第三話 二人のノーハート
9月19日水曜日、朝っぱらから金本たちが俺を襲ってきやがったがそれ以外は何にもない。ああ、今日もいつも通りだな。佐竹もいつも通り、授業を受けてるし、なにも変わったことはない。昼休みまでは、
「黒田君、ちょっといい?」
「・・・ああ。」
昼休み、佐竹に呼ばれた。俺はそのまま、佐竹について行った。
連れてこられた場所は学校の屋上だった。予想していた通りだ。
「で、何の用だ?」
「・・・さぁ?」
「はい?」
「私にもよくわからないわ、なんとなくよ。」
なんとなく・・・。そういえば、俺が昨日、佐竹を救った理由もなんとなくだったな。
「ああ、そういえば昨日の礼を言ってなかったわね。一応言っておくわ。ありがとう。」
「一応は余計だ。」
「そう?」
そういいながら、俺は屋上の柵にもたれかかり、目の前に広がる街の景色を見た。しばらくすると、佐竹も柵にもたれかかった。
「・・・わたし、この眺めがすごい好きなの。」
「そうなのか?俺も好きなんだ。そうだな・・・人間の感情で表すと・・・」
「心が洗われる感じ?」
「そう、それ。」
「まさか、私たちは「ノーハート」なのよ。そんなことあるはずない。」
「じゃあ、佐竹はなんで、この眺めが好きなんだ?」
「う~ん。なんとなくかしら?」
「・・・ああ、そうか。」
確かに、佐竹の言うとおり、俺たちはノーハートだ。だからもちろん、心が洗われることなんてありえない(そもそも、心がない)。それどころか、あってはならない。じゃあなぜこの眺めが好きなんだ?といわれてもおそらく、佐竹といっしょで「なんとなく」としか答えられないだろう。
キーン コーン カーン コーン
授業5分前の予冷が鳴る。さて、そろそろ教室に戻るか。俺は階段のほうへ歩き出したが佐竹は一歩も動かない。
「佐竹、戻るぞ。」
「えっ、ああ、うん。」
俺たちは教室に戻っていった。そしていつもの授業が始まる。
授業がおわり、いつも通り家に帰る準備をする。今日は佐竹に呼び止められられなかったので素直に帰宅した(家から高校までは徒歩で約30分)。少し休憩し、晩御飯でも作ろうと思ったのだが、あいにく、食材が足りない。
(買ってくるか・・・。)
とりあえず、近くのスーパーに行くことにした。
近くのスーパーで今日は何を作ろうかなと思いながら歩いていると、佐竹に出会った。
「あ、黒田君」
「おう。」
買い物かごには肉や、野菜、果物も入っていた。おそらく俺と同じ目的でここに来たんだろう。
「ここへ何しに?」
「お前と同じだ。」
「へぇ、そういえばさ、黒田君って一人暮らししてるの?」
「ああ、まあな。」
「私と同じだね。私は親に捨てられたの。」
べつに、よくあることだ。ノーハートが親に捨てられるというのはふつうのことだ。それもノーハートが少ない理由の一つだな。誰にも拾ってくれなければ死んでしまう。俺はその分では運が良かったといえるだろう。
「そうなのか。俺は両親が病気で死んじまってな。」
「ふ~ん。それと、ここから家近いの?」
「ああ。」
「どこに住んでるの?」
「○○町三丁目だ。」
「あ、それも同じだ。」
「・・・そうなのか?」
少しだけ驚いた。いくらノーハートでも多少驚く。
「うん。よかったら一緒に帰らない?」
「なんで、ってなんとなくか。」
「正解。見たところ買い物終わってなさそうだから手伝ってあげるわ。」
とりあえず、俺たちは買い物をぱっぱと終わらせ、家に向かって歩き出した。
「ねえ、黒田君。」
「なんだ?」
「明日もまた屋上に来てね。」
一瞬、何のことかわからなかった。うん、本当に一瞬。
「ああ、学校のことか。」
「うん。なんでか知らないけどもっと話したいと思って。」
「わかった。いいぞ。」
「じゃあ、私の家こっちだから・・・。」
「おう、じゃあな。」
「バイバイ、黒田君。」
俺は、佐竹と別れた。少し、自分の口元が緩んでいた。
―そうだな・・・あいつと屋上でしゃべるのは悪くない。
そして俺は自分の家に帰るため再び歩き出した。