表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界カルテット ~わがままに踊ります~  作者: たらいまわし
第二章 不夜城に集いしものたち
24/81

麗しい毒

「どうしたの?」



 王城のソルジェの居室に向かっていたユリアノスは、あともう少し――というところで、その足を止められた。


「こんな夜更けに、何? お使い?」


 無視したかったが、それはできない。


「いえ。申し訳ありませんが、急いでおりますので失礼いたします」


 答えるだけ答えて、ユリアノスは素早くその場から立ち去ろうとする。が、明るい声はそれを許さなかった。


「話は済んでないよ、ユリアノス」


 名を呼ばれたユリアノスは、舌打ちをこらえた。人気ひとけの少ない道を選んだのが裏目に出た。もっとも会いたくない人物にかち合ってしまった。


「失礼いたしました。リファイ殿下」


 ユリアノスは足を止め、自分を呼び止めた第三王子に頭を下げた。


「ふふ。嫌な奴に会った、って顔だね」

「そのようなことはありません」

「顔に出てるよ」


 リファイは笑う。


「ユリアノス、君ってほんと、思ったことが顔に出るよね。ま、君だけじゃないね。君たち、かな? ちょっと、気を付けたほうがいいんじゃない?」


 赤みがかった少し癖のある金髪が揺れる。その下にある明るい緑翠の双眸が、ユリアノスを見つめていた。


「……殿下、おひとりでいらっしゃるのですか」

「だれか他にいるように見える?」


 おどけるように笑う。大国レナーテの王子である。仕草には品があり、声には自信がり、端正な面が作る微笑には、人をひきつける魅力があった。しかし、言葉には毒があった。


「いつも思うけど、君、感情を隠すのも下手なら、話を逸らすのも下手だね。あ、怒った? 怖いよ、顔」

「地顔です」

「だったらなおさらだね。直したほうがいいよ。ただでさえ、みんな怖がってるのに、それ以上怖がらせてどうするのさ。顔が無理なら、愛想だけでもよくしてみたら? 兄上のためにもなると思うよ」


 リファイは歌うように、ユリアノスの神経を逆なでる。


「ほら、すぐそうやって怖い顔する。人が近付かないよ。近付かないようにしてるのかな。ま、どっちでもいいけどさ。それより何、それ? さっきから気になってるんだけど……」


 と、リファイはもたれていた壁から離れ、ユリアノスが抱える包みをのぞき込んできた。


「……饅頭です」

「饅頭?」

「よろしかったらどうぞ」

「いらないよ。でも大量だね。君たち、そんなものを、そんなに食べるの?」


 小馬鹿にしたようなリファイの声に、ユリアノスは感情を殺して答えた。


「いただきものです」

「へえ、差し入れ? だれから」

「ウルーバル将軍にいただきました」

「ああ、あの田舎将軍」

「そのような言い方はおやめください」

「どうして? 事実じゃない。田舎ものを田舎ものといって何が悪いのかな」

「ウルーバル将軍は、優れた将軍です」

「でも、田舎ものだよね。レナーテに併呑されてもう十年になろうかっていうのに、いまだに言葉が抜けないなんて。少し、頭が弱いのかな? 鈍いのは確かだね」

「お言葉がすぎます」


 ユリアノスは声に凄みをのせたが、リファイにはなんの影響も与えない。


「そうかな? みんな口にしないだけで、思ってると思うけどな」


 逆に、挑発するように返してくる。


「すみませんが、先を急いでおりますので――」


 我慢の限界が近かった。理由もなくひとの足を止めたばかりか、神経を逆なでるだけの第三王子に、ユリアノスは怒りもあらわにいった。しかし、


「待て」


 リファイが強い声で引き止めた。


「なぜ?」

「なぜ? いい質問だ。僕はだれかな?」

「リファイ殿下、いい加減にしてください」

「君は、だれに向かって口をきいている」


 緑翠と黒の瞳が睨み合う。両者の瞳はともに剣呑な光を放っていた。が、その一方が、ふいに光を緩めた。


「……なんて野暮なことはいわないよ、ユリアノス。もう休むから、僕を部屋まで送ってくれ」





◇  ◇  ◇  ◇





「そういえば君、結婚したんだったね。だから、こんな時間に来たんだね」


 リファイが明るい声で話しかけてくる。


 結局、ユリアノスは、リファイを居室まで送り届けることになった。拒否の言葉を並べるより、連れて行ったほうが早いだろうと思ったのだが、早くも後悔している。

 ユリアノスは、隣を歩く第三王子を横目で睨むように見た。


「……ええ」

「何? 上手くいってないの? まだ蜜月じゃない。相手はだれだっけ? ああ、コルト領主の長女だったっけ? 名前も顔も思いだせないなあ。覚えられないってことは、たいしたことないんだね。まあ、せいぜい大事にしてあげなよ。上位貴族、嫡男の宿命だね。早く子供作って、安心させてあげるといいよ」


 のろのろと自室に向かう道すがら話すリファイは、ひどく楽しげだ。

 大に小に、ひとの神経を逆なでる。


 わざと相手の勘気を誘い、気分を害するのを見て喜んでいる。それを、隠そうともしない。


 常人ではない――

 

 ユリアノスは第三王子の神経を疑いながら、警戒していた。


 単純に楽しんでいるのなら、それでもいい。悪趣味であり、迷惑なことこの上ないが、自分の主ではない。しかし、近頃とみに増えてきたリファイの、執拗ともいえるこの手の接触に、ユリアノスは何かあるのではないかと、思うようになっていた。


「殿下は、何をお考えになっていらっしゃるのですか?」

「うん? そうだね。いろいろ考えてるよ」


 答えるリファイの顔を見て、ユリアノスは己の発言を悔いた。が、遅かった。


「ユリアノス。君は知らないだろうから教えてあげるよ。今日、御使い様があらわれたのは知ってるよね。七人もあらわれて、城の中は、それはもう大騒ぎさ。人数もさることながら、驚いたのは、御使い様の姿でね。なんと、化け物さ。僕も見たけど、すごかったよ。でね、あとで聞いたんだけど……」


 というと、リファイはたまらないという風にくすくす笑った。

 その声を聞いたユリアノスは、怖気おぞけがした。その先を、聞くべきではない――と直感した。が、リファイが逃がさないとばかりにユリアノスの腕をつかんだ。


「化け物たちはね――」


 ささやくようにいう、リファイの顔は、恐ろしいほどに美しかった。





◇  ◇  ◇  ◇





「殿下、ようやくお戻りですか」

「ああ。君も、もう休んでるかと思ったのに、働きものだね」


 リファイは、居間で自分の帰りを待っていた男に笑みを向けた。


「殿下には負けますよ。今日はずいぶん動き回られたのでは?」

「そうだね。これだけことが多いとね、することが多いよ」


 いいながら、リファイは椅子に身を投げた。


「お疲れ様です。で、首尾の方は?」

「うん、上手くいったよ」

「さすがですね」

「はは、僕の腕じゃないよ。なにしろ、相手が悲しくなるほど単純でね」

「手ごたえがなさ過ぎて、もの足りませんか?」

「そうだね。まったく、兄上を気の毒に思うよ。腕は立つのかもしれないけど、あれじゃ、国佐は務まらないね。主大事で、他がまったく見えてない。父上も何を考えて、あの連中を兄上に付けたのかな?」

「手厳しいですね。ソルジェ殿下の側近は、サルファ副宰相が選ばれたのではありませんでしたか?」

「副宰相は連れてきただけさ。それも、連れてきたのはジリアンだけだよ。決めたのは、父上さ。うーん。顔で決めたのかな?」


 わからないなぁ――と顔をしかめるリファイに、男が笑った。


「そうかもしれませんね」

「そっちの方はぜんぜんわからないけど、こっちの方はよくよくわかったよ。彼らじゃ無理だ。やっぱり兄上には、予定どおり退場していただくしかないね」

「当初の計画どおりですね」

「ああ、兄上は十分苦しんだ。これ以上、つらい思いをする必要はないよ」

「お優しいですね」

「これでも兄弟愛はあるからね。ちょっぴりだけど……」


 そういって笑ったリファイは、真顔になった。


「この先、生きていても、兄上が幸せになる道はない。兄上にあるのは茨の道だよ。たどり着く先のない、ね。そこから解放してさしあげるのが、弟の務めさ。本当は、彼らがそれをやればいいんだけど、嘆くばかりでなにもできない、ただの忠臣だからね。だから、僕がやる。兄上の背中を押してさしあげる。それにふさわしい舞台を作ってさしあげる」

「わたしもお手伝いいたします」


 男の声に、リファイは顔をほころばせた。


「頼りにしてるよ。でも、まさか、御使い様が七人もあらわれるとはね。しかも、四人が化け物だなんて……。僕、一瞬、自分の目がおかしくなったかと思ったよ」

「白の広間にいらした方はみな、そうでしょう」

「まあね。まったく、驚かされたよ。でも、これってあれかな? ラドナ神も、ようやくレナーテを見限ったってことかな? どう考えても、救国の乙女じゃないよね。動乱の乙女だよね。人数も人数だし。おっきな餌を大量にばら撒いて、人間たちが奪い合ったり、押し付け合うのを見て、楽しむつもりかな?」

「さて、神のお考えは、わたしにはわかりかねます」

「さぞ遠大で壮大なお考えがあるんだろうね。ま、僕は、おおいに楽しませてもらうよ。ついでに利用させてもらう」

「ついで、ですか」

「ああ。駄目かい?」

「いえ」

「楽しむのも、目的のうちさ。わかってるだろう?」

「はい」

「期待で胸がわくわくするよ。だれもかれも、みっともないくらい騒いでるんだよ。もう、可笑しくて仕方ない。ああ、笑わないようにするのがことだよ。これからが大切だっていうのにさ」

「他者に知られなければよいでしょう。外へ出られる前に、ここで存分にお笑いください」

「ああ、そうするよ」


 リファイは男に笑顔を向けた。


「でも、困ったな。人の想像には限りがあるんだ、って思い知らされたよ。こんな大人数だと思わなかった。でも、それはそれで、やりがいがあるよね。うん、王城の御使い様の情報は、君が集めてくれるからいいけど、スライディールの化け物様の情報収集は、だれに頼もうかな……ねえ、だれか心当たりある?」

「今すぐには思いつきませんが、だれかしら出てくるでしょう。欲のないものなど、この世にはおりませんから」

「そうだね。のんびりはできないけど、あせることもないね。で、君の方はどう? 動きがあった?」

「ええ。ホレイス卿は、ハイラル殿下に、御使い様を引き合わせたそうです」

「ああ、あの子たち、目が覚めたんだ」

「いえ、まだですが、先にハイラル殿下にお見せしたようです」

「へー、目覚めてもいないのに、こんな真夜中に会わせたの? 精力的に動いてるね。もっと腰が重いかと思ってたよ」

「欲が絡めば、鈍牛も丘を駆け上がります」

「ふふ、そうか」

「ホレイス卿は、王城の三人の御使い様の伴侶を、自分に近しいもので、すべて固めるつもりのようですよ」

「はは、欲が深いな」

「欲が深い上に、悪知恵も働きます」

「そのおかげで、ユリアノスのいい顔が見れたよ。彼には感謝しないといけないな。これからも、この調子でがんばってほしいね」

「いわれずとも、ホレイス卿は踊ってくださるでしょう」

「そうだね。ま、御使い様の伴侶のひとりは、ハイラル兄上で決まりだろうね。兄上が嫌がれば別だろうけど……。兄上も欲はお持ちだから、見た目は我慢するかな?」

「手に入るのはレナーテの王座ですから、それには目をつぶられるでしょう」

「はは、そうだね。でもさ、古文書にあるように、御使い様って、ほんと、姿は普通だったね。目を開けたらすごいのかな? 生命力が溢れてる、とかさ」

「さあ、わたしは拝見しておりませんので、なんとも申し上げられません」

「ああ、そうだったね。普通だったよ。僕、彼女たちの顔を覚えられるかな?」


 心配そうにいうリファイに、男は笑った。


「ははは。リファイ様がおっしゃられるように、目を開けたらすごいのでは?」

「いや、それはなさそうだよ。古文書の記録にも、普通の娘だ、って書いてるから、たぶん普通だろうね。期待しないほうがいいよ。化け物様のほうが、よっぽど印象が強い。忘れたくても忘れられないよ」

「今宵、うなされているものも、多いでしょうね」

「眠れる人間の方が、少ないんじゃないかな? 僕も今夜は興奮して、眠れそうにないよ」

「お気持ちはわかりますが、お休みになってください」

「わかってるよ。明日は会議も開かれるしね。がんばって寝るとしようか」


 リファイは沈めていた場所から立ち上がった。


「君も、働きすぎはよくないよ」


 そういい残して寝室に向かう主の後ろ姿を、男は微笑みで見送った。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ