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おじさま ばーさす 化け物 ② 何これ猫だまし?

「わが国レナーテは、ラドナ神の加護を受けております」


 美麗な面から微笑を消した副宰相は、いきなり本題に入った。

 それはいいのだが……。

 

「御使い様――皆様は、ラドナ神より賜った、生ける至宝なのです」


 簡潔な上、続きがなかった。


 


◇  ◇  ◇  ◇



 

「……」


 玲はサルファの麗しい顔を、たっぷり十秒ほど見つめた――のだが、彼の形の良い唇は、依然として閉じたままだった。


 うーん――


 面に微笑を浮かべたまま、玲は首をかしげた。


 『至宝』という大仰な言葉で、御使い様という存在が、いかに貴重かを端的に示してくれたのはいい。が、それだけだ。附随する説明がまったくない。 


「うーん。なんだろ? 神棚に飾りますよーってことかな?」


 視線はサルファに置きっぱなしで、玲はそういった。 

 玲の声に、瑠衣は笑ってくれた。しかし、他のふたりはそうはいかなかった。


「何いってんの」

「あら、モノ扱い?」


 不機嫌も丸出しの声が返ってきた。 


 相手の言葉を書き留めていた良子と玲於奈は、声がやんでからもしばらくはそのままペンを構えていたが、早々にあきらめたようだ。

 玲於奈はペンをいたずらに振りはじめ、良子は乱れてもいない紙を、さも整えるかのように机の上に落としていた。良子の性格からして、投げ捨てるか、叩きつけたいところだろうが、ここは自制していた。


「瑠衣と同類なのかしら? このひと」

 

 揺れ動く羽根で巧みに口元を隠しながら、玲於奈がいう。


「間の計算式がないんだけど」


 玲も行儀が悪いとは思ったが、肘をつき、祈るような形に合わせた両手の人差し指を、自身の口を封するように唇に押し当てた。


「そこが要るっつーの。いくらなんでも端折りすぎでしょ」


 良子の声は、怒りと呆れに彩られている。


「あれかしら? 玲に仕切られるわ、驚かされるわで、面白くないのかしら? 意趣返しってやつ?」

「はっ、小さい男ね。だいたい玲にそんなもの効くわけないっての」


 ふたりは口元を隠しつつ、唇を動かす。声も最小限に落としていたが、不穏な空気はそのまま垂れ流していた。隠しようがないのだろう。


「ねえ。わたしと良子の神経を逆なでするだけなのに……。ああ、それが目的なのかしら? だとしたら、達してるわね……」


 玲於奈の声が、剣呑の色を帯びはじめる。

 手の形はそのままに、玲は唇から指を離した。


「まあ……べらべらしゃべりまくられるよりかは、ましかな?」

「うん。でも、だいぶ省エネだよね、サルファさん」


 と、瑠衣が笑った。


「省エネにもほどがあるっての」


 吐き捨てるようにいう良子に笑ってから、玲は友人をなだめた。


「まあまあ、良子。まさか、これで話が終わりなわけじゃなし」

「だったら、なんで話さないのよ」

「奥ゆかしいんじゃないのかな? サルファさん。キリザさんと違って」

「奥ゆかしい、ね」


 玲於奈が熱のない声で、瑠衣の言葉をなぞる。


「それか、良子ちゃんの顔が怖すぎて?」

「は? あんた、あたしに喧嘩売ってんの?」


 玲は失笑した。



 サルファの、無駄をそぎ落とした短い文句は、考え抜いた末のものだろう。それを毅然といい放った美貌の副宰相に、奥ゆかしさなどは微塵もないように思う。 


 見るともなしに、サルファの並びに座るふたりを見れば、宰相と将軍の表情に変化はない。前者は厳しい顔つきのまま、後者は口角を上げたまま、ざわつくこちらを見ている。三人が背負う看板は、やはり伊達ではないようだ。



「ま、聞いてみるのが一番手っ取り早いわね」



 そういうと、玲は両手を解き、美貌の副宰相に笑みを向けた。

 




◇  ◇  ◇  ◇





「サルファさん。至宝といわれましたが、わたしたちを神棚にでも上げて、まつってくださるのですか? こちらに神棚はありますか? 祭壇といいなおしたほうがよろしいですか?」


 にこやかに玲はいった。が、その口調はかすかに皮肉をはらんでいる。


 相手の反感を買うようなことは、なるべくしたくなかった玲だが、向こうがそうしたいのなら、化けの皮の上にかぶった優等生の皮を脱ぐのもやぶさかではない。化けの皮の着脱は非常に困難だが、その上の着脱は思うがまま、自由自在だ。


 自分たちを試したいのか? 

 それとも動揺を誘いたいのか? 


 いずれにせよ、面白くはない。


 サルファが不必要にためた時間は、玲の心に疑念しか生まなかった。


「サルファさん。わたしが急いているといったので、簡潔にしてくださったのでしょうが、できればもう少し、枝葉を付けていただけませんか? 至宝といわれたところで、なんのことやらさっぱりわかりません。言葉を投げつけ、その解釈を、何も知らない相手に任せるのは、非常に危険なことだと思いますが……。それとも、それがこちらの世界の流儀であり、やり方だ――というのなら、それに従いましょう。もちろん、解釈はわたしたちの自由にさせてもらいますが」


 玲は、相手にそれとわかるように声を尖らせた。

 

「申し訳ありません」


 サルファが詫びた。


「まず皆様に安心していただきたく、かように申し上げました」

「安心、ですか?」

「はい。皆様には、かえって不信に思われたようですが、他意はありません。言葉足らずであったことは、重ねてお詫びいたします」

「それにしては、時間を置き過ぎではありませんか? わたしたちはすでに十分じゅうぶん待たされています。人並みの忍耐は持ち合わせていますが、この先もこのように焦らされるなら、それもどうなるかわかりません。言葉を砕き、心を尽くして説明しろとはいいません。ですが、必要な情報は惜しまず、速やかに出してくださいませんか」


 サルファを見据えながら、玲は強い口調でいった。

 室内が緊張した空気に包まれた。

 はじめて見せた玲の剣呑さに、だれもが驚いた。キリザでさえ、その口元を引き締めている。


「申し訳ありません」


 態度を硬化させた玲に、サルファは詫びた。


「お詫びするしかありません」


 涼しげな目を伏せ気味にしている。

 が、毅然とした態度は変わることなく、声にも表情にも揺れはなかった。口先ではない、心からの謝罪であることが見て取れた。


 サルファが伏していた目を起こす。綺麗な薄青の瞳が、玲を見つめた。


「恥ずかしながら、何から、どのようにお話すればいいものか、考えあぐねておりました」


 潔くそういった。

 眼差しを向けられた玲は、まっすぐ相手を見返した。


「それはおかしなことをおっしゃいますね。皆さんは、わたしたちが来ることを、事前にわかっていましたよね? 大勢のひとが集められていましたし、初めてであれば、そもそも御使い様という呼称が出てくることもないでしょう。迎えの使者だと豪語していた方もいらっしゃいましたし……。過去にそういった事例があって、準備されていたはずです。何を考えることがあるのですか? 至宝と謳うほどの存在なのですから、迎えるにあたってそれなりの言葉を用意してあるはずです」

「はい……おっしゃるとおりです――」

「謝罪は結構です」


 言葉と同時に玲は片手を上げ、相手の声をぴしゃりと封じた。淡々と話しながら、その声は驚くほど硬く冷えていた。


「サルファさん。わたしたちが異例であることは痛いほどわかっています。そのことで生じる問題も。ですが、今この場では、わたしたちを、わたしたちの気持ちを優先してくださいませんか?」


 玲の声に、サルファは黙したまま頭を下げた。

 



◇  ◇  ◇  ◇




 不快をあらわにし、強い態度に出た玲だったが、実は、表に出したほど不快には思っていなかった。

 内心にいたっては、


 いやあ、先に謝っといてよかったわ――


 だ。


 話の内容や流れしだいで、いずれ強くでることもあるだろうと、先に断りを入れておいたのだが、まさか、これほど早い段階で相手に強い態度で向かうことになるとは思わなかった。序の口もいいとこだ。


 ほんと、正解だったな――


 サルファに厳しい言葉をいう裏で、玲はそう思っていた。


 玲の図太い神経は、この場にあっても健在だった。




 玲がこの状況下にあって、心たいらかにいられるのは、もちろん、持ち前の図太さがあってのことだが、それだけではない。


『身の安全を保障する』


 というキリザの発言が、やはり大きかった。加えてサルファの発言だ。

 説明不足ではあったが、いかに貴重な存在であるかを教えてくれた。その後の空白は、こちらの出方や度量をはかり見るためのものかと思ったが、どうやらそうではないようだ。


 やり取りの中で、サルファの誠実と苦悩が透けて見えた。



 こんな化け物が四人もあらわれたんだから、そりゃ、大変だよね。うんうん――


 と、頭の隅で気の毒に思ったくらいだ。


 自分たちに説明する役目は、サルファ自ら買って出たわけではないだろう。地位と資質があったばかりに押し付けられたに違いない。それでも忌避せず、おざなりにせず、目を背けたいだろう禍々しい化け物の自分たちと、真摯に向き合っている。

 向き合わざるをえないのだろうが、その態度は好ましいものだった。責任者を自称する男とは、雲泥の差だ。比べ物にならない。


 キリザとサルファ――彼らの口から出た言葉に嘘はないだろう。

 しかしながら、これ以上、悠長に構えてはいられない。

 玲は待つことをやめた。




◇  ◇  ◇  ◇




「話しづらい、ということですので、こちらから質問させていただきますね」


 険を含んだ冷たい声から一転、穏やかさに明るさを含んだ声で、玲はそう切り出した。もちろん、顔には笑みが戻っている。

 唐突な切り替えに、サルファが目を見張る。


 サルファの驚きは目に見えてわかったが、その驚きがめる時間を、待つことをやめた玲は与えなかった。相手の諾否もないままに、玲は言葉を続けた。


「では、おたずねします。先ほど『至宝』といわれましたが、それは言葉どおりに受け取ってよろしいですか?」


 気の毒だが、サルファには、心の整理は後回しでこちらに付いてきてもらわねばならない。それができる人物だと思う。

 そして玲の期待どおり、サルファは付いてきてくれた。


「言葉どおりです」


 目に若干の驚きを残しつつ、彼は首肯した。

 ためらいのないその答えを聞いて、玲は抱えていた懸念を直截ぶつけることにした。


「尊称を与え、実際はにえや人柱にする――という残酷なことを、人はします。そういう意味での至宝でしたら、わたしたちはお断りしなければなりませんので……」

「贄など……そのようなことは断じてありません」


 決然とサルファは答えた。その声には、わずかだが怒りもこもっていた。

 玲は頷いた。そして、


「安心しました」


 心を声にした。警戒していたひとつの事態が遠く離れ、玲は肩の力を抜いた。力が抜けたついでに、サルファに聞いてみた。無理だろうなぁ――と思いながら。

 

「で、その、御使い様という役目なんですが、辞退することは可能ですか?」

「不可能です」


 やっぱり駄目だった。即答だった。スマッシュした球が壁で跳ね返ってきたくらいの速さだった。


「辞退はできませんか……その方が、皆さんにとっても、都合が良いように思えるのですが」

「神の御意思には逆らえません。皆様が御使い様であることは、神の御意思です。皆様が放棄することは叶いませんし、神より賜った方々を、われわれの都合で廃することもできません」

「先ほど剣を向けられましたが?」


 玲は笑い声でいった。


「それについてはお詫び申し上げるしかありません。此度の皆様の顕現は、過去にないものでしたので、うろたえた挙句、おろかな行為にでてしまいました。誠に申し訳ありませんでした」

「サルファさん、頭を上げてください。過ぎたことです。剣を向けられはしましたが、それだけです。無事にこうして座っています。まあ、ずいぶん待たされたので、そのことは多少恨んでいますが……」

「申し訳ありません」


 再び恐縮するサルファに、玲は笑った。


「本当に、これ以上の謝罪は結構ですよ。それよりも、これからのことに目を向けたいですね。そのために、知らなければならないことがあります。それを教えてください。サルファさんが、わたしたちに必要だと思われることを簡潔に――ああ、先ほどのように簡潔すぎては困りますが、明確に、そして包み隠さずお話しください」


 明るいばかりでなく、玲の声は、だれが聞いてもわかるほどに柔らかくなっていた。

 サルファの瞳が、戸惑うように揺れる。

 美しい青を見つめながら、玲はいった。


「サルファさん、こう見えて、わたしたちは物分りがいいんですよ。それに、多少のことには動じませんから、どうぞ、ご心配なく」


 その声は、楽しい秘密を友人にでもいうような、親しさと茶目っ気に満ちていた。


 サルファの面にはじめて、作りものではない微笑がのぼった。 







ご覧いただきありがとうございます。

今日はもう一話、上げる予定にしております。よろしければご覧ください。チョイ長めです。楽しんでいただければ幸いです。


蛇足です。

前回、お化けもあとちょっと~と書きましたが、ちょっとではありませんでした。いろんなことが遠いです。(うつろな目)

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