麗しい毒
「どうしたの?」
王城のソルジェの居室に向かっていたユリアノスは、あともう少し――というところで、その足を止められた。
「こんな夜更けに、何? お使い?」
無視したかったが、それはできない。
「いえ。申し訳ありませんが、急いでおりますので失礼いたします」
答えるだけ答えて、ユリアノスは素早くその場から立ち去ろうとする。が、明るい声はそれを許さなかった。
「話は済んでないよ、ユリアノス」
名を呼ばれたユリアノスは、舌打ちをこらえた。人気の少ない道を選んだのが裏目に出た。もっとも会いたくない人物にかち合ってしまった。
「失礼いたしました。リファイ殿下」
ユリアノスは足を止め、自分を呼び止めた第三王子に頭を下げた。
「ふふ。嫌な奴に会った、って顔だね」
「そのようなことはありません」
「顔に出てるよ」
リファイは笑う。
「ユリアノス、君ってほんと、思ったことが顔に出るよね。ま、君だけじゃないね。君たち、かな? ちょっと、気を付けたほうがいいんじゃない?」
赤みがかった少し癖のある金髪が揺れる。その下にある明るい緑翠の双眸が、ユリアノスを見つめていた。
「……殿下、おひとりでいらっしゃるのですか」
「だれか他にいるように見える?」
おどけるように笑う。大国レナーテの王子である。仕草には品があり、声には自信がり、端正な面が作る微笑には、人をひきつける魅力があった。しかし、言葉には毒があった。
「いつも思うけど、君、感情を隠すのも下手なら、話を逸らすのも下手だね。あ、怒った? 怖いよ、顔」
「地顔です」
「だったらなおさらだね。直したほうがいいよ。ただでさえ、みんな怖がってるのに、それ以上怖がらせてどうするのさ。顔が無理なら、愛想だけでもよくしてみたら? 兄上のためにもなると思うよ」
リファイは歌うように、ユリアノスの神経を逆なでる。
「ほら、すぐそうやって怖い顔する。人が近付かないよ。近付かないようにしてるのかな。ま、どっちでもいいけどさ。それより何、それ? さっきから気になってるんだけど……」
と、リファイはもたれていた壁から離れ、ユリアノスが抱える包みをのぞき込んできた。
「……饅頭です」
「饅頭?」
「よろしかったらどうぞ」
「いらないよ。でも大量だね。君たち、そんなものを、そんなに食べるの?」
小馬鹿にしたようなリファイの声に、ユリアノスは感情を殺して答えた。
「いただきものです」
「へえ、差し入れ? だれから」
「ウルーバル将軍にいただきました」
「ああ、あの田舎将軍」
「そのような言い方はおやめください」
「どうして? 事実じゃない。田舎ものを田舎ものといって何が悪いのかな」
「ウルーバル将軍は、優れた将軍です」
「でも、田舎ものだよね。レナーテに併呑されてもう十年になろうかっていうのに、いまだに言葉が抜けないなんて。少し、頭が弱いのかな? 鈍いのは確かだね」
「お言葉がすぎます」
ユリアノスは声に凄みをのせたが、リファイにはなんの影響も与えない。
「そうかな? みんな口にしないだけで、思ってると思うけどな」
逆に、挑発するように返してくる。
「すみませんが、先を急いでおりますので――」
我慢の限界が近かった。理由もなくひとの足を止めたばかりか、神経を逆なでるだけの第三王子に、ユリアノスは怒りもあらわにいった。しかし、
「待て」
リファイが強い声で引き止めた。
「なぜ?」
「なぜ? いい質問だ。僕はだれかな?」
「リファイ殿下、いい加減にしてください」
「君は、だれに向かって口をきいている」
緑翠と黒の瞳が睨み合う。両者の瞳はともに剣呑な光を放っていた。が、その一方が、ふいに光を緩めた。
「……なんて野暮なことはいわないよ、ユリアノス。もう休むから、僕を部屋まで送ってくれ」
◇ ◇ ◇ ◇
「そういえば君、結婚したんだったね。だから、こんな時間に来たんだね」
リファイが明るい声で話しかけてくる。
結局、ユリアノスは、リファイを居室まで送り届けることになった。拒否の言葉を並べるより、連れて行ったほうが早いだろうと思ったのだが、早くも後悔している。
ユリアノスは、隣を歩く第三王子を横目で睨むように見た。
「……ええ」
「何? 上手くいってないの? まだ蜜月じゃない。相手はだれだっけ? ああ、コルト領主の長女だったっけ? 名前も顔も思いだせないなあ。覚えられないってことは、たいしたことないんだね。まあ、せいぜい大事にしてあげなよ。上位貴族、嫡男の宿命だね。早く子供作って、安心させてあげるといいよ」
のろのろと自室に向かう道すがら話すリファイは、ひどく楽しげだ。
大に小に、ひとの神経を逆なでる。
わざと相手の勘気を誘い、気分を害するのを見て喜んでいる。それを、隠そうともしない。
常人ではない――
ユリアノスは第三王子の神経を疑いながら、警戒していた。
単純に楽しんでいるのなら、それでもいい。悪趣味であり、迷惑なことこの上ないが、自分の主ではない。しかし、近頃とみに増えてきたリファイの、執拗ともいえるこの手の接触に、ユリアノスは何かあるのではないかと、思うようになっていた。
「殿下は、何をお考えになっていらっしゃるのですか?」
「うん? そうだね。いろいろ考えてるよ」
答えるリファイの顔を見て、ユリアノスは己の発言を悔いた。が、遅かった。
「ユリアノス。君は知らないだろうから教えてあげるよ。今日、御使い様があらわれたのは知ってるよね。七人もあらわれて、城の中は、それはもう大騒ぎさ。人数もさることながら、驚いたのは、御使い様の姿でね。なんと、化け物さ。僕も見たけど、すごかったよ。でね、あとで聞いたんだけど……」
というと、リファイはたまらないという風にくすくす笑った。
その声を聞いたユリアノスは、怖気がした。その先を、聞くべきではない――と直感した。が、リファイが逃がさないとばかりにユリアノスの腕をつかんだ。
「化け物たちはね――」
ささやくようにいう、リファイの顔は、恐ろしいほどに美しかった。
◇ ◇ ◇ ◇
「殿下、ようやくお戻りですか」
「ああ。君も、もう休んでるかと思ったのに、働きものだね」
リファイは、居間で自分の帰りを待っていた男に笑みを向けた。
「殿下には負けますよ。今日はずいぶん動き回られたのでは?」
「そうだね。これだけことが多いとね、することが多いよ」
いいながら、リファイは椅子に身を投げた。
「お疲れ様です。で、首尾の方は?」
「うん、上手くいったよ」
「さすがですね」
「はは、僕の腕じゃないよ。なにしろ、相手が悲しくなるほど単純でね」
「手ごたえがなさ過ぎて、もの足りませんか?」
「そうだね。まったく、兄上を気の毒に思うよ。腕は立つのかもしれないけど、あれじゃ、国佐は務まらないね。主大事で、他がまったく見えてない。父上も何を考えて、あの連中を兄上に付けたのかな?」
「手厳しいですね。ソルジェ殿下の側近は、サルファ副宰相が選ばれたのではありませんでしたか?」
「副宰相は連れてきただけさ。それも、連れてきたのはジリアンだけだよ。決めたのは、父上さ。うーん。顔で決めたのかな?」
わからないなぁ――と顔をしかめるリファイに、男が笑った。
「そうかもしれませんね」
「そっちの方はぜんぜんわからないけど、こっちの方はよくよくわかったよ。彼らじゃ無理だ。やっぱり兄上には、予定どおり退場していただくしかないね」
「当初の計画どおりですね」
「ああ、兄上は十分苦しんだ。これ以上、つらい思いをする必要はないよ」
「お優しいですね」
「これでも兄弟愛はあるからね。ちょっぴりだけど……」
そういって笑ったリファイは、真顔になった。
「この先、生きていても、兄上が幸せになる道はない。兄上にあるのは茨の道だよ。たどり着く先のない、ね。そこから解放してさしあげるのが、弟の務めさ。本当は、彼らがそれをやればいいんだけど、嘆くばかりでなにもできない、ただの忠臣だからね。だから、僕がやる。兄上の背中を押してさしあげる。それにふさわしい舞台を作ってさしあげる」
「わたしもお手伝いいたします」
男の声に、リファイは顔をほころばせた。
「頼りにしてるよ。でも、まさか、御使い様が七人もあらわれるとはね。しかも、四人が化け物だなんて……。僕、一瞬、自分の目がおかしくなったかと思ったよ」
「白の広間にいらした方はみな、そうでしょう」
「まあね。まったく、驚かされたよ。でも、これってあれかな? ラドナ神も、ようやくレナーテを見限ったってことかな? どう考えても、救国の乙女じゃないよね。動乱の乙女だよね。人数も人数だし。おっきな餌を大量にばら撒いて、人間たちが奪い合ったり、押し付け合うのを見て、楽しむつもりかな?」
「さて、神のお考えは、わたしにはわかりかねます」
「さぞ遠大で壮大なお考えがあるんだろうね。ま、僕は、おおいに楽しませてもらうよ。ついでに利用させてもらう」
「ついで、ですか」
「ああ。駄目かい?」
「いえ」
「楽しむのも、目的のうちさ。わかってるだろう?」
「はい」
「期待で胸がわくわくするよ。だれもかれも、みっともないくらい騒いでるんだよ。もう、可笑しくて仕方ない。ああ、笑わないようにするのがことだよ。これからが大切だっていうのにさ」
「他者に知られなければよいでしょう。外へ出られる前に、ここで存分にお笑いください」
「ああ、そうするよ」
リファイは男に笑顔を向けた。
「でも、困ったな。人の想像には限りがあるんだ、って思い知らされたよ。こんな大人数だと思わなかった。でも、それはそれで、やりがいがあるよね。うん、王城の御使い様の情報は、君が集めてくれるからいいけど、スライディールの化け物様の情報収集は、だれに頼もうかな……ねえ、だれか心当たりある?」
「今すぐには思いつきませんが、だれかしら出てくるでしょう。欲のないものなど、この世にはおりませんから」
「そうだね。のんびりはできないけど、あせることもないね。で、君の方はどう? 動きがあった?」
「ええ。ホレイス卿は、ハイラル殿下に、御使い様を引き合わせたそうです」
「ああ、あの子たち、目が覚めたんだ」
「いえ、まだですが、先にハイラル殿下にお見せしたようです」
「へー、目覚めてもいないのに、こんな真夜中に会わせたの? 精力的に動いてるね。もっと腰が重いかと思ってたよ」
「欲が絡めば、鈍牛も丘を駆け上がります」
「ふふ、そうか」
「ホレイス卿は、王城の三人の御使い様の伴侶を、自分に近しいもので、すべて固めるつもりのようですよ」
「はは、欲が深いな」
「欲が深い上に、悪知恵も働きます」
「そのおかげで、ユリアノスのいい顔が見れたよ。彼には感謝しないといけないな。これからも、この調子でがんばってほしいね」
「いわれずとも、ホレイス卿は踊ってくださるでしょう」
「そうだね。ま、御使い様の伴侶のひとりは、ハイラル兄上で決まりだろうね。兄上が嫌がれば別だろうけど……。兄上も欲はお持ちだから、見た目は我慢するかな?」
「手に入るのはレナーテの王座ですから、それには目をつぶられるでしょう」
「はは、そうだね。でもさ、古文書にあるように、御使い様って、ほんと、姿は普通だったね。目を開けたらすごいのかな? 生命力が溢れてる、とかさ」
「さあ、わたしは拝見しておりませんので、なんとも申し上げられません」
「ああ、そうだったね。普通だったよ。僕、彼女たちの顔を覚えられるかな?」
心配そうにいうリファイに、男は笑った。
「ははは。リファイ様がおっしゃられるように、目を開けたらすごいのでは?」
「いや、それはなさそうだよ。古文書の記録にも、普通の娘だ、って書いてるから、たぶん普通だろうね。期待しないほうがいいよ。化け物様のほうが、よっぽど印象が強い。忘れたくても忘れられないよ」
「今宵、うなされているものも、多いでしょうね」
「眠れる人間の方が、少ないんじゃないかな? 僕も今夜は興奮して、眠れそうにないよ」
「お気持ちはわかりますが、お休みになってください」
「わかってるよ。明日は会議も開かれるしね。がんばって寝るとしようか」
リファイは沈めていた場所から立ち上がった。
「君も、働きすぎはよくないよ」
そういい残して寝室に向かう主の後ろ姿を、男は微笑みで見送った。




