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おじさま ばーさす 化け物  ①

 あらわれたのは、威厳のかたまりのような壮年の男だった。


 この方が?――


 と、わざわざ確認をとるまでもない。

 男は、位人臣の頂点に立つにふさわしい威厳と容姿の持ち主だった。


 長身中肉。均整のとれた体を黒の長衣に包んでいる。武官といってもおかしくない。むしろ文官であることに違和感を覚える。たたずまいは、まったく武人のそれだ。面は美男の部類に入るだろう。しかしそこに柔和さはない。形のよい唇はかたく引き結ばれており、濃く太い眉の下にある切れ長の双眸は、強く鋭い。端正であるがゆえに、その威力は増すようだ。


 剛健冷徹。


 一国を担うにふさわしい宰相、グレンを目にした玲たちは――



 ◇  ◇  ◇  ◇ 



 グレンは室内に入り、足を止めた。

 扉の横で礼をとるレイヒに、ひとつ頷いてから、中を一瞥する。


 室内は、意外にも穏やかだった。

 意外なことは、他にも見受けられた。白の広間にほど近いこの室は、普段、王族の控えの間として利用されているのだが、今ここは、会議の間に似た様相を呈していた。もとあった家具や調度品はひと隅にかためられ、かわりに長机が二つと椅子が数脚、かなりの距離をとって向かい合わせに並べられている。


 グレンは、視界前方ですっかりくつろいでいる男に目をやった。片隅に寄せられた豪華なソファに身を沈め、華奢な茶卓に両足を乗せている。

 怖いものなしの男、キリザはグレンに目顔を返してきた。


 あっちだ――


 と示す方角に目をやると、それはいた。

 異形たちは、光あふれる室内の一角にかたまっていた。


 異形、というより他にない。それを見たグレンは眉をひそめた。見るもおぞましい姿をいとって、ではない。異形たちは、グレンを見て微笑んだのだった。畏怖されることはあっても、微笑まれることなどない。ましてや初見ともなればなおさらだ。言葉と顔色をなくす相手がほとんどだというのに。


「自我があり、理性と知性を備えています」

 

 サルファの寄こした使者はそう述べた。ただの化け物ではない、ということは念頭に置いていたが、まさか微笑みを向けられるとは思わなかった。威嚇されたほうが、まだ納得がいく。

 

 グレンがいぶかしむ目を、そのままキリザに向ける。が、彼はおどけたように肩をすくめるだけだった。



 ◇  ◇  ◇  ◇



「はあ、よかった」


 瑠衣が安堵の声を落とした。

 親の敵を待つように睨み構えていた良子も、今はその強張りを解き、安堵に表情を和らげている。


 武人の如き剛健さを持つ宰相は、その黒衣と同色の髪を有していた。たそがれてもいない。強面こわおもての宰相は、黒々とした豊かな頭髪を、太い首の後ろでひとつに束ねていた。


「ふうん。かぶってるわけでもなさそうね」


 つまらなそうに玲於奈がいった。


「もう、玲於奈ちゃん」

「またあんたは余計なことを……」


 瑠衣が口を尖らせ、良子が睨みつけ、玲が声を殺して笑う。そこへグレンの視線がやってきた。

 四人それぞれが、安堵と感謝とお義理の笑みを彼に向けた――というわけなのだが。事情を知らないグレンの目には、ひどく奇異に映ったようだ。さもありなん、だが、まさか、あなたの頭髪状態が――などと、いいわけできるはずもない。彼には心にさざなみを立てたままでいてもらうしかない。


「うん、これでなんの懸念もなくなったわね」


 友人たちに微笑むと、


「さあ、いきますか」


 玲は立ち上がった。



 ◇  ◇  ◇  ◇




「皆さんお揃いのようですので、さっそくはじめさせていただいてよろしいですか?」


 室内に声が響いた。玲の声は通りがいい。その声に、キリザが応える。


「おう」


 キリザは笑っていた。会って間もないが、キリザはわかっているようだ。彼は沈み込んでいた場所から身を起こすと、ごく自然に聞いてきた。


「俺たちはこっちに座ればいいのか?」

「はい。そちらのお好きな席にどうぞ。サルファさんとグレンさんもどうぞ、おかけになってください。ゼクトさんとアリアロスさんのおふたりはそちらの椅子に、レイヒさんは申し訳ありませんが、扉の前をお願いします」


 当然のように仕切る玲に、怪訝な表情を浮かべながら、グレンも従う。

 全員が指定された位置に落ち着くと、玲は眼前の三人、その中央に座る人物に微笑を向けた。


「はじめまして、グレンさん。わたしはお岩といいます」


 グレンの底光りする黒目が、玲に向く。


「すでに承知のようだが、グレンだ」


 名乗る声は、見た目を裏切らない重低音だ。

 対する玲の声は、軽やかだった。


「はい。宰相であられるとお聞きしました」


 頷くグレン。

 それに微笑み返した玲はあごを引き、表情をあらためた。無言でグレン、キリザ、サルファの順に目を配る。そして、再びグレンに視線を置いた玲は、静かに語りかけた。

 

「まずは、皆さんにお礼を申し上げます。この場を設けてくださり、ありがとうございます」


 真摯な声と眼差しを向けられた三人は、目の周辺部分をそれぞれに動かした。

 さあ、はじまるか――と構えたところへ、礼をいわれたのだ。驚きは禁じえなかった。


「それと同時に、お詫びも先に申し上げておきます」

 

 三人が胸中を揺らしている間にも、声は続く。


「皆さんが国の中枢にあり、その要職に違わぬ才をお持ちであることは承知しています。ですが、わたしたちは何も知りません。なぜここにいるのか、ここがどういうところなのか、何ひとつです。聞きたいこと、知りたいことを、わたしたちは、それこそ山のように抱えています。無礼な行為や発言は慎むよう努めますが、なにぶん心が乱れています。急いてもいます。今こうして口火を切って話していること自体、すでに礼から外れていることでしょう。この場で皆さんを差し置き、ときに遠慮ない発言をしてしまうかと思いますが、そこは、不安を抱えるものとして、ご容赦願いたく存じます」


 媚びるでもない。かといって挑戦的でもない。

 落ち着き払った声は、よどみなくいいのけた。かと思うと、がらりと声音を変えた。


「で、お話はどなたがしてくださるのでしょう? サルファさんですか? それともグレンさんでしょうか? もちろん、キリザさんでも大歓迎です」


 にこやかにいい放った。



 ◇  ◇  ◇  ◇



「……」

 

 声を前に、三人は押し黙った。

 鮮やかな言葉の先制だった。

 サルファは、できるものなら天を仰ぎ、大きく息を吐き出したかった。


 言葉を巧みに操るものはいる。だが禍々しい姿の異形は、言葉ばかりか情感をも巧みに利用し、訴えてきた。淡々と話す声は理知に富み、訊ねる声は、それとは打って変わって親しみと明るさに満ちたものだった。


 すべては計算づくだろう。相手の意表をつく――サルファ自身も、よく使う手だ。まさか自分がつかれる側になるとは思いもしなかった。そして、それを不快に思わない自分にも驚いていた。計算だとわかっていながら、まったく不快さを感じない。禍々しい異形の態度は堂々としていながら清々すがすがしく、その声と瞳はひとを惹きつけてはなさない力があった。


 サルファは残念でならなかった。


 キリザのいうとおり、過去の例はまったくあてはまらない。

 人数しかり、姿しかり。なによりその豪胆さは、例にない。


 過去あらわれた少女たちは、落ち着き、現状を把握するのに数日、長いものでは数ヶ月を要したとある。彼女たちが弱いのではない。それだけの変化なのだ。これまでのすべてから切り離され、見知らぬ世界に放り出される。それも一方的に、いきなりだ。


 その変化に、異形たちは乱されなかった。四人が知己であり、良好な関係にあることが大きな力となっていることはわかるが、それを差し引いても、彼女たちの気力はただならぬものだ。

 冷静に、騒がず、現状を把握しようとしている。


 器量は文句のつけようがない。問題はその姿だ。

 七百年にわたる長い歴史の中で、このような異形があらわれたことは一度もない。彼女たちの忌まわしい姿は、遠からず国中に知れ渡り、レナーテを騒乱の渦に陥れるだろう。

 

 想像される未来に、サルファは胸の内を暗くした。

 と突然、豪快な笑い声が沈黙を蹴破った。


「はっははは」


 気持ちのよい笑声を響かせたのは、並びに座るキリザだった。

 暗さと無縁の将軍は、せまい椅子の上で器用にそっくり返っていた。笑い声とともに、組んだ両腕と肩を揺らしている。

 

 けっして馬鹿ではない。

 

 大陸最強を誇る、レナーテ軍の頂点に立つ人間だ。剛腕なだけでは、その重責は務まらない。見る目があり、考える頭がある。その洞察力と果断さは、だれもが知るところだ。でなければ、十万の兵は動かせない。なにより彼は、レナーテの版図を過去最大にした大立役者のひとりだった。もうひとりは、その隣に座っている。希代の大将軍というのは揶揄でも皮肉でもない。純然たる事実だった。


 戦場から離れた途端、目が曇る――というわけでもない。ものの見える人物だ。先見もある。

 今回のことに関しても、先の困難、多難さをすでに予見しているはずだ。王宮内では、すでに騒ぎがはじまっているだろう。それがわからぬひとではないのだが、腕も頭もある希代の大将軍は、困ったところのあるひとだった。


 軍や戦い、自分の領分内のことには、なんだかんだ文句をいいながらもきちんと向き合うのだが、領分外のことに関しては、『避ける、逃げる、押し付ける』をむねとし、かつ実行に移している御仁だった。そして、他者が困っているのを眺めて楽しむ――という悪癖も持っていた。


 とはいうものの、生命や進退に及ぶ窮状を喜ぶほどの悪辣さはない。

 彼が好むのは、生命や進退に影響しない、ほどほどの窮状だ。そして、それはもっぱら親しい人間に限られる。

 サルファ個人が、ちょっと困った状態に陥る――というのが、キリザの好み、望むところだろう。


 だが、今日この事態は、限られた個人だけに影響を及ぼすのではなく、国全体に関わる大事だ。国のかなえであるキリザが、そこを見損なうはずがない。


 

 かつてない困難が待ち構えているのは間違いないはずだ……。それとも、自分は何か見落としているのだろうか?――



 サルファが心中で首を傾げていると、笑いを収めたキリザが口を開いた。


「はー。しっかし、よくつっかえずにしゃべれるな。俺だったら、二度は舌を噛んでるぜ」


 キリザは感心し、陽気な声をそのまま響かせる。


「お岩ちゃん。さっきもいったが、話はサルファから聞いてくれ。それがこいつの仕事だからな。俺とグレンは座ってるだけだ。な?」


 最後の声は、隣に座る男、グレンに向けられた。グレンが無言のまま頷く。


「というわけだ。なんの気兼ねもいらねえ。遠慮なく、思う存分やってくれ」

「わかりました。ありがとうございます」


 大将軍と異形――両者の声は、どちらも恨めしいほど明るかった。



 

 サルファが正面を向くと、すでに四対の目が彼を見つめていた。

 

 思いを巡らせる暇は、もうなかった。

 

 





拙作をご覧いただきありがとうございます。

申し訳ありませんが、次回の更新は二ヶ月ほど先になります。

おつきあいいただけると嬉しいです。


なんか、いつまでもお化けですいません。もうちょっとなんだけどなあ……。

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