第3話 反撃そして日常
今回は短めで、場面転換多用です。
アクアシティ 某ビジネスホテル前
「ここか?」
洋司が電話越しに今だヘリで待機している恵里へ確認した。
恵里のスマートフォンには、亜耶の位置情報がリンクされており、アイラたちが亜耶を探して途方にくれる、ということはなかった。
『そのホテルで間違いないみたい』
恵里はそう言い、一拍置いてから続けた。
『でも何階にいるのかわからないわ。そこだけ気をつけて』
「・・・そうか」
流石にそこまではわからないか、洋司は小さく呟いた。
それでも、すぐに気を取り直した。
「アイラも聞いたな?」
「はい」
よし、洋司は気合を入れてそう呟いた。
「行くぞ!」
「・・・」
二人は堂々と正面玄関の自動ドアをくぐった。
が、
ロビーでは多数の武装した男たちが待ち構えていた。
「・・・確認する必要無かったな」
「そうですね」
アイラと洋司はお互いに銃を抜き、男たちに向き直った。
「おや、あなたまで来ましたか?」
中央にいたスーツの男は、不思議そうにアイラを見た。
それもそうだろう、わざわざ逃がしたのだから。
「まぁいいでしょう」
スーツの男も拳銃を構え、アイラと洋司に言った。
「貴方たちは包囲されています」
「見りゃわかるよ」
洋司は苦笑しながらそう答えた。
スーツの男は笑わずに続けた。
「投降します」ダアァァァン「か?」
スーツ男の声を遮るように、一発の銃声がロビーに響いた。
恵里の狙撃だ。
どうやらスピーカー越しに男の話を聞いていたのだろう。
『頭と体がつながってて良かったわね!』
恵里の笑い声を聞いた途端スーツの男の顔が引きつった。
イラっときたようだ
洋司とアイラも続けて叫んだ。
「今のが答えだ!」
「行きます!」
呼応するようにスーツの男も叫んだ。
「射撃始め!」
スライディングでロビー受付まで行ったアイラは、そこから拳銃のみを突き出し、牽制射撃を行う。 一方で洋司は、89式小銃を撃ちながら、壁の凹凸まで走った。
受付の台は案外頑丈のようで、いくら射撃されても大丈夫だった。
しかし、洋司が隠れた壁はもろかったらしく、あっという間に崩壊してしまう。
「もっと頑丈に作っとけよ!」
文句を言いながら洋司は壁から離れた。
「・・・」
洋司はアイラに目配せし、スモークグレネードをロビー中央のデスクまで投げつけた。
スモークがロビーに充満し、視界が悪くなる。
「今だ!突入!」
「「「おぉ!!」」」
洋司が叫ぶと、外で待機していた『ヤマタノオロチ』隊員たちがホテル内に雪崩込んできた。
「ロビーを制圧するぞ」
「イエッサー!」
アメリカ人らしき男がM60軽機関銃で弾幕を張る。
その後ろから外人たちが続々を侵入してくる。
「撤退!」
スーツ男が声を張り上げた。
「逃しません!」
アイラは受付から飛び出し、逃げ出した男たちに銃弾を浴びせた。
何人かは首筋や肩を打ち抜かれ、階段から転がるように落ちてきた。
だが、大勢は二階へ登って行ってしまった。
「恵里、制圧射撃を頼む」
『はいはい、わかったわよ』
ヘリのローター音がここまで聞こえた。
ブラックホーク内
「さぁ、やっちゃって!」
「了解」
ローターの出力をあげ、機首をホテル側に向けたブラックホークは、武装集団からしたら脅威以外の何者でもなかった。
「射撃開始!」
恵里の掛け声と共に、ブラックホークの両サイドに取り付けられたチェーンガンが唸った。
ホテルの二階部分の窓は割れ、中を滅茶苦茶にした。
「さっすがぁ!」
恵里は大満足していた。
これだけ大迫力なものを魅せられたのだ。戦闘狂の恵里はとても幸せそうに目を細めた。
「いいわよ、たぶんほとんど片付けたわ!」
『助かった、ありがとう』
「感謝しなさい!」
やったのは俺達なんだけどな・・・、はい・・・、というパイロットと副パイロットの会話は聞き入れられなかった。
ホテル内 二階
「・・・誰もいません」
先頭を行っていた隊員がそう告げた。
そりゃあそうだろう。あれほどの攻撃を受けて立ってられる人間はいない。
鉄臭い廊下をアイラたちは慎重に進んだ。
このホテルは10階まであり、どこの階に亜耶が隠されているのか分からない。
くまなく探す必要があった。
だが、二階には絶対いないだろう。
スーツの男はあらかじめ二階へ撤退するつもりだったようだし、基本戦闘になりやすい階には人質を置かないだろうからだ。
裏をかいてくるかもしれないが・・・。
「扉には近づくなよ、トラップがあるかもしれない」
アイラはコクりと頷き、ゆっくりと進んだ。
廊下に転がっている死体の数はおよそ10体。
それらはどれも、先ほどのチェーンガンの恐ろしさが一目で分かるような造形をしていた。
「気持ち悪くないか?」
「・・・いいえ」
アイラは強がり、否定した。
だが、そのアイラの姿は見るに耐えないほどやつれていた。
まぁ、暗殺者と言ってもこんなに惨い殺し方はしないだろうし、見ることもないだろう。
戦争とは一発銃を撃っておしまいではないのだ。
「無理しなくていいぞ?」
「・・・」
でも、そう答えようとして、
「う、っぷ・・・」
ホテル二階 男子トイレ
「すいません・・・」
「いや、いいさ」
亜耶の捜索は他の隊員に任せ、洋司はアイラの看病をしていた。
洋司としては慣れないことをさせてしまい、申し訳なく思ったのだろう。
「とにかく、今は休め」
洋司は優しく言い、アイラの背中をゆっくり撫でた。
「・・・慣れてますね」
「そうか?」
洋司は笑いながら言った。
この笑いは思い出し笑い、というやつだろう。
「昔な、亜耶を戦場に連れて行った事があるんだ」
「・・・」
「そこでもな、さっきのと同じくらい惨い死体が転がってたんだよ」
アイラは無言で洋司の話を聞いた。
「しかもだ、その死体の中には子供も混じっていたんだ」
「子供・・・」
「あぁ、あいつな。その子供の死体を見て言ったんだ」
『どうして死んじゃったの?』
「あの時の俺はさ、物事もはっきり判断できない餓鬼だったんだ。それで言っちまったんだ」
『俺が背中から撃ったんだ!』
「バカだよな。そんな事言って喜ぶ奴なんていないのに」
「・・・」
「それでさ、あいつ泣きながら吐いちゃったんだ。今のアイラみたいにな」
そんな事があったのか。
アイラは何とも言えない気持ちになった。
「しかもさ、皮肉にも今の敵・・・亜耶とアイラを誘拐した連中、その国の兵士なんだよな」
「・・・え?」
まさか、あの男が言っていた話・・・。
「それって・・・10年くらい前の話?」
「そうだな、それくらい前の話だな・・・」
ちょっと待って、話が整理できない・・・。
アイラは激しく混乱した。
「『ヤマタノオロチ』が戦っていたのって・・・?」
「中東の、反イスラム勢力だが?」
おかしい、あの男の言っていた事と食い違っている。
『ヤマタノオロチ』はイスラム主義者達を殲滅するために送られたわけじゃないの?
だとしたら・・・。
「ねぇ、僕を捕まえてた、あの男って・・・もしかして元『ヤマタノオロチ』隊員?」
「よく知ってるな。その通り、あいつは元隊員だ」
・・・やっぱり。
アイラは大きな誤解をしていたようだ。
しかし、謎は深まるばかりだ。一体真実はどれで、この組織の実態とはなんなのだろう。
アイラはなにか、黒い渦に飲み込まれる感覚に苛まれた。
ホテル上空 ブラックホーク内
「ねぇ・・・。洋司たちって今どこにいるの?」
無線越しに、恵里がウズウズしたような、興奮したような感じで洋司に聞いた。
『・・・男子トイレだが?』
洋司が不可解そうに答えた。
裏腹に、恵里は大きくガッツポーズをした。
「やったわ。亜耶の位置が把握できた!」
『なんだって!?』
恵里の歓喜した声と、洋司の動揺した声が響いた。
『一体どこなんだ!』
洋司が急かすようにがなり立てた。
相当洋司も興奮しているようだった。
「女子トイレよ!各階の女子トイレを片っ端から探して!」
『了解!さすが恵里だ!』
恵里はふふんと鼻を鳴らし、どうよ!と大声で叫んだ。
六階 女子トイレ前
「3、2、1、GO!」
洋司の声と共にアイラが扉を開けた。
トラップは・・・無い。
「亜耶!」
洋司が一気に中へ入る。
その動きからは躊躇や迷いなどは微塵にも感じさせなかった。
「・・・」
「亜耶!」
「亜耶さんを発見!」
洋司は亜耶に抱きつき、アイラは恵里たち他の隊員に報告を入れた。
皆一様に溜息をついたり、歓声を上げたりして喜びを表した。
「良かった、本当に良かった・・・」
「兄、さん・・・」
意識を取り戻した亜耶は、小さく呟いた。
「お腹、減った・・・」
「・・・お、おう!帰ったらご馳走にしよう!」
洋司は一瞬戸惑ったようだが、すぐに笑顔を見せ、明るく答えた。
「アイラちゃんも、いるの?」
「あぁ、いるよ。ほら」
亜耶はアイラを見ると、あっと何かを思い出したように笑った。
アイラも思い出したようだ。
「約束、覚えてる?」
「うん」
約束と言っても『なんでも言うことを聞く』というささやかなものだ。
それでも、亜耶は楽しそうに悩み。
「それじゃあね・・・」
笑顔のまま願いを言った。
「ずっと傍にいてね」
アイラはもちろん答えた。
「・・・あーちゃんもね」
マンション アイラの部屋
翌日。
世間は月曜日を迎え、新たな一週間がスタートした。
『・・・アクアシティ内の各所で発生した銃撃戦は、自衛隊及び警察の実弾を使用した特殊警備訓練であった事が、今朝行われた警視庁長官の記者会見で判明しました・・・』
事後処理もうまくいき、あの事件は普段のニュースの何気ない一コマとして報道されていた。
人々の生活に変化はなく、なにもかも平和に過ぎていっていた。
「アイラちゃーん、朝ですよぉ」
「ん・・・」
ただ、
「起きないとチュ、しちゃうぞ!」
「・・・おはよう」
変化を上げるとしたら、
「えぇ、もうちょっと寝てても良かったのに」
「キスしたいだけでしょ・・・」
この二人の関係と生活だろう。
とりあえず第一章完、という事で。
次から学園に触れられそうです。