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ちょっとしたあれこれが……

「しかし、侍女探しとは、恐れ入ったな。想像もしなかった」

「ほんと、気が抜けたよ」

「まったくです」

「奴らも無駄なことをする。化け物になど、誰が仕えるというのだ」

「そういうな、ハイラル。思っていても、誰も何もいえないさ。なにせ相手は御使い様だ」

「しかし、異形でも、知能は相当高いようですね」

「何百年も生きてるんじゃないか?」

「そうかもな。しかし……スライディール城内は、まだ安定していないということかな?」

「まあ、御しえてはいないだろうな。あの感じでは」

「振り回されているというのは、確かなようだね」

「ああ」


 セリカと別れた後、ハイラルたち四人は別室に移り、話し合っていた。


 警戒していた観察者が実は、いそうにない侍女を探す――という気の毒な特命を受けた気の毒な青年であることがわかった。それも、今日中にはいなくなる。

 踊らされたことは正直腹立たしいが、その事実は、四人に心の余裕と時間を与えてくれた。


「こちらとしては悪くない。悪くないが、見通しはよくないな」

「ああ、このままでは埒があかない」


 四人の気持ちは、王城の御使い様に戻った。


「確かに」

「無理やり茶会に参加させたのは、まずかったね」

「今更それをいってもどうしようもありません。これからどうするか、ですよ。時間的な余裕はできましたが、そう悠長にもしていられません」

「どうします? 兄上」


 とハイラルの目を自分に向けてから、リファイは続けた。


「あの二人はかたくなだ。こちらが動かそうとすれば、いっそう殻を固くして閉じこもるでしょう。こじ開けるのではなく、向こうから開くようにした方がいいのでは? 兄上だって、そうお考えなんでしょう?」

「だが、それをすると――」


 ためらいを見せるハイラルに、


「こちらが手を回したと知れないようにすればいいだけの話ですよ、殿下」


 ラズルがいった。


「咲様の耳にお入れしましょう。『あの老人が、なにやら余計な入れ知恵をしているようだ』と、咲様のお耳に入れれば、ホレイス卿にも伝わるでしょう。そうすれば、あの老人を二人から切り離せる」

「上手くいくか?」

「やってみて損はないでしょう。どちらにせよ、あの老人は邪魔です。切り離したほうがいいでしょう。心のよりどころになっていますし、実際入れ知恵もしてるでしょう。これ以上知恵を付けられては困ります」

「だが、あの老人を自由にさせるのはどうかと思うな。宰相府に駆け込まれでもしたらどうする?」

「それこそ、ホレイス卿にお任せしましょう」


 アブローの懸念にも、ラズルはこともなげに答える。


「力のない老人ひとり――ホレイス卿なら、ためらいなく捻りあげてくれるでしょう。ついでに結衣様とみちる様も、追い込んでもらいましょう。頼れる人間がいないとなれば、さすがにお二人も音を上げて、こちらの手をとられるのではないですか?」

  

 微笑みを挟んでラズルは続けた。


「それに、ホレイス卿と我々の関係も変えられます」


 ハイラルとアブローの目が光った。


「というより、変えざるをえないでしょう。御使い様の後ろ盾でありながら御使い様を虐げるなど、言語道断です。見過ごすことはできませんから、宰相閣下に訴えましょう。これまでの悪行の数々も揃えて一緒に差し出せば、宰相閣下も喜んでくださるのではないですか?」


 その、看過できない状況を作ろうとしているのは自分たちなのだが、そこはだれも指摘しない。


「今回は、幸運にも誤魔化すことができました。ホレイス卿は実に強運の持ち主です。ですが、それもいつまで続くでしょう? 運など、いつひっくり返るかしれない不確かなものを頼りにできますか? できません。今のままでは、いずれ我らも連座の罪にとわれます。そうなる前に売ってしまいましょう。何の遠慮がいりますか? ひどい扱いを見過ごせず、訴えるのです。愚者を自ら切れば、結衣様とみちる様も、こちらを見直してくださるのではありませんか?」

「ふふ……そうだな」


 頷いたのはアブローだった。


「……」

「どうした? ハイラル」


 一も二もなく頷くかと思っていたハイラルは、なにやら思案にふけっている。


「気が咎めるか?」


 アブローの声に、ハイラルが笑った。


「まさか。売るのはいいが、つき返されては困ると考えていただけだ」

「ああ、それは困るな。だが、ラズルがいうように、返品されないだけのものを付ければいいだろう」

「だがそれをすると、ホレイスだけでは済まなくなるのではないか?」


 処分がホレイスだけにとどまらず、一族の多数にまで及ぶことを、ハイラルは危惧していたのだった。

 厄介者を排除できるのはいい。が、それは同時にハイラルを擁護する力も失うということだ。


「それは仕方ないでしょう」


 ラズルが答えた。


「それだけのことを、今までしてきましたから。いい機会ではありませんか。アブロー様も、そう思われませんか?」

「ああ。この機を逃す手はないな。危なっかしい毒など、抱えていてもしょうがない」

「まったくです。まあ、いくつかの家には、犠牲になってもらわなければいけませんね。選別はどうしましょう? なにせ、毒された家も多いですから」

「選び出すのも一仕事だな」

「そのあたりの選別と根回しは、アブロー様の方にお任せしてよろしいですか? 当家ではできませんので」

「ああ、親父に相談する。心配するな、ハイラル。たまった膿を出すだけだ」

「そうですよ、殿下。柱の一本、二本、失ったところで倒壊することはありません。挿げ替えさえ上手くいけば、今より強固になると思いますよ。腐った柱を残しておくほうが危険です」


 アブロー、ラズル――二人の言に、


「ああ、そうだな」


 ようやくハイラルは頷いた。




「よかった、これで方向は決まったね」


 話の成り行きを見守っていたリファイが、陽気な声を上げた。


「あー、でもそうなると、もうのんびり座ってられないね」


 その声を証明するように、アブローが立ち上がる。


「ああ。俺は一度屋敷に戻る。親父を連れて戻ってくるから、ハイラル、出かけるなよ」

「予定もつもりもないのは知ってるだろう」


 ハイラルも立ち上がる。


「リファイ殿下、われわれも、咲様のところに戻りましょうか」

「あー、やっぱり今から戻るの?」


 恨めしげなその声に、


「もちろんです。われわれがまず動かないと、折角の話が進みませんよ」


 ラズルが応じる。


「わかったよ。それにしても、皆、勤勉だね」


 リファイの呆れ声に、小さな笑声が続く。



 彼らの決断と行動は早かった。

 しかし事態は、彼らの知らないところで、驚くべき速さで進行するのだった。





◇  ◇  ◇  ◇




 

 麗しい王子らが、精力的に動き回っているころ――



 スライディール城の大広間では、良子と玲於奈がひとりの女性と向かい合っていた。


「ミレアさん、せっかくお越しいただいたというのにたいへん申し訳ありませんが、お体のことも心配ですので、今日はこれでお帰りください」

「いえ、良子様。わたくしでしたら大丈夫です」


 気丈に答える女性――ミレアの顔は蒼白だった。膝の上で重ねた手は、動揺を抑えるためだろう、固く握り締めてある。

 小さく首を振るミレアに、


「ミレアさん。極度の緊張状態に陥ったんですよ。今だって、ずいぶん気を張っていらっしゃるはずです」


 玲於奈がいう。


「玲於奈のいうとおりです。外傷がないというだけで、体は疲弊しています。気絶・・したんですよ?」

「緊張状態が長く続くのはよくありません。今日はお帰りください。ここにいては、休まるものも休まりませんから」





 休まるものも休まらない――


 玲於奈のいうことは事実だった。 

 今、話しをしているのは良子と玲於奈、そしてミレアの三人だけだが、それを見つめる傍観者が何人もいた。


 ミレアの隣には彼女の配偶者ユリアノスがおり、ミレアが連れてきた二人の侍女も、長椅子の脇で控えている。身内はいる。が、それ以上の人間が――地位も数も上回る人々が、ミレアたちを取り巻いていた。


 テーブルを囲うように置かれた四つの長椅子のひとつに、ミレアが夫のユリアノスとともに座っている。

 その右手側の長椅子に副宰相のサルファが、左手側に副官ゼクトとキリザの側近リグリエータが並び座り、その後方――少し離れた場所で、ユリアノスの主でもある第一王子ソルジェが、軍の高官――レイヒ、アリアロスらとともに立っていた。


 いずれも、視線を向けることさえためらわれるような、畏れ多い人物ばかりだ。


 王子を立たせている――それだけも落ち着かない。が、今日のこの席は、ミレアが招かれた。礼儀作法の師――ということだが、礼儀作法は手ほどきでいいらしく、主たる役目は、話し相手だと聞いている。その初顔合わせにやって来たのだ。


 儀式張った席ではない。顔を合わせるだけだ。しかし、決まりがあり、決められた形に沿って進んで行けば出口が見える儀式の方が、よほど楽なのではないかと思える状況だった。


 権威権力のある人物たちに囲まれながらの面会は、想像以上の精神的負荷をミレアに与えた。しかも、目の前に座るのは御使い様だ。良子と玲於奈――二人の気高い美貌と雰囲気、それだけでも圧倒される。だが、今一番ミレアの心にのしかかり、彼女に身を捩るような思いをさせているのは、離れた場所に座る二人の御使い様――玲と瑠衣だった。





◇  ◇  ◇  ◇





「また後日、お越しください」

「はい。ですが……」


 玲於奈の声に頷きながら、ミレアが視線を動かす。 

 ミレアが視線を向けた先に、玲於奈と良子も目を向ける。


 日中、ほとんど閉められることがない大広間の扉――

 その、ほん少し手前で、玲と瑠衣は並んで座っている。


 そこにいるのは確かに玲と瑠衣だ。が、いつもの二人ではなかった。様子がまったく違う。

 並び座る二人は大親友だというのに、声を交わさず、目も合わさなければ、こちらに意識を向けることもない。黙したまま、じっと、前だけを見つめている。



 生き人形のように座る二人を、ミレアが見つめる。


「……」


 その目は、強い痛みを感じているようだった。

 一方、離れた場所でポツンと座る友人たちを見る良子の目は、冷たかった。


「ああ。あれ・・は気にしないでください」


 視線同様、言葉も冷たい。

 

「ですが、良子様。今日のことは、わたくしにも非があります。時間をたがえてこちらに早く来てしまったわたくしが、そもそも悪いのです」

「良子様。妻もこう申しております。妻も侍女たちも怪我ひとつありませんでした。玲様と瑠衣様をお許しいただけませんか?」

「良子、俺からも頼む。許してやってくれないか?」


 というソルジェの声に、良子が厳しい顔を向けた。


「殿下。そうして甘やかすのはよくありません、と前にいいませんでしたか?」

「それはそうだが、これでは、誰が罰を受けているかわからない」


 ソルジェの言に、罰するもの(良子と玲於奈)罰せられるもの(玲と瑠衣)――四人以外の全員が心の中で大きく頷いた。





◇  ◇  ◇  ◇





 それは、一時間ほど前のことだった。


 午後前半の予定を消化して、時間に余裕のあった玲と瑠衣は、あるものを見て、ふと、よからぬことを思いついてしまった。二人は魂の姉妹だ。互いの目を見るだけで、考えていることがわかる。ことに、よからぬ系のベクトルはぴったり重なる。

 

 ちょっとした出来心。


 良子を『ぎゃっ』といわせるだけの、可愛い悪戯になるはずのそれが、結果的には三人もの失神者を出してしまった。もちろん故意ではない。狙うは良子ただひとり――だったのだが、ちょっとしたすれ違いや勘違いの連続で、不幸は起きてしまった。


 悪意のない、出会いがしらの衝突事故だ。気を失った三人も、失神の程度は軽く、すぐに意識を回復したのだが、それを知った良子と玲於奈、特に良子が激怒した。



『御使い様だからって、何やっても許されると思ったら大間違いよ! 反省しなさい!!』



 不注意と勘違いはいいわけにならず、逆にそれらを責められた。良子狙いだったことが、さらに良子の怒りを燃え上がらせてしまったようだ。


 とはいえ良子のいうことはもっともだったので、玲と瑠衣は、


『その通りです。反省します』


 と、目を覚ましたミレアと二人の侍女、知らせを受けて城に駆けつけたミレアの夫ユリアノスら四人に頭を下げてから、粛々と反省の時間に入った。






 床に端座。口もきいてはいけない――



 厳しい良子の指示に、二人は忠実に従った。顔を上げ、あごを引き、背筋を伸ばしてまっすぐ前を見つめる姿は、反省者の鏡だ。そして驚くことに、その姿勢は、いくら時間が経っても一向に緩むことがなかった。


 己の軽率な行動を、真摯に省みているのだろう。厳しい仕置きに、二人は音を上げなかった。

 音を上げたのは、それを見せられる被害者たちと、周りの男たちの方だった。



 まず、被害者たちの心が折れた。

 自分に非がある、とミレアがいったように、彼女たちが時間さえきちんと守っていれば、このような事態は起こらなかった。ゆえに彼女らは、強い責め苦を負っていた。非のある自分たちが、まったく責められないことも、それに輪をかける。

 

 男たちにもこの状況はつらかった。なにせ、玲と瑠衣は、常に座の中心にいる太陽だ。姿はそこにあっても、口もきかず微笑みもせぬでは、二日にじつも無しと同じだ。なのに存在感はあるので、端で静かにしていても、気にしないではいられない。キリザ不在というのも痛かった。


 玲と瑠衣の陽気を欠いた場は、良子と玲於奈の厳格さに支配され、恐ろしく居心地が悪かった。

 迂闊に声もかけられない雰囲気だ。


 玲、瑠衣、良子、玲於奈――四人以外の人間が、この気詰まりな場をどうすればよいかと頭を悩ませていると、


「良子様」


 サルファが穏やかな声で切り出した。


「サルファさん。いくらサルファさんでも、駄目ですよ。罰は罰。しでかしたことの責任は取る。人として当然です」

「……」

「……」


 だれもが良子の厳しさに舌を巻く。その間に、


「そうですね」


 サルファは頷いた。


「ですが良子様、殿下のおっしゃるとおり、これではだれが罰を受けているかわかりません。ミレアさんがご責任を感じていらっしゃるのは、良子様もおわかりでしょう」

「……」


 それは良子も玲於奈もわかっている。


「このままでは、ミレアさんもご自分のせいで――と返ってお心に痛みが残ってしまわれるのではありませんか?」


 と、笑みを向けられたミレアは、深く、すがるように頷いた。


「どうでしょう? 話だけでもお許しいただけませんか? 折角お越しいただいたというのに、普段の皆様のご様子をお見せできないのは、わたしは残念でなりません」


 サルファの言に、良子が眉根を寄せる。


「……」


 頷きそうにない良子の隣で、「ふふ」と玲於奈が笑った。


「ミレアさん……頷かなければ良かったと、後悔しないでくださいね?」


 悪戯な口調でそういうと、薄笑みを隣に向けた。


「良子」


 促す声に、良子が大きなため息を吐いた。


「……仕方ないわね。玲、瑠衣」


 良子の、不承不承の声が聞こえた――次の瞬間、

 

「わーい! しゃべっていいの? 罠じゃないよね? 良子ちゃん!」


 陽気な声がはぜ、部屋中に広がった。





◇  ◇  ◇  ◇





「はあ? 罠なわけないでしょ! 玲於奈じゃあるまいし」

「良子?」

「違う違う。今のは違うから、ちょっと言い間違えただけだから」

「罠など、ふっふっふ、蹴破って――っていいたいところだけど、足がこれじゃあちょっと難しいな。ねえ、良子、口だけ解禁?」

「あったり前でしょ!」

「やっぱりか。うーん、相変わらず厳しいね」

「しょうがないよ、玲ちゃん。がんばろう」

「あんたたち……ホントに反省したわけ? ぜんぜん反省の色が見えないんだけどっ!」

「石でも抱かせる?」

「ひー!」

「玲於奈さん、それは反省を促すのではなく、拷問になるのではありませんか?」


 瞬く間に空気が塗り替えられた。



 ミレアは呆然とした。


 幕を切って落としたように始まった言葉の応酬は、ミレアを大いに混乱させた。

 明るい声が飛んできた――と知覚した側から次々に、声が上がる。

 感情豊かなそれらは早すぎて、ミレアには、発言者を目で追うだけで精一杯だ。


「玲だったら大丈夫じゃないかしら?」

「ちょっと待ちなさい、玲於奈ちゃん。わたしを何だと思ってるんです。超合金でできた人間ではありませんよ」

「あら? そうなの?」

「玲於奈ちゃん、怒ってるね」

「当たり前でしょう? 二人だけで楽しもうなんて、いったいどういう了見かしら?」

「え? そっち?! あんた、そっちで怒ってたの?」

「ええ、そうだけど」

「ええ、じゃないわよ。なにそれ?!」

「はは、ぶっちゃけるねぇ、玲於奈」

「玲於奈ちゃんは、こっちに座るべきじゃないかな?」


 四人の会話は進む。


「……」


 ミレアは責め苦の思いから解放されたが、混乱という別の檻に移された。





◇  ◇  ◇  ◇





 大広間の重苦しい空気が一転する、その少し前。

 キリザは別棟の執務室で、部下と向き合っていた。

 

「……」

「完璧だす」


 無言のキリザに、エルーシルが自信満々に書類を差し出す。

 並び座る銀髪の兄弟に、キリザは疑惑の目を向けた。


「お前ら、これ、適当にぺぺって作ったんじゃねえだろな?」

「何てこというんだすか。ちゃあんと考えて作っただすよ。ね? 兄じゃ」

「んだ、ルーがやってくれたから、間違いねえべ」

「お前ら……これ、ルゼーにやらせたのか? あいつは今、手が足りなくてたいへんなんだぞ。ってか、自軍の編成ぐらい自分でやれよ!」

「自分でやったべ。でもルーに、『将軍に持って行く前に俺に見せろ』って、いわれたべ」

「そうだす。わしも兄じゃも、たぁくさん怒られただすよ」


 エルーシルが眉間に皺を寄せる。


「だすから完璧だす」

「……」


 理屈は合ってるかもしれない。完璧だと自信を持つその理由はわかったが、将としてはどうなのか?

 とことん枠にはまらない兄弟たちに、キリザが何もいえないでいると、


「んじゃ、広間に行くべ」

「そうだすな」


 用は済んだとばかりに、兄弟たちはそそくさと腰を浮かせる。


「こら待て!」


 キリザがあわてて止めた。


「勝手に行くんじゃねえよ。顔合わせの期間中は俺と一緒じゃないと駄目だって、良子ちゃんからいわれてんだろ。破るとお前ら、出入り禁止になるぞ」

「わかってるだす。だすから、一緒に行くだすよ、将軍」

「行くべ行くべ」

「まだだ。行くのはヤーヴェが城から戻ってきてからだ、ってさっきいっただろうが!」

「え? そうだすか?」

「お前ら、ほんと人の話聞いてねえな」

「そんなことないだすよ。聞いてるだす。忘れるのがちょっと早いだけだす」

「早すぎんだろうが!」

「へへ。すんませんだす」

「ぜんぜん、すまねえとか思ってねえだろ」

「どうしてわかるんだすか?」

「さすがキリザ将軍だべ」

「お前ら……」

「……」

「……」


 地を這うようなキリザの声に、銀髪の兄弟たちが、たちまちのうちに静かになった。記憶力には問題があるが、危機察知能力に問題はなかった。


「いいか?」


 二人を黙らせたキリザは、兄弟たちが持ってきた厚みのある書類を振り振りいった。


「ヤーヴェが戻ってくるまでこっから出るなよ。その間に、じっくりこいつを見てやるからな、お前らはそこで座ってろ。いいな」


「……」

「……」


 エルーシルとウルーバル――銀髪の兄弟から、陽気が消えた。





◇  ◇  ◇  ◇





「ああ、それでわたしは歓待されたんですね。なにごとかと思いましたよ」


 ヤーヴェが笑った。


「おう。しっかしあいつら、自分がどういう立場かわかってんのか? なんか不安になってきたぞ」


 キリザが肩越しに視線を投げる。

 ヤーヴェが姿を見せるなり、


『話なら、歩きながらでもできるだすよ』


 と、キリザとヤーヴェに話もさせず、部屋から追いたてた兄弟は、何やら楽しげに言葉を交わしながら二人の後ろを付いてくる。


「おわかりでしょう。ですから編成案も、早々に提出なさったんでしょう」

「まあ、そうなんだろうけどな」

「どうでした?」

「ざっと目を通した限りは、まあまあだな。でもありゃ、ルゼーが仕上げをしたんだぜ」

「それでも、ずいぶん早いじゃありませんか。ご兄弟も、十分自覚なさってますよ」

「ま、やることやらねえでふらふらしてたら、あの四人に相手にされないからな。行動予定も握られてることだし」

「ええ。ご兄弟の行動計画と予定には、良子様が目を光らせていらっしゃいますからね。毎日厳しく追及されれば、ご兄弟も仕事に身を入れざるをえないでしょう」

「だよな」

「良い傾向です」

「ああ」


 と笑ったキリザは、


「で、あっちの方はどうだった?」


 少しばかり声量を落として訊いた。本題に入ったが、ヤーヴェの表情は変わらなかった。

 微笑のまま、主に答える。


「順調です。潜入は、本日をもって終了しました」

「もう引き上げたのか?」

「ええ」

「そっちも、またえらく早えーな」

「見るべきものは見ましたからね。これも閣下のおかげだと、セリカがいってましたよ。侍女探しというありもしない密命まで、信じてもらえたそうです」

「ったく、俺を悪者にしやがって」

「好きにしていいとおっしゃったのは、閣下ですよ?」


 と笑顔を向けるヤーヴェに、キリザは「ふん」と鼻を鳴らす。


「ま、上手くいったんなら、俺も文句はいえねえな。しかし、想像以上に使えるな、あいつ」

「まったくです。若いということもあるでしょうが、相手に警戒心を与えませんからね。侍女たちもそうですが、ホレイス卿は、聖遺物の見学まで許してくれたそうですよ」

「聖遺物? ホレイスの阿呆は、そんなとこまで勝手してやがんのか?」

「そのようですね。セリカも呆れてましたよ。ホレイス卿には何か邪まな目的があったかもしれませんが……それはそれで、セリカはありがたく有意義に使わせてもらったようですよ。ああ、そのときのホレイス卿とのやりとりは記録して、グレン宰相に渡し済みです。わたしも見せてもらいました」

「上出来だ。はは、ほんと、期待以上だな」

「はい。ですがセリカは、それもこれも、すべては閣下のご強運のおかげだといってましたよ」

「あいつ、口も上手いな」

「ええ。ですが、それも事実ですからね。御使い様に目を向けることなく実情を知れたのは、閣下の人選によるところが大でしたから。適材だったのはもちろん、それ以上のものがあったんですから、閣下の強運としか思えませんよ」

「お前も上手いな」

「だって、その通りですから、他にいいようがありません。でも、驚きましたね。こんな偶然ってあるんですね?」

「俺だって、最初聞いた時は驚いたぜ」

「おかげで早く決着がつけられます。リファイ殿下のことは、まだはっきりしませんが、それもセリカのいうように、こちらの動きを見せて、どう動くか――後の行動を観察するほうが、よりはっきり見えるでしょう。下手にずるずる居座って相手に勘繰られるより、はるかに上策です」

「だな」

「そのためにも、時を置かず、後の仕上げにかかりましょう。グレン宰相も、そのようにお考えです」

「そうか、それじゃあ後は、玲ちゃんたち次第だな」

「ええ。ところで、今日の顔合わせは済んだんですか?」

「とっくに終わってんだろ? ほら、良子ちゃんの声が――」


 いいつつ大広間に足を踏み入れかけたキリザは、動きを止めた。




◇  ◇  ◇  ◇




「あ、キリザさん! ヤーヴェさんも、お帰りなさぁい」


 という瑠衣の明るい声に迎えられたが、下からのその声に、キリザもヤーヴェも返事ができなかった。


 瞬間固まってしまった二人だが、床に端座する玲と瑠衣、続いて奥にいる面々を見て、一瞬で状況を理解した。

 理解した二人は、その場でふきだした。


 そして二人の後からやって来た銀髪の兄弟が、並び座る玲と瑠衣を見て、顔をかがやかせた。



「正座だべ」

「正座だす!」


 

 男たちの登場で、大広間は、常の賑々しい状態を完全に取り戻したのだった。




◇  ◇  ◇  ◇




「そりゃ災難だったな、どっちも」


 事情を聞いたキリザは笑った。


「向こうの嬢ちゃんたちは大丈夫そうだが、玲ちゃんと瑠衣ちゃんは、それ、大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。足は大丈夫じゃないですけど」


 瑠衣は朗らかに答えるが、玲の表情は沈んでいる。


「今、奇襲されれば、わたしたちは全力を出し切れずに終わってしまうでしょう。これまでの修行、厳しい鍛錬はなんだったのか? それだけが、無念です」

「何いってんの! そんなことあるわけないでしょ」

「いやいや、何がどうなるかわからないでしょ? 今だって、ねえ?」

「うん。まさかこんなことになるなんて……。良子ちゃんをびっくりさせるだけだったのに。わたしたちが、びっくりあイタた状態?」

「あんたたち、ほんと反省してないでしょ?」

「してますよ!」

「してるよ!」


 声を張り上げる玲と瑠衣に、


「してるでしょ」


 玲於奈が笑いながら助け舟を出した。


「悪いと思ってなかったら、正座なんかしないでしょ。悪くないと思ってるときは、いつも速攻でトンズラするじゃない、あの二人」

「まあ……ね」

「そっか。しかし玲ちゃん、瑠衣ちゃん、二人とも、堂に入ってんな、その体勢」


 経験の賜物であることを見抜いたのだろう、キリザが揶揄と感心が半ばする声でいう。

 

 いかにも――と、もののふの心と姿勢で玲が答える前に、


「まったくだす」


 エルーシルが頷いた。


「美しい姿勢だす。これが本当の正座だすな、兄じゃ」

「んだ、ほんにまっすぐで綺麗だべ」

「見るだけで、反省が伝わってくるだすよ。素晴らしいだす。それでこのまま上体を倒せば、完璧な土下座の完成だすな? 玲様。今日は、それは見せてもらえんのだすか?」


 というエルーシルに、キリザが訊ねる。


「お前らこれ……何か知ってんのか?」

「この前、玲様と瑠衣様に教えてもらっただすよ。謝罪の最高にして最終の形態、それが土下座だす」

「美しい正座は、完璧な土下座へのプレリュードだべ」

「土下座?」

「プレリュード?」

 

 キリザとヤーヴェの笑い声の後ろから、


「あんたたち! 将軍に何教えてんの?!」


 良子の怒声が飛んでくる。


「大丈夫だあ、良子様。やたらめったらやっちゃなんねえ。ここぞというときにしかしちゃ駄目だ、って教えてもらったべ」

「そうだす。心配はいらんだす、良子様。それにわしら、まだ、上手に出来んだす」

「練習してんのか?」

「そうだすよ。正座は精神を集中するにもいいんだすよ。謝罪だけじゃないんだす」

「おお、そうか。そりゃお前ら、どっちにしろやった方がいいな」

「それが難しいんだすよ。すぐにコロンと転がっちまうだす。お二人のようにはできんだす」


 エルーシルとウルーバルは、尊敬の眼差しを、玲と瑠衣に向けるのだった。






「しかし、色々面白いものを見せてもらえるのは嬉しいが……」


 笑いながら、キリザは玲に目を向ける。


「玲ちゃん、あれ、どうする? このままここに置いといたら、また悪戯の虫が騒ぐんじゃねえか?」


 今回の元凶となった物体が入った箱を、あごで指す。

 悪戯娘を見るキリザの目は悪戯で、


「キリザさんが引き取ってくださるんですか?」 


 悪戯娘――玲の瞳も、同色にかがやいていた。

 

「そりゃあ、勘弁して欲しいな。悪夢にうなされそうだ。なあ? ヤーヴェ」


 キリザが、意味ありげな視線と声をヤーヴェに向ける。


「そうですね」


 ヤーヴェが笑った。主の思うところを即座に理解した側近は、言葉を続けた。


「玲様、あれは、今後の皆様の生活になくてはならないものでは、ありませんよね?」

「ええ、そうですね。処分されるのは困りますが、生活必需品ではありません」


 答えながら、玲はキリザとヤーヴェの思惑を測る。


「そういうものを、保管する場所がございます」


 ヤーヴェが玲を見つめる。


「そちらに移してはいかがでしょう? ちょうど・・・・そちらに行く用事がございますので……」


 含みのあるその声に、玲は微笑んだ。


「ヤーヴェさん、それはいつで、どなたが行く予定に?」

「それをご相談しようと、急ぎ王城から戻ってまいりました。いかがいたしましょう? 玲様」


 二人の意図を理解した玲は、即答した。



 多くの人間に精神的負荷をかけた、面会並びに玲と瑠衣の長い反省の時間ときは、このときをもって終了したのだった。 





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