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異世界カルテット ~わがままに踊ります~  作者: たらいまわし
第五章 雌伏のとき~そは騒がしくも充実しており
45/81

不機嫌な娘

「……」


 スライディール城の一室で、良子は眉をひそめていた。






 スライディールでの生活は順調だ。



 食生活は大いに改善され、力仕事をする必要もなくなった。

 サルファはいったとおり、即日、両者を手配してくれた。



 連れてこられた料理人を見て、驚きはした。

 ひとり――それも、十代前半の、『えーと、男の子?』と、一瞬では性別を判じかねる、利発そうだがたいそう可愛らしい少年が、ぽつんと立っていたのだから、自分たちが驚くのも当然だ。


 しかし、その働きぶりを見れば納得した。

 サルファ付きの小姓だという、まだあどけなさの残る少年クランツは、自分たち四人が束になっても敵わない、高い女子力を備えていた。完敗だ。


 その少女のような少年は、台所仕事だけにとどまらず、小柄と身軽さを活かし、あちらこちらに神出鬼没にあらわれては、良子たちをぎょっとさせつつ、しかし本人はまったく気にせず、こまこまくるくると働きまくっている。


 手伝おうとしても、やんわり断られる。家事能力の低い自分たちが手を出すと、かえって邪魔になるのだろう。

 なので四人は、孤高の家事職人、クランツの意志を尊重することにした。



 そして、力仕事をするための男性――オランを紹介されたときは、言葉がでなかった。


 オランは、肉と脂がほどよい・・・・を通りすぎ、すっかり・・・・抜け落ちきった、枯れ木のような細い身体の男性だった。しかも、老いの域に入りかけている。重労働を任せるには不適としか思えない。が、意外や意外、彼はなかなかの力持ちで、働きものでもあった。

 サルファの使用人で、侍従だという。こちらもひとりだった。


 世を憚る自分たちのもとに寄こすのだから、最小限であるのは当然だし、下手に他所から選んでくるより安心確実だ。四人もそれで満足した。


 自分たちが手伝えば十分回る。


 さすがに、水汲みなどの重労働を、枯れ木のような男性ひとりにやらせるつもりはなかった。彼の心は折れずとも、骨が折れるのではないか――という現実的な不安がある。

 力仕事ならいくらでもやる。時間をとられるのがいやなだけだ。苦手な家事負担がなくなった分、その時間をそちらに回せる――と考えていたら、思わぬところから、助け手がきた。


 ソルジェの側近、ジリアンとバルキウスが、下男役に手を上げてくれた。

 ソルジェからも『使ってやってくれ』といわれたので、遠慮なく、あれやこれやをお願いしている。


 どちらも貴族の若様だというのに、二人は何をお願いしても、二つ返事でやってくれた。



 最初、良子はそれを、



 自分たち四人と親しくなりたいがため。下心ありきの申し出ではないか――



 と、二人をすがめで見ていたが、彼らは図々しく上がりこんでくることもなければ、余計な口もきかず、黙々と仕事をするばかりだった。


 自分たちのところにやってくるのは『終わりました』『他にございませんか』報告と用聞きのみだ。それも終われば、すぐにその場を辞そうとする。

 役に立ちながら万事控えめという、素晴らしい助っ人たちだった。


 生まれや容姿、事前の情報から、良子は二人――特に金髪碧眼、甘いマスクのバルキウスを警戒していたが、まったくちゃらちゃらしたところはなく、良子にとって鬼門である俺様・・的要素もなかった。


 十日ほどが過ぎて、良子が彼らに抱いた印象は、主思いの好青年――だ。

 しかし、油断は禁物だ。引き続き警戒しながら、この二人を思う存分使わせてもらおうと思っている。



 応急措置だが、生活上の喫緊の問題は片付いた。そのうちサルファが、あらためて人員を揃えてくれるだろうから、先もそれほど心配していない。




 知識取得の方も順調だ。

 キリザの側近――リグリエータとヤーヴェの二人は、よい講師だった。


 最初、玲に面と向かってそれをいわれたときは呆然としており、



 使いものになるのか?――



 と危ぶんだが、さすがは、あれだけの資料を三日間で完成させただけのことはある――と頷ける、有能な人物たちだった。


 あの初日。サルファに向かって、お岩姿の玲がつらつらと並べた要求には、実は、ただの興味本位と嫌がらせが四割ほど混じっていた。それらを含むすべての資料が揃えられているのを知って、四人は驚いた。だからこその人選だ。


 リグリエータとヤーヴェは、こちらが勝手に組んだ無茶なスケジュールにあわせつつ、こちらの望むままにレナーテの講義をし、様々な資料も用意してくれた。

  

 あのとき呆然としていたのは、玲節を、なまではじめて聞いたからだろう。書面や又聞きでは伝わらないものがある。


『わたしたちは、こちらのことを何も知りません。生まれたての赤ん坊とはいいませんが、わたしたちのことは、大まかな善悪の区別がつく、ちょっと知恵の回る三歳児――とでもお考えください。同じ人間である以上、営みに関して根本的に異なることはないでしょう。ですが、文化の違い、制度の違いがあるのは明らかです。わたしたちに、向こうでの知識があるだけに厄介です。わたしたちは、その差異を知らなければなりません。ものの名称から、価値、考え方、暮らし方――それも、階級により異なるでしょう。やってはならないこと、近寄ってはならない場所、もの。すべてを教えてください。これくらいはいわなくてもわかるだろう、構わないだろう――そういう考えは捨ててください。何が必要で、何が要らないかは、わたしたちが判断します』


 若い娘が堂々と、威厳まで放ちながら強気でいうのだから、それは驚くだろう。なにしろその前日は、小賢しさをチラ見せにはしていたが、だいたいがところ、人当たりのよい、陽気なおしゃべり娘――という範疇におさまっていたのだ。


 玲をよく知る自分たちでもほとほと感心する。もともと口達者で、物怖じしない性質たちだったが、ここ、レナーテに来て、御使い様という権威の金棒を手にしてからというもの、玲は思うがまま存分にそれを振り回していた。

 向かうところ敵なしだ。


 威厳から茶目っ気まで、自由自在に操る友人は、素晴らしい優等生ぶりと、ときに馬鹿っぷりを、随所でスパイスのように絶妙に利かせながら、レナーテの人々を翻弄し手中に収めていった。おかげで日々の予定がさくさく順調に進んでいる。


 レナーテ年齢三歳児だった四人の知識も、今では、



『実年齢の十七歳をとうに超えてらっしゃいますよ』



 と、リグリエータからお墨付きをもらうまでになった。

 快調に飛ばしている。それは嬉しいのだが、誤算もあった。



 その誤算の象徴ともいうべき人物が二人、今、良子の目の前に座っていた。




「……」


 二人の顔を見るだけで、自然に眉根が寄る。


 見目はたいへん良い。機嫌の方も、良子と違って、とても良さそうだ。 

 髪色といい、顔つきといい、血のつながりがあるのがはっきり見て取れる二人の端正な顔は、ほころんでいる。

 そんな二人に、良子はいった。


「間に合ってます」



 冷淡な声に、ウルーバルとエルーシルが、似通った顔を見合わせた。





◇  ◇  ◇  ◇




 

 良子は、『遠慮』などのいらぬ誤解と余地を与えないよう、きっぱりはっきり断った。もちろん表情にも、それをありありと出している。

 普通の人間なら、撤退するに違いない。


 しかし、相手は普通でなかった。


「草むしりでもなんでもするだす」

「馬の世話は得意だべ」


 兄弟二人して、明るく食い下がる。


「……馬はいませんし、草むしりも必要ありません。労働力は間に合ってます。だいたい将軍と副将軍の二人が揃って、どうしてこんなところにいるんです? 仕事は? 日々の業務があるでしょう」

「終わったべ」

「とっくに済ませただす」

「だったら、明日のための行動計画でも考えたらどうです」


 食い下がる二人に、良子の声もどんどん熱く厳しくなる。


「毎日毎日……何度来てもらっても、お二人にしていただくことはありません。キリザさんへの報告が終わったらすぐに帰ってください。わざわざこちらに顔を出していただく必要はありません。って、何回いったらわかるんです?」

「せっかく来たんだすから、顔くらい見たいだす」

「んだ」

「んだ、じゃありませんよ! ちょっと、キリザさん!」


 名を呼ばれたキリザが、寸前までのニヤニヤ笑いを収め、口を開いた。


「お前ら、今日はこれくらいにしとけ。良子ちゃんの顔を見れたんだから、もういいだろ」


 機嫌の悪い良子の手前、上司らしき顔をするキリザに、エルーシルも部下らしく素直に従った。


「わかっただす。今日のところは帰るだす」


 あっさり頷く。その隣でウルーバルも同じように頷いた。が、次がいけなかった。


「明日は、馬、持ってくるべ」

「はあ? 何いってるんです?!」

「どこさ行くにも馬はいるべ。いい馬っこがいるか――」

「いりません! 必要があれば、サルファさんにいって用意してもらいます。勝手なことをしないでください。何も持ってこないでくださいよ」

「んじゃ、副宰相にわたすべ」

「人の話聞いてます?! ちょっと! キリザさん!」

「ああ、すまん、良子ちゃん。すぐ帰らせるから。ほらお前ら、帰れ。間違っても、明日馬なんか連れてくるんじゃねえぞ」 

「わかっただす。じゃ、良子様、また明日来るだす」

「はあ?」

「玲様と瑠衣様と玲於奈様によろしくだす」

「ちょっと」


 銀髪の兄弟は部屋を出ていった。




 良子は、いなくなった男たちの分も併せて、彼らの上司に怒りの目をぶつけた。


「キリザさん……?」

「すまん、良子ちゃん」


 口で詫びの言葉をいいながら、キリザは良子に笑顔を返した。






◇  ◇  ◇  ◇





「ほんと、なんなんですか、あの人たち」


 良子は、追っ払っても追っ払っても毎日やってくる銀髪の兄弟にうんざりしていた。


「だよなあ。あいつら、ほんとめげないよなあ。たいしたもんだ」

「感心してないで、何とかしてください」

「何とかしろっていわれてもなあ……」

「キリザさんの部下じゃないですか」

「いやあ、そうなんだけどな。あいつら、ちょっとおかしいんだよな」

「なんでそんな人を将軍にしてるんですか」

「いやな、あいつら腕はたつし、統率能力も文句ないんだ。ちょっと人の話を聞かないとこはあるが、好き勝手やらせても下手はやらないんでな。あんなんでも、やるときゃやるし、聞くときゃ聞くんだぜ」

「……」


 良子は疑いの目をキリザ向けた。






 こうなったのは、伴侶との顔合わせが終わってからだった。

 そして、もともとの原因はキリザだ。


 レナーテ軍の総大将である赤毛の偉丈夫キリザは、地位と見た目を裏切らない豪快さと豪胆さを併せ持つ。良子たち四人が、もっとも頼りにしている存在である、といっても過言ではない。


 極めて精巧な化け物に扮していた自分たちに、恐れず声をかけてきたのはキリザだった。

 双方の緊張を解き、部下たちの武装を解除させ、禍々しい姿の自分たちに真っ向から向き合った。ねじ伏せるだけの力を持ちながらそれを振るわず、キリザは自分たち四人が何ものであるかを見極めた。


 身体も大きいが、度量はそれ以上だった。判断は的確で素早く、信頼に足る人物であることはすぐにわかった。


 四人の、嫌悪と忌避に傾きかけていたレナーテへの印象を変えたのは、彼だ。

 

 そしてここまで――住む場所からはじまって、何から何までほとんどといっていい――自分たちの思い通りにできたのも、キリザのおかげだ。彼の強い後押しがあったからに他ならない。キリザがいてくれたからこそ、今がある。


 キリザは懐深く、見た目に反して思慮深くもあり、頼もしく、面白かった。

 しかし、そんな彼も万能ではなかった。どんな状況にあっても揺るがない。不安や動揺など、ないもののように身の内に抑えられる。それなのに――



『どうして、嬉しいことは隠せないんですか』

『いやあ、だって……なあ? 玲ちゃん』

『わかります、わかります。高揚感というものはとてもじゃありませんが――』

『玲、あんたは黙ってて』

『はい』

『子供じゃあるまいし、良い大人がなんです。しかも軍のトップが、そんな感情だだ漏れでどうするんです。だいたいこれまでどうしてたんです? 駆け引きだって、それこそ腐るほど経験してるんじゃないんですか?』

『駆け引きなんかは他の連中がするからな。俺はだいたい座ってるだけでいいんだよ。恐ろしい顔で睨んでくれ、とか、不敵に笑えとか、いわれた通りにしてるだけだぜ。まあ、でっかい飾りみたいなもんだな、俺は』

『だったら、今回だってできるでしょう。この間みたいに、怒ってるフリをすればいいじゃないですか』

『良子ちゃん、そりゃ無茶ってもんだぜ。その場限り、一回こっきりならできるが、毎日、それも、ずっとってのは……なあ?』



 レナーテ軍の総大将――不動の軍神は、感情、特に喜びを、内に隠すことができなかった。

 放っておくと身体全体からにじみ出て、あふれてしまうらしい。現在進行形で、キリザの喜色はだだ漏れだった。

 サルファがため息をついた。


『困りますね、将軍。そのお顔では、スライディールに至宝あり、とふれ回るようなものですよ』

『仕方ない。執務室にでも監禁するか……』

『おい』

『将軍を、ですか? だれが見張りをするんでしょう? 提言者である宰相閣下が責任を持ってその任にあたってくださるなら、わたしも賛成しますが』

『リグ、てめえ』

『俺もわが身が大事なんですよ』


 本気か冗談かわからない男たちの会話を聞いて、その場はあっさり玲が決を下した。


『そうですね。それじゃあ、グレンさんのおっしゃるとおり、キリザさんを監禁しましょうか』

『……玲ちゃん?』


 嘘だろう?――驚きの目を向けるキリザに、玲は微笑んだ。


『ただし、監禁場所はここ、スライディール城です。しばらくの間、キリザさんはこちらに拠点を移してください。ここであれば、どれだけ嬉しそうにしていただいても問題ありません。リグリエータさんとヤーヴェさんは毎日こちらにいらっしゃいますし、すべての方は無理ですが、主要な方々――将軍の皆さんは、わたしたちのことをご存知なわけですから、スライディール城に出入りしていただいて構いません。対外的には、『監視』ということにしておけば、それらしく聞こえるでしょう。それに、キリザさんがこちらにいてくだされば、わたしたちも心強いので――』


 と、キリザを大いに喜ばせた。

 その日から、キリザは拠点をスライディールの一角、四人が使用しない別棟に移した。以来、上機嫌だ。



 それはいい。周囲の警固はあるものの、夜などは、やはり警戒していたし、人員が変わり、内も外も出入りする人間が増え始めている。信頼しているキリザが常駐してくれれば、玲がいったように心強い。



 しかし、意外な人物たちがまとわりつくようになった。

 銀髪の、北の兄弟だ。


 キリザが『監視』という名目で拠点を移した際、四人は、副将軍のエルーシルと、はじめて顔を合わせた。

 いやな予感はした。エルーシルは、自分たちを見るや否や表情を変じた。


 それからだ。

 キリザのもとにやってくるたびに、兄弟が揃って、四人のもとにも顔を出すようになった。


 右腕といわれる将軍と、その副将である。総大将への報告義務があるのはわかる。しかし、毎日は必要ない。鷹揚な総大将は、平時は『何かあれば報告に来い』といったスタンスだ。



 用がなけりゃ来なくていい、十日にいっぺんくらいは顔を見せろ――



 という、呆れるほどの適当さだ。


 そのいいつけを、守る意志なく守っていた兄弟が、スライディールのキリザの新執務室に毎日・・やってくるようになった。もちろんキリザに用はない。スライディールに入城するための口実だ。


 ウルーバル、エルーシルの兄弟は、なんのかんのといって、自分たちに会いたがり、関わりたがった。



  

『ま、いいんじゃない? 下心はないみたいだし』


 と玲がいったように、銀髪の兄弟に、『伴侶になろう、成り代わろう』という意志は見えなかった。単純に、四人に強い興味を覚え、会いたいだけのようだ。実際そういわれた。


『わかってるだす。わしでは手が届かんのは、わかっただす。しかしだす。見るくらいはいいんじゃないだすか? もちろん手なんか出さんだすよ。汗馬を乗りこなそうなんて、そんな図々しいことは、わしだって思ってないだす』

『んだ。怪我はしたくないべ』

『まったくだす』


 兄弟はそういって笑った。

 図々しい上、若い娘を馬に例えるなど、デリカシーにも欠けている。しかも、 


『良子様と玲於奈様は、名馬は名馬だすが……悍馬だすな』

『んだ。迂闊に近寄っちゃなんねえべ』


 腹の立つことに、目が良かった。



 そんな二人に、なぜ良子がひとりで相対しているかというと、実はひとりではなく、良子の隣にはゼクトが座っていた。


『伴侶がいるのに、いないところで会うのはよくないべ』

『そうだすな。疑念のもとだす』


 伴侶同席で面会する――そう条件をつけたのは、意外なことに、北の兄弟たちだった。



 それだけの配慮ができるのに、どうして『来ない』という選択ができないのか?――



 はなはだ疑問だが、二人は伴侶たちへの義理を通していた。


 四人の伴侶が揃うときも遠慮する。伴侶は二日おき、しかも、決められた日以外、顔を出すことはない。ただしゼクトだけは例外で、彼はサルファとともに、スライディールの城に毎日やってくる。


 というわけで、いつも良子が対応させられるのだった。


 その際、ゼクトは一言も発しない。北の兄弟に目礼だけはするが、まったく口を開かない。良子の口調が荒くなろうがどうしようが、良子の隣で静観を貫いている。話も、書き留めるほどの内容ではもちろんないので、ゼクトは嵩高い置物と化していた。

 楽しんでいるのはキリザばかりなり――という状況だ。


 実のところ、良子と玲於奈は、銀髪の兄弟を出入り禁止にしたかった。

 初対面で悍馬といわれた玲於奈は、深く静かに怒っていた。もちろん良子もだ。本人だけにいうならまだしも、大勢の前でひとを『悍馬』などと――。否定できないだけに、余計腹立たしい。


 しかし、将軍たちの中で彼ら兄弟だけを、『腹が立つ、煩わしい』という理由で出入り禁止にはできない。なにより、


『あいつら、たぶん、禁止されても来るぜ』


 というキリザの言葉で、実行に移すのは諦めた。

 兄弟は、ときに、法やルールを平気で破るという。しかし、そのことで罰せられたことは、一度もないという。


 キリザの言葉を借りれば、『感覚的にわかってる』ということらしい。

『法とルール』その垣根が、越えていいものかわるいものか――、越えてはならないものでも、状況次第では越えてしまう、どころか、破壊してしまうこともあるという。


 そんな人間だ。自分たちの、貧弱な理由で作った垣根など、兄弟はあっさりまたいでくるだろう。



 そんなわけで、兄弟は毎日やって来る。そして良子は彼らと同じようなやりとりを、毎日させられて・・・・・いる。

 

 折れない、めげない、へこたれない――北の兄弟は長時間粘ることはなく、意外にあっさり帰るのだが、短時間とはいえ手はとられる。

 無益かつ不毛な時間に、良子のイライラは日に日に増していった。



 あの口を、つねり上げてやりたい――



 右手にエルーシル、左手にウルーバル、それぞれの口を高々とねじり上げる己の姿を夢想するが、そんなことで鬱憤は晴らせない。

 そんな地味に、しかし着実にストレスを溜めている良子の前に、今度は別の男たちがあらわれた。





◇  ◇  ◇  ◇





 間の悪さも極まれり――


 そんなこととは露とも知らない男は、颯爽と、とび色の髪をなびかせながら入室してきた。


「失礼します、閣下」


 体躯の良いその男から半歩遅れて、肌色から髪色、ひいては性格まで淡白だといわれる細身の男が続く。

 健康的に日焼けしたとび色の髪の主が、良子に気付き、顔をほころばせた。


「良子様じゃないですか。ちょうどいい、今から皆様のところにうかがおうと思ってたんですよ。何かお手伝いすることはありませんか?」


 大きな口から放たれた朗らかな声に、良子はもちろん、極道の――ではなく極上のをお見舞いした。








 


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