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異世界カルテット ~わがままに踊ります~  作者: たらいまわし
第二章 不夜城に集いしものたち
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王城の御使い様

 村瀬 結衣ゆいは、自分の目が信じられなかった。




「嘘……」


 なぜか、豪奢な部屋の豪奢なベッドの上にいる。


「夢、じゃ、なかったの?」


 つぶやく間に、昼間の記憶が激流のようによみがえってきた。


 二人は?――


 我に返った結衣は、視線を泳がせた。

 友人たちの姿を探した結衣は、同じベッドに眠る中尾 みちると、多田 さきを見て、ほっと息をついた。


「ちるちゃん、ちるちゃん。咲ちゃん」


 友人たちを揺り起こす。


「んー、もうちょっとぉ」


 寝返りで逃げるみちるの寝ぼけた声に、結衣が微笑を浮かべていると、


「……結衣?」


 咲が目を覚ました。つぶらな瞳をぱっちり開き、こちらを見ている。


「ああ、よかった。咲ちゃん」


 結衣は安堵に顔をゆがめた。


「ここは……?」


 いいながら身を起こす咲に、結衣は体を向けた。


「わからない。わたしもさっき目が覚めたとこなの」

「そう……」

「ここ、どこなのかな? わたしたち、どうしちゃったのかな?」


 安堵の次に不安が溢れ、たちまち結衣の目に溜まる。そのとき、


「うーん」


 みちるが目を開いた。目をこすりながら、寝ぼけた顔をふたりに向ける。

 

「あー、結衣ちゃん? え? 多田さん? 何このベッド。うわ、ふかふか……って何? ここ? 姫部屋?」 


 一気に覚醒したみちるの声に、涙目になっていた結衣が笑う。


「よかった、ちるちゃん。目が覚めた?」


 結衣の声に、コクコクとみちるが頷いているところに、静かな声がかけられた。


「お目覚めになられましたか、御使い様」




◇  ◇  ◇  ◇




 声をかけてきたのは、中年の女性だった。

 簡素なドレスに身を包んだ女性は、ベッドの脇までやってくると、


「わたくしは、リモと申します。御使い様――皆様の身の回りのお世話をさせていただきます」


 そういって、丁寧にお辞儀をした。


「リモさん、ですか」

「お世話……」

「御使い様って、なんですか?」


 リモという女性は口元にかすかな笑みを浮かべた。


「お目覚めになるのを、お待ちしておりました。主を呼んでまいります」


 いずれの声にも応えず、そういい残すと、静かに部屋を出て行った。


「……」


 三人は、ベッドの上で顔を見合わせるしかなかった。




◇  ◇  ◇  ◇




 リモという女性が姿を消してから、暗く静かだった部屋は一気に様変わりした。


 まず、リモと入れ替わるように数人の女性があらわれた。彼女たちは、部屋の明かりを次々に灯したかと思うと、呆然と見ているだけの三人をベッドからテーブルへと移動させた。そこで、三人に飲み物や食べ物を供し、その後、着替えをさせた。


 丁寧でいながら、有無をいわさない。にこやかな彼女たちにいわれるがまま、されるがまま――三人は、気付けばドレスに身を包んでいた。


「これって、どういうことかな?」


 薄い青色のドレスを身に着けた結衣は、上質な生地をつまみながらいった。装飾は少ないが、生地といい、色形といい、どれも値の張るものだろうと思われる。


 ひどく混乱しているが、自分たちの身に起こったことを振り返り、その先をうっすら予想できるくらいには、自分を取り戻していた。


 着替え終わった三人は、続きの部屋に移動させられ、長椅子に並んで座っていた。

 そこは、部屋というより広間だった。しかも半端ない豪華さだ。掛けている長椅子に施された装飾、厚みのあるクッション、細かい刺繍――それだけでも驚くのに十分だった。


 豪華な長椅子に怖々と腰掛けながら、結衣は恐怖に近い感情を抱いていた。しかし、咲はそうでもないようだった。


「御使い様っていってたもんね。ねえ、これって、部屋着なのかな?」


 その声は、期待と嬉しさに満ちていた。

 上品なピンクのドレスが、色白の咲に似合っていたが、結衣はさすがにそれを褒める気分にはなれなかった。

 顔をかがやかせる咲の横で、みちるがため息をついていた。


「あのさあ、多田さん。喜ぶのは、もう少し先にしたほうがいいと思う」


 レモンイエローのドレスの裾を、ぶらぶらさせた足で蹴り上げながら、みちるはいった。


「どうして?」

「どうして、って。はあ」


 みちるは応える代わりに息を吐いた。

 結衣は、みちるの気持ちがよくわかった。

 

 ふたりがため息をついている間に、男がやってきた。




◇  ◇  ◇  ◇




「御使い様をお迎えし、このホレイス、感激に堪えません――」


 その男――ホレイスという人物は、三人の前でひざをつき、大げさに声と体を震わせながらそういった。

 そして、ここがどこか。なぜ、自分たちがこのように厚遇されるのか。様々なことを一方的に、一気にしゃべりまくった。


「咲様、結衣様、みちる様――皆様をお迎えするばかりか、お名前まで頂戴できる栄誉を賜り、わたくしは……感動にうち震えております」


 声を詰まらせながらいうホレイスに、結衣は引いていた。みちるにいたってはそれ以上で、


 自分で訊いておいて何をいう――


 嫌悪の表情の上に、そう書いていた。


 ホレイスという男の仰々しい態度と、同じく仰々しい言葉の洪水に、結衣とみちるの気持ちは急降下していたが、咲だけは気分を急上昇させているようだった。


 ホレイスの連ねる言葉に、彼女は目をかがやかせていた。


「お目覚めになられたばかりの皆様に、このように色々申し上げるのは心苦しいばかりですが、まずは皆様のご不安を取り除くことが急務であると信じ、お伝えすることにいたしました。このような時間に参りましたのも、そのためです。お叱りも覚悟の上で、やってまいりました。皆様には、お心平らかに過ごしていただけるよう――」


 ホレイスの言葉は、その後も延々と続いた。それから解放されたのは、空が白みはじめたころだった。




◇  ◇  ◇  ◇




「はあ」


 結衣とみちるは、仲良くため息をついていた。その側らで、咲がひとり舞い上がっている。


「わたしたち、御使い様だって。伴侶だって。すごくない? 厳選されたいい男たちの中から選ぶんだよ。わ・た・し・た・ち・が」


 そこに、見えないボタンでもあるのか? 


 咲は、指で空を連打しながらそういうと、くるりと回った。ドレスの裾が綺麗に広がる。


「……」


 放っておくと、どこかへ飛んでいってしまいそうだ。

 異様にはしゃぐ友人に、結衣は声をかけた。


「咲ちゃん、ちょっと落ち着いて」

「興奮しすぎ」


 みちるも咲をたしなめる。しかし……。


「どうして? ホレイスさん、いってたじゃない。わたしたちが選んだひとが、指導者になるんだって。国王になるんだよ? ってことは、わたし、王妃になるの? きゃっ」


 その浮力はすごかった。


「はー、だめだこりゃ。馬鹿さ爆発だ」


 みちるが頭を振った。




 


◇  ◇  ◇  ◇





「ねえねえ、候補者のひとたちには、いつ会えるのかな? 早く見てみたいよねー。あ、そのときのドレスってこれ? まさかね。御使い様だもの。これ一着ってわけないよね。ほかにどんなのがあるのかな? それとも、これから作るのかな? ちょっと、リモさんに聞いてくる」


 と咲は浮かれ足で部屋を出て行った。

 残された結衣とみちるは、これ幸いと、顔を寄せ合った。


「はあ、ひとのこといえないけどさ。多田さんって、ほんとどうしようもないよね」

「ごめん」

「いや、結衣ちゃんを責めてるわけじゃないよ」


 みちるはそういって、疲れたように笑う。


「いいことばっかり聞かされて、それを鵜呑みにしちゃって、はしゃいじゃってさ。帰れないっていうのに――彼女の頭、いったいどうなってんだろ?」

「まだ、そこに気持ちが向かないんだと思う」

「なんかさ、王妃になるつもりみたいだし。おめでたいよねー」


 というみちるの声は、呆れ疲れて抑揚もつけられないようだ。


「ごめん」

「ああ、こっちこそごめん。気分悪くさせるようなことばっかりいって。でもさ、正直な話、御使い様とかいわれてどう? はいそうですか、って納得できる?」

「ううん。だって、わたしたち、ただの高校生だよ。しかも下から数えたほうが早いレベルの高校の」

「ねえ? しかも、これといった特技もなければ、顔だって普通もいいとこだし……いや、結衣ちゃんは可愛いよ」

「いいよ、お世辞なんて。自分が平凡なのはよくわかってるって。だから、御使い様だ、なんていわれても、ないない、ありえないって、思っちゃった」

「よかった。いつもの結衣ちゃんで」

「わたしもよかった。ちるちゃんがいてくれて」

「へへ、そう?」

「うん。でもさ、これからどうなるんだろ? あのおじさん、わたしたちのこと、御使い様って決めてかかってるけど……」

「伴侶がどうのこうのいってたね」

「わたしたち、御使い様じゃないのにね」

「凡人も凡人だっていうの」

「しかも底辺寄り?」

「いいましたね? いっちゃいましたね? 結衣ちゃん。いま、グサっときたよ。なんか、刺さったよ」

「ごめん。でも、本当だし」


 ペロッと舌を出して笑う結衣に、みちるも笑った。


「まったく、えらいんだかなんだかしらないけど、あのおじさん、勝手にべらべらしゃべりまくって、こっちの言い分なんかまったく聞いてくれないんだから。『違う』のひとことも挟めなかった。そのくせちゃっかりひとの名前だけ聞いて、賜った、とかぬかしてるし……」

「あのときのちるちゃんの顔……面白かった」


 くつくつ笑う結衣に、みちるも一緒に笑った。


「だってもう、胡散くさいわ腹が立つわで、顔に出しちゃった」

「うん。すっごい出てた」

 

 そういって結衣は笑うと、声量を落とした。


「あのひと……御使い様じゃない、っていっても信じてくれそうにないね」

「うん」

「わたしたちだけじゃないのにね」

 

 という結衣の脳裏には、四人のお化けの姿があった。


「ねえ、ちるちゃん。あのひとたち、だれだろね? あのお化けのひとたち、ウチの生徒じゃないよね? あそこは男クラだから、他校の女子に応援頼んだのかな? ひとり、清風の制服着てたよね?」

「うん」

「清風……四人……」


 つぶやくようにいう結衣の脳内に、ある人物たちの名前と顔がありありと浮かんでいた。


 界隈の高校で、その顔と名前を知らないものはいない――とまでに騒がれている女の子たちだ。実際その名は、下手なアイドルより知名度が高い。今、どこの高校でも、『どの高校の文化祭に出没するか、どこに行けば見られるか』と、彼女たちの話題で持ちきりだ。


「ひょっとしてさ……」


 結衣はその名をいおうとして、ためらった。



 まさか。それこそ、ないない――



 単純思考の自分を笑いながら、結衣が心の中で、手を大きく横へふりふりしていると、


「北岸さん?」


 みちるがその名をいった。

 結衣は驚いた。

 

「清風の四人組っていったら、北岸さんたちしか思い浮かばないでしょ。結衣ちゃんだって、思ったくせに」


 驚く結衣に、みちるが笑う。


「うん、確かにそうだけど。でも、ありえないでしょ? 彼女たちが、ウチの高校に来ると思う?」

「最近、他校の文化祭に出まくってるじゃない」

「でも、うちの高校だよ? それもお化け屋敷の、しかもお化け役なんて……あのひとたち、ライヴでしょ?」

「やっぱり違うかぁ。清風のディーヴァが、ウチの文化祭で、お化けなんてやるわけないか……」


 みちるが肩を落とす。


「ないよ。ないない」

「違うかぁ。だったらすごいなぁ、って希望をいいました。でも、可能性はあるよね? それに、彼女たちだったら、御使い様っていうのも頷ける」

「うん。でもどうかな? お化けだよ? あの玲於奈様が、お化け役なんかやると思う?」

「やっぱ違うか……残念。でも、彼女たちじゃなくても、清風のひとだったら、わたしたちが御使い様ってことはないよね」

「うん。頭のつくりが違うもんね」

「そうです」


 みちるが重々しく頷いた。と思うと、普通にしゃべりだした。


「悲しくも厳しい現実があるのに、多田さんはそれに気付いてない。ちょっと顔が可愛いからって、自惚れてると、痛い目を見ると思うんだ。早いうちに目を覚まして欲しいな」

「わたしたちは、容姿も普通でよかったね。勘違いしようがないもん」

「そうそう。しかも、底辺寄りですから、自惚れようがありません」

「ひどーい」

「ひどいって、結衣ちゃんがいったんじゃん」


 と、ふたりで笑ってから、結衣はみちるに訊ねた。


「そういえば、清風のひとたちって、どこにいるのかな?」

「どっか別の部屋じゃない? ここ、お城だし。馬鹿みたいに部屋があるでしょ。もしかして……すでに成績で部屋分けされちゃってるとか?」

「えー? でもそれだったら納得」

「はは」

「どんなひとたちかな? 会いにいきたいね。嫌がられるかな?」

「どうかな? 頭がいいから性格も良いってわけないし、悪いってわけでもない。こればっかりは、会ってみないとわからないね」

「うん。いいひとたちだといいね」

「うん。仲良くなって、家に帰してもらおう」

「うわあ、ちるちゃんってば、他力本願」

「だって、わたしたちじゃ無理」

「うん」



 ふたりの会話は、緊張感のかけらもなかった。早々に気絶し、目覚めて以降、身の危険を感じないふたりに、それを想像することはもちろん、知り考えることなどできなかった。 



 自分たちと一緒にこの世界に来た、化け物に扮した娘たち――


 彼女たちが生命の危機にさらされ、それを乗り越えながら、いまだ化けの皮を脱いでいないことを、ふたりは知らない。



 その彼女たちが、レナーテというこの国で、口の端に乗せるのも汚らわしい化け物だ――と、ふたりが教えられるのは少し先のことで、彼女たちの真の名を知り驚愕するのは、さらに先のことだった。


 


 


 

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