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宰相室で朝食を

 キリザが向かったのは、サルファの執務室だった。


 ゆっくり食事が取れる場所――と考えれば、サルファのところしかなかった。軍の食堂は、常にだれかしらがいて、話しかけてくる。執務室で取るなど、もってのほかだ。口うるさい側近たちは、上司が食事中だろうがなんだろうがお構いなしに、あれや、これや、いってくる。


 しかも、食事中に話しかけてきておいて、こっちがそれに答えれば、


「口の中にものを入れたまま喋らんでください」

「よそではしないでくださいね」

「お前らが話しかけてくるからだろうが!」


 と、食べた気がしない。

 しかし、だいたいは執務室で取る。一番ラクで、時間がかからないからだ。でもたまに、ゆっくり味わいたいときもある。そんなときに利用するのがサルファのところだった。


 サルファのところは静かだった。まず、ひとの出入りが少ない。そこに、口うるさい側近はいない。いるのは、余計なことは一切しゃべらないくせに、存在感だけは恐ろしくある副官ゼクトと、存在感以外は彼と似たような、静かでおとなしい人間たちばかりだ。


 おまけに良くしつけられた小姓や侍従もいて、自分の執務室ではまったく味わえない、尽くされる気分――というものをキリザは味わうことができた。これが毎日となれば鬱陶しいだけだが、たまに味わうのは好きだった。


 昨日も顔を出し、これでもかというほど茶と菓子でもてなされたが、昨日は思いもよらない御使い様の登場で、茶会は中断させられた。サルファに伝えなければならないこともできたし、大わらわ、とやらの状態を笑ってやる必要もある。というわけで、キリザがサルファのもとへ行くのは必然だった。


 しかし、顔を出してみれば、主はいないという。


 ここで待つか?―― 


 と少しばかり考えたが、キリザは来た道を引き返すことにした。

 待つのは性に合ない。それに、サルファの赴いた先はわかっている。


 目的地を変更し、再びぶらぶらと歩き出したキリザは、しばらくして、自分の選択が正しいことを知った。


「まったく、これも俺の日ごろの行いがいいからだな。いい具合に、また向こうから転がって来てくれたぜ」


 キリザは肩を揺らした。




◇  ◇  ◇  ◇




「おい、こんなとこで何やってんだ?」


 背後からかけられた声に、ジリアンは驚いた。

 驚きのまま振り向く。

 と、そこに、燃えるような赤毛の偉丈夫が立っていた。こんな時間にこんな場所で会うとは露ほども思わなかった人物だ。


「将軍……」


 声を詰まらせるジリアンに、


「なんだよ、化け物でも見たよな顔しやがって」


 キリザが笑った。



 


「おい、ジル。お前……またでかくなったか? しっかし、でかくなるのはいいが、肉が足りてねえぞ。ちゃんと食ってんのか?」

「……」


 成長期はとうに過ぎている。身長も体重もここ数年変わりはない。幼少の頃からジリアンを知っているためか、キリザは会うと、いつもそういう。そしてジリアンも、いつもならそれに答えるのだが、今日は答えられなかった。 


 顔を見つめるだけのジリアンに、キリザがいった。


「ちょうどいいや。ジル、ちょっと俺に付き合え。飯、食いにいくぞ」

「えっ? あの――」


 拒否の言葉をはっきりいえないジリアンの肩を、キリザが押した。


「サルファんとこに行くんだろ? でもあいつは留守だ。行ってきた俺がいうんだから間違いねえ。ったく、仕事を放っぽり出しやがって。俺なんか飯も食わずに働いてるってのに、とんでもねえ野郎だぜ、なあ?」


 応える間もなく、ジリアンの足は強引にその向きを変えられた。




◇  ◇  ◇  ◇




「あいつら、俺のこと上司だと思ってねえな。寝起きの俺を捕まえて、朝からぽんぽん仕事をいいつけやがるんだぜ。俺は朝飯もまだだってのに、ほんっとひでえだろ?」


 足どりも軽く歩いてゆくキリザの後を、ジリアンは半歩遅れながら付いていった。


「しかもあいつら、いうだけいって、俺を執務室から放り出そうとしやがるんだぜ。ま、先に出てきてやったがな。俺にだって、自尊心ってもんがある」


 キリザは足どりだけでなく、口の方も軽かった。


「はあ……」


 ジリアンは、嘆息に似た声を出すしかできない。

 返事のしにくい話な上、ジリアンの頭は今、違うことでいっぱいだった。

 立場的にも心情的にも逆らえない人物につかまってしまったことに、ジリアンはひどく困っていた。しかも、向かう先がわかってしまった。


「あの……将軍。どちらに行かれるのですか?」


 ジリアンの戸惑う声に、キリザが足を止め振り返る。 


「ん? 決まってんだろ? 飯だ」

「この先は、宰相閣下の執務室しかありませんが」

「おう、グレンとこで食わしてもらおうぜ。お前もまだなんだろ? ガキが遠慮なんかすんな」

「もうガキではありません」

「おお、そうだな。でもな、俺ん中じゃ、お前はガキのままなんだよ。どんだけでかくなろうがな」


 というと、キリザは手を伸ばし、ジリアンの銀糸のような銀髪を、くしゃくしゃになれとばかりにかきまぜた。


「やめてください」


 ジリアンはキリザのごつい手を押しやった。


「ほらな、ガキのころとちっとも変わらない。しっかし、お前の髪はどうやってもぐしゃぐしゃになんねえな。アリスの奴にちょっとわけてやれ」

「無理をいわないでください」


 青白かったジリアンのほほに、血の色が戻る。


「はは、いくぞ」


 笑う声に、ジリアンは付いていくしかなかった。





◇  ◇  ◇  ◇

  




「ああ、やっぱここにいたか」


 宰相室の扉からひょっこり顔をのぞかせたキリザは、長椅子に腰掛ける人物を見て笑った。


「早かったな――」


 と、のぞき見するキリザに声をかけたのは、執務机に向かう部屋の主、グレンだった。その顔に、怪訝の色が差す。


「入れ、いいから入れ。俺がいいっていってんだから、いいに決まってんだろ」


 声に押し出されるようにして入ってきた青年――ジリアンの姿に驚いたのは、サルファだった。


「ジリアン?」


 サルファの声に、ジリアンはうつむいた。視線を落としたまま、礼の形をとる。


「おはようございます。突然お邪魔して申し訳ありません」

「何謝ってんだ? 謝ることなんかねえだろ」


 キリザはいいながら扉を閉める。そして、サルファの隣にどっかり腰を下ろすと、


『どういうことか説明しろ』


 と目で詰問するグレンにいった。


「朝飯食わしてくれ。俺もこいつもまだなんだ」




◇  ◇  ◇  ◇




「おう、すまねえな」


 キリザは朝食を用意してくれたグレンの侍従に声をかけた。

 豪勢なものではないが、量だけはたっぷりそろえてくれていた。


「よし、ジル、食うぞ」 


 キリザは声と同時にとっかかる。

 その横に座らされたジリアンは、さすがに手が伸びない。


「おい、食えよ」


 キリザの声に、まだためらっていると、


「せっかくですから、いただきなさい」


 サルファがいった。長椅子から向かいの席に移動させられたサルファは、微笑んでうながした。

 

「はい。……ありがとうございます。いただきます」


 ジリアンはグレンに礼をいい、手をつけた。




◇  ◇  ◇  ◇





「ふう、これでひとごこちついたぜ」

「そうか」


 キリザの満足気な声に、グレンが呆れ声で答える。


 それでは、説明してもらおうか――

 

 と、グレンに冷ややかに切り出される前に、


「俺を呼んだのは、ホレイスの件だろ?」


 キリザは自ら口を開いた。



「野郎、ソルジェ殿下をお岩ちゃんたちの伴侶にするって画策してるそうじゃねえか」 

「……」

「……」


 グレンとサルファが固まった。

 うんともすんともいわない僚友たちに、キリザは眉根を寄せた。


「あ? なんだよ? 違ったのか? お前……まさか、本当に大門前の件で俺を呼んだのか? てめえはちったあ――」

「違わない」


 声をねじりだしたキリザに、グレンがぴしゃりといった。


「だが、なぜ、卿がそれを知っている」


 ジリアンの様子をうかがいながら、グレンはいう。

 キリザに向けた、サルファのもの問いたげな顔も、それと同じようだった。


「昨日、リファイ殿下がユリアノスに教えてくれたんだよ。な? ジル」

「……はい」

「おかげでうちの連中は、ひどい寝不足だ」


 キリザはそういうと、自分の隣で石膏像のように驚き固まるジリアンに顔を向けた。


「ジル。アリスとヤーヴェも、一睡もできなかったみたいだぞ。余計なことをいっちまったって、悔やんでたな」


 ジリアンは返事ができなかった。


「ま、あんなことを聞いちまったら、寝れねえよな」


 キリザは笑うと、グレンとサルファに昨夜の件を話した。






 グレンとサルファのふたりは、ともに憮然とした様子でキリザの話しに聞き入った。


「――というわけで、俺はこいつをここまで引っ張ってきたってわけだ。ったく、青い顔して、ちょっと押すとぶっ倒れるんじゃねえかって思ったぜ」

「不祥の甥が、ご迷惑をおかけしますね」


 サルファの声に、ジリアンは身を縮める。


「なに、部下のことなんだから、俺が面倒みんのは当たり前だ。だろ? あいつらにも、何とかして来いって尻を叩かれたしな」

「ああ」


 サルファには、キリザのいうあいつらが誰なのか、すぐにわかった。


「しっかし、動きが早ええな。あの野郎、ほんっと悪巧みだけはしっかり一人前以上だ。で、グレン。お前にはなんていってきたんだ?」


 キリザはグレンに問うた。


「これだ。見ろ」


 と、手渡された書類にキリザは目を通した。


「ほお、時間を有効に使ったらしいな。名前が増えてんぞ」

「そのようだな。奴は今日の会議の席でそれを提出する気だ」

「ふん。阿呆が」


 といいながら、キリザはそこに書かれた名を見て笑った。


「しっかし、あいつの汚さは知ってるが、ここまで恥知らずだとは知らなかったな。ほら、見ろ」


 差し出された書類に、ジリアンは戸惑った。自分ごときが見てはいけないものだというのはわかっていた。


「構わねえよ。大元のソルジェ殿下のことを知ってんだ。なあ、グレン。こいつが見たって問題ねえだろ?」


 キリザの声に、グレンは頷いた。


「ああ、今日中には知れ渡る」


 グレンの了承に、ジリアンはおずおずと書類に目を落とした。そしてそこに、ソルジェの名があるのを認め、その下に書かれた三名の名を見て、目を伏せた。まぶたが、まつげが震えるのがわかる。


「……」


 未明の怒りがよみがえり、再びジリアンの身の内で暴れだした。


「ジル」


 キリザに名を呼ばれても、返事はおろか、頷くことさえ出来ない。凶暴な感情を体に押しとどめるだけで、ジリアンは精一杯だった。三人の目が自分に向いていることにも気付かなかった。


「うん、ま、こんなもん見せられちゃ、怒るか笑うしかねえよな」


 と、キリザは笑った。


「まったく、奴が恥知らずなことは知ってたが、ここまでとは思わなかったぜ。な? グレン」

「いや。俺は、奴が卑劣な痴れ者であるのは知っていたが?」

「まじか?」

「当たり前だ。俺がどれほど奴と顔を突き合わせていると思ってる?」

「そうだな」


 はは、とお義理ではなく笑うキリザに、グレンがすっと目を細めた。


「そういえば、今朝方の大門前の騒ぎだが……」

「なんだよ、いきなり。あれはお前もわかってんじゃないのか?」

「騒ぎは騒ぎ。当事者たちはもちろん、責任者もきつく問責してくれ、と各所から依願が来ていたな……」

「てめえ……」

「ふふ」


 と、サルファが笑いをこぼすころには、ジリアンも目を開けていた。

 呆けたような顔を向けるジリアンに、キリザがにやりと笑う。

 

「お前、俺たちのこと、馬鹿じゃないかと思ってるだろ?」

「一緒にしてくれるな。俺はいやいや仕方なく将軍に付き合ってるだけだ」


 キリザとグレンの声に、ジリアンは首を縦にしていいのか横にしていいのか――どちらに振ればいいのかわからなかった。


「ほんと、お前はひとこと多いぞ。ま、いいや。ジル、ちっとは落ち着いたか?」


 そう問われてはじめて、ジリアンは、ふたりの会話が自分の怒りを削ぐためのものだというのに気付いた。


「こんな将軍を戴いていていいのか、という不安にすり替わったのでなければいいが……」


 と、目をくれるグレンに、今度ははっきり首を横に振った。


「そうか、ならいい」


 グレンが口元だけで微笑んだ。





◇  ◇  ◇  ◇    





「まったく、俺もよくやってるぜ……」


 グレンを睨みつけるだけで済ませたキリザは、頭を振り、ジリアンに顔を向けた。


「ま、愚痴は、もっと時間のあるときにじっくり聞かせてやる。今はこれだ」


 キリザはジリアンの前に置いたままになっている書類を、指の背で叩いた。


「スライディールの御使い様の伴侶を、後見役でもない野郎が、自分の都合で選んだ上、得手勝手な理由で押しすすめようとしてる。すげえよなあ。まったく感心するぜ。俺でもできねえ。四人の伴侶の名前を見ただけで、笑えるな。俺とサルファへの嫌がらせだってのが丸わかりだ。こうも悪意と敵意をむき出しにされると、なんか逆にこっちが恥ずかしくなるぜ。なあ?」


 声を向けられたサルファは薄笑みをキリザに返し、グレンも自席で笑みを浮かべている。 


「不思議に思うだろ? なんで俺たちが、こんな平気でいられるのか? って」

「はい」


 問われたジリアンは正直に答えた。


「その理由を教えてやる。すべてを話してやることはできないがな。それに足るものはやる」


 そう断言したキリザは、ジリアンに問うた。


「今日か昨日か知らねえが、お前はユリアノスから聞いたはずだ。アリスは、なんていってたって?」

「御使い様は、ホレイス卿の提案は呑まないが、御使い様自らが、ソルジェ殿下を伴侶とする可能性はある――と聞きました」

「うん、そうだな。俺もヤーヴェからそう聞いた。アリスのいったことは間違ってない。御使い様たちは、ホレイスのいうことなんか聞きゃしねえだろうな。ついでにいうと、俺たちのいうことも――ま、話は聞いちゃくれるだろうが、簡単に頷いたりはしない。な?」

「だろうな」

「でしょうね」


 キリザの声に、グレンとサルファが頷く。

 ジリアンは信じられない――という面持ちだ。


「お前は会ってないからわからないだろうが、とにかくすげえんだよ、スライディールの御使い様たちってのは。特にお岩ちゃんてのがすごくてな。まあ、肝は太いわ、頭は回るわ、その上、口の方も恐ろしく達者でな。俺たちは昨日、それをいやってほど教えられた。あとでレイヒにでも聞いてみろ。あいつも知ってるから」


 というと、キリザは対面に座るサルファをあごでしゃくった。


「なんせ、こいつが話し負けしたんだ。サルファがああいう場でうろたえるのを、俺ははじめて見たぜ」

「できれば忘れていただきたいですね」


 サルファが微笑むと、キリザは嬉しそうに笑った。


「そりゃ無理だ。ま、いつもと勝手も相手も違うし、俺たちも似たようなもんだったから、それはあんまりいいふらさないでおいてやるぜ」

「ありがとうございます」

「礼など必要ないぞ、サルファ。将軍は、自分のバツの悪い話を隠したいだけだ」

「てめえは……」

「図星だろう? いいから続けろ。ジリアンに教えてやるんだろう?」


「……」


 ジリアンは、信じがたい内容であるばかりか、三人の口調の明るさと、楽しささえある雰囲気に、ついていけなかった。


「覚えてろ」


 と、キリザはグレンに捨て台詞まで吐いている。そして……。


「驚いたか?」


 ジリアンには笑顔を向けてきた。 


「……はい」

「よし。じゃあ、もっと驚くことを教えてやる」


 キリザがその笑みを濃くした。


「この恥知らずな提案だが――」


 紙をつまみ上げ、それをひらひら振りながらキリザはいった。


「――できるもんなら、このとおりになりゃいいなあ、と、俺は思ってる」



 

 

◇  ◇  ◇  ◇





 ジリアンが退室した後。

 執務机で、グレンが呆れたような笑みを浮かべていた。


「あれでは、余計に悩みが深くなったんじゃないか?」

「うん? でも、他にいいようがねえからなぁ」


 キリザは、白いばかりで何もない天井をみつめながら答えた。長椅子を独占できたものの、さすがに寝転ぶことはできないため、背もたれに上半身と頭を預けている。


「そうですね」


 机上の書類に目を置いたまま、サルファが微笑む。


「しかし、さすがですね、将軍。あれだけで、ジリアンを黙らせてしまうのですから……」


 サルファの言に、グレンが「ふっ」と息で笑った。


「確かに。将軍にしか使えない力技だな」

「なんだよ……嫌味か?」

「本心だ」


 キリザのはかるような視線に、グレンは素っ気なく答える。


「俺やサルファが同じことをいっても、ああはならない。逆に、余計な不安と恨みを抱えさせることになる。ところが卿の言葉はそのままだ。裏も表もない。言葉どおりに受け入れられる。だからこそ、ジリアンには衝撃だったようだが……」


 ひっぱたかれたようなジリアンの驚きの顔を思い出したのか、グレンは笑うと続けた。


「まあ、暗い悩みと怒りからは解放されたろう」

「ええ」


 サルファも頷く。


「将軍のおかげで、すっかり別物に替わりましたから」


 というと、サルファはキリザを見つめた。


「まったく。将軍、あなたというひとは、すり替えるのがお上手ですね。逸らす、というほうが合っているでしょうか?」


 嫌味ではなく、心から感心するようにいうサルファに、キリザは不思議そうな顔をした。

 その顔を見て、


「なんだ? 知らないのか?」


 グレンが笑う。


「レナーテには、化け物を超える化け物がいるそうだぞ」

「あ? なんだそりゃ?」

「今、広まりつつある話ですよ」


 サルファがくすくす笑いながら説明した。


「今朝ごろ、ささやかれだした噂です」

「人ながら、剣も抜かずに化け物を従えさせたという話だ。本人の耳にはまだ、届いていなかったようだな……」

「そのようですね」

「まったく、個人の不安ばかりか、世間の不安まで逸らしてくれるとは、大将軍には恐れ入るばかりだ」


 感に入ったように、大げさに首を振るグレンの前で、キリザが声を落とした。


「あいつらか」


 大将軍の脳裏には、そろいの美貌とそろいの斜め具合で世間を騒がせる、そろいの髪色をした兄弟たちの顔が、くっきりはっきり浮かんでいた。




◇  ◇  ◇  ◇




「ったく、あいつら、何を吹きまくったんだ? ルゼーがお守りをしてたはずだ」

「吹いてはいませんよ。エルーシル副将軍は、事実を述べたにすぎません。語る人間とそれを聞く人間――それぞれの心理や心境、様々な要素が重なってのことでしょう」


 と、サルファは答えた。


「まったく、人の口ほどあてにならないとよくわかる」


 グレンが嘆息するようにいった。


「が、今はそれも歓迎だ。大げさに騒いでくれるおかげで、不安一色という事態は免れそうだからな」

「そうですね。将軍はお気に召さないようですが……」

「なんだ? 化け物と呼ばれるのは不服か?」


 意外だな――といいた気なグレンの声に、キリザは答えた。

 

「化け物と呼ばれるのは構わねえさ。ただなぁ、敵わない相手を従えさせたってのは、どうにも尻が落ち着かねえ」

「ふふ、将軍らしいですね」

「そうだな。そのうち事実は知れるだろうさ。それまでは、尻のむずがゆさに耐えるしかない」

「ああ、わかってる」

「……それにしても、ことが多い」


 グレンが息を付いた。


「ああ、有象無象の輩が勝手をしやがるからなあ。でも意外だったな。ホレイスの野郎は、玲ちゃんたちを片付けることしか頭にねえと思ってたぜ。あいつにも、考える頭があったんだな」


 感心するようにいうキリザに、グレンは呆れた。


「悪巧みには知恵を働かせる。それが奴だ。しかも、動きが早い」

「ああ。なかなかの悪巧みだ。だが、奴の狙いはわかるし、それが叶わないことも知ってるから、さほど問題じゃない。わからないのはリファイ殿下だな。なぁに考えてやがんだ? あのガキんちょは」

「さあな。ホレイスとつながっているとは思えんが……」

「俺もつながってるとは思わねえんだが、いやな動きをする。ただ引っ掻き回したいのか、他に目的があるのか? 今回は、こっちに都合がよかったがな。会議でいきなりあれを聞かされりゃ、たまったもんじゃねえぜ。あいつらを抑えるのに一苦労だ」

「ああ。俺もそれをどうするか――卿らに相談しようと思っていたところに、リファイ殿下から聞かされたと聞いて、まったく驚いた」

「そうか……」


 グレンの言葉を聞いて、キリザはしばらく考えていたが、


「ま、リグが探りを入れるっていうから、今んとこは様子を見るだけにするが、お前らも一応、気にかけといてくれ」


 とふたりに注意をうながした後、キリザは大きく息を吐いた。


「ったく、面白くない話ばっかりだぜ。はあ、玲ちゃんの声が聞きたくなってきたな」


 キリザの声に、グレンが笑い声を上げた。


「そんなことをいうのは卿だけだ」

「そうか? お前らもそうじゃねえのか?」

「ま、俺も会いたいと思ってる口だが、サルファはどうかな?」


 と、グレンは個掛けの椅子に座るサルファに目をやった。

 サルファが大仰なため息を付く。それを見たキリザの目がかがやいた。


「なんだ? 俺が寝てる間に何かあったのか?」

「スライディールの御使い様は、時間というものを無駄になさらないようだぞ。城に向かう途中にも、ゼクトを通じていろいろと指示があったらしい」

「へえ、そりゃ初耳だな。俺にも聞かせろ」

「もちろんだ」


 キリザとグレンの応答はとても明るいものだったが、それを聞くサルファの笑みは、ふたりのものとはずいぶん違っていた。




「はははは」


 豪快なキリザの笑い声が、執務室に響いた。


「はあ、しっかし、抜かりがねえな、玲ちゃんは」

「ああ。しかも驚くことに、他の三人――瑠衣様、良子様、玲於奈様もどうやら玲様と同類のようだぞ」

「まじか?」

「ああ。あの場では、口を出すのを控えていたらしい」

「は、そりゃすげえな。な、サルファ」

「わたしはおふたりのように笑えないのですが……」

「そうか。そうだろな。そうか……」


 とキリザは心の底から楽しんでいる。


「はあ、ますます会いたくなってきたな」

「わたしは、できれば遠慮したいですね」

「だろうな」

「はは。俺たちがこうしてる間にも、玲ちゃんたちは雁首そろえてお前への注文を考えてるだろうからな」


 とキリザが笑い、グレンもそれに応えるように微笑んだ。




 朝日はすでに昇っていた。

 眠れたものも、眠れなかったものも、だれもが日々の営みをはじめている。


 中でも、スライディールの城に隠れた御使い様たちは、早々に活動を開始しているだろうと思われた。 が、玲たち四人は始動していなかった。

 

 このとき四人は、夜の騒ぎも、男たちの懊悩も、サルファのため息も、キリザの期待も何も知らずに、王城の中で唯一、静けさを保っているスライディールの豪奢なベッドの中で、いまだ深い眠りの底にいた。


 


 


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