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異世界カルテット ~わがままに踊ります~  作者: たらいまわし
第五章 雌伏のとき~そは騒がしくも充実しており
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わからないとはいわせません

 皆さんは、ご自分の国に、どういう危難が迫っているか、ご存知ですか――






 玲の問いかけに、答えるものはいなかった。




 それは、誰もが考えている。


 思い当たることもある。


 しかし、口にするのははばかられる――




 と、男たちがためらっている間に、玲が口を開いた。



「これほどの大国が、存亡の危機に陥るほどの危難――。星が落ち、大地を粉々にしてしまうのでしょうか? 山が火を噴き、劫火ごうかですべてを焼き尽くしてしまうのでしょうか? 魔物たちが暗雲の如くあらわれ、恐怖で覆い尽くすのでしょうか? 他国の侵略? それともいなごの大群が?――うーん、わたしの想像力が乏しいせいもあるでしょうが、どれも現実的でないように思います。疫病などの被害は過去にありましたよね。それこそ、国の存続が危ぶまれるほどの。ですが、過去の経験から色々と対策もなさっているようですし、現在の国力と規模を考えれば、大きな被害は出るものの、存続を危ぶまれるようなことにはならないと思うんです。天災の混乱に乗じて、他国が侵攻してくる。そういった複合的なことか、とも考えましたが、どうもピンときません。で、単純に考えることにしました。顕在化していない、けれどもそのうち国を蝕み、下手をすれば存続すら危うくさせる問題――」



 男たちは黙って耳を傾けている。面持ちはどれも厳しい。ひるがえって、娘たちはこれを聞くのは初めてではないのだろう。瑠衣、良子、玲於奈の三人は静かに、微笑みさえたたえながら玲の話を聞いている。



「まず思ったのは、女禍にょかですね。女性がもたらす禍です。たったひとりの女性が国を傾けた例を、いくつも知っています。しかし、ドレイブ国王はそんな方ではありませんね。そんな事実もないと、サルファさんたちから聞いてますので、その可能性は消しました。ということは、よくあるお家騒動――王家の後継者問題ですね」



 玲はためらいなく言い切った。

 それを聞いたアリアロスはごくりと、息を飲んだ。

 その音が届いたはずはない。が、玲は、面白いものを見るような目つきでアリアロスを見つめるのだった。


 そしてアリアロスは、微笑むその面から目が離せないでいた。もちろん、声も出せない。玲の微笑みは微笑みだが、これまで見せていたものとは違う種類のものだった。見たことがある。

 

 そのときアリアロスは、指名されてその場にいたが、まったくの傍観者だった。

 それを正面から見ていたのはグレン、キリザ、サルファの三人で、距離もあれば、玲の姿も異なっていた。


 化け物だった。化け物を装っていた。

 そして今。

 化けの皮を脱ぎさった玲の素顔の微笑みは、その美貌を際立たせていたが、同時に見るものの警戒心を呼び起こす――そんな類の笑みだった。


 目が離せず声も出せない。思考すらできず固まっている間に、弧を描く唇が、アリアロスに目を留めたまま動きを再開させた。



「次代の王がこれで決まる――御使い様降臨の兆しがあらわれてから、そこかしこでささやかれたそうですね」



 そうだ。


 アリアロスは心の中で頷いた。

 レナーテに住まうものなら誰でも知っている、そして誰もが気にかけている問題だ。



「大陸の覇者であるレナーテの次代の王は、まだ決まっていませんね。レナーテには、三人の王子様がいらっしゃるというのに。しかも、それぞれに素晴らしい王子様だとか……」



 その口元は、わずかだが皮肉の形に歪んでいた。冷笑だ。薄いものだが、玲の冷たい美貌に、それはひどく似合っていた――


 と考えて、アリアロスは驚いた。玲を美しいと思っていたが、冷たい――などと感じたことは一度もなかった。整った面はいつも朗らかな、陽気なもので覆われていたので気付かなかった。


 冷たい笑みは、しかし次の瞬間には別物に変わっていた。

 玲は手のひらを返すように容易く雰囲気まで変じると、自身の隣に座る人物に声を向けた。 



「ソルジェ殿下の素晴らしさは、サルファさんたちから聞いてますし、実際こうしてお会いしてますので、よおくわかってます」



 冷たさもおふざけも一切ない。柔らかな笑み同様、優しい声だった。



「……」



 まっすぐな好意を向けられたソルジェは、さすがに平静ではいられないのか、眉根をわずかに寄せている。


 

 慣れていないのだ――


 

 アリアロスは思った。

 

 ソルジェが年頃の娘と言葉を交わすところなど、見たことがない。

 彼の身辺は、見えない厚い壁で覆われているかのように、常に寂しかった。近くにいるのは側近ばかりだ。このような声を、たとえ社交辞令でも、異性からかけられたことはないはずだ。そしてこの先もないはずだった。が、状況は変わった。


 美しい娘たちがソルジェの前に降り立った。

 美しい勇者たちの前に、威光威圧という障壁は無効だった。

 見えざる壁はもちろん、ソルジェの面に広がる目に見えるあざさえも、彼女たちには無きが如しだ。


 瑠衣、良子、玲於奈――三人の娘たちはそれぞれの普通さで接し、伴侶の玲はといえば、臆面もなく、好意を言葉に態度に素直にあらわし、ソルジェにぶつける。そしてソルジェは真摯にそれを受け止め、誠実に応えようと努める。



 その様子は、見ていて微笑ましかった。スライディールの城では、アリアロス自身、まったくゆとりはないのだが、実はたいへんうらやましく、横目で見ていた。自分とは、天と地ほども違う。しかし、妬む気持ちはない。



 ソルジェとは個人的には親しくないが、仕事上接することも多く、彼の本質はわかっている。

 高潔という言葉がふさわしい、信頼と尊敬に価する王子だ。不幸な境遇にあってもそれを恨まず、王子として、またレナーテ軍のいち将軍として己の務めを全うしている。強靭な精神と高い能力の持ち主だ。しかも、驕ることがない。


 そんな彼も、普通の青年なのだ。


 戸惑いもするし、微笑んだりもする――ということを、アリアロスはここ、スライディールの城ではじめて知った。

 これまではっきり目にすることがなかったソルジェの気質――生真面目さと優しさが、彼女たちとともに過ごす中で、顕著に出ていた。


 そうした人間らしさをさらけ出す相手と機会に、恵まれなかっただけなのだ。



 だが、身近でない人間にはわからない。


 出自も資質も抜きん出た第一王子。

 戦場において前線に立つことも厭わない。その姿は雄雄しい若き軍神であり、禍き印象はひとつもない。しかし、呪いを受けたかのような禍々しいあざがある。それが、歪んだ王子像を作らせる。その虚像を信じるものもいれば、信じないものもいる。しかし、後者であっても、王子が心に闇を抱えているだろうと思い込んでいる。呪われの王子を国の頂に――と考えるものは少ない。国民にいたっては、虚像を丸呑みにして、非情の王の誕生を恐れている。


 非凡さだけが取り上げられ、実像が無視される。

 そうした現状に、アリアロスが沈みかけていると、



「二番目の王子様は、目の覚めるような王子様だそうですね」



 明るい声が耳を打った。

 声の持ち主、玲は笑みを浮かべているだろう。

 しかし、アリアロスは笑えない。どころか気持ちはさらに沈む。


 第二王子と聞くと、どうしても浮かぶ顔がある。

 アリアロスは目を落としたまま、冷めてゆくばかりの茶器をみつめた。



 第二王子ハイラルは、まばゆい金髪と怜悧な青の瞳の美丈夫だ。

 王族であるという矜持は、三人の王子たちの中でも一番だろう。それが少々傲慢に映るきらいはあるが、若さと王子という地位、それも、第一王子をしのぐ貴族勢力を従え、その取り巻きたちに、『次代の王はあなたです』と、幼いころからささやかれ続けていれば、そうなってしまうのも仕方ない。


 その一大勢力の中心人物が、あのホレイスだ。ホレイスの妹がハイラルの生母だった。生母は健在だが、生母は第二王子ハイラルを出産した直後に、国王と離縁し実家に戻った。

 離縁の理由は、


 思いのほか権力も金も使えない暮らしに嫌気がさした。

 単にそりが合わなかった。

 前王妃の呪いが恐ろしくなって逃げ出した。


 と様々な噂が飛び交ったが、結局は、権力と金――ついでに野心もたっぷりある王妃一族の、これ以上の勢力拡大を、国王とその周辺が嫌った、ということに落ち着いた。

 王妃は離縁され、息子を取り上げられたが、それに見合うだけの領地と財宝が下賜された。

 元王妃は与えられた財産で優雅に暮らしているらしい。そして、かの一族は鳴りを潜めていた。



 そのころまだ十二、三の少年だったアリアロスは、『へえ、国王も離縁するのか』と幼いながら感慨に浸ったものだ。国王の結婚、離縁、その周辺事情を詳しく知ったのは、大人になってからだ。



 やっぱり国の中心には近付きたくないな――



 欲望渦巻く濁流に身を投じるつもりはない。すぐに溺れ死ぬ自信がある。さすがに命は惜しい。


 と思っていたアリアロスが、思いとは逆に、国の中枢にいるのはまったく皮肉なことであり、神に見放されているとしか思えない。

 アリアロスは金や権力に対しては無欲だ。あるにこしたことはないが、なくても別に困らない。生きるのに困らないだけのものがあれば、それで十分だ。しかし、そうでない人間もいる。


 元王妃、ハイラルの生母の実家がそうだった。 

 娘が生家にもどされ、おとなしくしていた一族が、今一度、野心をむき出しに動きはじめたのは、代替わりしてからだ。

 一族の長となったホレイスは、周囲の目も気にせず、己が欲もあらわに突き進んだ。


 先人が蓄えた財産と、近親者が築いた利権と人脈を有効フルに使い、すでに国政にも参画するようになっている。その強引さは誰もが知るところだ。

 甥のハイラルを玉座につける――念願を果たすため、力任せに突き進んでいる。その甥、ハイラルにしても、一族の担ぐ御輿に乗っかって、玉座を手に入れるつもりだろう。


 それを非難するつもりはない。

 ハイラルは狙えるだけの地位にある。それだけの後ろ盾も持っている。

 ただ、アリアロスには疑問があった。



 王になった後、この大国を維持できるのか?



 ホレイスは、その人柄や資質はどうあれ、ハイラルが王になるためには必要な人物だろう。強引なやり口と力は、レナーテでも稀少だ。だが、王として君臨し続けるには、それが逆に重い枷となる。


 ハイラルは、血気盛んな若者だ。自信もあるだろう。伯父といえどホレイスの傀儡になるつもりはないはずだ。王となった暁には、早晩切り離すつもりだろう。が、綺麗にできるかどうか。

 切り離すにも、時を置き過ぎてはいけない。その間に求心力は弱まる。なんといっても、重臣たちの中にはホレイスを疎んじるものが多い。王ではなく、立太すると同時に切り捨てるくらいでないと、重臣たちは離れていく。


 それができるか? 


 ホレイスにしても、簡単に甥にやられることはないだろう。

 仮にホレイスを上手く切ったところで、問題は山積みだ。なによりアリアロスが疑問に思っているのは、ハイラル個人の、王としての資質だ。


 王子としての立ち居振る舞いは、それは見事なものだ。洗練された堂々たる所作は、ため息をつく。しかし、身体的な所作は見事でも、身の処し方はどうだろう? 下のものへの対応は? 配慮は? 


 悪い話は聞かないが、良いという話も聞かない。

 頭は良いと聞いているが、それならどうしてレナーテの要ともいえる軍部とつながりを持たないのか? 


 それだけでもう、アリアロスには第二王子に不適格の烙印を押せる。

 王や王太子になれば、軍が自然に付いてくると思っているのだろうか? ドレイブ国王が、あるいは周りの貴族たちが根回しをしてくれると考えているのだろうか?


 ハイラルが第一王子であり、且つレナーテが大国ではなく中小規模の国であったならば、さほど気にかける問題でもない。

 しかしレナーテは大国だ。広大な領土と大軍を抱えている。そしてソルジェという第一王子がいる。彼は軍に身を置き、一軍を率いている。軍内部でのソルジェの地位は、確立されているのだ。


 とはいえ、ここでもソルジェは遠巻きにされている。彼に親しく接するものはわずかだ。だが、市井にあるような目で見られることはない。軍籍にあるものがソルジェに抱いているのは、畏敬だ。第一王子の威厳が、彼らを寄せ付けないだけだ。


 遠巻きにされている――その状態だけをもってして、軍部でも浮いている、どうにかなる、と考え、放置しているのだとしたら、まったく鈍いとしかいいようがない。



 対処の仕方を間違えれば、恐ろしいことになる――



 いつもそう考え、悪寒に体を震わせてから、アリアロスは思うのだ。



 陛下はどうお考えなのだろう――



 と。


 王太子を立てないのは何故か?

 国王は、三王子の誰かを特別に可愛がることはしない。目をかけることも、逆に、敬遠したりもしない。遠くから、息子たちを眺めているだけだ。王自身が働きかけることはしない。向こうから近付くこともさせないようにしている。どの息子とも均等に距離を置いている。


 平等であるのはいい。だが……。



 これでは騒ぎが大きくなるだけなのに――


 

 小さく息を吐き、アリアロスがふと視線を上げると、玲と目が合った。


「え? あ……」


 アリアロスがあたふたしている間に、玲が話しだす。 


「ハイラル王子を支持する人は多く、ご本人もなかなかの野心家であられるとか。アリアロスさんは、ハイラル王子にどういう印象をお持ちですか?」


 問われたアリアロスは顔をしかめた。『野心と見栄えは素晴らしい王子です』と、心の流れから文句はすぐに浮かんだが、さすがにその本心はいえない。しかし、嘘もつけない。


「あ、そうですね。ハイラル殿下は……その……キラキラしてらっしゃいます」


 アリアロスがいった途端、


「ぶーっっ」


 瑠衣が盛大にふきだした。そして、


「キラキラ……」

「キラキラ……」


 復唱する良子と玲於奈の声には、温度がなかった。直接的な非難でないそれが、余計に堪えた。


 自分でも、いいながら駄目だと感じていた。三つ四つの幼児と同じだ。三十六歳の大人がいう言葉ではない。ましてやアリアロスはレナーテの筆頭軍師だというのに……。



 『キラキラ』はない。せめて『堂々としている』といえばよかった――



 アリアロスが唇を噛んでいる間に、

 

「ふふ。そうですか――」


 玲が笑った。


「キラキラした印象なんですね、アリアロスさんの中では」

「はい」


 呆れも見せず、笑ってそういってくれる玲に、アリアロスは少しばかり救われたが、情けなさと恥ずかしさでうつむいた。


「第三王子は現王妃が生母。第二王子に及ばないもののその勢力は大きく、気さくなお人柄で、民からもずいぶん慕われているそうですね」


 玲はそれ以上突っ込まず、アリアロスを放っておいてくれた。


 アリアロスは感謝しながら聞いた。そして、第三王子と聞いて、脳裏にその姿を思い浮かべた。


 リファイは、御伽噺から抜け出してきたような王子様だ。柔和な面立ちで、微笑みは、草原を拭きぬける風のように爽やかだ。玲がいうように、だれにも気さくに接する。ソルジェやハイラルと違って、親しみの持てる容姿から、市井での人気は三王子の中で飛び抜けていい。が、先日のユリアノスの一件以来、アリアロスはリファイに好い感情が抱けない。


 一見、なんの屈託もない自由気ままな王子様に見える。だが笑顔の下は、何を考えているかわからない。わからないだけに、いやな感じがする。



「そのように聞いてはいるんですが、別の話も聞いています。第三王子は、優しいだけの王子様、というわけではないようですね。ま、それはそれで結構です。王子様だからといって、清々とした方ばかりではないでしょう。問題は、三人の王子様たちの内、誰が立太されてもおかしくない――というより、誰がなっても国が乱れる可能性が大いにある――ということでしょうか?」



 アリアロスは顔を上げた。



「ソルジェ殿下は、国民の不安を煽るでしょう。第二王子はご本人の資質もそうですが、その周囲が問題視されていますね。第三王子は、そもそも、頂に立って国を動かそうという気持ちがないのではありませんか?」


 玲は微笑んでいる。


「良く知りもしないで、と思われるでしょうが、わたしには、これまでに知り得た情報だけで十分です」


 十七歳だと聞いているが、そう思えない貫禄でいいのける。


「存続を危うくさせるほどの危難とは、王位継承問題でしょう。七人もの御使い様があらわれたために――おまけにわたしたち四人は化け物の姿でしたから――レナーテの皆さんは、どうしても恐怖に偏った突飛な想像をしてしまうでしょう。そのせいで、継承問題が脇に置かれてしまった感がありますが、わたしはこの問題こそが、レナーテを揺るがす最大の要因だと考えています」


 玲はいい切った。


「空や大地が割れたなら、人は逃げ惑うしかできません。それに、大国を滅ぼすほどの天災なら、人類は滅亡するでしょう。それこそ人間は何もできません。継承問題は、レナーテに住む人を根絶やしにすることはありませんが、レナーテという国を内から傷つけ、滅ぼしてしまう可能性が十分あります。そう、そのままいけば……。三王子の内、どなたが立たれても、残された二者は受け入れないでしょう。たとえご本人は受け入れても、周りが黙っていないはずです。ですが、黙らせるだけの存在が、こちらの世界にはありますね。ラドナ神――」


 神名を口にするやいなや、玲は眉をひそめた。


「……こちらの神様には膝詰めで苦情をいいたいところですが、今ここでいっても詮無いことですし、それはまた別の機会にたっぷり愚痴らせてもらいます」


 そう文句を挟んでから本題に戻った。


「そのラドナ神が、御使い様――わたしたちを遣しました。……皆さん、おわかりなんですよね? 皆さんがすでにご承知だということはわかっていますが、あえていわせてもらいます。御使い様であるわたしたちは、皆さんを伴侶に決めました。それが天意、神の意志であるかどうかはわかりません。なにせ、神様からは何も聞いていませんし、皆さんを選んだのは、わたしたちのまったくの私利私欲ですから。ですが……選んだ理由、経緯はどうあれ、わたしたちの選んだ伴侶が、何を意味するか、答えと同時に危難が何であるかを教えてくれます。そして、レナーテの人々も、皆さんやわたしたちと同じ答え、考えに至るのではないでしょうか? 危難は何か。王位を継ぐのは誰か――」


 いわれずとも、はっきりわかりすぎるほどに皆がわかっていたが、


「ソルジェ殿下、ですね」


 玲はいった。 


「安易にすぎますか? 確かに、御使い様はわたしたち以外に三人います。第二王子が伴侶に選ばれるのは確実だろうとも聞いています。ですが、どうでしょう? それで、第二王子の人柄や資質が激変します? ホレイスさんの評判が一変します? 頭でもひどく打たない限り、人となりに影響はでないでしょう。仮に三人の御使い様の選んだ伴侶が、全員第二王子派だったとしても、勢力が多少増大するくらいじゃないでしょうか? ホレイスさんのやり方は、グレンさんやキリザさんから聞いています。まったく、想像を裏切らない方ですね。レナーテの皆さんも、それはよくご存知なのではないでしょうか? 第二王子の場合、伴侶に選ばれたからといって、決定的なものにならないと思います。ですが、ソルジェ殿下の場合は違います。そうですよね?」


 問いかけに、アリアロスはもちろん、ソルジェ以外の伴侶が一斉に頷いた。


「ふふ。皆さんありがとうございます。自信はありましたが、さらに自信を持ちました」


 嬉しそうに笑い、玲は続ける。


「ソルジェ殿下の抱える問題は、『呪われの王子』という、まったくご本人に責任のない、またなんの根拠もない噂からはじまった恐怖です。殿下の資質が問題視されているわけではありません。わたしが殿下を伴侶に決めたことで、実体のない恐怖は変化するでしょう。そして、レイヒさん、ゼクトさん、アリアロスさん。次代を担う皆さんが――ふふ、グレンさんがそうおっしゃってましたよ。位人臣の頂点に立たれている方がそうおっしゃるんですから、間違いありませんよね?」


 ひとり拒否反応を示したアリアロスに、玲が悪戯っぽくいう。

 

「四対三――数だけでも優勢です。加えて、次代を担う皆さんが、わたしの、かけがえのない友人たちの伴侶です。もう、駄目押しですね。レナーテの皆さんは、ソルジェ殿下が次代の王だと、選ばれたのだと認識するでしょう。殿下――」


 玲は強い口調で呼びかけた。


「わたしたちはわかっています。その上で心を決めています。ですから、迷わないでください」


 その呼びかけに、ソルジェが戸惑いを見せることはなかった。

 レナーテの第一王子は、向けられた眼差しと声に、



「ああ」



 短くではあったがはっきり答えた。






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