覚悟が必要です
「二度目まして」
と、声をかけられる前に、グレン、キリザ、サルファ、ゼクトの四人は、迎え入れられたスライディールの城内――二階の大広間の入り口で、すでに固まっていた。
両開きの扉は、大きく開け放たれていた。
光溢れるその中に、四つの人影がある。
考えるまでもない。御使い様たちだ。三日前にあらわれ、レナーテを混乱と混沌の坩堝に陥れた化け物たち――もとい、化け物だと思われていた娘たちだ。その娘たちが、本来あるべき姿だろう――人の姿で立っていた。
どこにもおかしなところはない。振り乱した髪もなければ、無残に抜け落ちてもおらず、血にも濡れていない。何かが欠けていることもなければ、多すぎることもない。恐怖を呼び起こすような歪さは、どこにも見られない。
というのに、男たちの身体は止まった。
彼女たちが化け物ではなく、普通の人間だろう――とは考えていたし、そう期待もしていた。
期待通り、化け物だと思われていた四人は人だった。
しかし、彼女たちが、かがやくばかりに美しい娘たちだとは、だれひとり思っていなかった。
四人の娘たちは、下女が着るような生成りのドレスを身に着けていた。簡素な着衣に肢体を包んだ娘たちは、こちらを見て微笑んでいた。髪の色、長さ、瞳の色、顔の造形もそれぞれ異なっていたが、美しいという点では皆、同じだった。
中でもひときわ美しい、黒髪の娘が、戸口に立ちつくす四人を見て、笑みを深めた。黒目がちな瞳がきらきらとかがやいている。内から出るかがやきが、まるでそこから溢れ出ているようだった。
見た瞬間、キリザの身体に衝撃が走った。
それがだれなのか、わかった。だれもがわかった。
衝撃の走る身体に、
「二度目まして」
声がかけられた。
二度目の衝撃に、男たちはしびれたように動けなくなった。
◇ ◇ ◇ ◇
「おはようございます、皆さん」
玲が快活な声をかけた。
「三日ぶりですが、お変わりありませんか? グレンさんとキリザさんはお変わりないようですね。サルファさんとゼクトさんは、少し……お痩せになりました?」
石と化した四人にゆっくり歩み寄りながら、玲は親しげに話しかける。
「素敵なお城をありがとうございます。とても素晴らしいお城ですね。おかげで、快適に過ごすことができました。まだ、お姫様にはお会いできてませんが……。ああ、ここで立ち話もなんですから、どうぞ、中にお入りください。といっても、皆さん、まだ動けそうにないですね。時間は十分ありますから、どうぞ存分に驚いてくださいね。耳だけお貸しいただければ結構ですから、今のところは……」
と、楽しそうに笑う。
「驚かれたでしょう? わかります、わかります。衝撃と感動、ですよね? わたしも、友人たちにはじめて会った時はそうでした。大変な衝撃を受けたものです。あとからじわじわ感動が来ますから、今日は皆さん、眠れないと思いますよ。特に皆さんの場合は、心の整理に時間がかかりますね。なにせ、お会いしたとき、わたしたちは化け物でしたから。ああ、こちらがわたしたちの本当の姿ですので、安心してください。皆さんと同じ、わたしたちは人間です。突然変異でああなったわけではありませんし、今後もあの姿になることはありません」
頷くどころか瞬きさえできない相手に、玲は容赦なく語りかける。
「しょっぱなから飛ばすわね、玲」
「いきなりトップギアって感じね」
「玲ちゃん、すっごい楽しそう」
と、三人が笑っている間にも、玲は続ける。
「では、なぜ、あんな姿だったのかといいますと。うーん、説明しますが、ご理解いただけるかどうか……。恐怖刺激を与えるために、自発的にあのような姿になっていました。まず納得できないでしょうが、これはもう、世界の違い、文化の違いということで、収めていただくしかありませんね。そして、技術力の違い。わたしたちの住んでいる世界はこちらより、進んでいます。作り物ですが、本物のように見せてしまう技術があります。そのために、化け物にしか見えなかったと思います。しかし、技術はありますが、そう簡単にできるものではありません。着けるのも大変なら、落とすのも大変なんです。ですので、あのような差し迫った状況で、事実をいうのは諦めました。驚き騒がせてしまったのはわかっていますし、申し訳なくも思っていますが、わたしたちも好きでこちらに来たわけではありません。身の危険を感じましたし、実際不快な思いもさせられましたので、こちらはお相子ということで――」
玲が長々と話している間に、ようやくキリザが動きを見せた。しかし、常態にはほど遠い。
「あ、あ――」
声は言葉にならず、動作は、キリザでは考えられないほど緩慢だった。
ゆっくり持ち上げた腕、その指先が、玲に向けられる。
玲は滑らかに動かしていた唇をピタリと閉じ、キリザを見つめながら、彼の言葉を待った。
「玲ちゃんかっ?!」
「はい。玲です」
極上の笑みを浮かべて、玲は答えた。
◇ ◇ ◇ ◇
そんなふたりのやりとりを合図にしたように、良子と玲於奈も動きだした。
呆れたような微笑をそれぞれの口元に浮かべながら、レナーテの男たちに近付く。
目を見張るグレン、キリザ、サルファに、
「おはようございます、良子です」
「玲於奈です」
立ち止まって名をいうと、返す驚きの顔も見ず、彼らの脇をすり抜け、ふたりはゼクトの前にやってきた。
「おはようございます、ゼクトさん」
愛想と言葉を惜しみなく振りまく玲とは異なり、こちらのふたりは、失礼にならないぎりぎりの態度と言葉だけで済ませる。
「それ、お預かりしますね」
手を伸ばす良子に、ゼクトは首を横に振った。
「重いので、これはわたしが運びます。どちらに置けばよろしいですか?」
と、携えてきた木箱を持ち直す。
その態度は落ち着いていた。声も上ずったりしていない。ゼクトは四人の中で、いち早く自分を取り戻していたようだった。
「あら、紳士」
という玲於奈を睨んでから、良子はテーブルを指し示した。
ゼクトが頷いて、歩き出す。
その後を追う前に、良子が三人に声をかけた。
「皆さんもどうぞ、中に入ってください。今日も長くかかりますから、立ちっぱなしは疲れますよ。話すことも聞くことも多いですし……なにより、あの玲が相手ですからね、覚悟したほうがいいですよ」
良子の声に、玲於奈が笑った。
「諦めたほうがいい、の間違いじゃない?」
「どっちでも同じじでしょ」
「ふふ、そうね」
「とにかく、どうぞ」
促す声に、三人は従った。
◇ ◇ ◇ ◇
グレン、キリザ、サルファの三人は、ようやく長椅子に納まった。
対面の椅子に座るのは、玲と――
「瑠衣です。二度目まして」
瑠衣だった。
可憐な笑みを向ける瑠衣に、視線が集まる。
「ああ、瑠衣ちゃんか……」
他の目はどこへやったんだ? と冗談口のひとつも叩けないキリザに、瑠衣は頷き、笑いかける。
「はい、そうです。ふふ。キリザさん、びっくりしました?」
「ああ。びっくりした。こんなにびっくりしたのは、俺ぁ生まれてはじめてだ」
真顔で答えるキリザに、玲と瑠衣はもちろんのこと、その傍らで作業を開始していた良子と玲於奈も笑った。
◇ ◇ ◇ ◇
「それほど驚いていただけたのでしたら満足です。今日はもう、これでお終いにしてもいいくらいで――」
「何いってんの!」
玲の冗談に、すかさず良子が叱咤を入れる。
良子と玲於奈のふたりは椅子に座らず、近くに寄せたテーブルの上いっぱいに、ゼクトが運んできた書類を広げ、その検分作業に入っていた。作業にかかりながらも、ふたりは片耳をきちんとこちらに傾けていた。
「おちゃらけてないで、さっさと話しなさいよ。グレンさんたちだって暇じゃないのよ、ったく」
眉間にしわを寄せながら、良子は書類を仕分てゆく。
「ふふ。今日は警告の入りが早いわね」
「当ったり前でしょ。やることが多いのに、玲の調子に合わせてたら日が暮れるわ。ああ、すいません、ゼクトさん。これ、残りの候補者の名簿ですか?」
叱咤の声を飛ばしつつ作業する良子に、グレンたちが剥いた目を向ける。
ふたりは席についてないものの、間近で作業しているため、グレンたちの座っている場所からでも、話し声からその表情まで、すべてが聞こえ、見えていた。
「驚かれたでしょう?」
情感溢れる玲の声に、三人は、視線と意識をすばやく元の位置に戻した。
「ああ、その前に、先にお断りしておきますね。本当なら四人座ってお話をうかがうべきでしょうが、良子と玲於奈、ふたりは、お持ちいただいた資料のチェック――検める作業ですね、そちらに入らせてもらいます。っていうかもう、はじめてますけど」
玲は笑う。
「なにぶん量が多いですし、外界と切り離されて三日間、どういうことになっているかも気になりますので、申し訳ありませんが、そちらも同時にさせていただきます。で、何の話をしてましたっけ?」
と、聞く玲に、瑠衣が答える。
「驚かれたでしょう? っていってたよ、玲ちゃん。その続きでしょ?」
「そうそう、そうでした」
「はっ、いった端から忘れるくらいだから、たいした話じゃないんじゃないの?」
良子がちらりと鋭い視線を向ける。
玲が顔を曇らせた。
「そう、これでした。驚かれたでしょう? 良子は非の打ち所がありません。なんでもできますし、礼儀正しく律儀で、とても頼れる人間です。その上、美人です。ああ、これはいわなくてもおわかりですね」
「あら、褒め殺し?」
茶々を入れる玲於奈の声にも笑わず、玲は続ける。
「自慢の友人なんですが……とても厳しいんです。わたしはいつも叱られています」
「あんたが怒らせるようなことばっかりするからでしょうが」
しおれたように見せかけた玲の声は、もちろんあっけなく良子に打ち返された。
「だいたいあんた、あたしのいうことなんか、これっぽっちも聞いてないでしょうが」
「え? そんなことないでしょ。ねえ?」
「聞いてるけど、効いてないし、まったく堪えてないわよね? 玲は」
「うん、ぜんぜん堪えてないよね? 玲ちゃん」
友人たちは、いい笑顔で答えてくれる。
「……どうもこの件は、わたしに分が悪いようですね」
眉をひそめる玲に、サルファが微笑んだ。
「皆さん、とても仲がよろしいんですね」
「はい!」
瑠衣がとびきりの笑顔で答えた。
◇ ◇ ◇ ◇
場が急速に和んだ。
その和んだ空気を、
「お口に合うかわかりませんが、どうぞ」
瑠衣がさらに優しく明るいものにしてくれた。手際よく茶をいれ、愛想よく給仕役までひとりでこなした瑠衣は、最後に自分の分と玲の分を持って席に着いた。
「はい、玲ちゃんも、どうぞ」
「ありがとう、瑠衣」
「ふふ、どういたしまして」
瑠衣と玲が笑みを交わす。
微笑み合うふたりの姿が、和やかな空気に華を添えた。
「……」
鮮やかな華たちがほころぶ様を食い入るように見ながら、レナーテの男たちは、供された茶に手を伸ばすのだった。
「はあ、しかし、玲ちゃんたちがこんな別嬪さんたちだったとはなあ……。まったく、思いもしなかったぜ、なあ?」
「ああ」
衝撃に強張っていたグレンとキリザの口も、ここにきてようやくほぐれてきたようだった。
しみじみいうふたりに、
「そうでしょう、そうでしょう」
玲がよくよく頷く。
「驚かれるのも無理はありません。目を覆いたくなるような化け物が、実は、花も盛りのときを迎えようかという美しい娘たち。その落差だけでも驚きでしょうに、それが四人――ともなれば当然です。しかも……」
本当は、これはあまりいいたくないんですが、皆さんには特別にお教えしますね――と声を落としながら、
「中身はもっと凄いんです。今はお話する時間がありませんからこれで止めにしますが、今後詳しくお話しする機会もあるでしょうから、そのときに、じっくりお話しさせていただきますね」
嬉々としていう玲自身が、すでにその凄さを十分証明していた。
キリザが笑った。
「ああ、楽しみにしてるぜ、玲ちゃん」
聞くまでもないが、是非とも聞きたい――正直な思いをキリザは言葉にした。
「まったく、玲ちゃんたちには驚かされてばっかりだ」
「企んだわけじゃありませんよ。たまたまそうなっただけです」
「それにしちゃ、ずいぶん喜んでたじゃねえか、玲ちゃん」
「ええ、それは喜びますよ。なにせ、わたしはひとを驚かせるのが大好きですから」
玲は悪びれずにいう。その隣で瑠衣が、うんうん、と頷く。
「キリザさんたちを驚かせるために、事実を隠したわけじゃありません。いうなれば、驚きは副産物ですね。理由と狙いは別です。もう、おわかりですよね?」
玲は一見してわかる理由――友人たちの姿を、手のひらで示す。
「化け物だと思われていた異形が、実は人間で、とびきり美しい娘たちだとしれればどうなるか……」
「ああ、そりゃ、火を見るより明らかってやつだな」
「はい。ですので、事実をいうのは先延ばしにしました。三日前、皆さんにだけは、本当のことをお話しようかとも思ったんです。ですが、色々再考したいこともありましたし、友人たちの賛同も得たかったので、三日間という時間をいただきました」
「うん」
キリザは声とともに、グレンとサルファは無言で頷く。
「それで、玲ちゃんは、何をしようとしてるんだ?」
キリザは性急だった。
「何か企んでるだろ? 玲ちゃん」
玲は微笑んだ。
「まあ、企みというほどのものではありませんが、考えていることはあります」
「教えてくれ」
「もちろんです。ですがその前に、お聞きしたいことがいくつかあります」
玲は真顔になった。キリザたちの表情も、つられたようにかたくなる。
「まず、わたしたちと一緒に来た女の子たちなんですが、三人は無事ですか?」
「……」
意外な問いだったのか、キリザが目を丸くする。
「……ああ、無事だ」
代わりに答えたグレンも、即答ではなかった。
「彼女たちは、今もホレイスさんの庇護下に?」
「ああ、そうだ」
「危険にさらされてはいませんよね?」
「大丈夫だ」
玲とグレンのやりとりの間に、
「あの娘たちは、玲ちゃんたちの知り合いか?」
キリザが口を挟んできた。
「知己ではありません。たまたま居合わせただけですので、わたしたちは彼女たちの名前すら知りません」
「そっか、知り合いじゃねえのか。じゃ、なんで名前を隠したんだ? ああ、玲ちゃんたちは知らないが、向こうは知ってるってことか」
自分で訊ねておいて、キリザは自分で答えた。
「そうなんです」
玲は笑った。
「限定的ではあるんですが、わたしたちは少々名が知られていまして――」
「びっくりするほど別嬪さんだもんな、四人とも」
キリザは段々と調子を取り戻してきた。
そして玲は玲だった。
「ええ、そうなんです」
謙遜のケの字も見せず、肯定する。
良子が呆れ、玲於奈と瑠衣が笑い、レナーテの男たちが、その様子にほほを緩める。その間も、玲は続けた。
「名を知られている理由はそれだけじゃないんですが、今は必要ありませんし、説明する時間も惜しいので省かせてもらいます。とにかく、わたしたちは名が知られています。彼女たちが絶対知っているという保証はないんですが、知っていた場合、なにかと面倒なことになると考えたので、用心のために、名前を伏せていただくよう、皆さんにお願いしたんです。が……」
玲は思案するように、唇に指を押し当て、そしてすぐに開放した。
「わたしたちを知っているか否かは別にして、彼女たちは、わたしたちが普通の人間であることはわかっています。わたしたちが扮していた化け物は架空のもので、実在しません。そのことが、彼女たちの口から明らかにされると思って、覚悟はしていたんですが、今日までなんの横槍もなく、変化もありませんでした。……グレンさんたちは、彼女たちに、まだ会われてないんですか?」
「会っていない」
「健康状態が悪いというわけではありませんよね?」
「それはない。初日の深夜に目覚めて、それ以降は部屋で静かにお過ごしのようだ。彼女たちは、ホレイスの庇護下にある。会わせてもらえないこともないが、その要がなかったんでな。俺は会っていない」
「粗雑に扱われることはありませんよね?」
「ああ。ホレイスの野郎がそりゃあ大事に隠してるから大丈夫だ」
「ああ」
キリザの答えに、玲は得心したように微笑んだ。
「そうですか。危険がなければ結構です。グレンさん、わたしたちの名前の件ですが、もうしばらくだけ、伏せたいのですが、構いませんか?」
「ああ、構わない。考えがあるのだろう?」
「はい」
◇ ◇ ◇ ◇
そして玲は、話相手はそのままに、話題を変えた。
「過去の例を見ましたが、今回の降臨は、まさに異例ですよね。なぜ、こんなことになったのか? その理由は判明しましたか?」
「いや、まだわかっていない」
グレンが首を振る。
「断定できる段階ではない、ということでしょうか。おおよその見当は、ついてらっしゃるんですか?」
「いや、まったく」
「見当もつかない状態ですか?」
「ああ」
「それでは、グレンさん個人の意見で結構です。思い当たることはおありですか? それとも、ありませんか? あれば教えていただきたのですが……」
玲の問いに、グレンは少し考えてから、口を開いた。
「悪いが、それには答えられない。無責任な発言はできない」
「……そうですか。わかりました。でしたら、この件は結構です」
玲はあっさり質問を引いた。
「となると、俄然、わたしたちが御使い様である可能性が低くなりますね。神様の悪戯か、それとも失敗か。単純にそう考えるしかありませんね。過去の例からすると、御使い様はひとり。しかも普通の女の子。どうも、わたしたちは外れるように思いますね」
「そんなことはない」
「どうしてそういい切れるんですか? グレンさん」
「確かに、過去に例はない。しかし、あの日あの場にあらわれた、その一事で御使い様だ。サルファもそういったはずだ」
「そうですね、覚えています。ですが、他の皆さんはどうでしょう? 異議をいい出すひともあらわれるんじゃないですか?」
玲の声に、サルファが強く反応した。
「異議を唱えるものはでてくるでしょう。ですが、だれがなんといおうと皆様は御使い様です」
「そうだ。余計なことをいう奴はでてくるかもしれねえが、玲ちゃんたちは御使い様なんだよ。余計なことをいう奴の口は塞げねえ。でもな、思うようにはさせねえ。それだけは絶対だ。俺たちがさせない」
キリザは力強く断言したが、続く声は優しかった。
「玲ちゃんは何を心配してるんだ? 不安なのか? それとも、御使い様って呼ばれんのが嫌なのか?」
「いえ、嫌じゃありませんよ。むしろ、ありがたいくらいです。ついでにいうと、不安もなければ心配もしてません」
「え? そうなのか?」
「ええ。ただ、急に御使い様じゃないといわれると、困るんです。それを前提に、今後の予定と計画を立ててますから。ま、否定の声が上がったからといって、簡単には引き下がりませんけどね」
玲は笑う。
「わざわざお聞きしたのは、皆さんにご迷惑がかかることがわかっているからです。すでにご承知でしょうが、わたしたちには可愛げというものがありません。それを改めるつもりはありませんし、隠すつもりもありません。今後もわたしたちは、わたしたちの意志でわたしたちの為に行動します。そちらの都合や思惑に合わせるつもりは一切ありません」
いい切ってから、玲はふんわりと笑った。
「別に、皆さんを拒絶するわけじゃないんですよ。何から何まで頭ごなしに否定するわけでもありませんし、ことさら喧嘩を売るつもりもありません」
「ああ、わかってる。玲ちゃん、わかってるさ」
キリザが笑った。
「だから、玲ちゃんたちの好きにしてくれ」
「いいんですか?」
と、訊ねたのは、玲ではなく玲於奈だった。
「玲は遠慮という言葉を知りません。簡単に言質を与えてしまうと、大変なことになりますよ。ねえ?」
玲於奈が良子を見る。良子が頷きながら形の良い唇を動かした。
「ええ、遠慮しないのはもちろん、玲は図に乗ります」
「増長します」
「拍車もかかります」
「え? 何それ? 練習したの?」
あまりのテンポのよさに、玲が目を丸くする。その横で、瑠衣が笑った。
「玲於奈ちゃんと良子ちゃんのいってることは本当です。玲ちゃんは、それはもう自分勝手にガンガン事を決めますし、運びます。使えるひとは、だれだって容赦なくこき使います。先日、文化祭という行事がありまして、クラスで、ある出し物を上演したんですが、そのために奔走させられた担任の先生は、半年で十キロ痩せました」
大親友まで、口撃に加わった。
「周りの人間は大変です。クラスメイト達の合言葉は、『玲ちゃんと良子ちゃんと目を合わせるな!』『使われるぞ!』でした」
「は? あたしも?」
「え? 良子、知らなかったの? 『目を合わせるな』っていわれてたのは、ダントツで良子だったんだけど。玲のほうは、どっちかっていうと、『これ以上、見せるな、聞かせるな、喋らせるな』『何いいだすか、わからないぞ』だったわよね? 瑠衣。気の毒に、どっちも掛け声だけで終わってたけど……」
と、微笑む玲於奈に、瑠衣が困り顔で頷いた。
「うん。玲ちゃん、いいと思ったらなんでも取り入れちゃうでしょ? 良子ちゃんは良子ちゃんで、なんだかんだいいながら、結局、玲ちゃんの意向どおりにしようとして、皆に仕事振っちゃうし」
「なんと――」
玲は、はじめて知る事実に衝撃を受けていた。
「皆、嬉々としてやってくれてるもんだとばっかり……」
「ああ、途中からはそうだったわよ。特に裏方組の男連中は、率先して手を挙げてたでしょ?」
玲於奈の声に、玲は安堵した。
「うん、なんだ。やっぱり皆、喜んでやってたんだ」
と、笑う玲とは異なり、
「納得いかない」
良子は不機嫌に眉を寄せていた。
「ふふ。おわかりになりました? 玲ちゃんは凄くて酷いんです」
「瑠衣ちゃん、それ、言葉選び、合ってる?」
「うん、合ってるよ」
瑠衣は微笑む。可憐な笑顔で返されれば、玲はもう何もいえない。
「玲ちゃんは酷いんです。自分のために、平気で周りを使うし、巻き込みます。近しいものや、気に入られた人間は、特に酷い目にあいます。とても大変です。でも……」
と瑠衣は続けた。
「とっても楽しいんですよ」
華が開いたように笑った。
◇ ◇ ◇ ◇
「うーん。なんだろ、このプラマイゼロ感。っていうか、むしろ、わたし的にはマイナス?」
玲は眉根を寄せる。が、いつまでも引きずらないのが玲の特徴だった。
「心に引っ掛かるものがありますが、これはこれで事実です」
「事実なのか、玲ちゃん」
開き直った玲に、キリザが笑った。
「はい、事実です。友人たちは、皆さんに喚起したかったんでしょう。わたしはなかなかに欲深で、我欲に忠実です。自分のためでも平気でひとを使いますし、迷惑もかけます」
友人たちは、うんうんと頷いている。
「覚悟してください――友人たちはそういいたいのでしょう。わたしも同じことをいいます。皆さん、覚悟してください。ですが、ひとの道に外れるようなことはしません。それはお約束します」
凛とした玲の声に、キリザはもちろん、グレン、サルファも深く頷く。
そして玲は続けた。
「すでに、決めたことがあります。何を勝手に――と、ここにいる皆さんは思われないでしょうが、それ以外の方々の中には、反感を持つ方も出てくるでしょう。そうなると、皆さんへの風当たりが強くなります。特に、後見役のサルファさんには、矢面にたっていただくことになります。サルファさん、構いませんか?」
と、玲はサルファを見つめる。
己に向けられた、生気溢れる玲の黒の瞳を、サルファは見つめ返した。
彼の白皙の面は、四日に亘る根詰め作業の疲労から、白を通り越して青みがかっていた。が、心身にあった疲労感は、湧きあがる強い高揚感に、すでに押しのけられていた。
血の色を取り戻した美麗な面に微笑を乗せながら、サルファは頭を垂れた。
「どうぞ、お心のままに」
その横で、グレンとキリザも、同意を示す強い視線を玲に向けていた。
射抜くような強い視線を間近で受けながら、玲は微笑んだ。
「ありがとうございます。皆さんでしたら、そうおっしゃってくださると思っていました」
そして、
「そんな皆さんですから、わたしたちが何を決めたか、もうおわかりでしょうね――」
前置きをしてから、玲は告げた。
「伴侶を決めました」




