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波及

「ミレア、大丈夫か?」

「……」

「ミレア?」

「は、はいっ」


 ユリアノスの二度目の呼びかけで我に返ったミレアは、声と同時に視線を上げた。そして今、自分がどこにいるのかも思い出す。


 ミレアたちはスライディールの城を出、王城の廊下を歩いているのだった。


 半自失状態だったミレアは、あわてて姿勢をただした。

 誰の目があるかしれないこんなところで、気抜けた姿をさらしてはいけない。


 身体を強張らせるミレアに、


「大丈夫か?」


 上から声がかかる。

 気遣う声に思わず顔を上げると、夫、ユリアノスの心配顔が思いのほか近くにあって、ミレアはさらに動揺する。


「あ、ええ、はい。大丈夫です」


 努めて平静を装った。が、


「そうは見えないが……」


 上手くいかなかった。





 御使い様たちとの顔合わせは、驚きにはじまり、驚きのまま唐突に終わった。

 着衣や髪に乱れはないが、ミレアの心の中は、嵐が通り過ぎた後のようだった。整理をするのに、どこから手をつけていいのやら――残骸の中で呆然と立ち尽くす、といった心境だ。


 そんなミレアの心理状態をわかっているのか、


「無理はしなくていい」


 ユリアノスが微笑みながらいう。


「ミレア、御使い様の打診だが、断ってくれても構わない。皆様がご気分を害されることはないし、そのために、俺が誰かに責められることもない」

「はい」


 ミレアは素直に頷いた。 

 ユリアノスのいうように、ミレアが断っても、だれもそれを責めはしないだろう。


「――ですが、お断りするつもりはありません」


 ミレアはユリアノスに、己の意志をはっきり伝えた。


 ミレアが御使い様たちの話相手、礼儀作法の手解き役に推挙され、指名されたのは、貴族の躾と教育がなされた女性であるからだ。特別優れた何かがあったからではない。最大の理由は、ミレア自身ではなく、夫、ユリアノスがソルジェの側近であるという、その親密な関係性と信頼ゆえだろう。


 ミレアはそれを十分理解していたし、また、その期待を裏切りたくない、とも思っていた。

 というのに、いきなり時間を間違え、そのために気絶し、多くの人に迷惑をかけてしまった。


 失態を挽回したい。という思いがあった。なにより、


「無理をする必要はない」


 というユリアノス――彼の役に立ちたかった。


「無理はしていません。わたくしでお役に立てるのなら、是非、やらせていただきたいと思っております」

「……」


 ミレアの発言に、ユリアノスが少しばかり驚いたような顔をする。


 普段、ミレアは自己主張をほとんどしない。内向的な性質であるし、夫婦とはいえ、まだ新婚だ。遠慮もあるし、夫に従うよう、教えられてもきた。『無理をするな』というユリアノスの言葉に頷くのが自然だし、当然だ。

 ミレアもわかっている。自身の平穏を思えば、それが一番だろう。無理などする必要はない。だが、ミレアは頷かなかった。


 そうさせたのは、御使い様たちだ。


 ミレアは、御使い様たちの強烈な存在感と奔放さに、強い衝撃を受けた。四人の自由さと明るさにあてられた。そして知った。


 いつも何かを抱え、こちらに目を向けることのなかった夫が、なぜ自分を見てくれるようになったのか。笑顔を見せ、気遣う声をかけてくれるようになったのか。その理由を、目の当たりにした。




『玲……意外に重いのだな』

『でーんーかー、乙女に向かってなんてことをいうんです?! しかもしみじみと』

『いや、見た目の細さと違うのだなと――』

『駄目駄目です、殿下。こういうときは、嘘でもいいですから、玲は羽根のように軽いのだな――くらいはいってくれないと。男子力が低すぎます。わたしの方がだんぜん男子力が高いですよ。こういうときはですね、たとえ腕が折れようがもげようが――』

『そこまで重くはないぞ、玲』

『今のはもののたとえ、言葉のあやです』

『そうか』

『いいですか? 殿下。たとえ思いのほか重量を感じても、ですよ? それを態度に出してはいけません。口にするなどもってのほかです。折角のお姫様気分が台無しです!』

『そうか……それはすまない』

『殿下、謝る必要も、嘘を付く必要もありませんよ。実際重いんですから。羽根のように――なんていうと、口が曲がりますよ?』

『そうですよ、殿下。玲も瑠衣も、馬鹿みたいに鍛えてますから、折れそうに細く見えても中味は筋肉のかたまりです。たっぱもありますし、見かけと違って重いんですよ。っていうか、玲。殿下が善意で、しびれ切らしたあんたを運んでくれてるってのに、なあに文句いってるわけ?』

『いやいや、わたしにも乙女心というものがありましてですね』

『はあ?』

『殿下、玲の足をどこかに強くぶつけるか、身体ごと、投げ捨てるかしてください』

『ちょっと待ちなさい! 玲於奈ちゃん。どうしてそうなるの?!』 


 という会話の後ろで、


『レイヒさん、今度、くるくるーって、わたしを振り回してくださいね?』


 玲がソルジェにされているのと同様、レイヒに横抱きにされている瑠衣が、伴侶の腕の中で可愛くおねだりしていた。


『振り回す?』

『はい。回転して、わたしを勢いよく振り回して欲しいんです』

『おお、回転人間ブランコですな? 瑠衣ちゃん』

『そう!』

『殿下、わたしにも、そのくるくるを是非お願いします。遠心力で浮き上がる、あの浮遊感がたまらなく好きなんです』

『わかった』

『え? 殿下ったら、即答?』

『あんたたちっ! 伴侶に何させる気?! 殿下も、そんなすんなり返事をしないでください。絶対、今やらないでくださいよ?!』


 友人からその伴侶まで、等しく睨みつける良子の後に、男たちの笑い声が続く――



 重苦しい時間の後から、ミレアたちが退出するまでの短い間に見せられたのは、騒がしくも明るくむつまじい光景だった。スライディール城の大広間は、御使い様たちの陽気と、それを見守る人々の笑顔で満たされていた。



 まばゆい存在たちは、第一王子とその周辺に常にわだかまり、覆いつくしていた暗い霧を払っていた。それが、ユリアノスに変化を、彼と心を通わせることを諦めかけていたミレアに希望をくれたのだ――ということが、手に取るようにわかった。



 その感謝を返したい。

 そして、できるものならその先を見たい。ユリアノスとともに見、喜びの感情を共有したい――



 という願望になった。

 しかし、ミレアは急に気弱になった。


「ですが……わたくしがそう思っても、皆様はどうでしょう」


 辞去の際、玲から、二度目の謝罪と『これに懲りず、またお顔を見せてくださいね』という言葉を、笑みとともにもらったが、社交辞令かもしれない。


 肩を落とすミレアに、ユリアノスが微笑んだ。


「ミレア、心配することはない。君自身がそれを望むなら、御使い様たちはお喜びになられるよ」

「そうでしょうか? あのような失態をしてしまいましたのに……」

「まず皆様は、あれを失態とお考えになっていない。だから気にしないでいい。必要以上に自分を責めることはない」

「玲様と瑠衣様は、必要以上の責めを負っていらっしゃいましたが」

「あのお二人は、心身ともに頑健でいらっしゃるから大丈夫だと、キリザ将軍とヤーヴェ氏が保証していたよ。それを、君もその目で見たはずだ」


 と、ユリアノスはくすくす笑う。


 退室間際、ユリアノスがキリザとヤーヴェに挟まれていたのは、そういう話をしていたのか――と思う一方で、ミレアはひどく驚いていた。


 結婚してもう四月よつきになろうかというのに、ユリアノスがそんな風に笑うのを見たのははじめてだった。


 驚きで、ミレアは歩みを止めてしまった。ユリアノスも、少し遅れて足を止める。


「どうした?」 


 ユリアノスが振り返り、目を丸くしたまま固まるミレアの顔を覗き込んできた。


「……」


 慣れない距離に、ミレアはうろたえた。 



 近い、近すぎる――



 ユリアノスの整った男性的な面は、地方の温室で育ったミレアには、いまだ間近で直視できない代物だ。心臓が跳ね上がる。


「あ、はい。その、お顔が、い、いえ、なんでもありません」


 言葉を散らしながら視線を逸らすミレアに、ユリアノスが笑った。


「なんでもないようには見えないが――」


 いいつつ、ミレアの背にそっと手を添える。


「このまま家に帰してやりたいが、グレン宰相に、君を連れてご挨拶に伺うとお伝えしてあるから、顔だけでもお見せしないとな」

「も、もちろんです。でないと父に叱られます」

「ふふ、そうか。では、行くとしよう」

「はい」



 このとき、様々な驚きに包まれていたミレアは、まったく気付いてなかったが、若い二人の様子は、王城の、広く長い廊下を行き交う人々の面に、優しい微笑を作らせていたのだった。





◇  ◇  ◇  ◇





 夕刻。

 王城の居室に戻ってきたリファイとラズルは、思いがけない人物に迎えられ、驚いた。


「ローシュ?」

「伯父上?」

「どうしたんだい? 君が知らせもなくやってくるなんて、珍しいね?」


 訊きながら、相手の表情を見たリファイは、自分のそれを引き締めた。


「……何かあったの?」

「ええ、まあ」


 はっきりしない返事に、リファイとラズルが顔を見合わせる。

 

「殿下、おかけになってください。ラズル、お前も座りなさい」


 ローシュと呼ばれた男は、怪訝な顔をする二人を、自分の前に座らせた。

 短いはしばみ色の髪はいつものように整っていたが、目尻の優しい笑い皺はない。


「そちらの状況は、今、どうなっていますか?」


 ソファに掛けるやいなや、二人に訊ねてきた。

 訊ねる声は柔らかいが、詰問の厳しさを含んでおり、綺麗な薄茶色の瞳は、若干だが剣呑の光を帯びている。


「どうしたの? いつもの君じゃないね」


 常と異なる様子と性急さに、リファイがいう。


「それは後ほどお話しします。まずは、殿下のお話をうかがえませんか? スライディールの御使い様のこと、王城の御使い様からお聞きになれましたか?」

「いや、まだだよ。宰相府から使いの人間が来てることは、君も知ってるだろう?」

「キリザ将軍の側近、でしたね?」

「ああ。彼の目があったんでね」

「ですが、それも、今日で終わりです」


 甥の言葉に、ローシュが視線を向ける。

 ラズルが続けた。

 

「グレン宰相の使いで、監察者だとばかり思っていましたが、観察者でもありませんでした。彼は、キリザ将軍から別命を受けた人間でした」

「別命?」

「侍女を探していたんですよ。条件に適う侍女がいなかったので、戻るよう指示されたそうです。ですから軍の人間が来るのも、今日で終わりです」

「……」


 それを聞いたローシュは、長い指を自身のあごに当てた。輪郭をなぞるように動かしている。と思うと、唐突に口を開いた。


「その軍人は、御使い様のご様子に興味を示さないといっていたが……」

「ええ。呆れるほど関心を示しませんでしたよ。ね? 殿下」

「そうだね。いくら普通の娘でも、御使い様なんだから、もうちょっと気にしてもいいんじゃない? って、こっちがいいたくなるほどだったよ」

「そうですか……」


 ローシュは視線を下げる。


「厄介者はいなくなったから、これで動けるよ」


 目の前の相手が何やら考えを廻らしている間に、リファイが楽しげに話し出す。


「早速、スライディールの化け物様のことを、あの愚かな御使い様に確認しようと思ったんだけど……。彼女には、先にやってもらわないといけないことができてね」


 ふふ、とリファイは笑声をこぼし、口角を上げたまま続ける。


「あのウードとかいう教師を、二人の御使い様から引き離す。その手伝いをしてもらうんだ。ついでに、態度も姿も可愛くない二人の御使い様も、窮地に追い込んでもらおうかな、って思ってさ。まあ正直、僕にはうまみがないんだけど、面白いことにはなりそうだから……」

「そんなことができますか?」

「できそうだよ。ラズルが上手く咲様に伝えてくれたからね。明日とはいわないけど、数日中には動きがあるんじゃないかな? あの教師はいなくなるね。王城から消えるか、それとも、この世から消えてなくなるか……どっちかは、わからないけどね」


 くすくす笑うリファイに、ラズルも笑う。


「その後で、スライディールの御使い様のことを咲様にお訊ねしようかと。ああ、その時は、寄る辺ない老人を死地に追いやった感想も、併せてお聞きしたいですね」

「ほんと、悪いな、ラズルは」

「愚かな人間に、自分が何をしたか、教えてやることは必要でしょう?」


 ラズルは品よく微笑む。

 リファイとラズルは機嫌が良かった。事は、青年たちが描いたとおりに進んでいる。

 しかし、二人の前に座るローシュはそうでなかった。


 どちらかといえば線の細い、ローシュの整った面は固く、苦いままだ。


「伯父上?」


 何もないテーブルの一点を見つめる伯父に、ラズルが声をかける。


「どうされま――」


 続くラズルの声を、リファイが手でさえぎった。


「ローシュ、そろそろ教えてくれないか? 僕の忍耐がどれほどのものか――それは、君が一番よく知ってると思うけど?」





◇  ◇  ◇  ◇





「申し訳ございませんでした、殿下」


 若い主の冷ややかな声に、ローシュが白髪交じりの頭を下げる。


「構わないよ」


 リファイは鷹揚に返す。しかし、その面に笑みはなかった。


「で、何かな? 良い話じゃないのはわかってるから、早く教えてくれる?」


 背もたれに身体を預け、くつろいだ様子だが、明るい碧の瞳は研ぎ澄ました刃に似た剣呑の光を放っている。


「はい。キリザ将軍がスライディール城に詰めていらっしゃるのは、殿下もご存知でいらっしゃいますね」

「うん。御使い様たちに振り回されてるって聞いたよ」

「今、軍の編成がなされています」

「軍の編成?」

「ええ」

「ホレイスが動いたの?」

「ホレイス?」


 眉をひそめるローシュに、リファイは教えた。


「化け物ごときに振り回されるなんて、レナーテ軍の総大将にふさわしくないから、引きずりおろそうって考えてるみたいだよ」

「ふっ、性懲りもなく、そのようなことを」


 ローシュは鼻先で笑ってから、


「ホレイス卿はまったく関係ありません」


 断言した。


「軍は、中央貴族らの恣意が届く場所ではありません。国王陛下自らが、キリザ将軍の総大将就任時にそれを宣言されています。軍内から強い反発の声でも上がれば別でしょうが、それ以外で陛下が軍に口出しされることはありません。ホレイス卿が騒ごうが、貴族らと結託しようが、軍には何の影響もありませんよ」

「それじゃあ、キリザ将軍が編成を指示したっていうこと?」

「そうです。そればかりではありません。中央政府の人事も動くようです」

「グレン宰相も動いてるってこと?」

「そうです。両者が今、同時期に動いています」

「……」


 リファイは何もいわず、視線だけを落とした。無言のまま唇に手をやり、考えに沈みはじめる。

 しかし。


「殿下」


 ローシュが、思考の淵に向かう主を呼びとめた。と思うと、彼は唐突にいった。


「今日、ユリアノス君を見ました」

「ユリアノス?」


 突如出てきた名に、リファイが驚く。


「ソルジェ殿下の側近ですよ。リファイ殿下もよくご存知の……」

「わかってるよ」

 

 でもそれが何?――と、食ってかかる前に、ローシュが唇を動かした。


「王城で、奥方と一緒に歩いているのを見ました。コルト領主のお嬢さんで、確か、ミレアという名でしたか。ものなれない様子の奥方を、優しく誘導していましたよ。ユリアノス君があんな風に笑っているのを、わたしははじめて見ましたね」

「ユリアノスが?」


 リファイが眉根をきつく寄せた。先までの楽しかった気分は、とうに霧散していた。

 雲ひとつない青空の向こうに暗雲があるのを教えられ、その厚みと重みのほどを示されれば、いかなリファイといえど、笑い飛ばすことはできない。

 

「ええ。たいへん仲むつまじい様子でしたよ。説き伏せられて結婚したものの、独身のころと変わらずソルジェ殿下を優先するので、夫婦生活も上手くいっていない――そう聞いていたのが、嘘のようでした。いったい、どういう心境の変化があったんでしょうね?」


 ローシュは憎らしいほどの平静さで、淡々と述べる。

 

「それはなにも、ユリアノス君ひとりに限ったことではありません。ジリアン君しかり、バルキウス君しかり。ソルジェ殿下の側近たちは皆、ここ半年の彼らからは想像できないほど、雰囲気が変わった――と、聞きました」

「……」

「……」

「ジリアン、バルキウスの両名は、ソルジェ殿下に従って、毎日スライディール城に通っているそうです。他の伴侶たちも同様です。化け物の元へ向かうというのに、皆、平然としているそうですよ。つらそうにしているのは、アリアロス軍師おひとりだけだとか」


 その時だけ、ローシュは口の端をわずかに上げたが、すぐ真顔に戻る。


「多くの人間が、今、スライディールの城に集まっています。中でも軍の高官は、在京の将軍全員が、スライディール城に日参しています。軍本部がスライディール城に移るのではないかと、軍人たちが笑い話にするほどです。キリザ将軍が御使い様に振り回されているといいますが、軍にはいささかの動揺もありません。それに、ここ数日のことですが、スライディールの城に、これまでまったく関わりのなかった人間が呼ばれています。各方面から、それも少なくない数の人間が、です。ユリアノス君の妻女も、その内の一人だと思われます。化け物の相手を、望まない妻とはいえ、深層の令嬢だった夫人にさせますか? そんなことをさせて、真面目一途のあの青年が、穏やかな気持ちでいられますか?」

「……」

「……」


 言葉なく聞き入るだけの二人に、


「スライディールの御使い様は人でしょう」


 ローシュは告げた。


「すべてがそうであると示しています。そうでなければ説明がつきません。多くの人間がスライディールの城に呼ばれているというのに、化け物の恐ろしさを伝える新たな声は、どこからもあがってきません。そして、軍と政府です。この時期に、わざわざ人を動かす必要がありますか? 軍を編成する必要がありますか?」


 口早にいうそれは、どこか挑発的だった。

 ラズルが当惑したように瞳を動かし、リファイが剣呑を瞳にのせる。

 リファイの突き刺すような視線を受け止めながら、


「あるからする――そういうことでしょう」


 ローシュは穏やかにいった。


「なぜなら御使い様は人だからです。大事な御使い様を守る、その役目を担う伴侶たちに力を与えなければならないからです。中央の、王城の御使い様に対する動きが鈍い理由も、それならばわかります。大切な御使い様を、何故、ホレイス卿に預けたままにしているのか? 勝手をしていることは誰の目にも明らかなのに、何故強制介入してこないのか? スライディールの御使い様が人だからです。それも……只人ではないのでしょう」


 力なく、付け足しのように発した最後のそれに、リファイとラズルは強く反応した。


「そう思われせんか? 中央は、王城の御使い様に重きを置いていません。彼らの意識はスライディールにある。だから、何もしてこないのです。王城の御遣い様を、ホレイス卿の手から取り戻そうとしないのです。わたしも、もっと早くに気付くべきでした」


 自嘲するようにいったローシュは目を上げた。


「ご納得いただけませんか? あの、北の兄弟まで、毎日スライディールの城に通っているんですよ? 警固を任されているわけでもない、伴侶でもない彼らが、です」

「あの二人は、森に汗馬を探しに行ってるんだってきいたけど?」

「ですからその汗馬が、スライディールの城内にいるのでしょう」

「……」


 リファイのささやかな抵抗は、塵のようにいとも簡単に払われた。


「そして、ソルジェ殿下の側近たちです。今日、ユリアノス君を……彼と一緒にいる細君を見て、わたしは確信しました。スライディールの御使い様は人です。疑う余地はありません」


 ローシュは断言した。


「……」

「……」


 リファイとラズルは無言だった。

 形のよい唇は微動だにしない。しかしその双眸が、彼らの心情を代弁していた。

 

 明るい碧と琥珀の瞳――綺麗な二対の目は今、怒りの熱で鮮やかに発色し、危険なかがやきにきらめいていた。






予約にするはずが、この話だけなってませんでした。

残りは予約になってます。

よろしければそちらもお願いします。 長いです。 ははは(乾いた笑い)。

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