呪う時間もありません ①
今、玲たち四人は、壁際に追いつめられていた。
屈強な男たちに半包囲されている。なおかつ彼らの手には白刃があり、その切っ先は、四人に向けられている――という危機的な状況にあった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
化け物――
ひとたびその声が上がると、雪崩のように、そこかしこで恐怖の声が上がった。
それも仕方のないことだ――と玲は思う。
今の自分たちは、紛うことなき化け物だ。清風高校二年B組の、ちょっと地味だが、噛めば噛むほど味の出る仕事師たちが、腕によりをかけて作ってくれた力作だ。
さらに、
選りによって、なんでここなの?――
というタイミングで、この場にあらわれてしまった。
男たちが目にしたのは、両手を振り上げた化け物が、いたいけな少女たちに襲いかかるの図――だ。
そして、悪いことは重なるもので、お化けの恐怖にしゃがみこんでいた三人の少女たちが、男たちの恐怖の声を聞いて、顔を上げてしまった。
環境の変化に気付いた少女たちは、上げていた悲鳴を飲みこんだ。だが、それは一瞬のことで、力なく首を振ったかと思うと、各々が叫びはじめた。
「いやあ!」
「ここどこ?」
「何? 何なの?」
内容は異なるが、悲痛な声は同じだった。
先の恐怖を消化しないまま、新たな恐怖を蓄えてしまった彼女たちの叫びは、本物だった。
玲たちは、少女らを落ち着かせようと声をかける。が、彼女たちの悲鳴が、それを邪魔する。声も枯れよとばかりに泣き叫ぶ――。
それを遠巻きに見ていた男たちの様子が変化する。
「……けろ!」
「ぐずぐずするな!」
「……いさまを……」
誰かが遠くで声を張り上げ、指示を出しているようだった。内容は、下からの叫び声にかき消され、はっきりとはわからない。だが、四人にとって、好くないだろうことは察することができた。
玲は内心で身構えた。
明らかに、先ほどとは違う。彼女たちを遠巻きにしていた男たちは、様々な色合いと形の服を身につけ、それらが混ざり合っていたというのに、いまや、華やかな色と控えめな色のふたつに大別できる状態になっていた。
華やかな一団は後方に下がり、控えめな一団が前方にいた。前へ移動してきた男たちは、皆、帯剣していた。柄に手をかけ、指示があれば、即座に剣を抜ける状態だ。そして彼らは、極めて緩慢な動作で、包囲の輪を作りつつ、それを徐々に縮めようとしていた。
彼らの行動は理解できた。意図することは知れている。少女たちを、化け物――自分たちのもとから救い出すのだろう。
じわりじわりと近付く男たちに、玲は助言してやりたかった。
「そのやり方はまずいですよー」
と。なにせ、さっき自分たちがやったのだ。
じわじわと迫ってくる男たちを見て、思ったとおり、少女たちはうろたえた。
見知らぬ異国の、それも、厳しい顔つきの男たちが近付いてくるのだ。
怯えて当然だ――玲は思ったが、怯える彼女たちの泣き叫びには、彼女自身、少々困っていた。
近くで叫ばれて、男たちの会話がなかなか聞き取れない。情報収集ができないのだ。
気の毒に思うし、三割ほどは、自分たちのせいだと思うし、できれば慰めてあげたいが、今のこの容姿では、さらなる恐怖を与えるだけだろう。
玲たちが普通の人間であることはわかっているはずだが、今の彼女たちの精神状態では、受け入れることは、まず無理だ。彼女たちには休息が必要だ。心と体、両方を休める時間が。
男たちに保護してもらうことは、三方にとって、利のあることなのだ。
しかし、やり方がまずい。
良子もそう思ったようだ。
玲の耳元で、良子がささやくようにいった。
「馬鹿じゃないの? あいつら」
その言に、玲は頷いて、同意を示した。
人数が多すぎる。助けに来るのは三人でいいだろう。ひと少女につき、ひとりでいい。サクっとさらっていけばいいのだ。
玲たちは、それはそれは恐ろしい姿形をしているが、しつけの良い大型犬のようにおとなしくしている。攻撃的な良子でさえ、その内心は負の感情でボコボコと煮えたぎっているに違いないが――刺激するのを控えている。
豹変を恐れているのかな?――
とも思うが、その可能性は、玲たちを見ていれば、無い、ということがわかるはずだ。もちろん、状況しだいでそれも変わるが、今はこのままおとなしくしているつもりだ。
それなのに。ああ、それなのに。なぜ、二十近くの多勢で近付いてくるのか?
にじり寄る男たちの姿に、少女たちは、
「いやっ」
「こないで!」
といいながら、すでに団子のように密着していた互いの体を、さらに固める。
そんな、固くなった団子に、優しい声がかけられた。
「大丈夫だから」
瑠衣だった。
聖母マリア様にも負けないだろう、優しさのあふれる、落ち着いた声だった。
彼女――瑠衣との付き合いは長い。三人の親友の中でも、もっとも長い時間をともに過ごしてきた。玲は瑠衣のことを、瑠衣は玲のことを、なにからなにまで、といっても過言ではないほどに、互いのことを知り尽くしている。
声の優しさは本物だ。加えて、瑠衣の姿は、同性の玲が見ても、惚れ惚れするほどの美しさと愛らしさだ。幼いころから見続けているのに、見飽きることがない。
しかし、だ。
今の瑠衣にはおぞましものがある。無数の傷だ。
四人の中で唯一、彼女だけが制服を着用している。玲や良子の化け具合に比べると、かなり軽装だが、その怖さは、実は四人の中で一番だ。
制服からのぞく部分には、無数の傷が、場所を選ばず走っている。
遠目にはそう見えるのだが、ただの傷ではない。ひとつひとつが盛り上がり、割れた傷口から、そこにあるはずのないモノが、のぞこうとしている。眼球だ。目が皮膚を突き破り、開こうとしているのだ。
仕事師たちに手抜きはない。傷の開き具合から、隆起の大小、果ては、そこから流れ出る液体の色まで、ひとつひとつ変えるという、念の入れようだ。
鉄の心臓を持つ玲於奈が顔を背け、良子が息を呑み、もちろん、玲もおぞましさに顔を歪めた。
そんなものを、明るい光のもと、間近で見ればどうなるか?
悲鳴を上げるか、絶叫するか、泣くか、もしくは失神するだろう。
まさか、三人ともが意識を失うとは、玲も思わなかった。
少女たちは優しい声に、思わず顔を上げた。
そして、声主の顔を見たかと思うと、一声も上げることなく、その場に崩れ落ちてしまった。
「あいやー」
かわいらしい驚きの声を上げたのは、気絶させた張本人である。その横で、良子が肩を落としている。
玲は、仰のいて倒れた少女の頭を支えている人物に、目をやった。彼女――玲於奈がいなければ、少女は大理石の床に、後頭部を強く打ち付けていただろう。
「ナイスキャッチ」
玲が声をかけると、玲於奈は薄く笑ってそれに応え、いきなり少女の後頭部から、足を引っこ抜いた。
ゴン、と鈍い音がしたが、まあ、問題はないだろう。
問題はこっちだ。
玲が視線を横に滑らせる――と同時に怒声が上がった。
「御使い様をお救いしろ!」




