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異世界カルテット ~わがままに踊ります~  作者: たらいまわし
第五章 雌伏のとき~そは騒がしくも充実しており
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突きつけられる伴侶たち

 アリアロスは打ちのめされていた。





 愚かだった。

 まったく考えが足りなかった。

 

 彼女たちの置かれた状況を、彼女たちの立場で考えたことがなかった。

 泣き言などまったくいわない彼女たちの強さに甘えていた。


 そして、玲という娘の強さと思考も見誤っていた。

 自分たち四人の伴侶は、すでに彼女の内に入れられていた。

 幸せになる手段であるかもしれないが、道具ではない。友人たちと自分の方割れ――半身として、彼女は考えている。


 それを知れたことはありがたい。


 アリアロスが恐れること――ソルジェが切り捨てられる未来はなくなった。



 玲がソルジェを選んで以降、アリアロスには不安が付きまとっていた。

 ソルジェを選んでくれたことはありがたいし嬉しかった。しかし、それが続く保証はない。使い捨てにされるのではないか――その不安が、アリアロスを脅かしていた。


 ソルジェ自身は達観している。すべてを諦めているようなところがある。ひどい仕打ちをされようが、それも自分の運命だと、彼は受け入れるだろう。しかし、もう、受け入れられない者もいる。


 サルファ副宰相だ。彼の我慢は限界にきている。それを、半年前のあの場で思い知らされた。彼の冷めた目は、その奥で決意を見せていた。小さな王女をどうにかしようとは思ってないだろう。小さな王女は、いわば象徴だ。ソルジェを無情に叩き続ける運命、あるいは世界――王女はそれらの内の、体を成すただの一個にすぎない。サルファは彼女を通して、ただただ理不尽な運命と世界を見、それらに相応の報いを返すと決めた――そう、アリアロスには見えた。


 間違ってはいないはずだ。

 ひどい形で婚姻が流れながら、怒りも見せず淡々と事後処理をするサルファに、安堵するものも多かったが、見るものが見ればわかる。サルファの忍耐は限界であり、次は決壊するということが。



『まずいな』



 キリザがこぼしたその一言で、アリアロスは確信した。

 キリザはそれ以上いわなかったが、事態はアリアロスが考えている以上に悪いのかもしれない。

 サルファは凡人ではない。箍を外した非凡の人は躊躇なく怒りの斧を振るうだろう。それこそ、玲がいったように己の持てるすべてでもって。


 それを迎え撃つのはキリザだ。彼しかいない。しかし彼はサルファの僚友であり、彼自身、ソルジェの剣の師であり、幼いころから第一王子を見ている――ソルジェのもうひとりの守護者だ。


 サルファほどではないにしろ、ソルジェへの思いは強い。だからこそ、キリザはサルファの感情を止めることはしないだろう。心情的にはキリザもサルファと同じだ。それでも、総大将という立場を貫く。キリザはそういう人だ。


 サルファとキリザ、二人が刃を交える――この半年の間にそんな恐ろしい想像をして、アリアロスは幾度となく胸を軋ませたが、近い未来に思われたそれはなくなった。



 ソルジェは求められた。


 そして、サルファの忍耐を打ち砕く最後の鎚になるのではないかと、アリアロスが危惧していた玲――彼女がソルジェを傷つけることはない、ということがはっきりした。

 サルファの怒りが臨界を越えることはないだろう。

 しかし玲、彼女自身が凄まじい娘であることがわかった。



 ソルジェに向けたあの目は、サルファと同じだった。ソルジェの背後にある理不尽な世界――彼女はサルファと同じものを、同じ気持ちで睨み付けていたのだ。



 聡明な美の女神――



 姿をあらわせばそう讃えられるに違いない黒髪の娘は、女神のような美しさと聡明さ、そして闘神の如き猛々しさと非情さを内に併せ持っていた。 


 



◇  ◇  ◇  ◇





「ああ、そんでお前らは、岩を丸飲みしたよな顔してたのか」



『この世界に報復します』 


 条件つきながらそう宣言されたアリアロスを含む四人の伴侶たちは、いまだあの強烈な脅し文句の余韻から抜け出せないでいるのだが、レナーテ軍の総大将キリザは、いつも通りの上機嫌だった。


「はっ」


 男たちの顔を見て、息で笑う。と、キリザは意識と視線を卓上に移し、アリアロスの前にあった茶器を引き寄せ、冷たくなったその中味を一気にあおってから、菓子をひとつつまんで自分の口に放り込んだ。


「おっ、うめえな」


 上戸でありながら甘味もいけるレナーテ軍の総大将は、気に入ったそれを、今度は二ついっぺんに大口に投げ入れた。

 もっしゃもっしゃと咀嚼しつつ、空になった茶器に茶を並々と注ぎ、ふたたびそれを空にする。


 しゃべらずとも、ガチャガチャもしゃもしゃとうるさく音をたてる騒音主は、そうしてすべてを腹にしまいこむと、男たちに目を向けた。その目は満足そうに笑っていた。





◇  ◇  ◇  ◇





 今ここに、玲たち四人の姿はない。

 待てど暮らせど戻ってこない八人を呼びにきた――という総大将は、配膳室をのぞき、その場の空気を読み取るやいなや、笑っていったのだ。


『玲ちゃんたちがいないと、せっかくの茶も美味くねえんだ。悪いんだが、向こうに戻ってくれないか? んで、こいつらは、ちょっと俺に貸してくれ』


 というわけで、四人は配膳室から去り、代わりにキリザがどっかり腰を落ち着けた。

 片肘を付き、卓と斜めに腰掛けたキリザは、早速配膳室での話をレイヒに語らせた。その際、玲たち四人の明るいやりとりはすべて取り除かれた。


 要所のみを抜き出した話はどれも重要であり、男たちはその重要性を再認識し、彼女たちの行動原理の核心と意志に触れた段では、心を沈ませた。



 アリアロスは胸が痛かった。

 驚きも衝撃も残っている。でも、今は胸が痛かった。


 ソルジェもゼクトも、話しているレイヒも感じている。おそらく、皆、同じだ。

 人生を歪められた娘たちのことを思い、胸を痛めている。

 


 だがキリザだけは、どこも痛くも痒くもないようで、レイヒの声を聞きながら、口元の薄笑みを消すことがなかった。


 すべてを聞き、菓子を食べ終えたキリザは、


「玲ちゃんがいうのももっともだ。だろ?」


 沈鬱な表情かおを並べる男たちにいった。


「これまでの全部をむしり盗られたんだ。それも断りなしだ。いくら神の仕業だからって、到底許せるもんじゃねえだろ。いきなり知り合いも誰もいねえところに放り出されてみろ。神だ、救世主だ。いくら神様扱いでも、お前らだって『ふざけんな!』って怒るだろ? 俺だったらとりあえず、暴れまくるな。耳を貸すのはそれからだ」



 それは……剛毅なキリザだからいえることだろう――



 と、アリアロスは思ったが、あの四人も、その気になれば相手に危害を与えられるだけの力は持っているはずだ。それを、キリザは教えてくれた。


「玲ちゃんたちはそれをしなかった。玲ちゃんたちはな、やろうと思えばできたんたぜ。うん、お前らには教えといてやる。玲ちゃんたちは強え。剣は使えないがな。そんなもんいらねえほど強え。なんせ、ルゼーとウルーバルに手ぇ付かせたんだからな」


 その声に、ソルジェとレイヒがすぐさま反応した。眉根をわずかに寄せ、『知っていたか?』とでも訊くように、互いの顔を見合わせる。ゼクトも視線を上げていた。


 アリアロスはひとり、



 手を付かせたとは、地面にということかな――



 ぼんやりとそう思った。頭が拒否しているのか、麻痺しかかっているのかもしれない。


 

「おい、このことは、他の奴らにはいうなよ。あいつらにも名誉ってもんがあるし、玲ちゃんからも他言すんなっていわれてんだ」


 と、総大将はいう。そこには、微塵の後ろめたさもなかった。

 明るく秘密を暴露するキリザに、レイヒが懸念の声をかける。


「今、わたしたちにおっしゃってますが、それはいいんですか?」

「構わねえさ。お前らは伴侶なんだ。他人じゃねえ。それにお前らは、いいふらすにしても、その相手がいねえだろ?」


 キリザの歯に衣着せぬそれは、なかなかの説得力があり、誰からも抗議の声は上がらなかった。

 それをいいことに、


「お前らと顔合わせした前の日な――」


 キリザは陽気に続ける。


「陛下に会って話がしたい、って玲ちゃんにいわれたんで、いわれたとおりドレイブを連れて来たんだよ、ここに。玲ちゃんのことだから、俺らにしたみたく、上手に話しをもってって、ドレイブにも『うん』ていわせるんだろうな――って思ってたんだ。けどな……」


 アリアロスは目を閉じた。もう、嫌な予感しかしない。


「違った。いきなり喧嘩腰だ。びっくりしたぜ。名乗るなりいきなりだ。ドレイブに『何考えてるか教えろ。返答次第じゃてめえを絞める』って。いやあ、今思えばおかしかったよなあ。玲ちゃん以外、みーんな立ってんだもんな。俺も、なんでわかんなかっ――」

「閣下、話を要約しすぎではありませんか?」

 

 明るい声に、平坦な声が割り込んだ。


「――それに、玲様はそのようなものいいはされません」 

「ああ、玲ちゃんは上手にしゃべるよなあ。あんときも、お考えがどうのこうの、っていってたが、内容は間違ってねえぞ。って、いいから黙って聞けよ! お前……普段は訊いても答えねえくせに、なんでこんなときばっかり口出ししやがるんだ?」


 とゼクトを睨む。


「それで、父上はどうされたのだ?」


 ソルジェが呆れ声で、キリザに続きを促した。


「おう、珍しいことにあいつも反応したぜ。『それに答えなきゃどうするつもりだ』ってな。いつものあの、何考えてんだかわかんねえ狸面でな。そしたら玲ちゃん、笑ってな。『お見せしましょう』っていったと思ったら、ルゼーとウルーバルが落とされてたんだ。ほんとだぜ! グレンとサルファに聞いてみろ。あいつらも俺と一緒に目ぇ引ん剥いてたからな」


 ソルジェとレイヒの、胡乱なものを見るような目に、キリザは軍の最高責任者らしからぬ形相と勢いで言い募る。


 ここでキリザが嘘をつくとは、誰も思っていない。ただ、信じられないだけだ。

 キリザもそれをわかっているのだろう。それ以上、真実性を訴えることはしなかった。それよりも、そのときの驚きを伝えることに、彼は力を入れていた。


「そりゃあ、見事だった。お前らにも見せてやりたかったぜ。とにかく動きが早え。不意を突かれたってのもあるが、剣を抜くどこか手ぇかける暇もなかったな。気が付いたら床が目の前にあった、ってウルーバルはいってたぜ。あのウルーバルが呆けた顔で膝付いてるし、ルゼーはルゼーで反対側でひっくり返ってるしで、もう、こっちはびっくりだ。しかもあいつ、床に思いっきり叩きつけられてな。まあ、背中からだったし、分厚い絨毯があるとこでよかったぜ。うん、ありゃ、相手が悪かったな。しっかし、ほんっと容赦ねえな――」


 アリアロスは次の言葉を聞きたくなかった。


「玲於奈ちゃんは」



 やっぱりか――



 と、軽い目眩を覚えつつアリアロスが首を落としている間に、レイヒが訊ねた。


「ルゼー将軍を、玲於奈様がひとりで投げられたんですか?」

「おう。信じらんねえだろ? 俺も自分の目で見てなかったら『馬鹿ぬかすんじゃねえ』って、いってる奴の頭をおもっきしはたくとこだ。あんなほっそい身体でなあ。なんでもコツがあるんだと。瑠衣ちゃんがいってた」

「そうですか。それで、ウルーバル将軍に手を付かせたのは、どなたなんですか?」

「ああ、そりゃ、良子ちゃんだ」


 ウルーバルが毎日しつこくスライディール城を訪れる理由がよくわかった。


「すげえよなあ」


 不意打ちながらも両腕といわれる部下を落とされる――という辱めをうけたはずの総大将の、清々しい感嘆の声に、


「玲は?」


 短い問いが続いた。


「ん? 玲ちゃんか?」


 キリザは面をソルジェに向けると、すでに上がっている口角をさらに上げた。


「玲ちゃんは大将だぜ。ドレイブの前だ。余裕って奴だな。そりゃもう、小面憎いほどの笑顔だったって、後でドレイブがいってたからな。そうなんだろうよ。それを拝めなかったのだけが残念だ。俺らは玲ちゃんたちの後ろに立ってたんでな。ま、そのうち見る機会もあるだろ」


 心残りをすぐに仕舞ったキリザは、『くく』っと咽の奥で笑った。


「まあ、色々びっくりしたけどな。あんとき一番びっくりしたのは、あれだな。俺の真ん前に、瑠衣ちゃんが立ってたってことだな」






◇  ◇  ◇  ◇





「……」


 配膳室に沈黙が流れた。



 それは、どういうことでしょう? 



 と訊ねる声はなかった。その必要もなかった。


「瑠衣ちゃんが一番強いんだそうだ。レイヒ、お前、喧嘩すんなよ。瑠衣ちゃんのいうことは、とりあえず、なんでも『へーへー』聞いとけ。そんでソルジェ、お前もだ。玲ちゃんに逆らうな。瑠衣ちゃんが一番で、その次が玲ちゃんだ。それも、ほとんど差がないらしいぜ。その差がどうしようもなく大きいんだ、って玲ちゃんは笑ってたけどな。良子ちゃんと玲於奈ちゃんがいうには、おんなじくらいすごいんだと。玲ちゃんたちが泰然自若としてられるわけが、わかったろ?」

 

 キリザの声に、四人の伴侶たちは頷いた。


「それで、閣下は御無事だったんですか?」


 聞いた瞬間、アリアロスはしまったと思ったが遅かった。


「お前……俺が投げ飛ばされときゃ面白いのに、って思ってんだろ?」

「と、とんでもないっ」

「ほんとかぁ? ま、いいや。生憎だが、俺は何もされなかったぜ。なんせ、目ん玉が落っこちそうなくらいびっくりしてたからな。手を出すまでもねえって瑠衣ちゃんに思われたみたいだ。『目、落っこっちゃいますよ、キリザさん』て、笑顔でいわれちまったぜ。ははっ」


 と、恥ずかしさも悔しさも何もない。ただ気持ちよさげに笑うキリザは、しばらくそれを続けると真顔になった。


「玲ちゃんたちはすげえ。力がある、頭がある、行動力もある。報復するって決めたら、報復するだろうな」


 キリザの落とした声に、男たちが緊張する。


「いくら力があっても、まだ十六、十七の小娘だ。それもたった四人。そんなんで何ができる? って、知らない奴は思うだろうなぁ」


 緊張を見せる男たちとは違い、キリザの雰囲気はゆったりとしており、遠くを見ながらいう声は穏やかだった。 


「玲ちゃんたちがすごいのは、人を惹きつける力だよな。そう思わねえか? おまけに説得力もある。玲ちゃんがいうんだったらしょうがねえ。玲ちゃんたちがそう思うんだったらそうだろう。って思っちまう。現に俺もそう思ってる。玲ちゃんがぶっ潰したいんだったら、俺は玲ちゃんの手足になってそれをぶっ潰す。俺だけじゃないぜ。サルファは最初はなっからそのつもりだ。後ろ盾に指名されたときから、いや、その前だな……」


 キリザは薄く笑った。そして、


「なあ、なんで玲ちゃんは、俺やグレンじゃなく、サルファを後ろ盾にしたんだと思う?」


 と、男たちに訊いた。

 不意の問いに、男たちはそれぞれの面に怪訝をのせる。


「正直いうと、俺はびっくりしたんだよ。あの席で後ろ盾の話がでたこともそうだが、それだったら俺じゃないのか? って思った。なにしろサルファにはあたりがきつかったし、玲ちゃんは俺のことを気に入ってた。もちろん俺もな。化け物だが面白い。是が非でも関わろうって決めてた。玲ちゃんもそれをわかってた。地位だってサルファより俺のが上だ。俺を後ろ盾にすれば、そっちの方が何かとラクだ。でも、俺じゃなく、サルファを選んだ。なんでだ?」


 アリアロスは困った。玲といい、キリザといいい、なぜ、こういうときに限って皆、自分を見つめるのか?



 座る席が悪いのか――



 とアリアロスが答えられずに顔をしかめていると、


「男前だからじゃねえぞ」


 キリザにすごまれた。


 そんなこと――露とも思わなかったといえば嘘になるが、違うことは重々承知しているアリアロスは、声に出して否定した。


「そんなこと、思ってません」

「そうか? そんな顔してんぞ」


 睨んでくるキリザに、アリアロスもこのときばかりは敢然と首を横にした。


「ま、玲ちゃんたちが美形望みじゃねえことは、お前らが一番よくわかってるよな。はは」


 とキリザは自分で気分を立て直す。


「顔じゃねえ。権力でもねえ。わかんねえから玲ちゃんに訊いた」



 だったら最初からそういって欲しい――と思ったのは、アリアロスだけではないはずだ。



「サルファが一番人間臭かったからなんだと」


 キリザは笑った。


「それだったらだんぜん俺のが人間臭いと思うんだが、玲ちゃんにはそう見えなかったらしい。いわれたぜ、俺やグレンは強い。感情を殺せる。強いがゆえに、私心を排して公人の立場を貫くだろう、ってな。たまげたな。玲ちゃんには色々びっくりさせられてるが、あれが一番だ。もう、笑ったぜ。ほんと、どんな頭してんだって」


 そのときのことを思い出しているのか、キリザの目は優しかった。


「サルファだってそうなんだけどな。だがあいつは、俺らと違ってお人よしなとこがある。これと思った人間にはとことん尽くす。玲ちゃんはそれを見抜いた。サルファは私心をとる。だから、あいつだったんだよな」


 キリザは、ソルジェを見つめながらそういった。


「玲ちゃんはやるぜ。報復するって言ったんなら、報復する。サルファもそれを助ける。率先してな。そんで俺とグレンもそれに付いてく。……ふっ、なあにびっくりした面してんだよ。さっきも俺ぁいっただろうが!」


 てめえらは人の話聞いてねえのか――と、キリザは怒ったような顔をする。そして、


「俺は勝ち馬に乗る」


 と宣言した。


「サルファだけでも難しいってのに、玲ちゃんたちも、ってなったら、まったく勝ち目がねえんだよ。なにより大義がねえ。御使い様の意志は神の意志だ。それに背く国を、神は見離すだろうぜ。俺らだってそうだ。そこまでして国を守る義理はねえし、するつもりもねえ」


 気張らずにいうそれは、一切の迷いがなかった。


「そんな顔すんな。馬鹿か、お前らは」


 キリザは笑う。


「だいたいな、そりゃ、最悪の場合だ。お前らもそんくらいわかってんだろ? 何もなきゃ、玲ちゃんは何もしねえ。自分と自分の大事な人間が、ここレナーテで幸せを掴めるんだったら、それでいい。神も誰も恨まない――っていってる。でも、それが簡単じゃねえこともわかってる。だから、玲ちゃんは最悪の事態も想定してる。そうなったとき、自分がどうするか、どうなっちまうか――そこまで考えて、俺たちに警告してくれてるんだ。玲ちゃんは、恨みなんかひとっつももってねえよ。恨み抱えてそれを晴らすつもりだったら、何も言わずに胸に溜めとくさ。胸に溜めて、そのまま膨らませて、一気に破裂させる。恨みを晴らすんなら、そっちのが効果的だ。でも、玲ちゃんはそうじゃない。それがどんだけつまんねえことか、わかってる。実際やりたくもねえだろうさ。だから、正直に教えてくれる。玲ちゃんは、そんなことしたくねえ。俺らだって、玲ちゃんたちにそんなことさせたくねえ。お前らはどうだ?」


 四人の顔つきを見て、キリザは「ふん」と鼻を鳴らした。


「そんくらいは、迷わず応えられるわな。でなきゃ伴侶失格だ。で、どうすんだ? 邪魔しようとする連中は多いだろうな。玲ちゃんたちを見たら、ホレイスの野郎なんかは、自分がいったことも忘れて、目の色変えて動き出すはずだ」


 目に剣呑をのせてキリザはいう。


「玲ちゃんたちは考えてるぜ。考えてるだけじゃなく、もう、その準備をはじめてる。玲ちゃんたちはな、そういった奴らを真正面から叩き潰すつもりだ。まったく、その心意気だけも感心するぜ」


 嬉しそうに笑う。しかし、男たちに向けた視線は厳しかった。


「お前ら。お前らも、腹はくくったみたいだが、まだ足りねえ。同情とか、そんなもん玲ちゃんたちは望んでねえんだよ。玲ちゃんたちは前しか見てねえ。最悪を招かないのはもちろんだが、それも含めて考えて、最善に向かって努力してる」


 キリザはそういうと、アリアロスを睨みつけた。


「いつまでもウジウジしてんじゃねえよ。釣り合わねえと思うんだったら、釣り合うように努力しろ。どうしたってお前らは伴侶なんだ。それを自覚しろ」

「はい」


 アリアロスは答えた。が、アリアロスの返事をキリザは聞いておらず、厳しい声で続けるのだった。


「いいか? 玲ちゃんたちは、近いうちに自分たちが人間だってことを公表する。世間は化け物だと思い込んで騒いでるからな。そうした世情の不安を取り除く。そっちの騒ぎは収まるだろうが、そうなると、今度は別の騒ぎが持ち上がる。状況を甘く見んなよ。身辺にはこれまで以上に注意しろ。ま、俺らもそうさせないように準備はしてるがな。それだって絶対じゃねえ。だから、アリス!」


 本日一番の怒声だった。


「これまでみたく、ひとりでふらふら歩き回ったりするんじゃねえぞ!」

「はい」


 腹に響く怒声にも、ためらいなくアリアロスは答えた。声にも力が入っていた。


「……見つけたら、俺が・・ただじゃおかねえからな。肝に銘じとけ」

「はい」


 恐ろしい声にもはっきり答えた。

 それで満足したのだろう。キリザは笑顔になった。


「よし! お前らも自覚はできたようだな。することもはっきりした。いいな、余計なことは考えんな。お前らは身辺に注意する、それだけでいい。下手にあれこれ考えて動かれても、逆にこっちが困るんだよ。自分に危害が加えられないようにだけ、注意しとけ。そんで、あとは……ダンスだな」

「ダンス?」

「おう」


 ソルジェの声に、キリザが面白そうに答える。


「馬鹿にすんじゃねえぞ。ダンスだって伴侶の大事な仕事だ。玲ちゃんたちが、そりゃあ楽しみにしてんだからよ」



 楽しみにしてるのは、玲と瑠衣、あの二人だけじゃないかな――



 とアリアロスが思っている間にも、声は続く。


「御使い様を喜ばせるのも、お前ら伴侶の役目だ。大元の御使い様を守るって仕事がねえんだから、ラクなもんだろ。ま、相手は玲ちゃんだから、そうそうラクはさせてもらえねえだろうけどな……」


 悪い笑顔でそういうと、


「心血注げよ、お前ら」


 戦場でも聞いたことのない言葉で、総大将は締めくくった。







◇  ◇  ◇  ◇






 そして男たちは大広間にやって来た。


 大広間は活気に溢れていた。

 スライディールの入城者全員が、ここに集まっているようだった。


 後ろ盾のサルファはもちろんのこと、リグリエータにヤーヴェ、ソルジェの側近ジリアンとバルキウス、アリアロスの護衛ガウバルトとシャルナーゼ、クランツとオランの姿まである。


 サルファ、リグリエータ、ヤーヴェの三人がソファに腰掛け、残りのものはてんでに、そして気ままに、中央のソファセットを取り囲むようにしている。手にしているものも、ペンであったり書類であったり、茶器や菓子であったり――と、それぞれに違う。その間を、トレーやポットをささげ持った侍従のオランと小姓のクランツが、縫うように動いている。

 

 手にしているものはそれぞれ違えど、男たちの表情は皆同じだった。同じ表情で座を囲んでいた。

 

 その中心にいるのは、四人の娘たちだ。



「――うん、オランさんもクランツ君もいるし、大丈夫。問題無し」

「あんた……クランツ君とオランさんに侍女の仕事までさせるつもり?!」

「鬼ね」

「鬼がいるね」

「いやいや、良子ちゃんには敵いませんよ。ははっ、って、えっ?」

「この口かー!! この口がー!!」

「んんんー!」

「あら、痛そう」

「玲ちゃん、大丈夫?」

「んんー」

「痛くないって」

「あらそう、よかった」


 微笑み合う娘たちの周りから、控えめな哄笑が上がる。




『この世界に報復します』


 女神の如き威厳で言い放った娘は今、ひとりの友人に唇をつねり上げられていた。







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