反省はしてますが後悔はしてません
「……」
アリアロスは天井を見つめていた。
スライディール城を出て以降の記憶がない。
ガウバルトに、『しっかりしてください』といわれながら馬上に引きずり上げられたのは覚えている。しかし、それ以後のことが、ぷっつり、切られたように記憶がない。
ただ、それ以前の記憶は鮮明だ。
「……はあ」
思い出すだけで、鼓動が早まる。経験したことのないどきどきだ。自分を伴侶に決めた玲於奈は、それは美しい娘だった。象牙のような滑らかな肌。唇はやや厚く、官能的ともいえる形をしていた。しかし、下品ではない。柔らかで、頼りなさそうに見えると同時に、簡単には触れさせない、踏み込ませない――男心を揺さぶる独特の雰囲気を放っていた。
アリアロスも男だ。外貌の魅力はわかる。けぶるような眼差しで見つめられると、どぎまぎした。が、近すぎた。部屋という囲われた空間にふたりきり――というのも緊張に輪をかけた。
遠くの物陰からじっくり拝みたい――
というのがアリアロスの本音だった。
自分に関係なければ、その美貌を素直に感嘆できたはずだった。
しかし彼女――玲於奈は自分に大いに関係する。伴侶だ。その上、事前にあれだけの注意事項を聞かされれば、どうしても構えてしまう。
しかも――これが一番アリアロスを混乱させたことだが――彼女は、自身がアリアロスを伴侶に選んだというのに、にこりともしなければ、口を開こうか、というそぶりすらみせなかった。
別人か?――と疑ってしまう態度だった。
四人でいるときは表情も豊かだった。決して多弁ではなかったが、随所で明るく、それこそ悪戯に口を挟んでいた。というのに、ふたりきりになった途端、別人のようになってしまった。まず、表情が消えてなくなった。黙ったまま、無感情でアリアロスを見つめる――。
そしてアリアロスは、黙って見つめられていた。
聞きたいあれこれが全部飛んでいった。心臓だけが、ドクドクとうるさく動いていた。なんとかして状態を脱したかったが、アリアロスには、恐ろしく気詰まりな空気を打破するだけの腕がなかった。
物事を俯瞰して捉え考えることは得手だが、人付き合い、ことに女性との会話は、身体を動かすことの次に苦手だった。気の利いた話はできないし、相手にふることもできない。相手に訊かれれば答えるという、極めて消極的なものしか経験していない。
自分のふがいなさを再認識しつつ、アリアロスは緊張に耐えていた。その沈黙の時間は、良子が呼びにくるまで続いた。
御使い様があらわれて以降、まともな睡眠もとれず疲労の極みあったアリアロスは、御使い様たちの正体に大いに驚かされ、彼女たちにいじられたことでさらに心身を消耗し、終には玲於奈との苦行の時間で、すべての気力と体力を使い果たしたのだった。
馬上に引き上げられ、『はあ』と安堵の息を吐いたのが、直近にして昨日最後の記憶だ。
「まったく、情けないな……」
アリアロスは昨日のことを思い出して笑った。
日をまたいだことは確かだった。
部屋は、まぶしく感じられるほどに明るい。寝起きの気だるさはあるものの、頭も体も軽かった。
いったいどれだけ寝たのだろう?――
すっきり疲労の抜けたアリアロスは、しかし起き上がることなく、寝返りをうった。
「寿命が縮んだな」
もそもそと掛け布にくるまりながら、
あれは、なんだったんだろう?――
とも思う。
甘い会話などは、はなから期待していなかったが、まさか無言を貫かれるとは思わなかった。熱砂の大地でじりじり焼かれている気分だった。思い出すだけで、咽が渇く。
恨まれてるんだろうか?
と思った。あの日、アリアロスは彼女たちの計画を邪魔した。
『今日はダメダメだね』
『ここぞというときに邪魔が入るなあ』
あのときの、彼女たちの明るくも残念そうな声が耳に残っている。そして、炯々と光る目も、アリアロスは覚えていた。床に強打するはずだった自分の頭部を守ってくれたのは、玲於奈だった。足で、しかもすぐに投げ捨てられたが、彼女に助けられたのは事実だった。
救助者と被救助者が逆だったならまだわかる。しかし、助けられたのはアリアロスだ。その後も、なかなかいろいろ無様だったように思う。
そういえば、あのときのお礼をきちんといってなかったな――
あのときと同じ剣呑の光を、玲於奈の茶色の瞳は宿していた。けぶるような眼差しの奥は、決してのぞいてはいけない危険な色だった。
邪魔したことを根に持たれてるんだろうか?
しかし、覚えてはいても根に持つような娘たちでないことは、はっきりしている。
理不尽な状況下でも、彼女たちは、恨みつらみ、泣き言のようなことは一切いわなかった。嫌味はところどころにちりばめていたが……。
アリアロスの知らないところでも、彼女たちはいってないだろう。それは確信をもっていえる。彼女たちは、前だけを見ている。そんなことに時間を割くはずがない。
伴侶にしても、悪戯に決めたわけではないだろう。そんなことを、四人の中心人物である、あの玲が許すはずがない。キリザが気に入るだけの悪戯心と大胆さを持つと同時に、緻密さと慎重さも備える娘はわかっている。
『伴侶』――それが彼女たち自身に、選ばれたものたちに、レナーテという国に、多大な影響を及ぼすことが――。
適当な理由と気持ちで伴侶は選ばないだろうし、友人たちにもそうさせない。その友人たち――瑠衣、良子、玲於奈にしても、わかっているはずだ。互いに互いを信頼している。交わす言葉が、表情が、すべてが彼女たちのつながりの深さを教えてくれていた。アリアロスを伴侶に決めたのは、恨みなどの矮小な理由ではない。
それがわかるだけに、アリアロスは余計わからなかった。
なぜ、自分なのか?
答えは教えてもらえなかった。匂わせるものさえなかった。ただわかったのは、この先、自分にはかなりつらい時間が待っている、ということだった。
彼女たちが真の姿を公にする、その日が必ず来る。
それも、そう遠くないうちに。
そのとき、どれだけの騒ぎがおこり、どれだけ自分たちが注目されるか――想像するだけで、心が沈む。が、アリアロスの目下の悩みは伴侶、玲於奈のことだった。
「二人きりはつらいな……」
ぽつりとこぼした声は小さかった。それに応えるように、レナーテの筆頭軍師、三十六歳の腹が『ぐう』と、情けなく鳴った。
◇ ◇ ◇ ◇
「しかし、殿下はどうされたのか……」
「どうされたもない。玲様しかないだろう」
「殿下を傷つけるようなことは、なさならないはずだが……」
「そうは思うが……」
アリアロスがベッドの中でごろごろしているころ、ソルジェの側近たちは、主の様子に頭を悩ませていた。
個別の話し合いから戻ってきたときには、わからなかった。なぜなら、その場にいた全員の意識は、アリアロスに向けられていたからだった。
戻ってきたアリアロスは、今にも崩れ落ちるのではないか、と思うほどにくたびれた様子だった。実際、アリアロスはソファの上に崩れ落ちた。もとから溌剌としたひとではない。が、戻ってきたアリアロスは、見るものの哀れを誘うほどに疲弊していた。
その一方で、伴侶の玲於奈は平然としていた。
いったい何が?――
何があったんだ!――
攻防というものさえなかったのは、両者を見れば一目瞭然だった。
どういう攻めを、一方的に受けたのか――と、男たちは恐れおののいた。
それはユリアノスたち三人も同じだった。
しかし、玲於奈という娘の恐ろしさに戦慄しつつ、
よかった――
と、三人は安堵もしていた。
戻ってきたソルジェは普通だった。いつもと変わらぬ様子で、気遣う目をアリアロスに向けていた。
そればかりか、ソルジェは玲に話しかけた。
『玲、これは……』
『ああ、玲於奈はちょっと人見知りといいますか、警戒心が強いといいますか、他人との接し方が少々特殊で複雑なんです。その上、遊び心と悪戯心もあわせもっているので……』
『それで……こうなるのか?』
『ええ。慣れるまでは大変でしょうが、アリアロスさんでしたら大丈夫ですよ』
『まったく大丈夫じゃないようだが……』
『大丈夫です。何事も慣れです。そのうち慣れます』
『そうだろうか?』
『ええ』
内容は素直に頷けるものではなかったが、二人の会話は素直に喜べた。
玲は恐れず、ソルジェも構えていない。
ソルジェが他人と、しかも異性と、ごく自然に話すのを見たのは、三人の側近たちもはじめてだった。
歓喜に近い喜びが広がる。
スライディールの御使い様は人だった。美しい娘だった。その美しい娘のひとりが、四人の中心だろう人物が、自らの意志で主を伴侶に選んだ。だれからも恐れられ忌まれるソルジェを、彼女はまっすぐに見つめていた。
二人の会話に、探るようなものはない。硬さもない。
喜ばずにはいられない。期待せずにはいられない。
しかし、当のソルジェの様子がおかしかった。
それがわかったのは、スライディール城からの帰り道だった。もとから口数の少ないソルジェは、ひとり思いに沈んでいた。だれとも言葉を交わさず、目を合わせることもしなかった。
予想だにしなかった出来事だ。しかも、思いがけない幸運だ。これまでの人生から素直に喜べないのはわかる。自分たちにしても、まだ心のどこかで不安に思っている。これは夢ではないのか? 何かの罠、あるいは神の悪戯なのではないのか? とんでもない返しがあるのではないか? と。
しかし、玲を思い出せば、その懸念の大半は払われる。彼女の明確な言葉と態度は、暗い不安を打ち消してくれる。
二人の間で話された何かが、ソルジェを思いに沈ませているのだろう。
としか考えられなかった。
失望か、期待か、戒めか――主がどういう感情の中にいるのか、わからない。
ただ、何かしらのものがあり、ソルジェの根幹を揺らしている。
それしかわからない三人には、思いにふける主を見守るだけしかできなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
ソルジェは執務室から窓外を眺めていた。
日常の業務は怠らずしていたが、ふとした拍子に、空いた時間に思い出してしまう。
あれは本当にあったことなのだろうか?――
と、埒もないことを思う。
己の目で見て、己の耳で聞いた。それなのに、心が同じことを何度も訴えていた。
伴侶と聞いて、自分を思い浮かべた――と。一目ぼれです――と。
何かに心を操られているのか?
それとも、自分以外のだれかにいっているのか?
逃げかかるソルジェの心は、まっすぐ見つめる黒の瞳に捕らえられた。
『ソルジェ殿下。一目ぼれとはいいましたが、寝ても覚めても殿下のことが頭から離れない――というほど強いものではありませんから、あまり気負わないでください。優先順位も、殿下と友人を並べられれば、わたしは迷わず友人をとります』
玲はきっぱりといった。そして、ソルジェに訊ねてきた。
『殿下は一目ぼれとか、そういった経験はおありですか?』
『いや、ないな』
『そうですか。実は、わたしもそういった経験がないんです。ですから、ひょっとしたら、一目ぼれといったのは間違いかもしれません』
いとも簡単に前言をひるがえす。
『そうか……』
ソルジェは、そうだろうな――と得心した。自分自身の気持ちでも、取り違えることはある。
自分を見て、強い印象を受けたのは違いない。だが、それだけのことだ。想いにつながるわけがない。冷静に考えればわかることだ。
いわれた言葉をそのまま信じて焦るなど、俺もどうかしている――
眼差しを落とし、自嘲していたソルジェは、『殿下』という強い声に呼び戻された。
視線を上げれば、強い光を宿した瞳とぶつかった。
『殿下、わたしが殿下を選んだのは、先に言ったとおりです。最初は直感でした。殿下を見て、わたしは強い衝撃を受けました。殿下の強さと抜きん出た『人の格』とでもいうのでしょうか、ああ、この人だ――と思いました。伴侶と聞いて、殿下を思い浮かべたのは本当です。ただ、そこには打算もありました。殿下の地位と力は魅力でした。純粋に、殿下を想い慕っているわけではありません』
あまりの正直さに、ソルジェは思わず微笑んだ。キリザが気に入るのも無理はないと思った。レイヒの言葉も思い出す。
気持ちの良い方たちです――
それを体感した。
まっすぐだ。清々しく感じるほどに潔い。
『――ですが、そうしたよこしまな気持ちが勝っているわけでもないんです』
真摯な眼差しがソルジェを見つめる。
『殿下に会ったときの衝撃は、友人たちにはじめて会ったときと同じ、高揚感をともなう衝撃でした。胸が騒ぎました。そして今も……』
『……』
平静を取り戻したはずだったソルジェの心が、ふたたび騒ぎはじめた。
『わたしは殿下を好きになるでしょう。今でも、殿下のことをもっと知りたい、殿下に、わたしという人間を知ってもらいたいと思うほどには、殿下に気持ちが向いています。今すぐ心をくれとはいいません。わたしの方もまだ、差し上げられるほどには、かたまっていません。とりあえず、傍にいてください。わたしの傍で、わたしを見て、わたしを知ってください。そして、殿下のことを教えてください。今は、それだけで結構です』
玲は微笑んだのだった。
そのあとも、玲は話しを続けていた。なにやら質問もされたように思う。が、それらの内容はまったく覚えていない。答えたかどうかも記憶は曖昧だ。『ああ』『いや』と、勝手に口が答えていたような気がする。
ただ、玲が微笑んでいたことだけは、しっかり覚えている。
すっと伸ばした細い首を、形の良い眉を、澄んだ瞳を、優しく微笑む唇を、脳裏に浮かべながら、ソルジェはいわれた言葉の数々を、何度も何度も思い返していた。
◇ ◇ ◇ ◇
アリアロスが馬上で気絶したまま、翌日の今日になってもいまだ目覚めず、ソルジェの様子もおかしい――
そう、サルファから聞かされた玲たち四人は、言葉なく、それぞれに表情を浮かべた。
だろうなあ――
昨日のことを思いだして、玲は笑った。
アリアロスとソルジェには、申し訳ないとは思ったが、仕方ない。嬉しさのあまり、自分を抑えることができなかった。
アリアロスは思ったとおり、たいへんいじりがいのある、いい人だった。後で、
しょっぱなからやりすぎたな――
と反省したくらいだ。しかもあの後すぐに、玲於奈の容赦ない洗礼を受けたのだから、まったく、気の毒としかいいようがない。しばらくは立ち直れないだろう。
アリアロスのあの疲弊ぶりを見れば、何があったかは、だいたいわかった。
玲於奈は非常に警戒心が強い。
二人きり、それも相手が異性となれば、寄らば斬る――武士のような気構えを、全身にみなぎらせる。受け付けない――という生易しいものではない。あからさまな攻撃意欲を見せるのだ。要は殺気だ。それだけのものを見せられてなお、挑もうとする猛者はいない。挑んだところで、玲於奈に蹴散らされるだけだ。
過去に、それだけの経験をさせられていた。そのために、身を守るための力と技を、玲於奈は磨き続けてきた。
だが、アリアロスに限っては、その警戒も必要ない。玲に不安はなかった。アリアロスという人間を、実際この目で見ているし、キリザたちからも聞いている。なにより、玲於奈自身が伴侶と決めたのだ。伴侶が玲於奈とわかって、喜ぶどころかおびえを見せたアリアロスなら、問題ないだろうと思っていた。
玲於奈もそれをわかっている。が、『わかっている』と、『実際どうするか』には、大きな隔たりがあったようだ。玲も、その点では友人を見損なっていた。
『じっと耐えてたわ。思ったとおりタフね。冷や汗はかいてたけど、やっぱりキリザさんの下で、つらいことを経験してるのかしら? 辛抱強かったわ』
しれっと玲於奈はいった。
さすがに殺気は見せなかったようだが、数十分、アリアロスを見つめるばかりで一言もしゃべらなかったというのだから、恐れ入る。
それを耐え忍んだアリアロスに、玲於奈はとても満足したようだった。相手には、玲於奈の内心は微塵も伝わっていないだろうが、それはそれでいいらしい。
アリアロスは一切を教えられず、さぞかし悩んだことだろう。
そして、ソルジェも――
と、自分の伴侶を思い出して、玲は笑った。
こちらは、アリアロスとは逆で、教えられすぎての困惑だ。
嬉しさのあまり、玲は気持ちを前面に押し出してしまった。
互いの存在は知っていた。だが、声さえ聞いていない。ほぼ初対面といってもいいというのに、玲は自分の思いを、態度に言葉に、そのままぶつけてしまった。
あからさまな好意をぶつけられて、ソルジェが戸惑っていたのはわかった。しかし、抑えられなかった。
ソルジェは、想像以上の男性だった。
他者を圧倒するその姿に変わりはなかった。精悍な面。鋭い眼差しが自分に向けられたとき、玲は己の背筋に走るゾクゾクしたものの正体を知った。最初見たときにも感じた。二度目のそれは、さらに強烈だった。低い声を、誠実に答える様を、自分と向き合う姿を思い出すだけで、胸がおどる。
あざがなんだというのだろう――
心の中で思っていた。声に出して、そういいたかった。
あざはある、が、ソルジェの何をも損なっていない。
だがそれはいえなかった。そのあざのために、彼は苦しんできた。人生の中で負った傷ではない。生と同時に与えられた瑕疵は、柔らかな幼心に大きな深い傷をつけたことだろう。玲が想像している以上の苦しみと悩みを、ソルジェは与えられ、抱え続けてきたはずだ。
それを思えば、『あざがなんだ』などと、簡単にはいえない。
だが、玲は決めた。いつかは言う。そして――
「玲様?」
サルファに呼ばれ、玲は思考を中断した。
他にも人がいるのを忘れていた。ゼクトと、キリザの側近――リグリエータとヤーヴェ。三人の友人たちも、もちろんいる。だが、友人たちは他人ではない。身内だ。その友人たちが、それぞれに表情を浮かべながら、玲を見ていた。
「捕食者の目になってるわよ、玲」
玲於奈にささやかれた。
「そういう玲於奈ちゃんもね」
瑠衣が小声でいう。
良子は、アリアロスとソルジェの行く末を気の毒がるように首を振っている。友人たちには何もかも、お見通しのようだ。
玲は玲於奈と顔を見合わせて笑った。
少し離れた場所に座るリグリエータとヤーヴェには、その笑みが恐ろしく映ったのか、それとも、その前の玲の目を見てしまったのか、二人は引きつった顔をしている。ゼクトは相も変わらず無表情だ。ただひとり、サルファだけは微笑んでいた。
「すみません。ちょっと、昨日のことを思い出していました――」
玲は対面に座るサルファに、気をやっていたことを詫びた。
「サルファさん、ソルジェ殿下には、お会いになりました?」
「いいえ。今日はお顔も見ていません」
「ご心配じゃありませんか?」
「いえ、まったく」
サルファの答えに、玲は微笑んだ。
「そうですか。安心しました。ゼクトさんはお変わりありませんし、レイヒさんも……」
「ええ、レイヒ将軍も普段と変わらないご様子でした」
「となると、アリアロスさんですね……」
笑いがこみ上げてきて、玲はすんなり言葉をつなげられなかった。笑ってはいけないが、人の良い軍師のことを思い出すと、どうしても笑ってしまう。
「しばらくは、こちらにいらしていただくのは無理でしょうね」
「いえ、大丈夫のようですよ」
笑い声で訊く玲に、サルファは明るく答えると、視線を後ろに向ける。
肩越しの笑みに、ヤーヴェが頷いた。
「医師の診断では、過労ということです。今日は無理としても、明日は大丈夫でしょう」
「そうですか、それはよかった」
答える玲の横で、良子が感心したようにいった。
「へえ、意外と身体もタフなのね」
その声に、玲たちは笑った。
◇ ◇ ◇ ◇
「ソルジェ殿下とアリアロスさんには申し訳ありませんが、お二人のおかげで、しばらくは平穏な日々を送れそうですね」
いい終えると同時に、玲は頭と気持ちを切り替えた。
思いがけず、伴侶を公表することになってしまった。後悔はしていないが、そのために、環境が後回しになってしまった。早急に、そちらを整えなければならない。
漫然と過ごしていたわけではなかったが、何もかもが不十分だった。その上、伴侶を公表し、予想以上に早い段階で、多くの人と関わりを持ってしまった。自分たちの正体を知る人間が、一気に増えるということは、自然、公に知られる可能性も高くなる。
もちろん、いいふらすような人たちでないことはわかっている。しかし、なにがどう作用するか、わからない。
王城には、自分たち四人が化け物でないことを知る女の子たちもいる。
いつ知られてもおかしくない。
だから、いつ知られてもいいようにしておきたかった。
生活環境を整えながら、必要と思われる知識と情報を収集する。同時に、伴侶たちとも良好な関係を築かなければならない。
やることも、やりたいことも、山ほどあった。
玲は微笑んだ。
「周りが騒がしくなる前に、できるだけの準備をしたいので、サルファさん、皆さんも、よろしくお願いしますね」
微笑みは自然だったが、その声音は男たちを緊張させた。
「はい」
サルファの声を聞いてから、玲は口を開いた。もちろん、遠慮はしなかった。