表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界カルテット ~わがままに踊ります~  作者: たらいまわし
第四章 勢力は次第に強まり、各所に被害をもたらすでしょう
34/81

覚悟が必要です

「二度目まして」




 と、声をかけられる前に、グレン、キリザ、サルファ、ゼクトの四人は、迎え入れられたスライディールの城内――二階の大広間の入り口で、すでに固まっていた。

 

 両開きの扉は、大きく開け放たれていた。

 光溢れるその中に、四つの人影がある。


 考えるまでもない。御使い様たちだ。三日前にあらわれ、レナーテを混乱と混沌の坩堝に陥れた化け物たち――もとい、化け物だと思われていた娘たちだ。その娘たちが、本来あるべき姿だろう――人の姿で立っていた。


 どこにもおかしなところはない。振り乱した髪もなければ、無残に抜け落ちてもおらず、血にも濡れていない。何かが欠けていることもなければ、多すぎることもない。恐怖を呼び起こすような歪さは、どこにも見られない。


 というのに、男たちの身体は止まった。


 彼女たちが化け物ではなく、普通の人間だろう――とは考えていたし、そう期待もしていた。

 期待通り、化け物だと思われていた四人は人だった。


 しかし、彼女たちが、かがやくばかりに美しい娘たちだとは、だれひとり思っていなかった。



 四人の娘たちは、下女が着るような生成りのドレスを身に着けていた。簡素な着衣に肢体を包んだ娘たちは、こちらを見て微笑んでいた。髪の色、長さ、瞳の色、顔の造形もそれぞれ異なっていたが、美しいという点では皆、同じだった。


 中でもひときわ美しい、黒髪の娘が、戸口に立ちつくす四人を見て、笑みを深めた。黒目がちな瞳がきらきらとかがやいている。内から出るかがやきが、まるでそこから溢れ出ているようだった。


 見た瞬間、キリザの身体に衝撃が走った。

 それがだれなのか、わかった。だれもがわかった。

 衝撃の走る身体に、


「二度目まして」


 声がかけられた。

 二度目の衝撃に、男たちはしびれたように動けなくなった。





◇  ◇  ◇  ◇





「おはようございます、皆さん」


 玲が快活な声をかけた。


「三日ぶりですが、お変わりありませんか? グレンさんとキリザさんはお変わりないようですね。サルファさんとゼクトさんは、少し……お痩せになりました?」


 石と化した四人にゆっくり歩み寄りながら、玲は親しげに話しかける。


「素敵なお城をありがとうございます。とても素晴らしいお城ですね。おかげで、快適に過ごすことができました。まだ、お姫様にはお会いできてませんが……。ああ、ここで立ち話もなんですから、どうぞ、中にお入りください。といっても、皆さん、まだ動けそうにないですね。時間は十分ありますから、どうぞ存分に驚いてくださいね。耳だけお貸しいただければ結構ですから、今のところは……」


 と、楽しそうに笑う。


「驚かれたでしょう? わかります、わかります。衝撃と感動、ですよね? わたしも、友人たちにはじめて会った時はそうでした。大変な衝撃を受けたものです。あとからじわじわ感動が来ますから、今日は皆さん、眠れないと思いますよ。特に皆さんの場合は、心の整理に時間がかかりますね。なにせ、お会いしたとき、わたしたちは化け物でしたから。ああ、こちらがわたしたちの本当の姿ですので、安心してください。皆さんと同じ、わたしたちは人間です。突然変異でああなったわけではありませんし、今後もあの姿になることはありません」


 頷くどころか瞬きさえできない相手に、玲は容赦なく語りかける。


「しょっぱなから飛ばすわね、玲」

「いきなりトップギアって感じね」

「玲ちゃん、すっごい楽しそう」


 と、三人が笑っている間にも、玲は続ける。


「では、なぜ、あんな姿だったのかといいますと。うーん、説明しますが、ご理解いただけるかどうか……。恐怖刺激を与えるために、自発的にあのような姿になっていました。まず納得できないでしょうが、これはもう、世界の違い、文化の違いということで、収めていただくしかありませんね。そして、技術力の違い。わたしたちの住んでいる世界はこちらより、進んでいます。作り物ですが、本物のように見せてしまう技術があります。そのために、化け物にしか見えなかったと思います。しかし、技術はありますが、そう簡単にできるものではありません。着けるのも大変なら、落とすのも大変なんです。ですので、あのような差し迫った状況で、事実をいうのは諦めました。驚き騒がせてしまったのはわかっていますし、申し訳なくも思っていますが、わたしたちも好きでこちらに来たわけではありません。身の危険を感じましたし、実際不快な思いもさせられましたので、こちらはお相子ということで――」


 玲が長々と話している間に、ようやくキリザが動きを見せた。しかし、常態にはほど遠い。


「あ、あ――」


 声は言葉にならず、動作は、キリザでは考えられないほど緩慢だった。

 ゆっくり持ち上げた腕、その指先が、玲に向けられる。


 玲は滑らかに動かしていた唇をピタリと閉じ、キリザを見つめながら、彼の言葉を待った。 


「玲ちゃんかっ?!」

「はい。玲です」


 極上の笑みを浮かべて、玲は答えた。




◇  ◇  ◇  ◇




 そんなふたりのやりとりを合図にしたように、良子と玲於奈も動きだした。


 呆れたような微笑をそれぞれの口元に浮かべながら、レナーテの男たちに近付く。

 目を見張るグレン、キリザ、サルファに、


「おはようございます、良子です」

「玲於奈です」


 立ち止まって名をいうと、返す驚きの顔も見ず、彼らの脇をすり抜け、ふたりはゼクトの前にやってきた。


「おはようございます、ゼクトさん」


 愛想と言葉を惜しみなく振りまく玲とは異なり、こちらのふたりは、失礼にならないぎりぎりの態度と言葉だけで済ませる。


「それ、お預かりしますね」


 手を伸ばす良子に、ゼクトは首を横に振った。


「重いので、これはわたしが運びます。どちらに置けばよろしいですか?」


 と、携えてきた木箱を持ち直す。

 その態度は落ち着いていた。声も上ずったりしていない。ゼクトは四人の中で、いち早く自分を取り戻していたようだった。

 

「あら、紳士」


 という玲於奈を睨んでから、良子はテーブルを指し示した。

 ゼクトが頷いて、歩き出す。

 その後を追う前に、良子が三人に声をかけた。


「皆さんもどうぞ、中に入ってください。今日も長くかかりますから、立ちっぱなしは疲れますよ。話すことも聞くことも多いですし……なにより、あの玲が相手ですからね、覚悟したほうがいいですよ」


 良子の声に、玲於奈が笑った。


「諦めたほうがいい、の間違いじゃない?」

「どっちでも同じじでしょ」

「ふふ、そうね」

「とにかく、どうぞ」


 促す声に、三人は従った。


 



◇  ◇  ◇  ◇





 グレン、キリザ、サルファの三人は、ようやく長椅子に納まった。

 対面の椅子に座るのは、玲と――

 

「瑠衣です。二度目まして」


 瑠衣だった。

 可憐な笑みを向ける瑠衣に、視線が集まる。


「ああ、瑠衣ちゃんか……」


 他の目はどこへやったんだ? と冗談口のひとつも叩けないキリザに、瑠衣は頷き、笑いかける。


「はい、そうです。ふふ。キリザさん、びっくりしました?」

「ああ。びっくりした。こんなにびっくりしたのは、俺ぁ生まれてはじめてだ」


 真顔で答えるキリザに、玲と瑠衣はもちろんのこと、その傍らで作業を開始していた良子と玲於奈も笑った。




◇  ◇  ◇  ◇



 


「それほど驚いていただけたのでしたら満足です。今日はもう、これでお終いにしてもいいくらいで――」

「何いってんの!」


 玲の冗談に、すかさず良子が叱咤を入れる。


 良子と玲於奈のふたりは椅子に座らず、近くに寄せたテーブルの上いっぱいに、ゼクトが運んできた書類を広げ、その検分作業に入っていた。作業にかかりながらも、ふたりは片耳をきちんとこちらに傾けていた。

  

「おちゃらけてないで、さっさと話しなさいよ。グレンさんたちだって暇じゃないのよ、ったく」


 眉間にしわを寄せながら、良子は書類を仕分てゆく。


「ふふ。今日は警告の入りが早いわね」

「当ったり前でしょ。やることが多いのに、玲の調子に合わせてたら日が暮れるわ。ああ、すいません、ゼクトさん。これ、残りの候補者の名簿ですか?」


 叱咤の声を飛ばしつつ作業する良子に、グレンたちが剥いた目を向ける。

 ふたりは席についてないものの、間近で作業しているため、グレンたちの座っている場所からでも、話し声からその表情まで、すべてが聞こえ、見えていた。


「驚かれたでしょう?」


 情感溢れる玲の声に、三人は、視線と意識をすばやく元の位置に戻した。


「ああ、その前に、先にお断りしておきますね。本当なら四人座ってお話をうかがうべきでしょうが、良子と玲於奈、ふたりは、お持ちいただいた資料のチェック――検める作業ですね、そちらに入らせてもらいます。っていうかもう、はじめてますけど」


 玲は笑う。


「なにぶん量が多いですし、外界と切り離されて三日間、どういうことになっているかも気になりますので、申し訳ありませんが、そちらも同時にさせていただきます。で、何の話をしてましたっけ?」


 と、聞く玲に、瑠衣が答える。


「驚かれたでしょう? っていってたよ、玲ちゃん。その続きでしょ?」

「そうそう、そうでした」

「はっ、いった端から忘れるくらいだから、たいした話じゃないんじゃないの?」


 良子がちらりと鋭い視線を向ける。

 玲が顔を曇らせた。


「そう、これでした。驚かれたでしょう? 良子は非の打ち所がありません。なんでもできますし、礼儀正しく律儀で、とても頼れる人間です。その上、美人です。ああ、これはいわなくてもおわかりですね」

「あら、褒め殺し?」


 茶々を入れる玲於奈の声にも笑わず、玲は続ける。


「自慢の友人なんですが……とても厳しいんです。わたしはいつも叱られています」

「あんたが怒らせるようなことばっかりするからでしょうが」


 しおれたように見せかけた玲の声は、もちろんあっけなく良子に打ち返された。


「だいたいあんた、あたしのいうことなんか、これっぽっちも聞いてないでしょうが」

「え? そんなことないでしょ。ねえ?」

「聞いてるけど、効いてないし、まったく堪えてないわよね? 玲は」

「うん、ぜんぜん堪えてないよね? 玲ちゃん」


 友人たちは、いい笑顔で答えてくれる。


「……どうもこの件は、わたしに分が悪いようですね」


 眉をひそめる玲に、サルファが微笑んだ。


「皆さん、とても仲がよろしいんですね」

「はい!」


 瑠衣がとびきりの笑顔で答えた。






◇  ◇  ◇  ◇

 




 場が急速に和んだ。

 その和んだ空気を、


「お口に合うかわかりませんが、どうぞ」


 瑠衣がさらに優しく明るいものにしてくれた。手際よく茶をいれ、愛想よく給仕役までひとりでこなした瑠衣は、最後に自分の分と玲の分を持って席に着いた。 


「はい、玲ちゃんも、どうぞ」

「ありがとう、瑠衣」

「ふふ、どういたしまして」


 瑠衣と玲が笑みを交わす。 

 微笑み合うふたりの姿が、和やかな空気に華を添えた。


「……」


 鮮やかな華たちがほころぶ様を食い入るように見ながら、レナーテの男たちは、供された茶に手を伸ばすのだった。 





「はあ、しかし、玲ちゃんたちがこんな別嬪さんたちだったとはなあ……。まったく、思いもしなかったぜ、なあ?」

「ああ」

 

 衝撃に強張っていたグレンとキリザの口も、ここにきてようやくほぐれてきたようだった。

 しみじみいうふたりに、


「そうでしょう、そうでしょう」


 玲がよくよく頷く。


「驚かれるのも無理はありません。目を覆いたくなるような化け物が、実は、花も盛りのときを迎えようかという美しい娘たち。その落差だけでも驚きでしょうに、それが四人――ともなれば当然です。しかも……」


 本当は、これはあまりいいたくないんですが、皆さんには特別にお教えしますね――と声を落としながら、


「中身はもっと凄いんです。今はお話する時間がありませんからこれで止めにしますが、今後詳しくお話しする機会もあるでしょうから、そのときに、じっくりお話しさせていただきますね」


 嬉々としていう玲自身が、すでにその凄さを十分証明していた。

 キリザが笑った。


「ああ、楽しみにしてるぜ、玲ちゃん」


 聞くまでもないが、是非とも聞きたい――正直な思いをキリザは言葉にした。





「まったく、玲ちゃんたちには驚かされてばっかりだ」

「企んだわけじゃありませんよ。たまたまそうなっただけです」

「それにしちゃ、ずいぶん喜んでたじゃねえか、玲ちゃん」

「ええ、それは喜びますよ。なにせ、わたしはひとを驚かせるのが大好きですから」


 玲は悪びれずにいう。その隣で瑠衣が、うんうん、と頷く。


「キリザさんたちを驚かせるために、事実を隠したわけじゃありません。いうなれば、驚きは副産物ですね。理由と狙いは別です。もう、おわかりですよね?」


 玲は一見してわかる理由――友人たちの姿を、手のひらで示す。


「化け物だと思われていた異形が、実は人間で、とびきり美しい娘たちだとしれればどうなるか……」

「ああ、そりゃ、火を見るより明らかってやつだな」

「はい。ですので、事実をいうのは先延ばしにしました。三日前、皆さんにだけは、本当のことをお話しようかとも思ったんです。ですが、色々再考したいこともありましたし、友人たちの賛同も得たかったので、三日間という時間をいただきました」

「うん」


 キリザは声とともに、グレンとサルファは無言で頷く。


「それで、玲ちゃんは、何をしようとしてるんだ?」


 キリザは性急だった。


「何か企んでるだろ? 玲ちゃん」


 玲は微笑んだ。


「まあ、企みというほどのものではありませんが、考えていることはあります」

「教えてくれ」

「もちろんです。ですがその前に、お聞きしたいことがいくつかあります」


 玲は真顔になった。キリザたちの表情も、つられたようにかたくなる。


「まず、わたしたちと一緒に来た女の子たちなんですが、三人は無事ですか?」

「……」


 意外な問いだったのか、キリザが目を丸くする。


「……ああ、無事だ」


 代わりに答えたグレンも、即答ではなかった。


「彼女たちは、今もホレイスさんの庇護下に?」

「ああ、そうだ」

「危険にさらされてはいませんよね?」

「大丈夫だ」 


 玲とグレンのやりとりの間に、


「あの娘たちは、玲ちゃんたちの知り合いか?」


 キリザが口を挟んできた。


「知己ではありません。たまたま居合わせただけですので、わたしたちは彼女たちの名前すら知りません」

「そっか、知り合いじゃねえのか。じゃ、なんで名前を隠したんだ? ああ、玲ちゃんたちは知らないが、向こうは知ってるってことか」


 自分で訊ねておいて、キリザは自分で答えた。


「そうなんです」


 玲は笑った。


「限定的ではあるんですが、わたしたちは少々名が知られていまして――」

「びっくりするほど別嬪さんだもんな、四人とも」


 キリザは段々と調子を取り戻してきた。

 そして玲は玲だった。


「ええ、そうなんです」


 謙遜のケの字も見せず、肯定する。

 良子が呆れ、玲於奈と瑠衣が笑い、レナーテの男たちが、その様子にほほを緩める。その間も、玲は続けた。


「名を知られている理由はそれだけじゃないんですが、今は必要ありませんし、説明する時間も惜しいので省かせてもらいます。とにかく、わたしたちは名が知られています。彼女たちが絶対知っているという保証はないんですが、知っていた場合、なにかと面倒なことになると考えたので、用心のために、名前を伏せていただくよう、皆さんにお願いしたんです。が……」


 玲は思案するように、唇に指を押し当て、そしてすぐに開放した。


「わたしたちを知っているか否かは別にして、彼女たちは、わたしたちが普通の人間であることはわかっています。わたしたちが扮していた化け物は架空のもので、実在しません。そのことが、彼女たちの口から明らかにされると思って、覚悟はしていたんですが、今日までなんの横槍もなく、変化もありませんでした。……グレンさんたちは、彼女たちに、まだ会われてないんですか?」

「会っていない」

「健康状態が悪いというわけではありませんよね?」

「それはない。初日の深夜に目覚めて、それ以降は部屋で静かにお過ごしのようだ。彼女たちは、ホレイスの庇護下にある。会わせてもらえないこともないが、その要がなかったんでな。俺は会っていない」

「粗雑に扱われることはありませんよね?」

「ああ。ホレイスの野郎がそりゃあ大事に隠してるから大丈夫だ」

「ああ」


 キリザの答えに、玲は得心したように微笑んだ。


「そうですか。危険がなければ結構です。グレンさん、わたしたちの名前の件ですが、もうしばらくだけ、伏せたいのですが、構いませんか?」

「ああ、構わない。考えがあるのだろう?」

「はい」


 



◇  ◇  ◇  ◇ 





 そして玲は、話相手はそのままに、話題を変えた。


「過去の例を見ましたが、今回の降臨は、まさに異例ですよね。なぜ、こんなことになったのか? その理由は判明しましたか?」

「いや、まだわかっていない」


 グレンが首を振る。


「断定できる段階ではない、ということでしょうか。おおよその見当は、ついてらっしゃるんですか?」

「いや、まったく」

「見当もつかない状態ですか?」

「ああ」

「それでは、グレンさん個人の意見で結構です。思い当たることはおありですか? それとも、ありませんか? あれば教えていただきたのですが……」


 玲の問いに、グレンは少し考えてから、口を開いた。


「悪いが、それには答えられない。無責任な発言はできない」

「……そうですか。わかりました。でしたら、この件は結構です」


 玲はあっさり質問を引いた。


「となると、俄然、わたしたちが御使い様である可能性が低くなりますね。神様の悪戯か、それとも失敗か。単純にそう考えるしかありませんね。過去の例からすると、御使い様はひとり。しかも普通の女の子。どうも、わたしたちは外れるように思いますね」

「そんなことはない」

「どうしてそういい切れるんですか? グレンさん」

「確かに、過去に例はない。しかし、あの日あの場にあらわれた、その一事で御使い様だ。サルファもそういったはずだ」

「そうですね、覚えています。ですが、他の皆さんはどうでしょう? 異議をいい出すひともあらわれるんじゃないですか?」


 玲の声に、サルファが強く反応した。


「異議を唱えるものはでてくるでしょう。ですが、だれがなんといおうと皆様は御使い様です」

「そうだ。余計なことをいう奴はでてくるかもしれねえが、玲ちゃんたちは御使い様なんだよ。余計なことをいう奴の口は塞げねえ。でもな、思うようにはさせねえ。それだけは絶対だ。俺たちがさせない」


 キリザは力強く断言したが、続く声は優しかった。


「玲ちゃんは何を心配してるんだ? 不安なのか? それとも、御使い様って呼ばれんのが嫌なのか?」

「いえ、嫌じゃありませんよ。むしろ、ありがたいくらいです。ついでにいうと、不安もなければ心配もしてません」

「え? そうなのか?」

「ええ。ただ、急に御使い様じゃないといわれると、困るんです。それを前提に、今後の予定と計画を立ててますから。ま、否定の声が上がったからといって、簡単には引き下がりませんけどね」


 玲は笑う。


「わざわざお聞きしたのは、皆さんにご迷惑がかかることがわかっているからです。すでにご承知でしょうが、わたしたちには可愛げというものがありません。それを改めるつもりはありませんし、隠すつもりもありません。今後もわたしたちは、わたしたちの意志でわたしたちの為に行動します。そちらの都合や思惑に合わせるつもりは一切ありません」


 いい切ってから、玲はふんわりと笑った。


「別に、皆さんを拒絶するわけじゃないんですよ。何から何まで頭ごなしに否定するわけでもありませんし、ことさら喧嘩を売るつもりもありません」

「ああ、わかってる。玲ちゃん、わかってるさ」


 キリザが笑った。


「だから、玲ちゃんたちの好きにしてくれ」

「いいんですか?」


 と、訊ねたのは、玲ではなく玲於奈だった。


「玲は遠慮という言葉を知りません。簡単に言質を与えてしまうと、大変なことになりますよ。ねえ?」


 玲於奈が良子を見る。良子が頷きながら形の良い唇を動かした。


「ええ、遠慮しないのはもちろん、玲は図に乗ります」

「増長します」

「拍車もかかります」

「え? 何それ? 練習したの?」


 あまりのテンポのよさに、玲が目を丸くする。その横で、瑠衣が笑った。


「玲於奈ちゃんと良子ちゃんのいってることは本当です。玲ちゃんは、それはもう自分勝手にガンガン事を決めますし、運びます。使えるひとは、だれだって容赦なくこき使います。先日、文化祭という行事がありまして、クラスで、ある出し物を上演したんですが、そのために奔走させられた担任の先生は、半年で十キロ痩せました」


 大親友まで、口撃に加わった。


「周りの人間は大変です。クラスメイト達の合言葉は、『玲ちゃんと良子ちゃんと目を合わせるな!』『使われるぞ!』でした」

「は? あたしも?」

「え? 良子、知らなかったの? 『目を合わせるな』っていわれてたのは、ダントツで良子だったんだけど。玲のほうは、どっちかっていうと、『これ以上、見せるな、聞かせるな、喋らせるな』『何いいだすか、わからないぞ』だったわよね? 瑠衣。気の毒に、どっちも掛け声だけで終わってたけど……」


 と、微笑む玲於奈に、瑠衣が困り顔で頷いた。


「うん。玲ちゃん、いいと思ったらなんでも取り入れちゃうでしょ? 良子ちゃんは良子ちゃんで、なんだかんだいいながら、結局、玲ちゃんの意向どおりにしようとして、皆に仕事振っちゃうし」

「なんと――」


 玲は、はじめて知る事実に衝撃を受けていた。


「皆、嬉々としてやってくれてるもんだとばっかり……」

「ああ、途中からはそうだったわよ。特に裏方組の男連中は、率先して手を挙げてたでしょ?」


 玲於奈の声に、玲は安堵した。


「うん、なんだ。やっぱり皆、喜んでやってたんだ」


 と、笑う玲とは異なり、


「納得いかない」


 良子は不機嫌に眉を寄せていた。


「ふふ。おわかりになりました? 玲ちゃんは凄くて酷いんです」

「瑠衣ちゃん、それ、言葉選び、合ってる?」

「うん、合ってるよ」


 瑠衣は微笑む。可憐な笑顔で返されれば、玲はもう何もいえない。


「玲ちゃんは酷いんです。自分のために、平気で周りを使うし、巻き込みます。近しいものや、気に入られた人間は、特に酷い目にあいます。とても大変です。でも……」


 と瑠衣は続けた。


「とっても楽しいんですよ」


 華が開いたように笑った。




◇  ◇  ◇  ◇





「うーん。なんだろ、このプラマイゼロ感。っていうか、むしろ、わたし的にはマイナス?」


 玲は眉根を寄せる。が、いつまでも引きずらないのが玲の特徴だった。


「心に引っ掛かるものがありますが、これはこれで事実です」

「事実なのか、玲ちゃん」


 開き直った玲に、キリザが笑った。


「はい、事実です。友人たちは、皆さんに喚起したかったんでしょう。わたしはなかなかに欲深で、我欲に忠実です。自分のためでも平気でひとを使いますし、迷惑もかけます」


 友人たちは、うんうんと頷いている。


「覚悟してください――友人たちはそういいたいのでしょう。わたしも同じことをいいます。皆さん、覚悟してください。ですが、ひとの道に外れるようなことはしません。それはお約束します」


 凛とした玲の声に、キリザはもちろん、グレン、サルファも深く頷く。

 そして玲は続けた。


「すでに、決めたことがあります。何を勝手に――と、ここにいる皆さんは思われないでしょうが、それ以外の方々の中には、反感を持つ方も出てくるでしょう。そうなると、皆さんへの風当たりが強くなります。特に、後見役のサルファさんには、矢面にたっていただくことになります。サルファさん、構いませんか?」


 と、玲はサルファを見つめる。


 己に向けられた、生気溢れる玲の黒の瞳を、サルファは見つめ返した。

 彼の白皙の面は、四日に亘る根詰め作業の疲労から、白を通り越して青みがかっていた。が、心身にあった疲労感は、湧きあがる強い高揚感に、すでに押しのけられていた。


 血の色を取り戻した美麗な面に微笑を乗せながら、サルファは頭を垂れた。


「どうぞ、お心のままに」


 その横で、グレンとキリザも、同意を示す強い視線を玲に向けていた。

 射抜くような強い視線を間近で受けながら、玲は微笑んだ。


「ありがとうございます。皆さんでしたら、そうおっしゃってくださると思っていました」


 そして、


「そんな皆さんですから、わたしたちが何を決めたか、もうおわかりでしょうね――」


 前置きをしてから、玲は告げた。


「伴侶を決めました」


 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ