嵐の前の嵐
そうか、これか――
ホレイスの発言を聞き、ソルジェは合点がいった。
朝から側近たちの様子がおかしかった。いったい何を抱え込んでいるのかと思っていたが、ようやくそれがわかった。
ユリアノス、ジリアン、バルキウスの三人は、日々と変わらぬ業務を黙々とこなしていた。そう努めていたが、態度はいつもと違っていた。普段はソルジェの一挙手一投足を見逃すまいと目を光らせている三人が、今日は目を合わせようともしないのだ。
挨拶もそこそこに、逃げるように仕事にかかる。その手元もいつもと違って、どこか上の空、という具合だ。
何かあったのか?――
それにしては、思いつめた様子はない。
余計な勘を働かせて、勝手に気を揉み塞いでる――というふうでもない。怒りを隠しているようにも見えなかった。しかし、いつもと違う。何があったか見当はつかなかったが、自分に関することだろう、とは思っていた。
なるほど――
側近たちの抱えていたものが、これかどうかはわからない。
しかし、ホレイスの提案は、ソルジェを納得させるのに十分だった。
思わず微笑んでしまいそうになる――が、静まり返っていた空気が、どよめきに揺れはじめた。
多くの視線が自分に向かう。
そのことに気付いたソルジェは、緩みかけた口元を引き締め、視線を落としたまま、いつもどおりの無表情を貫いた。
◇ ◇ ◇ ◇
物心ついたときから、ソルジェは自分が異様であることはわかっていた。
ひとにないものがある。あざだ。濃く、それでいて広範囲に広がるそれは、ごまかしようのないものだった。だれも見ないふりができない。だれもが自分を見て驚愕する。それを隠しおおせるものなどいなかった。
今でこそ、相手がどう反応しようと平然としていられるが、幼いころは、それにずいぶん苦しめられた。
気の毒がるもの、ただ驚くばかりのもの、気味が悪いと恐れるもの、奇異の目を向けるもの――それはもう様々に、ひとは反応してくれた。
最初は、嫌悪の感情を向けられるのがつらかった。しかし、どれも同じだ。だれもが自分の感情を刺激する――と気付いてからは、諦めた。自分は人と違うのだ。中身は同じだと思っていたが、同じだとは思ってもらえなかった。レナーテの第一王子であることも、災いした。
どこへ行っても注目される。
何をした、という覚えも無いのに、騒がれる。恐れられ、笑われ、ときに失望される。
『呪われの王子』
いつしかそう呼ばれていた。
実際、そうではないかと思っている。自分ほど、人に負の感情を抱かせ、騒がせてしまうものはいない。
人と同じものを、自分は望んではいけないのだ。
そのための、これは印なのではないか――とさえ思うようになっていた。だからといって、だれかを恨むことはない。幼いころは神を恨んだが、今はそれさえない。
傷つくときはもう過ぎた。
ホレイスの言に、怒りも湧かない。
自分が犠牲になることで、他のだれかが、レナーテが救われるのなら、それでいい。ただ気がかりなのは、自分を大切に思ってくれている人たちのことだった。彼らが悲しみ、苦しむ姿は見たくなかった。
ソルジェ自身はもう諦めている。だが、彼らはそうではない。いや、彼らも本当は諦めているのかもしれない。
ソルジェが人並みの幸せを得るのは無理だ。それを諦めてはいても、こうしてソルジェが犠牲にされることは、彼らには我慢ならないようだった。
特に側近たちは、怒り、嘆くだろう。それをなだめてやる術が、ソルジェにはない。大丈夫だ、という言葉でさえ、彼らを苦しめる。
大切な人たちを苦しめたくない――
望外な望みだとは思わない。だが、ソルジェには、その望みすら許されていないようだった。
下げた視線、その視界の端で、ソルジェは、だれよりも自分のことを思ってくれている人物の姿を捉えようとした。
彼が、毅然と前を向いていることは、見なくてもわかっていた。感情を隠した美しい面――その下で、だれよりも深く悲しんでいることも……。
それを思うとつらかった。
恨み、泣くばかりしかできなかった幼い自分を、彼は救ってくれた。そればかりか、多くのものを、惜しみなく自分に与えてくれた。
なのに、何ひとつ返せない――
何もできない自分が、ただ歯がゆくてならなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
ソルジェが無表情の下で、静かに思いを巡らせているのとは対照的に、己の名が出たアリアロスは驚きのまま、あんぐり口を開けていた。
眠気も後悔も、何もかもが吹っ飛んだ。まさか、ここで自分の名を聞かされるとは思ってもみなかった。
アリアロスの顔を見て、ホレイスが笑みを浮かべた。
居並ぶ諸将は、驚きはしても、それを表に出すことはない。せいぜい顔をしかめるくらいだ。
そんなアリアロスの驚きっぷりに気をよくしたのか、ホレイスは先ほどよりもさらに滑らか且つ、高らかにさえずった。
「スライディールの御使い様は、人にあらざるお姿でいらっしゃいました。忌むべきお姿ではありますが、副宰相閣下が御使い様であるとご判断なさいました。副宰相閣下が強く宣言なさった以上、わたくしどもは、それを信じるしかありませんし、また信じてもおります。しかし、スライディールの皆様がいかな尊ぶべき存在、御使い様であるとしても、あのお姿に必ずや人心は騒ぎます。それを未然に防ぐためには、伴侶が必要です。頼もしい伴侶を得れば、御使い様の荒ぶるお気持ちもなぐさめられるでしょうし、人心の不安もおさまりましょう。ただ問題は、その伴侶となるものたちの資質です。人語を解すとはいえ、並みの人間では相手になりません。候補者の中でも、より優れたものでなければなりません。ゆえに、僭越ではありますが、お名前を挙げさせていただきました。レナーテでも稀有な存在であられるお四方、皆様以外に、スライディールの方々の伴侶は務まらぬ――と、臣めは愚考した次第であります」
いい終えたホレイスは、得意満面の笑顔だ。
アリアロスはそれを真正面で見せられた。
己の名が出た驚きも冷めていない。
許可を得たとはいえ、発言自体がためらわれるこの席で、上席者らを差し置き、これだけの勝手事をまことしやかにいいのけてしまうホレイスに、アリアロスの目と口は開きっぱなしだ。
政務と軍務の末席をあたためるふたりの顔は、ものの見事に異なっていた。
「……」
魅入られたように、ホレイスを見つめるアリアロスだった。
が、強烈な視線を我が身に感じた。
視線に目を向ける――と、キリザが恐ろしい形相でアリアロスを睨んでいた。驚きに恐怖が加わった。
なぜ、自分が射殺されるような視線を向けられねばならないのか?――
アリアロスは息を飲んだ。そして、納得した。その上で、キリザに感謝した。息を飲んだことで、口を閉じることができた。
我に返ったアリアロスは反省し、珍しく我を通し末席を手に入れたことを激しく後悔した。
本来ならアリアロスは、ルゼーの隣り、しかも彼の上座に座らなければならなかった。筆頭軍師という役目柄、キリザの側にいなければならないのだ。軍議のときはそうしている。だが、王宮での会議の際は、発言の要もほとんどないため、無理をいって末席に座ることにしていた。
国王の至近。しかも隣は硬質な美に、威圧感をまとったルゼーだ。息の仕方もどうだったかと、思い出さなければならないほどに緊張してしまう。
数度その席に座ったが、その精神的疲労たるや、アリアロスの予想をはるかに超えていた。
なので、障りが出る――とキリザに泣きつき、許しをもらった。それがこの体たらくだ。
睨みを効かせられないばかりか――だれひとりそんなことは期待していないだろうが――ホレイスを勢い付かせた上、喜ばせてしまった。
反省しきりだ。
その責めは後に負うとして、醜態を晒し終えたアリアロスは、並びに座る将軍たちの顔を見た。
端に座っているので、一方向を見るだけでよかった。
上座から、ルゼー、ウルーバル、エルーシル、ソルジェ、レイヒ――在京の将軍たちがずらりと並んでいる。キリザは上座の中央、国王ドレイブの隣に座っていた。そちらをなるべく目に入れないようにしながら、アリアロスは将軍たちの様子をうかがった。
当然だが、驚きに口を開けたものはいなかった。諸将の横顔は、いつもと変わらない。驚きも動揺も微塵もない。ルゼーとレイヒにいたっては、微笑んでいるように見えた。ルゼーの口元にあるそれは、侮蔑のようだが、レイヒのそれは違うようだった。
アリアロスは隣に座る新将軍を見た。
視線に気付いたレイヒが、薄い笑みで応えてくれる。
その笑みを見ただけで、アリアロスは安堵した。
自分より十ほども下の青年だが、レイヒは将たるにふさわしい人物だった。キリザやルゼー、ウルーバルのような外見の派手さはない。生まれも低い。しかし、能力、資質は彼らに勝るとも劣らないものを持っている。質実剛健の青年将軍だ。慕うもの、頼るものも多い。
近寄りがたさが無いのも、彼の特徴だった。大柄で逞しいのだが、雰囲気が穏やかで優しささえ感じさせる。実際レイヒは穏やかで優しかった。それでいて、強い。
キリザの信も厚い。
次代を担う若き新将軍の笑みは頼もしく、そこにいるだけで、アリアロスの心を強くしてくれた。
◇ ◇ ◇ ◇
おそらくレイヒは、ホレイスの発言を戯言だと思ったのだろう。
アリアロスは、レイヒの微笑をそうとった。レイヒとは昨日の御使い様との会談以降、会うこともなかったが、彼は、スライディールの御使い様たちの実態を知る、数少ない人間のひとりだ。
ホレイスの言が、御使い様たちに通用しないことを知っている。
ホレイスのそれは戯言だ。児戯に等しい戯れ言だ。提案でもなんでもない。恣意にまみれた願望を言葉で飾りつけ、もっともらしく見せかけているだけだ。
そのことがわからない人間は、ここにはいないだろう、本人を除いては。
しかし、それを指摘するものはいなかった。
『何を馬鹿なことを』
と心の中で思ってはいても、声に出して一笑に付すものはいなかった。だれもが国王ドレイブと、その両隣りに座るグレンとキリザの出方を見ていた――
と思っていたのだが、違った。
「すんませんだす」
陽気な声がざわめきをぬった。
「聞きたいことがあるのだすが、発言してもいいだすか?」
北の陽気な暴れ馬、エルーシルが右手を上げていた。
途端にルゼーの顔つきが険しくなる。
しかし、グレンがそれを了承した。
「ありがたいだす」
くるりと癖のある銀髪の副将軍は、笑顔でグレンに礼をいい、人なつっこい顔をホレイスに向けた。
「ホレイスさん、候補者の中からさらに推薦とは初耳だすが、その四人は、どういう理由で決めたんだすか?」
「……資質に優れていると、つい先ほど申し上げましたが」
ホレイスは蔑むような目と冷たい声を、エルーシルに向ける。
答えてやるのを感謝しろ、といわんばかりの横柄な態度だ。見ているアリアロスの方が、腹立ちを覚えるほどだった。
しかし、向けられた当人は、まったく気にしていない。
「それじゃ納得いかんだす。どこがどう優れているのか、もっとくわしく、きちんと教えて欲しいだす」
エルーシルの声は、否定ながらも朗らかだった。
「確かに、ホレイスさんが挙げた四人はすごいだす。わかってるだす。しかし、わしだって負けてないだす。自分で言うのもなんだすが、かなりのもんだと思ってるだす。だすから――」
え?――
と、アリアロスが自分の耳を疑っている間に、
「おい、待て、エル」
それまで渋面を作るばかりだったキリザが声を発した。
「なんだすか? キリザ将軍」
「お前のいいようじゃ、伴侶になりたがってるように聞こえるんだが、俺の聞き違いか?」
「そのとおりだす。わし、伴侶になりたいだす」
その発言に、会議の間が揺れた。
「お前っ」
と、ルゼーが焦ったような声を出す。
正気か?――と続く言葉は飲み込んだものの、顔でそういっていた。
ルゼーばかりでなく、他の高官たちも驚きを見せている。しかし、エルーシルは寄せられる驚き顔もなんのそので、普通にかしこまっていた。
キリザがそれまでの渋面を、笑顔に変えた。
「エル、お前がなりたいのは、どっちの御使い様の伴侶だ? 王城か? スライディールか?」
「はあ? そりゃ、スライディールの御使い様に決まってるだす」
エルーシルは、わかりきったことをなぜ聞くのか? という顔だ。
「あのな、お前にとっちゃ至極当たり前でも、こっちにゃびっくりなんだよ」
「そんなことないだす。兄じゃも、ソルジェ殿下も、レイヒ将軍もびっくりなんてしてないだすよ」
「ああ、そいつらはな。でもそりゃ少数だ。ま、いいや」
キリザは笑って続けた。
「で、なんでお前は伴侶になりたいんだ? 権力とかじゃねえよな。そんな柄じゃねえし」
「それは十分持ってるだす。これ以上のものはいらんだす。だすが……嫁は欲しいだす」
少しはにかんでいうエルーシルに、キリザの笑みが深くなった。
「お前、ほんとに伴侶になりたいのか?」
「そうだすよ。他にどんな理由があるんだすか? わしの方が聞きたいだす」
「そうか、そりゃ悪かったな。でも、聞かせろ。なんで嫁にしたいと思ったんだ? お前その目で見たろ。四人とも、見るもびっくりの化け物だぞ」
「そうだす。姿はそうだすが、中身はそうじゃないだす。賢いだす。それに、生き生きしてただす。冬のポーツェ湖みたいにきらきらしてただす」
故郷の風景を思い出しているのだろう。エルーシルは遠くに目をやった。それを、キリザがすぐに引き戻す。
「そりゃお前、百目ちゃんの目が、光に反射してきらきらして見えたんじゃねえのか?」
「そうかもしれんだすが、それだけじゃないだす。強いだす」
「まあ、そうだがなあ……」
苦笑うキリザの声に、のんびりとした声が続いた。
「ふうん、んだば、オラも立候補するべか……」
いったい何に刺激されたのか、ウルーバルまでいいだした。会議の間がふたたび揺れた。
「おいっ、お前まで何を――」
いい出すんだ――というルゼーの声は、エルーシルの声に遮られた。
「ほんとだすか?! 兄じゃ。そりゃ嬉しいだす。ばばも泣いて喜ぶだす」
「泣く前に卒倒するぞ!」
手を叩いて喜びそうなエルーシルにそういい置いてから、ルゼーは隣に座るウルーバルに顔を向けた。
「ウルーバル、よく考えろ」
「考えてるべ。ルー」
ウルーバルもルゼーに顔を向けた。
「嫁っこもらえって、おめもいつもいってるでねか。エルがこんだけいうんだ。間違いねえべ」
「しかし……異形だぞ」
「それは構わんだすよ、ルゼー将軍」
答えたのはエルーシルだった。
「ばばは、兄じゃがいつか四足の嫁を連れて来るんじゃねえか――ってびくびくしてただす。それが今じゃ、四足でも驚かん、と諦めたぐらいだすから、大丈夫だす」
その自信のほどを、エルーシルは握りこぶしであらわしていた。
「……」
自信に満ちた明るい声に、ルゼーは黙った。というより、黙らされた。もちろん、アリアロスをはじめ、ほとんどのものは、先から呼吸も忘れるほどに驚いている。そんな中、兄弟は会話を続けた。
「わしは、百目様がいいのだすが、兄じゃにはお岩様がいいと思うだす。お似合いだす」
「ほお、オラに合うだかあ」
「わしが自信を持ってお奨めするだす。しかし兄じゃ、姿は恐ろしいだすよ。異形だすからな。頭が割れて血みどろだす。見目の恐ろしさは、そりゃあもう一番だっただす。が、お岩様は大将の風格だす。わしでは到底無理だすが、兄じゃなら大丈夫だす。負けないだす」
「しっかし、頭が割れて、生きてられるんだべか?」
「生き生きしてただすよ。元気だす。目がこう、きらきらしてただす。血みどろだっただすが、血は洗えば落ちるだす。割れた頭はどうしようもないだすが、障りはないようだすから、問題ないだす」
「なら、問題ねえな」
「あるだろう!」
ルゼーが突っ込むと同時に、キリザが大声で笑い出した。
「エル、お前、相手まで決めてたのか?」
「もちろんだす」
「百目ちゃんを狙ってんのか」
「そうだす。どんな状況でもにこにこしてただす。お日様のようだっただす」
「体中に目があったぞ。大丈夫か?」
「構わんだすよ。あれが口だったら悩むだす。一斉にしゃべられたら、わからんだすからな」
アリアロスの口はもう全開だ。政務側に座る高官たちも驚きに口を開けていた。と、そこへ、
「いい加減にしていただけませんか」
ホレイスが割って入った。
「陛下の御前ですぞ。そのようなふざけた話は、他所でやっていただきたいですな」
顔をゆがめていうホレイスを、キリザがにらみつける。しかし、口を開くのはエルーシルの方が早かった。
「ふざけてなどいないだす。わしは真剣だす」
エルーシルは末席のホレイスにそういってから、政務方の最上席に座るサルファに顔を向けた。
「ホレイスさんの提案はもっともだと思うだす。あの姿だすから、従来のやり方で伴侶を決めるのはたいへんだす。候補者を厳選し、数を絞るのはとてもいい案だと思うだす。そん中に、わしも入れて欲しいだす。あ、兄じゃもだすな」
そういうとエルーシルは、はたと気付いたように、左並びの人物たちに目をやった。そこには、ソルジェ、レイヒ、アリアロス――ホレイスの推薦する人物がずらりと並んでいる。
「皆さんに不足があるといってるわけじゃないだすよ。ただ、わしも参加したいのだす。そこんところはわかって欲しいだす」
目に熱を込め、いいわけをする。そして、ふたたびサルファに笑顔を向けた。
「どうだすか? 副宰相閣下。構わんだすよね?」
笑顔を向けられたサルファは微笑んだ。
「それは構わないのですが……。今日ここでのことは、御使い様たちにお伝えします。しかし、どうするか――すべては御使い様自身がお決めになられます。そのことはご了承ください」
それはエルーシルに向けながら、ホレイスにいっているようだった。
◇ ◇ ◇ ◇
ホレイスは顔をゆがめた。が、口を開こうとはしなかった。まさか、立候補するものがあらわれるとは思わなかった。
たとえこの場で賛同を得られずとも、ここで、国王をはじめとする高官たちの胸に、四人の名を刻んでおくことが大事だと、ホレイスは考えていた。後々、それが利いてくる。異形の伴侶になるものがどこにいるものか。候補者たちはもちろん、その関係者たちはいずれ、必ず逃れようとするはずだ。
その時に思い出せばよい。その四人の名を。犠牲になるのも仕方無い、惜しくないものたちばかりだ。表立って反対するものが出ないのが、その証拠だ――
と思っていたのだが、立候補する馬鹿があらわれた。計画は大狂いだ。
小賢しい副宰相と傍若無人を絵に描いた将軍が企んでそれをいわせたのか――とも考えたが、どうやら違うようだ。
ホレイスは、目に楽しげな光をたたえる副将軍を憎々しげに見た。
なにかと世間を騒がせる兄弟の片割れは、あろうことか異形の化け物を嫁に欲しいといった。兄の方はそれを止めないばかりか、実物を見てもいないのに、己までも立候補した。揃って馬鹿だ。
だが、人気はある。
ふざけたことをいう兄弟を、ホレイスは怒鳴りつけてやりたかった。が、国王の御前である。しかもその相手は、片やはルゼーと肩を並べる将軍で、片やは、将軍職を蹴って兄のもとにいることを望んだ副将軍だ。
阿呆としか思えない兄弟は、人気ばかりか実力も地位もあった。しかも、元王族だ。怒りに任せて怒鳴りつけるなど、決して、してはならない相手だった。
ホレイスには、ただ睨みつけ、このことを心に深く刻んでおくしかできなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
会議は、重苦しさから始まり、胸悪さを経て、驚きにかき回され、今、混沌の様相を呈していた。
場は比較的静かではあったが、会議に臨んだ人々の心は千千に乱れている。
それをあらわすかのように、人々の目はあちらこちらへと動いていた。中でも、北の兄弟たちに向かうものが多かった。
「本気だろうか?」
「さあ」
ささやきが交わされる。
ホレイスの発言が忘れ去られたわけではなかったが、兄弟たちの与えた衝撃がそれを凌駕した。
国王ドレイブが、それを熱のない目で見ていた。