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異世界カルテット ~わがままに踊ります~  作者: たらいまわし
第四章 勢力は次第に強まり、各所に被害をもたらすでしょう
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王城の亀裂

 そのころ、王宮でも、御使い様と候補者たちの顔合わせが行われていた。





 ただし、こちらは顔合わせではなく数度目であり、候補者の顔ぶれもまったく同じ――という摩訶不思議なことになっていた。 

 本来であれば、選出された候補者たちは皆、平等に、御使い様に引き合わされる。



 伴侶は、御使い様自身の意思により、定められねばならない――



 一部の意思――特定の人間たちの誘導により、伴侶が選定されることがあってはならず、選定への介在、それに類する行為はかたく禁じられている。


 過去の成功と反省に基づいて、先人たちが作り上げた。それを、ホレイスは大胆に無視した。



 最初の言い分は、『御使い様の不安定なお心を慮り、お心を騒がせない数人の候補者で、まず様子をうかがう』というものだった。


 それが、『お心は安定しているが、多くのものと矢継ぎ早にお引き合わせするのは、お心を乱すことになりかねない』となり、『御使い様のお心はお決まりのようだ。いたずらにお騒がせしてはならない』となった。


 ホレイスの独断を、今日の緊急会議が後押しした。




 スライディール城の、四人の御使い様の伴侶が決した。


 異例の早さに加え、候補者はだれひとりとして正式に引き合わされていない。

 決められた方式と手順は一切なし――という異例な決まり方だ。だが、そちらには、それだけの理由がある。


 それをホレイスは、自分が担当する御使い様にも『異例である』という、都合のいい部分だけをあてはめることにした。通例どおりにする必要はない。此度は異例である――と。


 御使い様の迎えの使者は、後ろ盾としてのさばり、己の欲望を隠すことなく強行な態度で、強引にことを進めていた。





◇  ◇  ◇  ◇






 貴賓室の大きな丸テーブルを囲むのは、多田 さき、中尾 みちる、村瀬 結衣ゆい――三人の御使い様と、三人の候補者――ハイラル、アブロー、ラズル。そして、ホレイスだった。

 いわずもがな、三人の候補者は、いずれもホレイスの縁者である。


 真珠のように鈍白くかがやくテーブル上には、贅沢に活けられた豪奢な花々をはじめ、色とりどりの様々な甘味が、ところ狭しと並べられていた。


 自身の溢れんばかりの喜びを、テーブル上に具現させたのだろう。

 ホレイスは相好を崩していた。


「ささ、皆様、こちらもどうぞ、召し上がってください。咲様、こちらは先日おほめいただきました、南方の果実でございます。今朝届いたばかりです。今日の日に合わせて運ばせましたから、味のほうは保証いたしますよ」

「わあ、ありがとうございます、ホレイスさん」


 咲が口元を両手で押さえ、喜びを素直に伝える。

 顔合わせではなく、もはや、ただのお茶会だ。


「わざわざ取り寄せてくださったんですか?」

「ええ。皆様にお喜びいただけるのでしたら、これしきのこと。何の労でもございません。ささ、どうぞ」


 ホレイスはいつにもまして上機嫌だった。


 当然だ。

 スライディールの化け物の伴侶が決まったのだ。それも、自分の推薦したとおりの男たちに。


 腹の底から笑いがこみ上げてくる。

 どこに、だれに、どう働きかけるか――思案している間に、何の苦もなく決まってしまった。これを喜ばずして、どうするのか――。


 キリザとサルファ、二人の顔を思い出すだけで、ほほが緩む。


 将軍は、ただの怒りの塊となっていた。まったく、単純だった。

 自分を良く見せることだけは達者な副宰相は、普段と変わらず澄ました顔をしていたが、その身の内では、失意と怒りで撚った感情の太縄が、蛇の如くのた打ち回っているに違いない。


 ホレイスは緊急会議の席で、己の喜色を隠すのに精一杯だった。



 化け物を気に食わない連中に押し付けられた上、目障りな男たちを苦しめることができた。そして、正しい御使い様――王城の御使い様の伴侶は、自分の縁者に決まりそうだ。



 いや、そうなる――



 流れが自分にあることを、ホレイスは感じずにはいられなかった。

 

 



◇  ◇  ◇  ◇





「結衣様とみちる様は、先から何も召し上がっていらっしゃいませんが、ご気分がすぐれませんか?」


 有頂天にいたホレイスは、ラズルの声に引き戻された。


「そうだな。顔色もあまりよくないようだ。体の具合でも悪いのかな?」


 と、アブローも優しく訊ねる。が、反応は芳しくない。 


「……」

「……いえ」


 みちるは返事もせず、結衣も最低限にしか返さない。微笑みさえしない。それどころか、前者は不機嫌さを隠さず、後者はなにやら不安気にしている。


 ホレイスはにわかに気分が悪くなった。

 レナーテでも最高の青年たちが、気遣う声をかけているというのに、なんの愛想も返さない。娘たちの愚鈍さと可愛げのなさに、ホレイスは腹が立ってきた。

 しかし、感情をそのままぶつけることはできない。


「そのようにすねられては困りますな。何が面白くないのでしょう。こうして、皆がお心を砕いておりますのに……」


 困ったようにいうが、怒りは隠しきれなかった。


 その声に、ハイラルが反応した。

 しかし、レナーテの第二王子は、鋭い目を一瞬ホレイスに向けただけで、あとは、あらぬ方へとやってしまう。

 ラズルとアブローは、突如気色を変じた伯父の様子をうかがうように見ている。


 ホレイスは、この場の空気を取り繕う必要を覚えたが、したくなかった。





 三人の御使い様は、子供のような幼さのある娘たちだった。

 まず、全体的に小さかった。ホレイスには、娘たちが、十二、三ほどの少女にしか見えなかった。が、歳を聞けば、一人は十五で、二人は十六だという。反応も単純であったり、鈍かったりで、『幼い』という印象しかない。


 そして、姿形は実に平凡だった。印象に残らない薄い顔立ち。なにか飛びぬけた才能があるようにも見えない。

 じっくり観察し、



 伝説の娘が、かほどに何もないとは――



 ホレイスは軽く失望しながら、一方で『御し易い』と、ほくそえんでもいた。

 しかし日を追うごとに、そう簡単でもない、ということがわかってきた。三人の娘たちは皆、同じように見えて、そうではなかった。


 多田 咲は、明るく素直だった。が、中尾 みちると村瀬 結衣は、暗い上に警戒心が非常に強かった。


 咲と比べると、この二人は外見も中味もまったく可愛くなかった。なにもかもが凡庸の域をでないというのに、ホレイスにたてつくような言動を、この二日ばかりの間にするようになった。


 黙っておとなしく担がれていればいいものを、話を聞け、教えろと、侍女を介して訴えてくるのだった。




『自分たちと一緒に来た化け物のことを教えろ、とおっしゃっています』



 侍女からそう聞かされたときは、気がふれたのかと思った。

 危ういところを助けてやったというのに、感謝をしないばかりか、わざわざ恐怖に向かうのか――と二人の正気を疑った。


 その時は、ほうっておけと指示したが、執拗に何度も訊いてくるという。しかも、外出をさせろ、他の人間に会わせろ、もっと上の人間がいるだろうと、聞かされては、ホレイスも捨て置くことはできなかった。



『突然のことで、混乱なさっているのではありませんか? しばらくは何も考えず、ゆっくりお過ごしになっていただきたいのですが』


 というホレイスに、みちるという娘は敵意もあらわにいった。


『混乱なんてしてません。ホレイスさん。どうして、だれも何も教えてくれないんですか? どうして外に出ちゃ駄目なんですか? 他の人に会っちゃ駄目なんですか?』

『みちる様、そのように興奮なさってはいけません。お心もお身体も、いましばらくの休養が必要と判断し、わたくしがそのように指示しました。それに、わたくしは最初に色々とお伝えしましたが?』

『それはそっちのことばっかりですよね。そっちの勝手と都合ばっかりですよね。わたしたちのことなんて、これっぽっちも考えてくれてないじゃないですか!』


 怒りをぶつけてくる小娘に、ホレイスはたやすく腹を立てた。しかし、彼なりに我慢した。


『あちらでどのような教育を受けられたか存じませんが、態度とお言葉にはお気をつけください。あちらではそれでよかったかもしれませんが、こちらではそうはまいりません』


 ホレイスは怒りに蓋をし、優しくたしなめた。が、そんな彼を、あろうことか、みちるは睨みつけてきた。

 殊勝に聞くなら、それだけで済ませてやろうと思ったが、相手は生意気にも、あからさまな反抗心を見せる。

 ホレイスは怒りを開放させた。


『みちる様。あなたが今、こうして何不自由ない生活ができるのは、なぜだと思います? とりたてて美しいわけでもない。特別な何かを持っているわけでもない。そんなあなた方が、レナーテで王族のように過ごせるのは、あなた方が御使い様だからです。はっきりいいましょう。あなた方にあるのは、御使い様という名、それのみです。ですが、それすら確かなものではないのですよ。お伝えしていませんでしたが、御使い様というのは、本来おひとりです。今回は、過去にない七名という方がいらっしゃいました。化け物は御使い様ではありません。が、それは、皆様にも同じことが言えるのですよ。どなたが真の御使い様かはまだわかりませんが、ふさわしくない言動は、なさらないほうがよろしいかと』


 ホレイスは、『生意気な小娘が! 己の立場をわきまえろ』心で舌打ちしながら、静かに恫喝した。


『……』


 はじめて見せた態度にか、その内容にか、みちるがひるんだ。隣にいる結衣は、不安げに見守るだけだ。

 生意気な小娘の顔を青ざめさせたことで、ホレイスは機嫌を取り戻した。


『まあ、まだお心が安定していらっしゃらないのでしょう。わたくしも少々言い過ぎました。ですが、嘘は申しておりません』


 そして、「尊大」と置き換えてもいい寛容さを、ホレイスは見せた。


『どうも、お二方は化け物が気になっていらっしゃるようですね。お優しいことです。食われかけていたというのに……』


 と、あざわらってから教えてやった。


『化け物たちは、別の化け物が取り付いた城に幽閉されました』

『幽……閉?』

『さようです。もはやあそこから出てくることはないでしょう。どうぞ、ご安心なさってください』

『嘘……』

『嘘などついて、なんになるでしょう』


 驚愕に目を見開く結衣に、ホレイスは微笑んでいった。


『あのような化け物を生かしておくだけでも、化け物はわれらに感謝しなければなりません。奴らに、気持ちというものがあれば、の話ですが』

『何いってるんです! かの――』


 勢い込んでいう結衣の口が、みちるの手でふさがれた。

 ホレイスは鼻で笑った。

 

『お心優しいのは結構ですが、これ以上の優しさは無用です。そして金輪際、化け物の話はなさらないでください。わが国は今、けがらわしい化け物の出現で、かつてない混乱の中にいます。みだりに口になさらないよう、厳にお願いいたします』


 と、冷淡な声と顔で念を押したのが、昨日のことだ。




 

 それから二人は、ホレイスを避けるばかりか、侍女たちとも距離をおこうとした。


 昨日のことは大目にみてやろう――


 と、こうして変わらず、こちらが最上級の人材を揃え、もてなしているというのに、にこりともしない。

 まったく可愛くなかった。

 

 何を考えているのかわからない薄い顔を見るだけで、ホレイスは怒りを覚えた。そしてそれが、態度にも口にも出てしまった。



「お好きにしていただいて結構です。ですが、どうか子供じみた振る舞いはほどほどに……」


 というと、ホレイスはその後、二人をいないも同然に扱った。






◇  ◇  ◇  ◇






「どうしたことだ? さっきのあれは」

「さあな。伯父貴殿のご機嫌を損ねるようなことをいったか、したか、だろうな」

「馬鹿ではないか?」


 というハイラルの顔は、ここ数日にはなかった笑顔だ。


「ハイラル、今日は咲様にしつこく迫られなかったからって、そう嬉しそうな顔をするな」

「別に、嬉しくはないぞ」

「ほっとしてたくせに」

「ああ、あの手のうるさい娘は苦手だ。つまらぬ話をくどくどと……」

「今日は伯父貴殿がずっと構っていたから、助かったな。おかげで俺も、お前が咲様を蹴り飛ばすんじゃないかと、冷や冷やせずにすんだ」

「一生、構い倒してくれればいい」

「馬鹿をいうな」

「そうはいうがな、アブロー。あれは見かけはましだが、性根が悪い。見ただろう? ふたりの友人がホレイスに無視されているのを見て、喜んでいたぞ」

「そう、はっきりいうな」


 アブローのたしなめる声に、ラズルが笑った。


「しかし、ホレイス卿も酷い。子供でもあんなあからさまな態度はとりませんよ。それを大の大人が」


 と、琥珀色の髪を揺らす。


「恥知らずだからな。子供じみた振る舞いをするなといいながら、平気で自分はそれをする。あれと血がつながっているかと思うと、ぞっとする」


 ハイラルがいえば、


「そう思ってるうちは大丈夫だ」


 アブローが応じ、ラズルも続いた。


「わたしもそう思います。しかし、ホレイス卿はどうなさるおつもりでしょうね? 御使い様をあのように扱われて……」


 柔和な顔を曇らせながら、細いあごを優美に指でつまむ。


「阿呆だから、深くは考えていないだろう。もちろん先のこともな。スライディールの御使い様の伴侶が思い通りに決まって浮かれてる。まったく、阿呆だ」

「おい、仮にも伯父だぞ、阿呆呼ばわりはどうかと思うが……」


 苦言をいうアブローを、ハイラルは睨んだ。


「阿呆だろうが。それに、俺たちは全員、腹の立つことに奴の身内だ。構うことはない。まったく、化け物の伴侶を嫌いな奴に押し付ける一方で、こちらの御使い様には、身内の候補者だけで固めるとは、阿呆にもほどがある。奴には頭がないのか? 誰も、何もいわないと思っているのか?」


 怒るハイラルに、ラズルが静かに応じた。


「思っているのでしょうね。だからこそ、ここまでのし上がることができた、といえるでしょう。自分の功績は何もない。あるのは兄弟姉妹が結んだ高貴な血縁――それを我が物顔で利用できる図々しさ、だけですから」

「いうな、ラズル。俺はてっきり、お前は伯父貴お気に入りの優等生だと思っていたが……」


 感心するようにいうハイラルに、ラズルは眉をひそめた。


「やめてください、殿下。自分が馬鹿といわれているようで、落ち込みます。わたしは流れてる血を絞り捨てたいと思ってるんですよ。可能ならね」

「ほう、それは聞き捨てならないな。伯父貴殿に報告しないとな」


 と、笑うアブローに、ラズルは平然と答えた。


「どうぞ。切り捨てていただいたほうが、いっそ幸せになれますから」

「ひとりだけ逃げようなんて、そうはいかないぞ」


 ハイラルは、これまで親しく話したことがなかった従兄弟の面白さに機嫌を良くした。しかし、伯父ホレイスの愚かな行為を思い出せば、それもすぐに霧散してしまう。


「しかし、折角ここまでしておいて、突き放すような態度は、本当に何を考えているのかわからんな」

「わからんが、御使い様の、俺たちに対する心象は悪くなる、それだけは確かだな」

「阿呆が」

「まったくです。この状態が、だれか他の人間、グレン宰相あたりに知られたら、後見役は取り上げられるかもしれませんね。今は、宰相のお気持ちも、スライディールに向いてますから大丈夫だとは思いますが、それが落ち着けば……」

「早めに手を打たないといけないな」

「ああ、ここまで恥を晒しておいて、結局伴侶になれなかったなど、ホレイスを笑えなくなる」


 ハイラルの声に、ラズルが続く。


「それどころか、われら一族郎党が、『それみたことか』と笑われますよ」


 その声に、ハイラルとアブローの顔が険しくなった。陰であれ、日向であれ、王族と高位貴族の若君たちには、他者から笑いものにされるなど、耐え難いことだった。


「アブロー、ラズル」


 第二王子ハイラルの厳しい声に、ふたりは顔を近づけた。





◇  ◇  ◇  ◇





「家に帰りたい……お父さん、お母さん」


 与えられた個室のベッドの上で、結衣はひざを抱えていた。

 豪奢な部屋も、綺麗なドレスも、お姫様のような扱いも、なにひとつ嬉しくなかった。


 今はただ、胸が苦しかった。罪悪感と失望と不安が、結衣の胸を占拠していた。中でも強い罪悪感に、心が締め付けられていた。


 まさか、こんなことになるとは思わなかった。なっているとは知らなかった。

 気を失っている間に、四人が、化け物扱いされたまま幽閉されていたとは、想像もしなかった。


 てっきり、自分たちと同じような扱いを受けていると思っていた。人数が多いから、別のところで、別のひとに、お世話されているんだろうと思っていた。

 おかしいと気付いたのは、ここに来て二日目だった。


『清風のひとたちは、どこにいるんですか? あの、お化けのひとたちに会いたいんですけど』


 軽い気持ちで聞いたそれに、答えは返ってこなかった。



 聞こえなかったのかな? それとも、ちょっと、早すぎたかな?



『別に、今すぐってわけじゃないんですけど……』


 聞こえないのではなく、聞きたくない、答えたくないのだと、侍女の顔がいっていた。



 どうして?――



 のん気な気持ちが、ひっくり返った。どうしても四人の安否を確認したかった。教え渋るその理由も知りたかった。


 だから、みちると二人で、嫌な顔をされても何度も訊いた。相手も替えた。そして、やっとのことで聞き出せたのは、四人が化け物だと誤解されたまま、別の場所で幽閉されている――ということだった。


 信じられなかった。信じたくなかった。強い罪悪感にさいなまれた。

『彼女たちはわたしたちと同じ人間ですよ』訴えようとしたが、みちるに阻止された。


 この人たちにいっても無駄。信用できない――


 後でみちるはそういった。

 結衣もそう思った。


 ホレイスという人は、最初こそ親切で、自分たちを稀少な宝石か何かのように扱っていたが、結衣とみちるのことを、自分にたてつく可愛げのない娘――と認識した途端、態度を豹変させた。


『やっぱりね、胡散くさいおっさんだと思ってたら、ほんとにとんでもないおっさんだったね』


 昨日、みちるはそういって笑った。



 本当に酷い人だ。いまどきの女子高生でも、あんなあからさまな、子供じみたいじめはやらない。



 息の詰まりそうなお茶会の後、みちるは自室に引っ込んだ。


『ごめん、ちょっと結衣ちゃんに八つ当たりしちゃいそうだから、しばらくひとりにさせて』


 だから、結衣は今ひとりだった。不安だったが、結衣もひとりになりたかった。

 清風の四人への罪悪感、ホレイスへの怒りと不審、そしてもうひとつ、咲に対する失望を、結衣は抱えていた。


 咲は、舞い上がっていた。今の状態に浮かれていた。まったく周りを見ない。もとからそんなところはあった。でも、あそこまで自分勝手になれる子だとは思ってなかった。


 清風の子達が幽閉されている、なんとかして助けないと――伝えたとき、咲は嫌そうな顔をした。

 どうしてそんな顔をするのかと驚く結衣に、咲はいった。


『それは、わたしたちがすべきことじゃないんじゃないかな? ホレイスさんに、これ以上迷惑かけたくないし』

『……何いってるの? 咲ちゃん』

『幽閉されたっていうけど、それは彼女たちが悪いんじゃないのかな? 何かしたんじゃない? 幽閉されるようなこと』

『え?』

『だって、考えてみて。お化けになってても、言葉は通じるんだから、『わたしたちは人間です』っていえば済む話じゃない。それがどうしてお化けのままで閉じ込められるの? 何かしたか、それか、本当のお化けだったか……』

『馬鹿じゃない?!』


 みちるが吐き捨てるようにいった。


『そんなことあるわけないでしょ。いうにことかいて何いってんの? あんた』


 みちるはひどく怒っていた。


『本当の化け物? そんなわけないでしょ! 清風の制服着てたじゃない。大丈夫――って声かけてくれたじゃない。人間に決まってるでしょ。あんた、ちやほやされてる今の立場を失いたくなくて、そういってるだけでしょ。ほんっと、自分のことしか考えないのね』


 みちるの怒りに、咲も怒りで対抗した。


『何? えらそうに、正義感ふりかざして。だから中尾さんって嫌いなのよ』

『そう、よかった。わたしもあんたが嫌いだから。結衣ちゃんの幼馴染っていうから我慢して付き合ってたの。だから、清々するわ』

『こっちこそ。冴えない知り合いはいらないから』

『あのさ、多田さん、いっとくけど、あんたその性格直さないと、どこいっても無理だと思う』

『それ、自分に言ったら?』

『ちやほやされて勘違いしてるんだろうけど、多田さん、自分で思ってるほど可愛くないから。性格直すか隠すかしないと、ハイラル殿下に愛想つかされると思う』

『なんですって!』

『やめて! お願い』

 

 止めに入った結衣は、


『なんでこんなのと友達なの? 信じられない』


 と、咲に睨まれた。


『信じられないのはわたしだけど。まさか多田さんが、自分だけ良ければいいって本当に思ってるとは思わなかった』

『ふん、自分は違いますってこと? 好きにしたらいいじゃない。でも、わたしにそれを押し付けないで。巻き込まれるのも嫌よ。幽閉されるなんて、罪人でしょ? 関係があると思われたら嫌だから』


 といって咲は出て行った。


 咲とみちる――ふたりの仲は前から良くなかったが、昨日、見事に決裂した。

 結衣は、自分がふたりに――主にみちるに無理をさせていたのだと知って申し訳なく思う一方で、幼馴染の酷薄さに打ちのめされた。


 今日、ホレイスが自分たち――みちると結衣を無視するのを見て、咲は笑っていた。


 何もかもが悲しかった。





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