第7話 姉妹
はい、第二部の始まりです。
一応言っておきます、百合注意です。
アクアシティ某所
「はい、すいません、失敗です」
アクアシティビル街の小雨の降る裏路地で、石原武史はこそこそと携帯電話に向かって話していた。
誰にも見つからないよう、息を潜め隠れながらだ。
その姿は、まるで『スパイ』のようだ。
「いえ、次こそは・・・」
武史はそう言うと、携帯を耳から離し、勢いよく地面に叩きつけた。
「くそ、客だからっていい気になりやがって」
そう呻く彼は、普段のイメージからは考えられない形相で、タッチパネルの割れた携帯を見下ろしていた。
「・・・いっその事警察にでも駆け込んでやろうかな?」
言い終えたあと、武史の顔が一瞬のうちに豹変する。
そして、ヒグマに出会ったかのように体を硬直させた。
「い、何時からそこに・・・?」
「・・・最初からよ」
武史の前には、小柄ながら威圧的なムードを漂わせる、美しい女性が立っていた。
見た目はは高校生ぐらいだろうが、その印象は大人びていて、一つ一つの動作が優雅だった。
「ち、違うんだ!これは・・・その・・・」
「一体、何が違うのですか?私は何も言っていませんよ?」
一歩、また一歩、その女性は武史に近づいていった。
その度に、武史は後ずさって行く。
恐怖で震えながら。
「・・・あああぁぁぁぁ!!!」
武史は覚悟を決め、ジャケットに入れていた折りたたみナイフを構え、女性に突っ込んでいく。
女性は避けることなく、その場から動かない。
「・・・」
瞬間、武史の後方で何かが光った。
と同時に、鋭い刃が武史を抉った。
「がっ、は!!?」
後ろからの衝撃に、武史は前のめりになって地面を転がった。
右胸あたりからは、ドクドクと血が流れ出していた。
どうやら先ほどの光はライフルのマズルフラッシュだったようだ。
「仕方のなかった事なのです。許してください」
女性は瀕死の武史を哀れむような目で見つめ、息絶えるまで見守っていた。
何か、深く心を痛めたようなその顔には、一切生気が残っていなかった。
薄暗い路地裏には、小さな水溜りが出来始めていた。
マンション『aqua』の一室
「はい、あーん」
「あ、あーん・・・」
その部屋では、初々しいカップルがしていそうなことを、二人の美少女が行っていた。
見るものを魅了するその二人の少女は、お互いに「えへへ」と笑い合い、楽しそうな食事を続けた。
食べる側を演じていた少女の名は、小野笠美夏。
アイラと来日初日に一度だけ会った(というか見かけた)少女だ。
特徴は、夏の空のように淡く輝いているロングの髪だ。
そして、食べさせる側を演じていた少女の名は、小野笠美春。
美夏の姉で、こちらはあまり外に出ないため、アイラと会ったことはない。
特徴は、春に咲く桜のような桃色でセミロングの髪だ。
「今度は交代」
「うん、いいよ!」
美夏はスプーンで掬ったオムライスをゆっくりと美春の口元に近づけた。
「あーん・・・」
「ん!」
美夏が言い終える前に、美春はしっかりとスプーンにかぶりついた。
その様子を見た美夏は、「むー」と頬を膨らませた。
「お姉ちゃんのバカ」
そうして、再び二人は笑いあった。
こう見ると、非常に穏やかな朝食風景だ。
だが、部屋全体を見ると、意外とそうでもないようだ。
壁には所狭しと『銃器』が飾られ、その出番を今か今かと待ちわびている。
もちろんそれらは実弾を使用している。
そこら辺のおもちゃではなく実銃だ。
部屋ないの棚には、数々の銃弾や拳銃が配置されており、すぐ襲撃へ対応できるようになっている。
それらはきちんと整頓してあるが、床は下着や靴下などが放置され、いかにも『掃除してない』雰囲気を作り出していた。
ピン、ポーン
突然、部屋のインターホンが鳴らされ、二人の体が強ばった。
というのも、彼女らの朝食が拡大され、足と足、手と手を絡め合い、とても百合ゆりしい体勢になってしまっていたからだ。
「開いてますよー!」
何を思ったのか、美春はそう大きな声で叫んでいた。
「お姉ちゃん!?」
美夏が慌てたように体を離そうとしたが、美春はニヤニヤしながら美夏の下腹部に抱きついたのだ。
「わきゃ!?」
くすぐったいのか、美夏はそんな声を上げると、美春の体の上に崩れ落ちた。
そしてそのまま・・・
「開いてますよー!」
アイラはとある姉妹が住んでいる部屋を訪れていた。
理由は、洋司らに『あいつらを頼む』と頼まれたからだ。
先日アイラに掛けられた「裏切り」の疑いを晴らすため。
そして、自分の暇つぶしの為にアイラはそれを快諾した。
アイラはその声を聞くと、なんの考えもなくドアノブを捻り、部屋の中へ侵入した。
「おはようございます!」
とても元気に挨拶をする少女が一人。
顔を赤くし、俯いている少女が一人。
少なくとも、それが挨拶を示す体勢ではないな。
アイラは二人を見て、そんな事を思った。
「出直してこようか?」
アイラはできる限りの笑顔で、そう二人に聞いた。
「いえ!大丈夫ですっ!」
青い髪を持った方の少女、美夏が叫んだ。
その顔は羞恥に燃えていた。
「あ、姉妹って、美夏ちゃん達だったんだ」
アイラは改めて美夏を、そして姉の美春を見た。
そして部屋に入った時の脱ぎかけだった服の事や、結ばれていた唇の事は気にしないことにした。
「そうなんですよぉ。このマンションで姉妹って言ったら私達しかいませんし」
美春はアイラをからかうように笑った。
アイラも「そうだよね」なんて言って笑った。
「それで、貴方は誰ですか?」
唐突に美春はアイラを警戒するように睨んだ。
どうやらアイラが美夏を知っていたため、敵対心を生んだのだろう。
「僕は・・・」
「飯嶋、アイラさん。この間引っ越してきた人・・・」
アイラが言い始めると、美夏が合わせるようにしてアイラを紹介した。
「へぇ、よろしくね」
美夏が言うと、美春は笑顔に戻り、にこやかに自己紹介を始めた。
おそらく、美春の言うことじゃないと信じなかったようだ。
「あ、私は、小野笠美夏、です。一応・・・」
「この間あってるから知ってるよ」
アイラはそう笑いながら言うと、美春が食いついてきた。
「何時会ったんですか?」
「引っ越してきた当日だよ」
「えぇ、いいなぁ。こんなに『可愛い』人と前から会ってたんだぁ」
アイラは『可愛い』の部分で、すこしこの子達は誤解してるなと直感で感じた。
「えーっとね、勘違いならいいんだけど。僕は男だからね」
「「・・・え?」」
案の定、二人はアイラを『女の子』だと思っていたようだ。
アイラは苦笑しながら言った。
「偶に間違われちゃうんだよね」
「・・・こんなに可愛いのに?」
「・・・」
二人共信じられない、という顔だ。
それは仕方ないだろう。
アイラは女の子にしか見えないのだから。
「・・・じゃあ」
美春がニヤリと笑い、とある提案をした。
「私達の前では『女の子』になってよ!」
アクアシティ 中央通り
アイラ達はあの時襲撃されたカフェのある、中央道りに来ていた。
ここはアクアシティ、というか東京に住む女子の聖地で、第二の原宿『竹下通り』となっていた。
「アイラさん、可愛いですよ」
「うんうん、超可愛い!!」
そこの、一言で言うと『女の子』な服屋で、服を着せ替え人形の如く試着し回っていた。
「これがいいかな?」
「うん、これが一番しっくりくる」
「・・・」
二人の推薦で決定されたアイラの服装は、白地に水色の水玉が描かれたフリル付きのワンピース、瑠璃色のカーディガン、黒のニーソックスという無難な物になった。
「なんならメイド服とか巫女服とかでも良かったけどね」
「コスプレしたい?」
「美夏ちゃんは僕にコスプレさせたいのかな?」
美夏のキラキラした瞳に苦笑しながら、アイラは支払いを済ませ店の外に出た。
「・・・アイラ、君?」
ふと、そんな声がアイラには聞こえた。
愕然としたような、絶望したような声色だった。
「早見・・・さん?」
アイラは声の主、早見夏音の名を、冷や汗を浮かばせながら小さく呟いた。
「「「・・・」」」
「・・・」
アイラもまた、この現状に絶望してしまった。
状況を整理しよう。
店から出たら、ちょうどクラスメートの女子達と出くわしてた。
つまり、女子達は女装したアイラを見てしまった事になる。
一応、ウィッグを付け、ハーフアップという髪型にしてあるが、それでも見る人にはバレてしまうのだろう。
どうしよう。
その言葉がアイラの脳内で反響した。
このままではクラス内でのアイラのイメージが大きく変わってしまう。
美少女か変態か。
どちらかのレッテルがアイラに貼られてしまう。
純粋に、一人の男子高校生として、アイラは迷った。
もはや民間軍事会社だとか殺し屋だとか、そんな事はどうでもよかった。
今のクラスでの立ち位置が消えてしまうことの方が、アイラにとって重要だった。
「・・・ねぇ、お友達なの?『美冬』お姉ちゃん?」
唐突に、美春がアイラ、否『美冬』の腕にしがみついた。
それを見た美夏も、
「そうなの『美冬』お姉ちゃん?」
と『美冬』の部分を強調して美冬に聞いた。
「「「「美冬?」」」」
クラスメートたちは声を合わせて首を傾げた。
「・・・いいえ、知らない人、じゃなかったかしら?」
美冬はどこから出したのか、女の子っぽい声で美夏と美春に答えた。
アイラは「ナイス!」と言って、二人とハイタッチしたかったが、その反面、友達を『知らない人』扱いする事へ抵抗を感じる、という矛盾した心境に陥っていた。
だが、目先のことよりも、未来の自分を重視したほうが良いと、割り切って役を演じることにした。
「申し訳ないけれど、人違いじゃないかしら?」
「え・・・、あ、すいません?」
クラスメート達の一人、白崎咲奈が美冬に謝った。
謝る道理は無いのだが。
「えーと。ホントにアイラ君じゃ無い、のかな?」
坂崎梨乃が申し訳なさそうに聞いてきた。
鋭いな、とアイラは思った。
「えぇ、私は小野笠美冬、アイラという方では無いわ」
「ははは、そうですか・・・」
しかし、梨乃は乾いた笑みと共にあっさり引き下がった。
まぁ、普通なら失礼な事だからそれが普通なのだが。
「それじゃあ、さようなら」
「「「「・・・」」」」
訝しげな視線を今だ送り続けるクラスメート達に振り返ることなく、アイラ達は歩き続けた。
アイラが今日一番ドキドキした出来事だった。
『ヤマタノオロチ』本社ビル
「本当によかったの?」
亜耶はソファーに寝そべりながら、89式小銃を点検している洋司に聞いた。
ちなみにこの部屋は、洋司が自室として使用している部屋で、ソファーやテーブル、テレビに冷房、パソコンなんかも置いてある、とても快適な部屋だ。
「いいだろ、息抜きだって必要だ」
「そうじゃなくて」
亜耶が心配しているのはそういうことではない。
姉妹がアイラにとって何なのかを、説明していない事だった。
「それは彼女達の事だ。俺らが何かするよりも自分たちで気づくべきだ」
「そうだけど・・・」
三人は義理の兄妹だったなんて、普通気づくのかしら?
洋司は亜耶の問いに一切答えなかった。
次回、実は義理の兄妹だった三人は、果たしてお互いの関係に気付くことができるのだろうか?
まだ続きます。