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異世界カルテット ~わがままに踊ります~  作者: たらいまわし
第四章 勢力は次第に強まり、各所に被害をもたらすでしょう
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芽吹き

 小さなノックの音が聞こえて、結衣は顔を上げた。



 付けられた侍女には、ひとりにして欲しいといって、部屋から出て行ってもらっていたので、自分で応対しなければならなかった。

 ベッドから降り、隣室に足を踏み入れる。


 侍女のひとだったらいやだなあ――と思いつつ、結衣は「どなたですか」と、遠くから声をかけた。


「わたし、みちる」


 声を聞いた結衣は駆け寄り、その勢いのまま、扉を開けた。


「ちるちゃん!」

「へへ、ごめんね。結衣ちゃん」


 みちるが、ばつが悪そうに、ほほをかきかき立っていた。

 友人の姿を見た瞬間、結衣の体中の熱が一箇所に集中した――と思う間もなく、一気にそこからあふれ出た。


「入っていいーーって結衣ちゃん、どうしたの?!」


 自分を見るなり泣き出した結衣に、みちるがあわてる。 

 心の中で泣いていた結衣は、みちるの顔を見るなり泣いてしまった。自分でもびっくりするくらい次から次に涙がでた。

 

「何? なにかされた? なにかいわれた? それともどっか痛いの?」

「違う、違うの――」


 結衣は涙をぽろぽろこぼしながら、首を振った。


「安心したの。ちるちゃんの顔みたら、なんか、ほっとしちゃって、涙出てきちゃった」

「はあ。だったらいいけど、ってかごめん、結衣ちゃん。ひとりにしちゃって」

「ううん。こうして来てくれたもん。嬉しい。さ、ちるちゃん、入って」

「うん」


 




◇  ◇  ◇  ◇





「涙、おさまった?」

「うん。びっくりさせちゃってごめんね、ちるちゃん」


 結衣の赤くなった目は、まだ潤んでいる。


「ううん、それはいいんだけど、あ、これ、侍女のひとにもらったの。お菓子、一緒に食べよ」


 みちるは明るくいいながら、丸く膨らんだ袋を振ってみせた。


「うん。そういえば、お腹減った」

「でしょ? 腹がへっては戦はできぬといいますから、まずは食べよう」

「うん」


 ふたりでお茶を入れ、みちるの持ってきたお菓子を半分ほどお腹にしまってから、結衣はいった。


「ちるちゃん、咲ちゃんのこと、ごめんね」

「結衣ちゃん、それは昨日もききました。お詫びは一回で十分です。それに、結衣ちゃんのせいじゃないし」

「でも、今日もひどかったし」

「ああ、あれはひどかったね。キラキラ王子様たちも引いてたけど、多田さん気付いてなかったね」

「だね」

「あそこまでわからなかったら、逆に幸せかなあ」


 のんびりいうみちるに、結衣は驚いた。


「え? ちるちゃん、もう怒ってないの?」

「うん、多田さんのことはもう怒ってないよ。腹も立つけど、ありゃしょうがないって諦めた。わたしが怒りまくってるのは、あのおっさんだから。あのハム野郎~」


 両手指を危険な形にうごめかせながらいうみちるに、結衣は笑ってしまった。


「ちるちゃん、憎しみのオーラが、怒りのオーラが出てるよ」

「おかしいな。さっき、ありったけの怒りをクッションにぶつけてきたんだけど……残ってた?」

「うん、まだすごい残ってる」

「よし、あとでまたハム男クッションを叩きつけてやる。待ってろよ、ハム男。今はクッションだけど、いつか本体に一発決めてやる」


 威勢のいいみちるに、結衣は笑った。笑いながら感心した。


「ちるちゃんはすごいね」

「ああ、恨みが強いってこと?」

「違う。前向きなとこがすごい」

「そっかな?」

「そうだよ。ありがとう、ちるちゃん、わたしに元気をくれて。ちるちゃんがいてくれるから、こうして笑ってられる。わたしひとりだったら、泣いてばっかりだから」

「わたしだってそうだよ」

「嘘、ちるちゃんは泣かないでしょ?」

「今はね。怒りの方が強いから。でも怒ってるだけで、他は何にもできない。わたしだって結衣ちゃんと同じだよ。結衣ちゃんがいてくれるから、泣かないでいられる。それだけで、心が強くなるもん」

「ほんと?」

「ほんと、ほんと。ひとりじゃ何にもできない。でさ、結衣ちゃん。わたし、このままじゃ、ヤなんだ。こんなわけのわからないところで、信用ならない人間に囲われてじっとしてるなんて――」

「わたしも絶対いや」


 結衣はみちるの言葉をさえぎって同意した。


「よかった。結衣ちゃんも同じ気持ちで」


 と、みちるがほっとしたように笑う。


「結衣ちゃん、ふたりで頑張ろう。どこまでできるかわからないけど、ここを出て、清風の女の子たちを助けよう」

「うん。足引っ張るかもしれないけど、精一杯頑張るから、わたし」

「うん。頑張ろう。でもさ、そうなると、多田さんと離れちゃうけど……」


 いいにくそうにいうみちるに、結衣はきっぱりいった。


「もう、離れてるから」

「結衣ちゃん……」

「だから気にしないで、ちるちゃん」

「わかった」


 決然という結衣に応えるように、みちるは頷いた。





◇  ◇  ◇  ◇





「多田さんはハム男に気に入られてるから、大丈夫だと思う」

「うん」

「問題は、わたしたちだけど」

「外に出て、誰かほかに人に会いたいね。あの様子じゃ、簡単に出してもらえそうにないけど……。どうやったらあの子たちが化け物じゃないって伝えられるかな?」

「うん。反抗心むき出しにしちゃったのは、まずかったな」


 と、みちるは自分の行動を振り返る。


「仕方ないよ……っていうより、ちるちゃんがああしていってくれたから、ホレイスさんがひどい人だって、わかったんだよ? 感謝してます」

「へへ、そう? そういってもらえると、嬉しいな」

「これからがたいへんだけどね」

「いうねえ、結衣ちゃん」

「だって、これからわたしたち、本当にたいへんでしょ?」

「うん。だれか頼りたくても、ここにいるのは、みいんなハム男の関係者みたいだし、困ったな」

「どうしよっか。隙を突いて逃げる?」

「どこへ?」

「だよね」

「この建物の中に、ハム男関係者以外の人間がいるのかな? まず、ここがどこかわからない。どこへ行けばいいかわからない。だれにいえばいいかもわからない」

「わからないことだらけだね」

「ハム男より偉い人に直訴するのがいいと思うんだけど」

「そんなひと、いるのかな?」

「いるでしょ。王子様がいるんだから、王様がいるでしょ」

「ハイラル殿下のお父さん? 会いたくないなあ」


 結衣が首を落とす。


「わたしだって会いたくないよ。あんなかっこいいだけの偉そうな王子。あの金髪碧眼は見事だけど、『お前ら平凡顔が!』って、顔に書くなっつーの」

「でしょ? あんな王子様の親だよ。子は親を映す鏡だっていうし、あんまり期待できないなあ」

「うーん。他にだれかいないかな? 聞いても教えてくれないだろうし、自分たちで調べるしかないけど」

「ね、ちるちゃん」


 結衣がみちるの腕をつかみ、揺すった。


「教えてくださいってお願いしよう」

「いやいや結衣ちゃん。さすがに教えてくれないでしょ、ここのひとたちは」

「直接聞くんじゃなくて、ほら、わたしたち、ここのこと何にも知らないでしょ? だから、国の歴史とか、風習とか礼儀とか、いろいろ教えてくださいってお願いしたらどうかな? 遠回りになるけど、その中に出てくるかもしれない。教えてくれる人も、雑談とかでぽろっと何か話してくれるかもしれないでしょ?」

「うん……それ、いいね」


 みちるの目がかがやきだした。


「でしょ? ちょっと時間がかかるかもしれないけど、そうすれば、何か情報が手に入るかもしれない。真面目に勉強して、いい子にしてれば、向こうも気を許すかもしれない。外出だって……」

「逃げるチャンスもできるかもね」

「うん。どうかな?」

「いいよ! 結衣ちゃん。それでいこう」

「すぐ、どうこうはできないけど」

「それはしょうがないよ。彼女たちを助けたいけど、焦っても何もできない」

「うん」

「よし、いい子にして、知識を身につけて逃げよう。名付けて『いい子計画』!」

「まんまだね、ちるちゃん」

「いいの。よし、そうと決まればお願いしようか」

「うん。ちるちゃん、くれぐれもいい子にね」

「え? お願いするのは結衣ちゃんだよ」

「ええー?」

「だって、反抗心むき出しのわたしがいきなりしおらしくなったら、向こうも警戒するでしょ? だから、お願いするのは結衣ちゃんね。わたしは徐々におとなしく、いい子になる。そのほうが疑われないでしょ」

「……そだね。わかった」


 結衣は頷いた。



 心の雨は上がった。


 簡単にいかないのはわかっている。自分たちには頼れる人もいない。知識もない、力もない。でも、できるだけのことはしたかった。

 このままでは帰れない。帰りたくても帰れない。


『お天道様に顔向けできないようなことだけはするな』


 父の言葉が胸に響いていた。


 

 お父さん、お母さん、わたし、頑張るから。ちるちゃんと頑張るから――



 心の中で誓いながら、結衣は侍女たちが待機している控えの間の扉を叩いた。





◇  ◇  ◇  ◇

 




「ははは」


 リファイはソファの上で、身体を折り曲げて笑った。


「ああ、おかしくて、涙が出るよ」

「それは、ようございました」

「しかし、本当に馬鹿だね、ホレイスは」


 目尻にたまった涙をぬぐいながら、リファイはいう。


「ハイラル兄上もお気の毒だ。あんな男が伯父だなんて、ね?」

「殿下、それをいうのはここだけにしてくださいね」

「わかってるよ。燦然たる第二王子様の、唯一の汚点だからね。わざわざそれをあげつらって、睨まれるようなことはしないよ。いわなくても、本人が強く自覚してる」

「ええ、そうですね」

「しかし、おもしろいな。咽から手が出るほど欲しがってた御使い様を、手に入れた途端、手のひらを返すように突き放すなんて、ほんと何考えてるんだろうね」

「それはもう、頂をとることしか考えていないでしょう。いろいろお粗末すぎて呆れますが」

「はは」

「ホレイス卿は過去にあるように、御使い様はひとりだと断定したのでしょう。何をもとに判断したかはわかりかねますが」

「だろうね。馬鹿だからね、彼は」


 リファイは笑う。


「何の根拠もないのに、自分が正しいと信じて疑わない。過去にあるから、それからはみ出たことは誤り――か、明快だけどね」

「正しいかどうかなど、だれにも見極めることはできないというのに」

「そうだ。普通だったら、三人全員が御使い様だと思うけどね。ま、彼もはじめはそう思って囲ったはずだけど……やっぱり、最初からひとりと思ってたのかな? ま、どっちでもいいけど。普通の頭と神経じゃないからね。自分の好みに合わない、可愛げがない――で切り捨てるんだから、ほんと、すごいよね」

「ホレイス卿のすごいところは、それを力で押し通してしまうことです」

「ああ、あの強引さは見習いたいね。間違いを恥ずかしげもなく正当化する。恥を恥とも思わない心の強さはレナーテいちだね。で、ラズルは、なんて?」

「ホレイス卿は、正しく間違いを行っている――と、申しておりました」


 男は綺麗な薄茶色の瞳に光をたたえながら答えた。


「はは」


 リファイが気持ちのいい笑声を上げる。


「さすがは僕の友人だ。いや、君の甥だ、っていったほうがいいのかな?」

「どちらでも」

「ああ、間違いではないよね。で、兄上たちはどうしようとしてるのかな?」

「ハイラル殿下もさすがに、あれは看過できないとお考えになったようですよ。突き放されたお二人を、候補者の三人でつなぎ止めることにしたそうです」

「そうか」

「なにせ、ホレイス卿が御使い様と定めた方は、見目はそこそこのようですが、お心ばえがよろしくないようで……」

「はは、ホレイスに気に入られるんだから、そうだろうね」

「ラズルが、愚かな娘だと」

「簡潔だね」

「ハイラル殿下が、それは嫌がっておいでなのですが、それにも気付かぬ鈍さだとか」

「それはまた、逆に興味を惹かれるね」

「ラズルは、リファイ殿下にご助力いただいてはどうかと、ハイラル殿下とアブロー殿に進言したそうです」

「なんだって?!」

 

 にこやかだったリファイの面が急変した。


「どうしてそうなるんだ。嫌だよ、僕は馬鹿が嫌いなんだ」


 と、そっぽを向く。


「存じております、殿下」


 本気で眉をひそめるリファイに、男は笑った。


「ラズルは、ハイラル殿下に熱を上げている咲様ではなく、あとのお二人、みちる様と結衣様を、リファイ殿下にお願いしたいようです。見目は咲様に劣りますが、愚かではありません。警戒心が強く、いまだ、だれにもお心を開いていらっしゃいません」

「ふうん」

「ハイラル殿下やアブロー殿が声をかけても、最初こそ驚き、戸惑っていたようですが、今では迷惑そうになさるだけだそうです」

「へえ、それはおもしろいな」

「そのお二人が、ホレイス卿の勘気に触れた原因をお聞きになれば、さらに興味をもたれると思いますよ」

「そうそう。結局、なんだったんだい?」

「スライディールの御使い様たちの安否を教えろ――と迫ったからだそうです」

「化け物様の?」

「そうです」


 男は深く頷き、続けた。


「それはもう、しつこくお訊ねになったそうですよ。侍女たちが困惑したと、いっていたそうです」

「どういうことだ?」

「その理由を、ホレイス卿も、侍女のだれも訊かなかったというんですから、信じられません。ただ、スライディールの城に閉じ込められているということは、ホレイス卿がお教えしたようです。それから、双方ともに距離をおく状態になっているとか」

「……ふうん。で、ラズルは? その二人の御使い様と話してないの?」

「お二人は、ラズルがホレイス卿の甥であることをご存知です。会いはしましたが、肝心なことは、何も話してくれなかったそうです」

「そうか……」


 リファイはしばらく唇を噛み、考えていた。


「うん、引っかかるね」

「はい」

「どういうことだろう? スライディールの御使い様は、化け物だ。それは間違いない。僕もこの目で見た」

「ええ。スライディールの城から戻られた方々の、やつれきったお姿に、皆が同情しておりました」


 男の声に、リファイが顔をほころばせた。


「ああ、帰りの道中でアリアロスが気を失ったって聞いたときは、大いに笑わせてもらったよ」

「ソルジェ殿下も、殿下らしからぬご様子でした」

「側近たちが怒りも忘れるほどに心配してるっていうからね。なのに、二人の御使い様は、化け物様の安否をしりたがった。……あれかな? 死んでるのを確認しないと、怖くて夜も眠れないとか? 安否ときくと、生きているのを望んでるように、ついつい思うよね?」

「会わせて欲しい――と、いったそうですよ」

「どういうことだ?」

「それを、殿下に確認していただきたいと、ラズルは申しております。つなぎとめるというのは、ハイラル殿下たちへのいい訳です。だれが伴侶になろうが、御使い様が誰を選ぼうが、はっきりいってどうでもよろしい。それが、ソルジェ殿下以外であればいいのです」

「ああ」

「スライディールの御使い様が、真実化け物であるなら問題はありません。ですが……よもや、そのようなことはないと思いますが……」

「そんなことは……」

「ない、と言い切れますか?」


 男の目が、鋭く光った。 


「化け物の伴侶が決まったと、浮かれていましたが、だれが、あのものたちと直に話しましたか? だれが間近で接しましたか? それらをしたのは、レナーテの三傑と呼ばれる三人と、それに連なる連中だけです。仔細を知るものは、他にいないといっていいでしょう。騒乱を防ぐ――そのためだけに詳細を伝えないのでしょうか? 伴侶を決めたのでしょうか?」


 自分を睨みつけるようにして聞いているリファイを見返しながら、男はなおも続ける。


「ラズルから聞く前であれば、わたしも笑って否定したでしょう。しかし、否定できなくなりました。知ってしまった以上は、確かめねばなりません」

「ああ」

「スライディールの御使い様が化け物でないとなれば大問題です。われわれの計画が、根底から覆されます。早急に確認する必要があります。ですが、スライディールの城には迂闊に近寄れません。城もそうですが、その周囲の人間にも近づけません。後ろ盾はサルファ副宰相です。それにキリザ将軍も深く関わっています。探るような動きをすれば、すぐに見つかってしまうでしょう。探るなら、別のところからです」

「ああ」

「化け物に『会わせろ』といった理由を、彼女たちから聞き出さねばなりません。幸か不幸か二人の御使い様たちは、ホレイス卿の息のかかったもの、類する縁者を信用していません。第三者が必要です。しかし、まったくの第三者は困ります。殿下?」


 男の問う声に、リファイは素直に応じた。


「わかったよ」


 美しい緑翠の瞳が夕日にきらめいた。






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