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5.好き


ながらくお待たせしました、ついに最終話です。

ほんの数時間前に、行くぞとか、生きろとか、死ぬなとか、そんな会話を交わしていた。

笑顔で。

冗談交じりに。


いつものように力強く笑う龍太郎に、私は見惚れていた。

朝日を受けて輝く黒が眩しくて、照れを隠すように目を逸らして、ぬかせと言った。

零戦わたしに乗って敵機を墜とすか――、ひたすら逃げ回るか。

そして母艦に帰ってくる。

その、どちらかだと思った。

私は、強い、と。

そう、龍太郎に、思って欲しかったから。



私たちは連日の出動で痛むからだを引きずって、飛んだ。




龍太郎に明らかな疲れが見えているのは、分かっていた。

過酷な飛行を続けることは、それだけ死に近づくということ。

分かっていた。知っていた。

それでも止められなかった。

私たちは、見える、攻めてくる敵を邀撃しなければならない。

母艦を守らなければならない。

それが仕事なのだから。








それなのにどうして今私は、こんなに重い?


『りゅーたろ! 龍太郎! おい、目を開けろ!』


風防にかじりついて、懸命に叩く。

周りには海。そして飛行機は、私のみ。

はぐれてしまった。

彼は左腕が、なかった。

血まみれのそこを右腕で抑え、眉を寄せている。

目を閉じたまま。


『龍太郎、私を握れ、落ちるから、なあ、はやく!!!』


せめて風防が開いたなら――、からだを回転させて、龍太郎を落とすことはできる。

パラシュートをつけさせていたから、海の上に落ちることがあっても、このなかで死ぬことはない。

ふかの餌になるくらいしか、ないのかもしれない。

けれど九死に一生。1パーセントでもかのうせいがあるのなら。それに賭けたいと思った。

でも現実はそんなに甘くなかった。

開けと思っても開かない。

指を動かすように、思い通りにならない。

これじゃあ、1パーセントだって可能性はないじゃないか。

それに、なんだかからだが、重い。下に、海に、引っ張られるみたいだ。



『お前は死んだら駄目なんだよ! わかってるんだろ?!』


声を搾り出す。

叫び。

お前なら、優秀な搭乗員を失うことがどれだけ痛手かなんてとっくに知ってるはずだ。


『起きろ!!! なあ、お願いだから!!』


ゆるりと瞼が動いた。

苦しそうに目を開けた。


「レイ……、もう駄目だ」


途切れ途切れに言う声。

意識も飛びかけているらしい。


『……っ、せめてお前は外に出ろ』

「レイを残して生きる選択肢はない」


きっぱり言い切った龍太郎に、こんな状況なのに、不謹慎に心臓が跳ねた。

けれど、今私がすべきことは、彼を守ること。

だから。


『死んだら終わりなんだよ。生き残れば、また追撃できるだろ……』


だから私から降りろ、とは、言えなかった。

龍太郎は懸命に目を開けて、私を真剣に見ていたから。


「一個、言い忘れていたことが……、あって、」

『そんなのどうでもいいから、はやく脱出を』


背もたれに背中をくっつけた。


それでふらつくからだを支える。

目の動きが、おかしい。

意識を失いかけている。

それを気力だけで、留めている。


「お前だけ、死なせる、わけ、には――!!」


その声で、私は落ちそうになった。

もう自由がきかないからだを懸命に浮かせようとする。

機体は錐揉みをしながら降下している。

空気抵抗か――、主翼に異常が起きた。


『早く降りろ!』


叫びも虚しく、龍太郎は右腕だけで操縦桿を握り締めなおした。


「……ごめ、レイ。見えるか、なにか……!」


目線の先は、飛び立ったところと逆方向。

途切れ途切れに言うそれは、陸地とかじゃなくて、まさか敵機か、敵空母とか、そういう類のものなのか?

そんなの、見えていても見えていないと言うに決まっている。

しかし、そんなことを言うということは。


『何考えてる! やめろ!』

「せめて、当たって、死ぬ……!」


ただの、犬死にじゃないか。

そんなものは。

お前ほどの腕を持つ者が死んでいい訳が無い。

けれど、それを見つけるための燃料は、もうない。

分かっている。自分のことだ。

長くは飛べない。

けれど、少しでも陸の近くに行きたい。

その間にも、私は高度を下げている。

もうエンジンは使い物にならない。

私は黙り込んだ。

龍太郎は私を横目で見た。

操縦桿を、離した。

諦めたような、笑みだった。


「レイ、……お前を、」


私を見て、小さく、唇だけで、呟いた。

なにかを。

聞き取れなかった。

ただ落ちていく自分を、追った。


海面すれすれを滑り落ち、機体が海に沈む。

飛沫がからだ中にかかった。


口元を少しだけ緩ませて、目を閉じたまま龍太郎は落ちていった。

私は、海に吸い寄せられた。

浮かび上がろうとしても、水面から離れることができなかった。

かといって沈むこともなかった。

深い海で、膝あたりまで水に浸かった状態で、私は動けなくなった。


『りゅうたろう………………!』






生きてきて、はじめて、泣いた。

嗚咽を漏らした。

だだっ広い海の真ん中で。

沈んでいく、自分のために尽くして、闘ってくれた優秀な搭乗員と、己とを、上から見下ろして。












――お前が、好きだった。

伝えていたら、何か変わっていたのだろうか。



今も好きだ。

この海の真ん中で、叫び続けよう。

お前の名を。

私が忘れ去られて、いつかこの身が消えるまで。







レイ「なあなあ」

龍「なんだ?」

レイ「あんとき、何て言ったんだ?」

龍「聞こえなかったならしょうがない。もう言わない」

レイ「ずるい」

龍「じゃあお前もいうか?」

レイ「何をだ」

龍「俺が期待してること」

レイ「……っそんなの、知らない」

龍「だろ。俺もしらない」

レイ「お、お前なんか大嫌いだ」

龍「俺は好きだけど」

レイ「……!?」



***

やっと、完結です。

ちょっとだけ補足とかいろいろあるので、次まであるかな。

ここまで読んでくださったみなさま、ありがとうございました!




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