カモン! マイケル
客は、三人の女子高生だった。
揃いの制服に身を包んだ彼女たちは、身を寄せ合い、時に笑い声さえあげながら、順路を進んでゆく。細い迷路でこんにゃくに叩かれ、生暖かい風にほほを撫でられ、戸板のきしむ音で適度な恐怖を味わった彼女たちは、突如、広い空間に出る。
そこには何もない。あるのは光と影だけだ。
先ほどまでの雑多さとは、まるで様子の違う空間に放り出された彼女たちは、心もとない気分を味わう。
黒布で覆われた教室内は、中央に裸電球がひとつ、ぶら下げてあるだけ。
その光源は頼りなく、端まで届いていない。
じわじわと恐怖が忍び寄る――と同時に、四隅の影がうごめく。
うずくまっていた影は、恐怖をいざなうような緩やかさで立ち上がり、室内の中心にいる彼女たちに向かって歩を進める。
緩慢な足取りで、揺れながら近付く影は、一歩一歩、近付くごとにその正体をあらわにする。
いびつな頭、乱れた頭髪、死人の肌、無数の傷――
そのうつろな目は、中央にいる彼女たちに据えられている。
四つの影は、ゆっくり円を描きながら、両手を、歩みと同様の緩やかさで広げはじめる。
八本の腕は、大きな輪を作ったかと思うと、その場にとどまらず、さらに高く上がってゆく。それらは頭上を越えるとふくらみを作りはじめ、そして――突然動きを止めた。
異形と腕の動きに気をとられていた彼女たちは、気付かなかった。両者の距離は縮まっていた。気付いたときにはもう遅かった。手を伸ばせば届く距離で、包囲されていた。
一人の少女が悲鳴を上げた。つられたように、別の少女も悲鳴を上げる。悲鳴は続き、ついに、彼女たちは、その場にしゃがみこんでしまった。
恐怖から逃れようと身を縮め、悲鳴を上げる少女たちは、頭上にある、異形の姿をした玲たちの顔を見ることはなかった。
玲は大いに満足していた。
大事な仕上げがまだ残っているが、事は計画通りに運んでいる。成功は間違いないだろう。
にやり、と笑う玲の頭は割れている。
脳が露出し、欠けた頭蓋のふちから額にかけて、得体の知れない物体が、おぞましい隆起を形成していた。そこから流れ出た髄液と血が、顔面を走る。頭髪はまばらに抜け落ち、身にまとう白装束は、血と泥に汚れている――という徹底ぶりだ。
もちろん、すべて作り物だが、シリコンで作られたそれは、形といい色合いといい、すべてが恐ろしいほどに精緻だった。他の三人も同様だ。仕様は違うが、それぞれ微細にリアルに作られていて、明るいところで互いの姿を見るのは遠慮したい、と思うほどのできばえだった。
努力の甲斐があるというものだ。
恐怖も最高潮の今。期待以上に恐怖してくれた三人の少女たちに、心の中で、少しのお詫びと多大な感謝をしつつ、玲は、アメリカンスーパースター、マイケルの代表曲が流れてくるのを待った。
しかし、音楽は聴こえてこなかった。
光が先にやってきた。
予定では、音が先のはずだった。
無音の教室に、音楽が響く。次の瞬間、スポットライトが玲たちを照射する。
突然の音楽と光に動揺するだろう客を前に、玲たち四人が、一糸乱れぬ、きれっきれの踊りを披露する。流す曲はもちろん、世界のスーパースター、マイケル・ジャクソンのスリラーだ。それ以外はありえない。
振り付けはPVをそのまま丸パクリだが、踊りにはいっさい手を抜いていない。そのままPVに使ってもらいたいほどのできばえである。
完全主義者、良子のもと、踊りも段取りも完璧だった。
それが――
まさかのフライングか? 照明係よ――
と、思う間もなく、玲たちは予想外の事態を目の当たりにした。
自分たちを照らしているのは、人工の光ではなく、自然光だ。
景色も空気も何もかもが違うというのに。
髪のひとすじも動いていないというのに。
瞬く間もなく、周囲のすべてが、まるで、スライド写真を切り替えたように、一瞬ですり替わったのだった。
玲は最初、まったく動けなかった。
脳が、すべての情報を一方的に遮断し、全機能を強制停止させてしまったようだった。
それでもすぐに回復できたのは、湧き上がる危機感からだった。
いち早く、自分を取り戻せたのはありがたかった。友人たちとともに在る――ということが、何より心強く、玲を落ち着かせた。
次第に周りが見えてくる。
耳が様々な音を拾いはじめ、頭が働きだす。
状況はすこぶる悪かった。
危機はすでにそこにあり、そしてそれは急速に、四人に迫りつつあるようだった。