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おじさま ばーさす 化け物 ④ 呪われの王子

 四人の住処が決まった。

  



「さほど時間はかかりませんが、準備させますので、今しばらくお待ちください」


 サルファはそういった。

 定期的に人の手が入っているといっても、さすがに今の今、住めるわけではないらしい。

 扉を開け、家具調度品の覆いとホコリを取り払い、水や火、食べ物、その他もろもろの使用準備と用意をしなければならないそうだ。


 その説明の際、


「その……食べ物は……」


 と、サルファが遠慮がちに訊いてきた。

 ここで、玲の悪戯心がむくむくと積乱雲のように湧き上がった。


 血塗れた唇をゆがませて、


「自分たちでりにいきますから結構です」


 と、答えた――かったが、やはりそれはシャレにならないだろうと、玲は遊び心に封をして、


「皆さんと同じもので結構です。生活様式が多少異なるとは思いますが、皆さんを驚かせてしまうほど奇異ではありません」


 と、いたって普通に回答した。

 ほっとしたようなサルファは、続けて訊ねた。

 

「しかし、本当によろしいのですか?」


 彼は、玲たちがいわくのある小城に住むことを心配していた。



 美貌の副宰相は、いいひとだった。はじめは、容姿から何からすべてがあまりに整い、印象も良すぎたため、逆に警戒していたが、実際は誠実で、心広く、優しいひとだった。

 

 それは、ただの一面かもしれない。裏には冷徹さが潜んでいれば、計算高い側面があるかもしれない。だがそれは、玲自身にもある。あって当然だと思う。問題はそれをいつ、だれに、どのように見せるかだ。



 サルファが見せた誠実さは、玲にひとつの決断をさせた。


 


◇  ◇  ◇  ◇




「待っている間に、いくつか質問とお話をさせていただいてもよろしいですか?」 


 玲がそういったのは、住居の手配のため、ゼクトが退室してすぐのことだった。


「もちろんです。どうぞ」


 サルファの声を聞いてから、玲は単刀直入に訊ねた、


「先ほどからとても不思議に思っていたのですが、なぜ、今日あの場に、グレンさん、キリザさん、サルファさん、三人のどなたもいらっしゃらなかったのでしょう?」


 それは、キリザがあらわれてからずっと、玲が思っていたことだった。

 後にサルファを紹介され、続いてグレンもやってきた。三人を前にして、玲のその思いは、ますます強くなっていた。 

 

 玲の――自身ではたいへん真っ当で素朴に思えた疑問は、相手側には相当意外だったのか、三人の顔つきが途端に険しくなった。しかし、顔を見合わせたりしないのは、さすがだった。三人はただ前を向いたまま、表情を動かした。

 目に見えて様子を変じた三人に、玲はさらに続ける。


「わたしたちが来ることはおわかりでしたよね? 前触れがあるとおっしゃっていましたし、事実、大勢の方が待ち構えていらっしゃいましたし……。国の大事ですよね? 危難が目前に迫っていないからでしょうか? いつもはひとりだからでしょうか? それとも迎える皆さんが慣れていらっしゃるからでしょうか? でも、皆さんが、慣れ軽んじるようには思えませんし……」

「耳が痛いな」  


 といったのは、グレンだった。だがその声は、両隣の人間にしか届かなかった。


「ああ、すみません、グレンさん。聞き取れなかったのでもう一度お願いできますか?」

「いや、なんでもない。続けてくれ」

「はい。ですから、国の大事といいながら、実はそうでもないのかと思ったり、お話しを聞いて、やっぱり大事なんだと思ったり、それならどうして皆さんがあの場にいらっしゃらなかったのか?――と、どうにもせませんでした。今ももちろん、わかりませんが」


 玲は三人に笑いかける。


「わからないだけで、別に、怒ってはいませんよ。ただ、皆さんの内、おひとりでもあの場にいらっしゃれば、わたしたちがしびれを切らすほど待たされることもなかったでしょうし、お話も、斜に構えることなく聞いていたと思います。国の大事といいながら、国の中枢にいる皆さんが関わらない。それはどういった理由からでしょう? それともあの責任者の方、ホレイスさんでしたか、あの方は、ああ見えて実は、皆さんに比肩する地位と資質をお持ちなのでしょうか? 驚きのあまり、取り乱してしまった――そういうことでしょうか? とてもそうは思えませんでしたが……」


 本当は、


「うるさいばっかりで、邪魔にしかならないお馬鹿さんでしたよー」


 と、はっきりいいたかったが、ここは言外に匂わせるだけにした。

 話を聞いた三人は、それぞれに顔を歪めた。キリザはそれこそ、苦菜を噛んだようなような渋い顔をしている。

 玲は真顔を作って訊ねた。


「ひょっとして、聞いてはいけないお話でしたか?」


 しかし、口元に笑みがにじんでしまった。


「いや、耳が痛いだけだ」 


 答えたのはグレンだった。


「だろう?」


 と、彼は鋭い目でキリザに一瞥をくれると、玲に視線を向けた。


「恥ずかしいことだが――」


 そう前置きをして、グレンはその理由を話してくれた。




◇  ◇  ◇  ◇




 当初、迎えの責任者はサルファに、警固の責任者はキリザに決まっていた。

 それは、だれもが納得の人事だった。物腰柔らかく、諸事に通じ、副宰相の任を過不足なくこなすサルファは、その容姿もあいまって、御使い様をお迎えするにふさわしい――とだれもが頷いた。そして守りは希代の大将軍だ。文句のつけようがない。その人事に、ホレイスが異を唱えた。


 承認のために開かれた、国王臨席の会議の席上で、彼は、サルファがその任において、いかに不適当であるかという理由を並べ、ついには自分がその任を獲ってしまったのだという。


「はあ、それはまた……」


 玲は歯切れも悪くそういった。その横で、三人がささやく。


「うわぁ」

「見たまんまってわけ」

「ひとはひとなり、豚は豚なり……ね」


 相手に聞こえないものだから、容赦なしだ。

 玲の心情を代弁してくれた三人は、しかし、それっきり黙ってしまった。これ以上聞きたくもないし、考えたくもないのだろう。それは玲も同じだった。犬のおとしものを踏んづけてしまった気分だ。それも特大の。どこかになすり付けたいような、嫌な気分を抱えたまま、玲はグレンに訊ねた。


「その、不適当であるという理由は、皆さん、納得されたわけですか? よければ内容を教えていただけませんか?」


 ただの興味本位ではない。これから自分たちの身を預けようか――という人物のことを、玲は知る必要があった。


「まったく、痛いところをついてくる」


 グレンは独語すると、答えた。


「納得はしていない。だれひとりとして、な」

「それはどういうことですか?」


 意味がわからない。


「だれも納得していない。それなのに言い分が通る。それはなぜですか? だれひとりというなら、国王もそうでしょう。……まさか、国の頂点にある方が――」


 傀儡に――といいかけて、玲はその言葉の使用をためらった。それに代わる言葉を捜している間に、グレンが話し出した。


「陛下をはじめ、だれひとり納得していない。ホレイスは、過去失敗に終わった外交を、サルファの不手際だと決め付け、それを理由に退かせた」

「……失敗に終わったのは、サルファさんのせいではないのですね? 決め付けたというのですから、そうですよね?」

「そうだ。サルファに落ち度はなかったが、責任者として、それを責められた」

「ああ、責任者であれば、それも仕方のないことかもしれませんね。しかし、おかしな話ですね。それでしたら、国王なり、グレンさんなり、高位の方が強い態度でサルファさんに決めることも可能だったのでは? サルファさんの資質に問題はない上、今回の件は、外交といえば外交でしょうが、別件でしょうし、なにより、どなたも納得していなかったのでしょう?」


 玲の発言に、グレンが小さく息を吐く。その隣で、キリザが口を開いた。


「グレン、こりゃ、洗いざらい話しちまった方が、話がラクだ。早いか遅いかの違いだけで、ここにいれば、いずれ耳にする話なんだから、構わねえだろ」


 そういって、グレンが頷くより先に、キリザは玲に笑いかけた。




◇  ◇  ◇  ◇




「悪いがお岩ちゃん、その話をする前に、ちょっと訊いていいか?」


 断りをいれるキリザを、意外に思いつつ、


「はい。どうぞ」


 玲は快く了承した。そしてすぐに後悔した。


「俺たちが行く前に、お岩ちゃんたちは、うちの連中に襲い掛かろうとしたそうだが、それはほんとか? ああ、お岩ちゃんたちを責めようってわけじゃねえ」


 玲が目をすっと細めたのを見て、キリザは言葉を足した。


「俺だって、あんな状況に置かれたらそうするぜ。逆に、辛抱強いと感心したくらいだ。俺だったら、殺せといわれた瞬間、叩き潰しにいくな」


 グレンはそれをはじめて聞き、知ったのだろう、キリザの言葉に驚くと同時に、眉間に強い怒りをあらわした。だがその怒りは、玲たちへのものでもなければ、キリザに向かうものでもないようだった。


「お岩ちゃんは、ソルジェ殿下を狙ったと聞いたんだが、そうなのか?」

「はい」


 ごまかしてもしょうがないので、玲は素直に答えた。



 強者に向かう高揚感と鬱積を晴らせるうれしさで、つい笑いかけてしまったのが、あだとなったか……今度からは気をつけよう――



 心の中で反省した。

 

「そうか」


 しかし、意外というか、さすがというか、キリザはとても楽しそうだった。責める気配がまったくない。


「その理由を聞いてもいいか? なんで殿下だったんだ?」

「そうですね。ひとことでいえば、実力者、だからですね」


 特に隠す必要もないので、ありのまま、玲は質問に答えた。


「いずまいといい、落ち着きといい、すべてが抜きん出ていらっしゃいました。しかも、かなり強いですよね?」

「そうだな。腕っ節は俺の次の次の次ってくらいかな」

「そうですか」


 玲はつい笑ってしまったが、すぐに笑いを収め、その先を続けた。


「わたしたちは、話を聞く必要がありました。ですが、責任者の方は話を受け付けられないようでしたし、進んで話をして下さる方もいらっしゃいませんでした。悪手であるとわかっていましたが、それしかありませんでした。あの場にいる人たちが簡単に切り捨てられない人物――高位であるばかりでなく、彼らの意気を喪失させ、なお且つ、わたしたちの話を聞いてくれる、度量と器量の持ち主であることが必要でした」

「それで、殿下に目をつけたわけか」

「はい。まさか、第一王子でいらっしゃるとは思いませんでしたが……。もしかして、わたしたちは不敬罪に問われるのですか?」

「それはない。お岩ちゃんたちは御使い様だせ。不敬は『殺せ』といった奴だ。ま、あんな奴の話はどうでもいいや」


 ホレイスという男は、キリザにとっても、考えたくないし、関わりたくない人物のようだ。早々に切り捨てた。


「しかし、お岩ちゃんは頭ばかりじゃなく、目もいいんだな」

「ありがとうございます」



 実は、わたしだけじゃないんですよ――



 と続けたかったが、それをいい出すとたいへん長くなってしまうので、玲は我慢した。


「はは、で、もひとつ聞きたい。殿下の名前を聞いた時、年もきいたろ? ありゃ、なんでだ?」


 と、キリザは訊いてきた。

 この質問には、玲も少しばかり驚いた。驚きつつ、感心した。そして思わず訊ねてしまった。


「意外な質問でしたか? 名前と一緒に年齢を訊ねるのは、不思議ではないように思うのですが……何か理由があるように聞こえましたか?」

「うん? まあ、なんでかな? とは思ったな。無いんなら、俺の勘違いだな」


 あっさり引くキリザに、


「ソルジェ殿下が第一王子だとうかがって、不思議に思ったのです」


 これまたあっさり、玲は答えを返した。


「ほお、そりゃまた何をどう不思議に思ったんだ? 差し支えなけりゃ、教えてくれないか?」

「はい。わたしもお聞きしたかったことなので……」


 実際、いずれ早い段階で訊ねようと思っていた。そのことを、玲は話した。


 玲たちが『質』と定めた青年は、実力はもちろん、名も地位もある人物だろうと考えていた。思ったとおり、彼は国の第一王子だった。しかし、納得しながら、不思議でもあった。


 王太子ではないのか?――と。


 実力、継承順位――この二つが備わっていて、立太していないのは、どういうわけか? 単純に、年が届いていないのか? と思っての質問だった。見た目と印象から、自分たちよりかなり年上だと思い込んでいたが、訊いてみなければわからない。


「お年を聞けば適齢ですし、不思議に思っていました。どうしてですか?」

「お岩ちゃんは、どうしてだと思う?」

「できれば正解を教えていただきたいですね」


 といいつつ、キリザの要望に応えた。


「ご本人に後ろ盾がない、弱い。お母様の地位が低い。庶子である。あるいは、ご気性に難がある。ご本人に問題が無くても、環境がそれを阻んでいることも考えられますね。有力な継承者が別にいる。定められた年に達するまで、立太しない。そもそも立太の制度がない――それはちょっと考えられませんね。兄弟継承、末子相続――とまあ、いろいろ考えられますので、キリザさん、正解を教えてください」


 玲はつらつらと、それは恐ろしい早口でいいきった。


「……すげえすげえとは思ってたが、お岩ちゃん、ほんとすげえな。舌も頭もよく回る」

「それはありがとうございます。で、理由は?」


 笑みながらうながす玲に、キリザはようやっと答えた。  


「ソルジェ殿下には、異名があってな」


 いいながら、キリザはちらと視線を滑らせた。彼が見たのは、並びに座るサルファだった。

 美貌の副宰相は、いつの間にか、美しいその面から一切の感情を消し去り、何もない大理石の床の上に、視線を落としていた。その空色の瞳は、ガラス玉のように美しかったが、空虚だった。

 

 そんなサルファを目の隅に置きながら、キリザは言葉を続けた。


「呪われの王子――殿下はそう呼ばれてる」


 その瞬間、ガラスのような青の瞳が、まぶたで塞がれた。 





◇  ◇  ◇  ◇




「ソルジェ殿下は、呪われていらっしゃるのですか?」


 玲はあけすけに訊ねた。ここで言葉を選んでもしょうがない。選ぶ言葉もない。声の調子にいたっては、このアンパンの中身は粒アンですか?――と訊くに似た軽さだった。


 神妙に聞こえるようにいったほうがよかったのかもしれないが、作った声を出すほうが、逆に失礼になるような気がした。


「いいや。呪われてなんかいねえよ。だいたい呪いなんかねえもの。あったら、俺とグレンは、まずここにいねえな。とうに墓の下だ」


 というキリザに、グレンが「ふん」と鼻で笑う。冗談をいったわけではないようだ。


「呪われちゃいねえが……。お岩ちゃんも見たろう? 殿下には、あざがある。そりゃ見事なもんでな。あざを見事っつうのもおかしいがな、そうとしかいいようがねえ。顔は見てのとおり、首から肩、背中にまで広がってる。それが、呪をかけられた印のように、見えるんだろうな」

「あざのせいで、そういう名が付いたんですか……」


 ありえる話だ――というより、ありがちな理由だな――と玲は思った。


「まあ、そればっかりじゃねえな。なんせ、殿下は強くてな。強くて容赦がない。戦場じゃ、悪鬼の如く恐れられてる。非情とか無情とか、なんかいろいろいわれてるな。だがな、戦場じゃみんなそうだ。だいたい戦場で相手に情けをかけてどうすんだよなあ。……ま、それはまた別の話だな」


 れかけた話の軌道を、キリザは自分で修正した。


「殿下は非情かもしれないが、非道じゃない。非情さも、向ける相手はきちんと選んでる。女子供には手を出さないし、部下にだって出させない。自分にも厳しいが、他者にも厳しい。ついでに俺にも厳しい」


 最後の言葉に、玲は笑ってしまった。


「そうなんですか? それは、上に立つお手本のような方ですね、殿下は」

「だろ? お岩ちゃんならわかってくれると思ったぜ」


 キリザの期待に沿えたのはうれしいが、さすがにここで、調子に乗った返しはできなかった。


「だれが聞いても、そう思うのではありませんか?」

「ふうん。そう思うか?」


 キリザの声がかげった。


「人ってのは勝手でな、相手があまりに強すぎたり、清々としてたりすると、逆に怯えちまう」

「でもそれは、畏怖というか、畏敬ですよね?」

「そのとおりだ。でもあのとおりの外見だ。しかも、敵が多い。外の敵はもちろんだが、内にも敵はいてな。殿下の異名は、そんな人間の臆病さと悪意がした名だ」


 キリザはそういいきった。


「で、付いたその名が、さらに人を怯えさせる。身近にいる人間はわかってるが、それ以外の奴らはわからねえ。裾野すそのの連中にいたっては、見た目や噂を人づてで聞いたりするだけだ。それがまあ、ひどいもんでな。どこでどう、その話が捻じ曲がっちまったんだ? って聞きたいくらいの話に遭うこともある。そんなわけで、うちの呪われの王子様は、国民くにたみの不安を誘うという理由で、王太子に立ってない」



 そんな理由で?――



 と玲は声にしてしまいそうだった。

 異名が付いた理由はわかるが、王太子に立てない理由は腑に落ちなかった。



「ま、ほんとは他にもあるんだが、理由のひとつはそれだ。で、なんで俺が、柄にも無く、こんな面白くもなけりゃ、楽しくもない話をするかというとだな。サルファが責任を押っ付けられた外交と、関わりがあるからなんだ」






 



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