は仏頂面だ。


 そして。


 わけのわからない名乗りを、とんでもないノリと早さで見せられた王子やホレイスらは呆然と――

 北の兄弟たちは感心したように頷き合い――

 サルファたちは忍び笑い――

 結衣とみちるは顔をかがやかせている――


 全員無言だったが、その反応は、てんでばらばらだった。



 そんな摩訶不思議な空間に、ウードがぽつりと声を落とした。



「ご陽気な方々じゃの」


 



◇  ◇  ◇  ◇





「ははは」


 キリザが気持ちのいい笑声を広間に響かせた。


「その通りだ、先生。ウチの御使い様たちはすこぶる陽気でな。ま、そればっかりじゃないんだが、いつも面白いもんを見させてもらってんだ。今みたいにな」


 ウードに笑いかける。


「そのようですな」


 驚きも一周廻って振り切れたウードが、真顔で頷く。

 四人娘の近くに侍っているに違いない男たちの様子を見れば、自然にそう思えた。


 力が抜けた。

 しかし、余計な力みが取れただけで、結衣とみちるを押さえる手はそのままだ。


 キリザが、子猫にように捕まえられている二人の御使い様に目を向けた。


「結衣ちゃんとみちるちゃんは、玲ちゃんたちのこと、よく知ってるんだな?」


 腹に響くキリザの声に、二人は一瞬身体を強張らせる。だがその笑顔を見れば、硬直もすぐに解けた。

 

「はい、知ってます」

「めちゃめちゃ知ってます」


 ここはひとつ大きく頷きたいところだが、ウードに首根を押さえられていたため、深く頷けない。なので、結衣とみちるは小刻みに動かした。


 その、小動物を彷彿とさせる二人の仕草に、「ぷっ」と、玲と瑠衣が笑いの息を噴きこぼす。横では玲於奈も微笑んでおり、良子にいたっては、眉をひそめながらも、


「筋、痛めるわよ」


 声と心配顔を二人に向けた。



「……先生」


 ウードの手の下で、みちるが苦しげに呼んだ。


「なんじゃ」

「手、離してください……携帯を、携帯を取りに行かせてください! このフォーショットを」

「お願いします!」

「何をいうておる。ケータイとやらは、死んだのではなかったか?」

「!」


 冷静な声が、二人に携帯の現状を思い出させた。


「先生……」

「ひどいっ!」


 結衣とみちるがうなだれる。

 手の中でしおれる二人をそのままに、ウードはキリザに謝罪した。



「まったく。申し訳ございません、閣下。興奮のあまり、二人とも正常な判断と行動ができなくなっておるようで」

「いや、ぜんぜん構わねえよ。俺も玲ちゃんたちを見たときは、ぶちのめされて口もきけなかったからな」


 と、キリザは笑う。


「しかし、結衣ちゃんとみちるちゃんの喜びようは、半端じゃねえな」

「この二人は、皆様をお慕いしておりますからな。向こうでは、皆様を追い掛け回しておったそうです」

「先生、追い掛け回すなんて、違いますよ!」


 むくりとみちるが頭を起こした。


「そうですよ、追っかけです、追っかけ」


 結衣も同様に頭を立て、抗議する。


「どこが違うのじゃ」

「ぜんぜん違いますよ。わたしたちは迷惑にならない範囲で、遠くから熱く見てるだけです。ね? 結衣ちゃん」

「そうです」

「そっか。どこがどう違うのかよくわかんねえが、結衣ちゃんとみちるちゃんが、玲ちゃんたちのことをよーく知ってて、玲ちゃんたちに会えて嬉しいっていうのは、よーくわかった。先生も、知ってたんだな」

「はい」


 ウードは頷いた。


「結衣とみちるは、スライディールの方々が、皆様ではないかと申しておりました。神の遣いにふさわしい、それは美しく賢い方々であるのだと。しかしわしは、頭からそれを否定しておりました。二人の期待でしかないと」

「そりゃそうだな。こんだけ別嬪な御使い様は、過去に例がないもんな」


 キリザは笑う。


「うん、そっか、先生がそこまで知ってるんだったら、話は早え。な? 玲ちゃん」

「そうですね」


 玲はキリザに頷くと、目的の三人に微笑を向けた。


「村瀬 結衣さん、中尾 みちるさん。ここを出て、スライディールの城へ来ませんか? もちろん、ウード先生もご一緒に」



 結衣とみちる、二人の身体が歓喜に膨らんだ。







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