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3-皇帝

 黄色いイグルーへ向かって、二つのぬいぐるみが歩み寄ってくる。仁王立ちで待ち受ける男の正面へと到達するなり、同時にペコリと頭を下げた。子供が教えられた通りに頭を下げているような、実に微笑ましさの宿るお辞儀である。

「また来たか。しつこい連中だ」

 挨拶とばかりに男が吐き捨てる。ちなみに花粉人と正対しているのは例の老人だけだ。ヨーヘーとステラは入り口の陰から様子を窺っている。顔を憶えられたら狙われるだろうという、男の配慮からだった。

 覗き見る二人には全く気付く素振りも見せず、二人の花粉人は何やら小芝居のようなものを始めた。彼らは声を発することができないので、無声映画でも見ているかのような状況だ。

 片方が座り込むなり頭を抱えてフルフルと震える。そしてもう片方が覆いかぶさるかのように両手を広げて震える相方の上でユラユラと揺れていた。やや迫力に欠けるが、襲っているように映らなくもない。

 何だこれはと思った直後、二人は何事もなかったように立ち上がって仲良く並び、軽く持ち上げた右腕をワイパーのように振った。否定、あるいは拒絶の意思表示にも見える。

「なるほど……つまり花粉団子を食べる時には窓を拭きながらにしろと、そういうことだな?」

 花粉人は揃ってうなだれた。どうやら違うらしい。

 だが花粉人は諦めない。

今度は座り込んだ片方が、左手に持った何かを右手で口にかき込むような小芝居を始める。一見すると何かを食べているかのようだ。そしてその隣で、もう片方が両手を使って頭を中心にした大きな輪を作っている。正解、とでも言いたいような素振りだ。

 続いて食べていた方が立ち上がり、両手を上に持ち上げてえっちらおっちらと歩き始める。まるで何か重い物でも運んでいるかのようだ。一方のもう片方は、頭の上で両手を交差させている。不正解、という意味に見えなくもない。

 更に歩いていた方が急に寝そべり、死んだように動かなくなる。眠っているのか死んでいるのか、判断は少し難しいところだ。そしてもう一方は再び丸を作っていた。

「これはアレか? そっちのヤツはマルとバツってことか?」

 正解で嬉しいのか、小走りに近付いてきた二人の花粉人が気味が悪いほどシンクロしながら何度も首を縦に振っている。目はないが、二人の雰囲気には期待の眼差しが感じられた。

「つまり、こういうことだな。手が震えるほど耄碌したら、下手に動き回ったりせずに、さっさと死ねと」

 縦の動きが横に変わった。

「相も変わらず残酷な連中だな」

「違うだろっ!」

 ツッコミが入った。

 生真面目なツッコミ気質の性である。一瞬気まずさが場を覆いかけるが、こうなっては仕方ないとばかりに気を取り直し、開き直って黄色いカマクラから足を踏み出す。

「この二人は明らかに友好的じゃないか。最初のジェスチャーは襲ったりしませんよという意思表示だし、二つ目のヤツは食べるに困らない上に働かせたりしないし安心して眠れますよという意味でしょーが」

 花粉人二人が顔の前で両腕を何度も合わせている。音は鳴っていないが、恐らくは拍手なのだろう。少なくとも、とても嬉しそうなことは間違いない。

「まさか、こいつらの言葉がわかるのかっ?」

「アンタがわからな過ぎなんだよっ!」

 花粉人が二人して何度も頷いている。今までの苦労が偲ばれるというものだ。

「え、じゃあコイツらってワシを食べようとしてるんじゃないの?」

「どういう解釈をしたらそうなるんだよっ。というか口すらないのに、どうやって食べるんだよ?」

「なるほど、それは盲点だったな」

 もはや目が見えていないレベルの視力である。

「何でもいいけど、その子達に聞いてみない? お父さんのこと」

 呆れたような溜め息を漏らしながら、ステラもカマクラから出てくる。花粉人達の目的はともかくとして、人間を保護して回っているのだとするなら、紛れ込んだ所長を保護している可能性は低くない。ヨーヘーは頷き、膝を折って花粉人と向き合った。小さな子供にでも話しかけているようで、傍目には実に微笑ましい構図である。

「ちょっと聞きたいんだけど、いいかな?」

 二人の花粉人はタイミングを揃えたように同時に頷く。

「多分半日くらい前の話になると思うんだけど、白髪交じりで口髭を生やした白衣の男性をどこかで見たり、保護したりしてないかなな? 知り合いなんで、捜しているんだけど」

 花粉人達は大きく首を傾げた。どうやら即座に思い当たる節があるという素振りではないらしい。

「知らないみたいね」

「そうだな」

 さほど期待していたワケでもないので、ヨーヘーにもステラにも落胆の色はない。しかしその様子を見て、二人の花粉人がピョコピョコと跳ね始めた。そして立ち上がろうとする二人に片方が待ったをかけるように膝に触れ、もう片方が転がるように走り去っていく。

「なによ。何かあるの?」

「誰か知ってる人を呼びに行ったとか、そんな感じか?」

 残った花粉人がコクコクと頷く。

「お前ら騙されるなっ。そいつらはやはり我々を食べようとしているに違いないっ。人数が増えて喜びの踊りを踊っているのがその証拠だ!」

「はいはい、お爺ちゃんは部屋でゆっくり休んでましょうねぇ」

 猫撫で声でステラが誘導する。

「うむ、お嬢ちゃんが添い寝してくれるというのなら休まないこともない」

「手刀と投げ、どっちで眠りたい?」

「すいません。背筋が寒くなってきたので一人で眠らせてください」

「よろしい」

 少しも笑っているように見えない笑顔に見送られて、ご老体はカマクラの中へと戻っていく。わざとらしい咳をして弱ってるアピールをしてくる辺り、まだまだ元気なお爺ちゃんだった。

 残ったのは二人の男女と小さな黄色いぬいぐるみが一つ、黄色過ぎる砂漠で待つシルエットはあまりにも奇妙で、自覚をすればするほど現実感が遠のくような錯覚に陥りそうだ。事実三人は、深い思考を避けるように呆然と、ただ時が過ぎ行くのを待つしかなかった。

 しかし、考えないからといって現実の形が変わるワケではない。

 程なく現れた箱状物体によって、彼らの現実感は更なる崩壊を迎えることとなったのである。


 ロードローラーみたいだと、ヨーヘーは思った。

 色もさることながら、大きくて幅の広い車輪と四角いシルエットが、そう思わせたことは間違いない。周囲には何十人という数の花粉人が群がり、一つの集団を形成している。その中心に、ロードローラーは鎮座していた。

「……何なの、これ?」

 ステラの疑問はもっともだが、それに答えられるほどの材料をヨーヘーは有していない。ただ、何となくながらも予想できることはあった。

「とりあえず、偉い人でも乗ってるんじゃないか?」

 答えたというよりは独り言に近い呟きを聞いて、ずっと残っていた花粉人が何度も頷く。どうやら正解であるらしい。

「へぇ、王様か何か?」

「王様ではない。我こそは初代花粉皇帝なるぞ!」

 ステラの言葉に反応して、ロードローラー上部を覆っていた垂れ幕が、カーテンのようにスライドして開く。その内側には玉座と思しき豪華な椅子が据えつけられており、やたらとヒラヒラしたそれっぽい装飾を施された――しかし黄色い服に身を包んだ一人の男性が座っていた。

 白髪交じりの頭とチョビ髭が特徴的だ。

「あ」

 ヨーヘーとステラが同時に口を開ける。

「あ」

 自称皇帝も口を開けた。

 そしてカーテンを閉じる。

「今日の見回りは無事終了。何事もない一日だったぜ、いやっふー!」

「待たんか、コラ!」

 そのまま見なかったことにして帰ろうとする皇帝(笑)を捕まえるべく、中二階ほどの高さもあるロードローラー(仮)のコックピットへと、ステラは僅か三歩で到達する。こう見えて、彼女は合気道の達人だったりするほどの運動神経を誇っていたりする無駄に高機能な女性だ。ちなみに勉強の方はからっきしである。

「ひいっ!」

 カーテンをむんずと掴んで引きちぎり――本人としては普通に開いたつもりだったのだが――胸倉を掴んで顔を寄せる。

「実の娘に迫られて『ひぃ』とか、さすがにないと思わない?」

「私に娘なんかいないしー。皇帝だしー」

 実のところ声を聞いた時点でバレていた相手に対し、この距離で誤魔化そうとする皇帝(笑)は、往生際の悪さという点ではかなりの猛者である。

「……いい加減にしてよ、お父さん」

 娘の溜め息はウンウンオクチウムより重い。

「お父さんではないっ。博士と呼べ!」

「皇帝どこ行った!」

「ちぃ、誘導尋問とは卑怯なっ!」

 もう駄目だ、この皇帝。

「所長、ちょっと聞いても良いですか?」

 身柄の確保を娘に任せたヨーヘーは、回り込むようにしてロードーローラーの裏側、駆動輪が見える場所へと近付いていた。周囲を囲んでいる花粉人達を踏みつけないように気を付けながら、いつものように手を挙げて発言の許可を求める。

「何だね、助手一号」

「これって、どうやって動いているんです? 花粉を固めただけのようにも見えますけど……」

 アルバイトを始めた五年前は、呼ばれる度に律儀に修正していたものだが、五年も経てば、この呼び方に違和感を感じなくもなる。最近では、どうして二号が居ないのだろうと思う始末だ。永久就職だよ、やったねヨーヘーちゃん。

「さすがは助手一号、目の付け所がどこぞのバカ娘とは千光年は違うな」

「え、何? ここから投げ飛ばされたいの?」

「すいません。四方投げとかマジ勘弁してください」

 ステラの合気道は彼女の母親、すなわち皇帝の妻直伝である。夫婦喧嘩は口喧嘩に勝った後でボコボコにされるのがいつものパターンだった。娘の投げ技を喰らうと、彼はいつも別れた妻を思い出す。

「……うーん、やっぱり電気かな。でも花粉しかないのにモーターなんてできるものなのか? それとも、その部分だけ普通にモーターを使っているとか」

「残念ながら、電気ではないよ、助手一号」

 手首を掴んでの極め技――四教で腹ばいにさせられた無様な皇帝が、それでも律儀に説明を始める。

「花粉は水と光さえあれば動く。モーターもそれで動く。ビバ花粉文明!」

「いやいやいや、いくら何でもそれは科学者としてどうなんですか」

「だって動いているんだからしょーがないじゃないか」

「しょーがないって……」

「ならば助手一号、キミの周りでワタワタしている黄色いぬいぐるみがどうして動いているのか、説明してみたまえ」

 そう問われてヨーヘーが背後を見回してみると、皇帝を人質に取られて狼狽しまくっている花粉人達が頭を抱えたり空を仰いだり四つん這いで落ち込んでいたりした。声がない分だけ奇妙にも映るが、彼らに感情があってこそのリアクションであることは一目でわかる。

 ただ、その感情がどこから湧いてきて、彼らがどうやって動いているのかなど、見当もつかない。

「すいません。お手上げです」

「当然だ。我々人類は、我々自身がどうして動いているのかすら曖昧なまま、不完全な科学で何もかもを理解しようとしているのだからな。わからないことはあって然るべきだ」

「……で、この車輪はどうやって動いているんですか?」

「ビバ、花粉文明!」

 よくわからないということはよくわかった。

「そういう面倒な話は後でいいからさ。とにかくこの奇怪な乗り物からさっさと降りてちょうだい。いつまでもこんな所に居られないんだから」

「くくくく、愚かなり。そう簡単にこの世界から脱出する方法を教えてやると思うたか!」

 冷ややかな目で実の父親を見下ろすステラが、少しだけ手の角度を変える。

「あだだだだだっ! すいません。言いますしゃべります教えますからぁ!」

 花粉帝国の初代皇帝は、実の娘によってその地位から蹴落とされたのである。


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