四日目
ジュノットのターン☆彡
正午を過ぎた時刻。
私は、城から離れた実家に来ていた。
原因は、昨日の夜に届いた手紙の内容である。
「お父様!!」
馬車を降りて、お父様の執務室に走る。
途中、品がない!と我が家の侍女達が走るのに文句を言ってきたが無視した。
そんな悠長な場合じゃないんだよ!!
「やっと来たか」
執務室の扉を少々乱暴に開けた先、ジュノットと両家の両親が揃っていた。
驚いてジュノットを見れば、不服そうに座っていて、ロザラオを弄んだとかそんな事実がないことに少なくともホッとした。
幼なじみが幼なじみを弄ぶなんて笑えないもん。
「『やっと来たか』では、ないでしょ!?この手紙もこの状況もどういうこと!」
「書いたままだ。お前はジュノットと結婚する」
「ッ!ふざけないで!!私はロザラオが好きなのよ!!」
女口調だからって勘違いしないでほしい。
私のお父様に反論したのは、ジュノットであって私じゃない。
「そうよ!いくら政略結婚にしたって、明後日結婚なんて急すぎるでしょ?!」
私の援護射撃にジュノットは、深く頷いたけど両家の両親は眉間に皺を寄せた。
何で?
「それは違う」
「あの…どういう意味?」
「はあ、本当に忘れてるなんて…!」
厳めしい顔のおじ様に否定され、お母様に嘆かれました。
けどさ!分からないものは分からないんだから説明してよ!
「最初に会った時に説明したじゃない!許嫁だって!」
おば様。説明ありがとうございます。
でもそれって……。
「私達がうんと小さい頃の話じゃない!覚えてるわけないでしょ!?」
「そうだよ!10年くらい前でしょ!?遊び相手だって思うよ!」
「…予想くらい出来たはずだ」
おじ様の決して大きくなかった声は、この空間に沈黙もたらすのに充分だった。
その言葉の裏の意味が理解出来ない人間は、少なくともこの空間に存在しなかったから。
お父様とおじ様は、引き裂かれた恋人同士であり、この世界では、引き裂かれた男同士の恋人達が我が子達を自分達の変わりに結婚させるなんてよくある話なのだ。
特に結婚させる我が子が父親似だと父親似なだけ良いとされていて、片方に父親似がなかなか産まれないと一回りも二回りも歳の離れた人と結婚させられる。
中でも一番の問題は、その結婚の末に産まれた子が両家の祖父にばかり似ていた場合やそれに準ずる場合、祖父が孫を養子縁組して愛した者との我が子として育てようとし、むりやり我が子から孫の親権を奪いとる事もあるし、孫に全ての財産を渡そうとさたり、愛情の偏りを生じさせたりする可能性があるのだ。
まあ、歳の点で言えば、同い年で父親によく似た子として生まれたのは不幸中の幸いだし、無理強いするような人達でもないが、父親の愛情は偏る可能性が高い。
「いや!」
私とジュノットの言葉が被る。
「決定事項だ」
冷たく突き放すようなお父様が恐い。
それでも、言わずにはいられない。
「考え直してよ!いやなの!私の子に私と同じ苦しみを味わわせたくないの!」
父親の愛を一身に受ける為に他の兄弟に妬まれ嫌悪される。
夢の中との違いに何度も愕然とした。
夢の中の両親は我が子達を平等に愛し、でも両親に一番愛されたい子供達は、周りの子の方が愛されてると不満をもらす。
現実は、父親に寵愛を受け、母親が均等を保つように他の兄弟にばかりかまい、私にかまってくれない。
そんな現実を我が子に見せろというの?
「もう一度言う。決定事項だ。覆らない」
話は終りだ。とばかりに部屋を出ていく両家の両親を私とジュノットは、ただ茫然と見ていることしか出来なかった。
* *
「ごめんね」
いまだに気の抜けてるジュノットの腕を握って私の部屋に連れてきて、ベッドに座らせた。
「…パリシアが謝るのはお門違いじゃない?」
そう笑ったジュノットの笑顔はとても辛そうだった。
「別にパリシアが嫌いなわけじゃないの」
「うん」
「パリシアも大好きよ」
「うん」
「でも!!愛してるのは!愛してるのは!………ロザラオなの!!」
「うん。ごめんね。二人を引き裂いて」
どうしてこんなに苦しんで結婚しなきゃいけないんだろう。
どうして大好きな幼なじみ達を傷付けるような結婚をしなきゃいけないんだろう。
「どうして昔のままじゃ入れないの!!許嫁なんか知らない!魔術師団と騎士団の確執なんか知らない!昔のまま笑ってたい!!隠れてなんて会いたくない!三人でいいの!三人で昔に戻りたい!!」
「…不謹慎だなぁ」
「パリシア?」
「ごめんね、こんな時なのに…。でも、除け者にされなかったのが嬉しくて」
ジュノットは、自らの悲痛の叫びに頬を緩めた私をキョトンと見つめてきた。
でも、嬉しかったんだ。
ずっとずっと不安だった。
優秀な二人と平凡に毛が生えた私。
愛し合ってる二人とおこぼれの私。
ずっと勝手に後ろに引っ付いて邪魔だと思われてたんじゃないかって不安だった。
「ごめん。ありがとう。必要としてくれて、一緒にいさせてくれて、本当にありがとう」
抱き締めあって二人で泣くことしかできない。
ごめんね。赦してとは言わないから、ただ言わせてごめんね。本当にごめん。私が、私なんかが生まれなかったら…。
「パリシア…」
「ん?…なぁにジュノット」
「…死んだら、また、三人に戻れるかしら?」
「ジュノッ…あっ!それだ!!」
「え?死ぬ?」
「違うから!覚悟した顔止めて!」
「じゃあ、どういうこと…?」
「仮死状態を作り上げればいいんだよ!そうすれば死んだことになって、ロザラオを一緒に田舎で暮らせる!」
「ッ!?でも、それじゃあ、パリシアが!!」
「多少の犠牲は仕方ないよ」
「でも!!」
「その気持ちだけで充分だから、ね?」
「パリシア!!」
ジュノットの鋭い視線が私を射る。
でも、私だって譲れない!大好きな幼なじみ達に幸せになって欲しい。
「ジュノット。よく聞いて、確かにジュノットとの婚姻がなくなったら、私には新しい婚姻話が持ち上がると思う。でも幸い、私の家は爵位こそ低いけどお金もあるし、家柄も古い。だから、きっと良い縁談が来るわ。二人に負けないくらい幸せになるから。だから、私の我儘を聞いて欲しいの。お願い!!」
「ッ…パリシア!」
まるで幼子のように首を横に振るジュノットにもう一度言い聞かせるように、抱き締める腕に力を込めて言葉を紡ぐ。
「お願い、ジュノット」
「……ょ」
「え?」
「絶対よ!絶対、幸せになるのよ!幸せになんないなんて許さないんだからね!!」
「ジュノット…、ありがとう」
「パリシアを幸せにしない人がパリシアの夫になったら、殺すから!!だから、夫のためにも自分を幸せにしてくれる人を選ぶのよ!!
あっ、あと!!そうね、だから、家の利益の為の結婚なんて許さないわ!!いいわね!!」
「もう…わかったから」
「絶対!絶対!違えないでね!!」
この後も何度も念を押してきたジュノットの声は、今にも泣きそうだった。
本当に良い幼なじみに巡り会えたことに感謝する。
だから、幸せになってね?
ジュノットが私の幸せを願うように、私もジュノットとロザラオの幸せを願ってるからね。