君とさがした偽りを
「例えば、君に好意を寄せている人物がいたとしよう」
たっぷりと時間をとってその言葉は発せられた。
「随分と酔狂な人物がいるもんだな」
面倒なので話半分で応える。
「ああ、私ぐらい酔狂だと誰も彼も好人物に見える。 もちろん君もだが」
「そうかい、そりゃよかった」
サラリととんでもないことを言う。
「話を戻そう、その例えばが起こって
その人物は君にプレゼントをしようと考える、君はどう思う?」
「どうって・・そりゃ悪い気はしないだろう」
とりあえず一般論として返答してみた。
「なるほど、ではもう一人、
同じように君に好意を抱く人物が現れたらどうだろう?」
少し意地の悪い視線が注がれた。
「もちろんその人物も何かプレゼントをしようと考えている」
「あの、そんなこと、生まれて今までなかったんですけど・・」
「だから、例えばの話なのだよ」
即答で応えられる、最初からわかっていると言わんばかりで、
酷い言われようだと気付いた。
「ふん、さすがにちょっと困るね、
そりゃこっちだって気に入れば付き合ったりとかあるんだろうけど」
「だと思うよ、君はそんなに器用そうに見えないし、
それ以前に君自身がそういった事を許せないだろう」
「で、結局何が言いたいのですか?」多少皮肉を込めて相手を睨み返した。
「まあ、結論から言うと一人に向けれられる、
何百人規模という好意とプレゼントを君ならどうするかという話さ……」
※ ※ ※
授業をそれなりに受けて今は放課後。
大多数の生徒にとって、開放的な時間なのだろうが…。
「やれやれだな、ほんとに」
校内であまり生徒が寄り付かない空教室、その一つに躊躇無く戸を引いて中に入る。
「遅かったね、というより来てくれるとは思わなかったよ。七音無君」
中には学院の生徒会副会長である創馬九鬼が居た。
「こういうプライベートなことって、
生徒会業務とは別なんじゃありませんか?」
教室内は多少埃っぽいが思ったほど散らかってはいないようだ。
「達筆ですね」
部屋の隅に目立たないように『生徒会長バレンタイン対策本部』
と書かれた長い半紙がある。
「だろう、こういうのは形が大事だからね」
どこまで本気なのか、副会長は楽しそうに笑っている。
「実は暇ですか?時期的に卒業式とか何かいろいろあると思いますが……」
2月を目前にしたこの時期に、そんなことがないことは良く知っている。
「そこはそれうまくやっているよ、優秀な人だからね。
だからこの件ぐらいは僕たちでなんとかしなきゃならない」
「会長ともなるとプライベートは存在しないんだよ」
半紙を眺めながら副会長は続けた。
最初の質問が今更返ってきた、
意外と根に持つタイプなのかもしれない。いや、ただ律儀なだけか。
「どちらかというと公私混同っていいません、それ?」
自分の個人的な問題を役員が背負うあたりどうなかと思う。
「うまいこと言うね。でも、あの人が一日動けないと
この街自体にも影響がでるからね、そうも言ってられないよ」
「なんの冗談です、それ」
確かに影響力の強い人ではあるけど、その表現はいきすぎだろう。
「少し場を和ませるつもりだったんだが、不要のようだね」
こちらの心情を推し量っていたのだろうか
確かに二つ返事で頼みを受けられるほど、向井桜花という人物に特別な感情は無い。
「ええ、とりあえず学園が混乱するのは見てられませんから」
「模範的な答えだ、そろそろ本題に入ろうか」
「お願いします」机にざっとファイルが並べられた。
「簡単な仕事だよ、当日の対応はこちらで手を回す、
君にはここに書かれている計画書の穴を見つけてもらいたい」
「『穴』ですか?」
「ああ、事が事だけに女生徒に振るわけにいかない、
情報が漏れてしまっては意味がないしね」
「逆に売ってやったらどうです?
卒業式に飾りの花ぐらい増やせるんじゃないですか」
「面白い、それは考えてなかった」
しばらく笑ったあと、教室のトビラをノックする音がした。
「おや、彼女も到着したか。いいタイミングだ、入ってくれ」
「女生徒は入れないんじゃなかったんですか?」
『彼女』という単語が少し気になった。
「大丈夫、彼女は君と同じで勤勉だ」
「それは、頼もしいことで……」
今までの会話は『これ』をまっていたのではないだろうか?
だとしたら、随分と演出が過ぎると思った。
※ ※ ※
ノックされてから一時間ほどたっただろうか
「ナナさん、ナナさん」目の前に座る女の子が気さくに話しかけてくる。
僕は何故か子守をしていた。
「ナナさん、こっち終わりましたよ」
「はいはい、じゃあこっちのファイルに目を通してね」
はしゃいだ声に冷静に返す。
机を挟んで座るその女の子は、これまた元気に返事をすると、
『バレンタイン対策要綱』と打たれたファイルを広げた。
名前は鷹屋喜里
副会長が『すけっと』として自分に押し付けた女の子だ。
小柄で長い髪を横で束ね、明るくころころと興味がうつる。
いかにも『今どきの子』だった。
「やっぱり会長は人気なんですね~」
鷹屋さんはよく動く目で文章を追いかけながら、
感嘆の声をもらした。
「そりゃ、中身はどうあれ見てくれはあれだからな」
『生徒会会長、向井桜花』
冗談みたいな話だが性別不明の人物だ。
いまどき、そんな曖昧な情報が通用するのかと思うが、
事実まかりとおっている。
この件に関しては、この国が無駄に豊かで平和な証拠だろうと、
無理やり納得しておくことにしている、でないと後が怖い。
まあ『会長』という肩書きのおかげで
『彼』か『彼女』か使い分けずにすむ分楽ではあるけど……。
女子生徒からは『可愛い美少年』
男子生徒からは『気になる美少女』
人気取りにはもってこいなキャラ付けということだ。
「あれ、ナナさんってクールですね」
なんとなく嫌な回想から戻ってくる。
とりあえず仕事の続きに取り掛かることにした。
「鷹屋さん……何度も言ってるけど、
その『ナナ』さんて、やめてくれないか?」
「嫌なんですか?」
「質問に質問で返さない」嫌だからいってるんだって……。
「いいじゃないですか、かわいいですし」
「男がかわいくてどうするよ!?」全力で遠慮したい……。
「女の子は周りがかわいく見えるものなんです」
「嫌なフィルターのある目だね」
「ちなみに、嘘を見抜くセンサーもついてます」
「そりゃ、どこぞのマンガのアイテムよりも便利そうだ」
「ええ、『せんとうりょく』なんてその場で調べてるようでは、
今の情報化社会では生きていけないのです」
こちらのジョークをそれなりのユーモア付きで返された。
面白い子であることは認めよう、だが……。
「なんで、こんなことに協力する気になったんだ?」
なんとなく目線を外す。校庭では運動部がランニングをしていた。
「会長が好きだからでは理由になりませんか?」
さっきと同じトーンで返すが、少し固い気がする。
「別に、それが本気だというなら構わないけど、少し不自然だと思ってさ」
「どのあたりがですか?」
「会長はあまり女性を近くに置きたがらない、それに……」
少し言葉を濁して彼女を見た。
「それに?」
「君を、僕は知らない」
生徒会の役員なんてものを手伝わされているので、
だいたい生徒は把握している。
「なんだ、そんなことですか」少し目を閉じて、彼女は続けた。
「私、ここの学院の生徒じゃないですから」
「……え、あ、そう」
戸惑うこちらを可笑しそうに見つめてくる。
『何を当然のことを聞くんですか?』と言っているようだった。
「で?」
「はい?」
『それ以上何か説明が必要ですか?』と更に目で訴えられる。
「いや、だったら何でここに居る?」
ちゃんとした答えをもらっていない。
はぐらかされそうなので、装飾無く言葉をぶつけた。
「見学です。来年度はこちらに通うことになると思うので」
「なるほどね、とりあえず筋は通るな」
最初からそう言えばいいものを……。
「そういう理由にしておいて下さい」思わず、イスからこけそうになった。
「あのね・・鷹屋さん?」
「女の子は秘密が多いんです」にっこりと笑う。
ツッコミどころを思案していたが、全て封じられてしまった。
「オーケイ、とりあえず今日はそのファイルを見たら帰ろう」
『聞くな』と言われて、踏み込むほど僕は物好きではない。
まあ『今のところは』という限定付だが。
「はい」
それで無駄話は終わりとばかり、お互いに手元の書類に集中する。
会長と副会長は揃って『つまらない仕事』と『彼女』をそろって寄越した。
つまりはそういうことなのだろう。
それから下校時刻までいっさい会話はなかった。
※ ※ ※
いろいろあって、それから二日たった。
「なあキョウ、俺はおまえのことを親友だと思っていたんだが」
「悪いな、命連。悪友に構っている暇は無い」
ホームルームが終わり、適当に何か入れてから
空き教室に向かおうとした所、面倒な奴に捕まった。
どう見ても不良にしか見えない風体の男、
四ッ日命連の脇をすり抜けてさっさと廊下に向かう。
だが、すぐに制服の袖を掴まれた。
「聞けって、いつのまにあんな子と知り合いになったんだ?」
「何が?」見当は付くが知らない振りをする。
「この前見たぜ、まったく『自分は興味無いです』
みたいな態度のくせにちゃっかりしてるぜ」
肩に手を回し、引き寄せてきた。
「顔が近い、それに何を言っているか全くわからないんだが」
「だったら、そこを開けてみろよ」自信満々に出入り口の戸を差す。
「………何を言うかと思えば」
とりあえず、目の前の戸に手をかけた。
にぱっと鷹屋さんが笑っている。
「…………」
「………………」とりあえず出方を伺ってみる。
「…………」
「………………」どうやら、相手も同じことを考えているらしい。
無言で扉を閉める。
「おいおい、どうしたキョウ?」
いいから、少し黙っていてくれ。
教室を横断しているのを気付かれたくない。
まあ、命連に関わろうという奴は少ないので助かる。
他の残った生徒は何事かと顔を向けるが、それ以上は何もなかった。
ようやく、反対側までたどり着き戸を開ける。
にぱぱっと再び満面の笑み。
なかなか読みの鋭い娘っ子である。
とりあえず、全力で無視することにした。
いくら会長が手を回しているといっても限度があるだろう。
彼女は学院の生徒ではない、いくら放課後といっても騒ぎになりかねない。
その辺りをわかっていると思っていたが、
彼女のことを少し勘違いしていたらしい。
「ちょとちょっと、ひどいですよナナさん」
「そうだぜ、親友と彼女を置いてどこに行くというのかね?」
「残念だが、僕には『親友』も『彼女』もいない」
言ってから、それはとても寂し人間だなと思ったが、気にしたら負けだ。
ステレオでかかる非難に、芸能人バリの伏し目がち早歩きで対応する。
「えぇ、私、彼女さんだったんですか?」
「あれ、違うの?俺はてっきり……」
何を仲良く会話しているんだあの2人は!
「ええぃ、そこの二人少し黙れ」気が付けば廊下の端まで来ていた。
こちらに説明をもとめる視線が二つ
鷹屋さんは別に必要ないはずだが……。
「……で?」先に口を開いたのは命連だった。
「なんだよ」なんというか、自分でもわかるぐらい機嫌の悪い声だ。
「まあ、そう怒るなって」ポンポンと肩を叩かれる。
「秘密の関係ってやつなんだろ、
獅子唐には黙っておいてやるから……」
全然わかってない。
ちなみに獅子唐とは居候させてもらっている幼馴染のことだ。
「おまえ、わかっててやってるだろう」いい加減疲れてきた。
「ナナさん、わたしというものがありながら、
他の人と仲良くしているなんて……」
何故に涙目で僕を見るのか……。
「ちゃんと説明するから、君も遊ぶのはやめてくれ」
「はぁ~い」
泣きまねとは思ったが、返事だけは元気がいい。
なんでこんなのばっかりなんだ。
要約すれば1分とかからない内容だった。
「へぇ、生徒会の手伝いね……本当かな?」
命連はまだ、不振そうにこちらを見る。
「本当ですよ、私は女の子の視点から
当日の計画に穴がないか見ているわけです」
鷹屋さんは無い胸を張って答えた。
さすがに学院の生徒では無いとは言えない。
「おまえはどうなんだよ、役員って言ったって
他にやれる奴はいくらでもいるだろう?」
「別に……よくある会長の『思いつき』だ、今に始まった話じゃない」
そう、いつものことだ。
それで今まで穏便に済んだことなど無かった。
「ふうん、まあいいさ。で、鷹屋さんだっけ?
今日は何時頃終わるの?帰りにどっか寄ってかない?」
「すいません、遅くなると思うし、お迎えが来ますので……」
「おお、お嬢様っぽいな」
含み笑いしながら命連がそっとこちらに耳打ちしてきた。
「いい子じゃないかキョウ、変な気は起こすなよ」
「誰が!?」
「お前がだよ、案外ああいうのに弱いんじゃないかと思ってな」
「そりゃ……ないよ」
視線を泳がすと鷹屋さんと目が合った。
なんとなく期待のこもった目をしている。
あれは男同士の密談に何かよからぬ想像をしている目だ。
本当に疲れる奴らだと思う。
ただ、あまりにも出来過ぎた『楽しい放課後の風景』に逆にズレを感じる。
なんとなく、離れた位置から客観的にこの現場を眺める自分がいた。
確かに彼女に興味はある、だけどそういうことじゃない。
もっと別の何かだ。
※ ※ ※
「よかったのか?」
日もだいぶ傾いた頃、『バレンタイン対策要綱』のチェックを
半分ほど消化し終わった所で彼女に話を振ってみた。
「何がですか?」
「命連だよ、気が合うみたいだったし、
二人で遊びにいっても僕は構わなかったんだけど」
あのあともしばらく話しをしていた。
こちらは彼女がボロを出さないように聞いていただけだが……。
すっと彼女が僕を見る。
「もしかして、妬いてます?」
「残念だが、そういうことじゃない」
「えぇ、じゃあ私に命連さんを取られるのが不安なんですね♪」
「重ねて言うが、そっち方面のことでもない」
何を嬉々として言いますか、この娘っ子は……。
「君は無理をしている。なんとなくそんな気がする」
「何の話ですか?」
「男の勘ってやつだ」
「…………言ってて恥ずかしくないですか?」
「少し………」
思いついたんだからしょうがない。
これで恥をかきこそすれ、得をしたことは無いのだけど……。
「ナナさんってもっとクールだと思ってました」
「君と同じくらいまじめなつもりだけど」
嫌なやり方だが、これで退くなら諦めようと思った。
彼女には何かある、こちらが踏み込むのを待っている。
会長達が僕に今回の仕事を任せたのは、間違いなく『これ』が理由なのだろう。
ただ、どちらに転ぼうが知ったことではない。
さっさと終わらせてしまう方が、たぶんお互いのためだ。
それに、決めるのは彼女だ、僕じゃない。
乗ってこなければそのまま『世はこともなし』
ここが分水嶺だな、と思った。
「何ですか、今度は?」
「別に『こちらは話を聞く用意がある』それだけだ」
最後のカードを切った。これでも大サービスだ。
しばらく沈黙のあと。
「……ちょっと、怖くて……」
ボソリと呟きが聞こえた。
主語が『命連が』ではないだろうことは容易に想像できる。
僕は無言で先を促した。
「その……お話とか平気なんですけど……
たくさん人のいる所とか、ちょっと……ダメなんです」
「よく聞く『パニック障害』とかいうやつか?」
「いえ、そういうんじゃないんですけどね」
珍しく歯切れの悪い返答だった。
まだ言葉を捜している感じがする。
彼女はしばらく間をおいた後、こちらをまっすぐ見た。
「七音無さんは人に『死ね』って言われたことあります?」
「枕詞として、少し刺激が強すぎないか?」
よっぽどのことでは動じないつもりだったが、
それでも随分な単語が飛び出してきた。
「私の兄は、たくさんの人の無関心さに殺されたんです」
彼女は自分で『決めて』とつとつと語りだした。
「どこにでもある、できそこないの安いドラマですよ」
彼女は自嘲気味の笑みを浮かべていた。
正直、彼女のそんな顔は見たくなかった。
※ ※ ※
自分は何をこんなにイライラしているのか?
鷹屋喜里の話を聞いてすぐに、空き教室を飛び出したものの
頭の隅では『やはり関わるべきではなかった』と呟く冷静な自分がいた。
確かにそうだったかもしれない、しかし……。
生徒会室の前に着く。丁度、人影が目に入る。
「会長は!」
顔なじみの生徒会役員がびっくりして振り向いた。
「えっ…と、今日は外出中です……」
こちらの雰囲気に呑まれて怯えていた。
じゃあ、副会長はいるな。
無言で生徒会室の入り口に手をかけると、さっきの生徒会役員が割って入った。
「あ、待ってください。中は今、会議中です」
構うものか、押しのけて戸を開いた。
「…………………」
たくさんの視線がこちらに集まるのがわかる。
馴染んだ場所のはずが、
今は足を踏み入れる気になれなかった。
「副会長、申し訳ないですが、緊急で確認したい用件があります」
言葉は整えたつもりだったが、口調はまるで喧嘩腰だった。
「わかった、5分後に出る。例の空き教室で構わないかな?」
表情一つ変えず応える。全てが用意されたセリフのようだった。
「構いません、お待ちしております」
それだけ言って扉を閉じる。
数センチ前の扉を睨みながらしばらく動けなかった。
やるべき行動はした、
だからといって気分が晴れるわけではない、
『私の兄は、たくさんの人の無関心さに殺されたんです』
つい先ほどの、彼女の言葉が蘇る。
『優秀な人でした、鷹屋の家の期待を一身に受けても決して動じず
堂々と長男として義務を果たされていました。
私もそんな兄を尊敬していました
兄は忙しいにも関わらず、そんな私の相手もよくしてくれました。
しかし、あるパーティーの席上でのこと
名家の令嬢に恥をかかせたとして兄に責任追及がなされました。
後からわかったことですが、その令嬢は兄に好意を寄せており
交際を申し込んだ所、兄がお断りしたそうです。
周囲の人々もそういった事情は気付いていたはずです。
しかし、自分達に火の粉が降りかかるのを恐れて
鷹屋の家は孤立しました。
それがきっかけで家は没落し、兄はその混乱の中で行方不明
幼い私は人目から逃がすように親戚に引き取られました。
数年たった頃、兄が死んだと聞かされました。
私は信じることができずに、可能な限り事実を探しました。
そうしていないと自分が保てなかったからです。
自分でもかなり無理をしたと思います。
私は倒れて、入院することになりました。
そのときの検査で、私の体は重い病気に蝕まれていることがわかり
日本での治療は難しいという診断でした。
当然、外国での手術には莫大な費用がかかります。
引き取っていただいた親戚は到底払うことはできません。
そこで名乗りを上げたのが、例の令嬢の一族でした。
私の入院した病院の出資者でたまたま知ったそうです。
その一族は他方に援助を求めました。
この件で鷹屋の家を没落させたという
公然の秘密を上書きしたかったのでしょう
周囲はそれを容認するように
この形ばかりの美談に飛びつきました。
そして・・その手術は今月末には行われる予定です』
※ ※ ※
確かに、『できそこないの安いドラマ』なのだろう。
だが、握ったこぶしの力はどうしても抜けなかった。
副会長が現れたのは、それから10分ほど過ぎた頃だった。
「や、遅くなってすまない、会議がおしてしまってね」
「気にしてません。来てもらえるとは思ってなかったので……」
皮肉を込めて、いつか言われたセリフを返した。
「手厳しいな、これでも僕は誠実な仕事をしているのだけど」
「彼女は……どういうことなんです」
前説に付き合う気はなかった。
「何が、かな?」
「聞きました、全部。彼女はなんでここにいるんです?」
「聞いているなら、わかるだろう。
例の手術が終わったら、この学院に入学するんだ」
「彼女は……それを望んでいるんですか?」
「さあね。けど、手続きはもう済んでいるし、
あとは彼女が変な気を起こさずに体験入学を終えてくれれば
全て丸く収まる」
「彼女の、鷹屋喜里の気持ちは……」
「ならば、死んでしまってもよいというのかな」
冷たい目で睨み返された。
「それは……だけど!」
「以前なにがあったにせよ、かの一族は、この学院へも多大な出資をしている
誰も慈善事業に反対しようなどしないさ」
「これは社会正義、人権、道徳になんら反した行為ではない
そうした事に学院としては意見を述べる気は無い。
たぶん、君と本人以外、誰も異は唱えないよ」
「……だったら!」何故僕をこんな立場に置いた!
無力な一学生が知ったところで、何も変わらないというのに……。
会長達は自分に何を期待しているのか?
鷹屋喜里は何故、こんな話をしようと決めたのか?
まるでわからなかった。
「ミスキャストで途方にくれているようだね」
挑発するように、副会長が呟く。
「この体験入学自体は彼女の望んだことだけど、君と組ませて
仕事をしてもらおうというのは想像通り、会長の考えだ」
「どこぞの機関では恋愛治療というものが、
本気で研究されているらしいし誰かを好きになれば、
彼女も生きる希望もわくだろう」
「ここまで話して、僕に何をしろというんです!」
「大丈夫、君ならうまくやれるさ……」
「………………」
「別に本心でなくていい。得意だろう、そういうのは?
君の言葉で人一人生かしてくれればいいんだ」
※ ※ ※
「例えば、不特定多数の好意が一人に向けられたとき
その人物が向けられた好意を疎ましく思ったらどうだろう?」
「考えるまでもない、無視すればいい、
そんなもの自分にとっては邪魔になるだけだ」
「確かにね。だけど、その好意にもとずいた行動を、
断るにたる綺麗な理由を持ち合わせていなかったら?」
「綺麗な理由?」
「個人的な価値観にもとづいた判断ではなく、
広く人に信じられ、考える必要が無く、安易な納得と安心を促す。
まあ、言ってしまえば集団幻想みたいなものかな」
「全然綺麗でない気がしますが……。
もう少し、救いってものは無いんですか?」
「無くはない、人は誰でも自ら物語の主役になることができる。
自分と自分が認めた観客、
それだけあれば意外とどうにかなるものさ」
※ ※ ※
数日後、結局、僕はまたこの空教室にいる。
放課後のチャイムを一人で聞いていた。
そういえばあの後、彼女はどうしたのだろう、
誰もいない教室を見渡して今更気が付いた。
「あれ、ナナさんもう居る」
首だけ向けると、最初に会ったときと変わらない顔があった。
「まあね、これでも勤勉なんだ」
彼女の明るさにすがろうとする自分がわかる、
軽薄な言葉はいつもよりすべらかだった。
「……………」
いつもだったら彼女の軽口が返ってくるはずなのだが――
「……優しい、ですね」
少し伏し目がちに微笑んだ。
やはり時間は巻き戻らないらしい。
「そんなんじゃない、
少なくとも君が今思っているほど優しくはないよ」
何か変化を期待されても、
無かったことにしようとしているぐらいだ。
「そうまっすぐ言えるのが、優しいんですよ」
少し泣きたくなった。
「仕事をしようか、そのために来たんだろ?」
さすがに照れくさいので、手元のファイルをふってみせた。
「ええ、そうですよ」
一瞬意外そうな顔をして、彼女はそのまま笑った。
会話はなく、ページを捲る音と書き込む音しかない。
『仕事に逃げる』とはこういう事をいうのだろうか……。
どれくらい、経っただろうか……。
「手、綺麗ですね」
「……ん?」
「手ですよ、綺麗によく動きます」
「そう?変わった所を気にするね」
褒められている、と受け取っていいのだろうか……。
「女の子は手を気にする生き物なんですよ、覚えておくといいです」
「なるほどね、今後の参考にさせてもらおう」
何の参考だが、自分で言っててよくわからないけども――
「ええ、今度素敵な人にあったら気にしてみてください」
「………鷹屋さん?」
「あ、ごめんなさい。別に他意はないんですよ」
「私は、もうすぐ外国で……手術……ですから」
「そうか、そうだよな」
「聞かないんですね?」
「何を?」
「いろいろと、なんでここにいるのかとか……」
「まあ、あまりそれは重要じゃなくなったし」
「そうなんですか?」
「うん、君がここで何をしたいか、それの方が大事だ」
そして何も決めない自分に、何を期待するのか?
「なんだか同じことのように思えますけど……」
「受け取る側の問題だよ、君は気にしなくていい」
「わかりました。じゃあまずこれを終わらせましょう、そしたら…………」
少しの間のあと決心したように顔を上げた。
「そしたら、私の恋人になってください」
言葉が頭の隅に鈍く響いた。僕はうまくやれるのだろうか?
「ああ、お安い御用だ」
声は震えていないだろうか、
普通を意識して話すのだがやっとだ。
この状況から選べる選択肢などほとんどない、
有意義と思えるものとなるとなおさらだ。
「ひとつだけ、条件がある」
だから、正直に嘘をつこうと僕は決めた。
「僕は君を決して好きにならない、それでよければ」
会長達が望むこと、それは既に形として成立している。
ただ、少し違うところがあるとすれば、
「ええ、お安い御用です」
二人ともお互いの嘘を理解しているということだ。
※ ※ ※
既に下校時刻は過ぎていた。
校舎を出てブラブラ歩く、
彼女は少し先をステップを踏むようなリズムで進んでいた。
なんとなくそれを眺める、
「ナナさぁ~ん」
「ん?」
「どこか眺めのいい場所、知りませんか?」
振り返る顔は最初に見た時と同じように笑って、
よく動く大きな目はこちらを捉えていた。
「ここだと、学院の屋上ぐらいだろうな」
「じゃ、そこでいいです」
「これからか?」
「これからです」
鍵を借りれなくはないが、どうしたものかな。
「わりと大変なんだが……」
「彼女の頼みです」
「あ~はいはい」
そういう言葉がすんなりと出る彼女に関心して用務員室に向かう。
ほどなく屋上に出た。
「寒いですね」
「当たり前だ、まだ2月だし」
「あははは、そうでした」
金網越しに池袋の街を眺める。
ひたすら普通であろうする。その時点で既に普通ではない。
それは、自分だけが特別であると思うことが、
別段特別ではないのと一緒だ。
彼女の境遇がどれくらいの確率の出来事か?
それを相対的に比べたところで無意味だとわかっている。
それでも、この金網の先の昨日と同じ日常をすごす
大多数にはなりたくないと思う心が、風景を少し滲ませていた。
「なあ、一つだけ聞いておきたいんだが」
「なんです?」
「やっぱり、くやしいか?」
「…………」彼女は表情を変えない。
聞くべきではないのだろう。
彼女は押し付けられた物語に磨耗して
自らが望むであろう物語に逃げ込むことにした。
いや、逃げ込むことを許された。
だが、今自分はそれすらも奪おうとしている。
「それは………くやしいですよ、
あの一族の都合で生かされるのかと思うと
くやしくてたまりません。でも………それよりも」
それは彼女の目にしか映らない風景なのだろう。
「手術が決まって病院にたくさんの知らない人から
『がんばって生きてね』ってメッセージが届くんです」
社会や道徳や倫理の先の、至極個人的で我侭な感情
ましてや自分に推し量れる類のものではない。
「ああ、私はこの人たちが思うように
頑張って生きなきゃいけないんだって思うと、何か泣けてきます」
大多数に流れていく物語のなかで、
それは川の中から、やっと突き出た枯れ木のように脆い感情だった。
なんでもないように言っている。
いや、そうであろうと努力している。
僕は顔を見ていられず、遠くを見た。
「でも、誰も間違ってないですから、当然の……こと……ですから」
泣いていた。
何も間違っていない、生きなければならないことも、
他人の都合で生かされることに苦しむ思いも
どちらも間違いではない。
だれもが彼女を暖かく守り、励ますだろう。
たぶん『彼女の恋人』もそうなのかもしれない。
だけどここにいる自分は、
この物語を終えた先に彼女が居ることを知っている。
人として生を選ぶのは正しい。
だけど、人間として選んだ正しさで、
鷹屋喜里の個人の感情を上書きしてはいけない。
「がんばれって言わないんですね」
「君は十分がんばった、今更僕が言う言葉なんてないよ」
たぶん、このまま病気を克服した彼女は
強く生きることができるだろう。
だが、それは薄皮一枚の折れそうな心が支えるものだ。
実際は強くなっていない、痛みに鈍感になるだけのことだ。
そうだ、だから彼女は鷹屋喜里として、
今、ちゃんと、ここで、傷つかなければいけない。
「酷い人です……」
痛みを痛みと感じられなくなることは、
たぶん、不幸だと思うから……。
これが自分にできる、恋人の役として側に立つ七音無京の我侭だ。
「うん、よく言われる」
「そんな人にはおしおきです、目をつぶっていてください」
『終わりにしましょう』そう言っているように聞こえた。
逃げ出すことも封じられ、
理不尽な生をそのまま受け止めた彼女の顔は
強くて脆いガラス細工のようだった。
「……わかった」
目をつぶる、風の音がよく聞こえた。
「少しかがんでください」
夕暮れ時に、遅れて動き出した物語は、
「………ん」夜を待たずに幕が下ろされた。
「サヨナラ、ナナさん」
僕は人の気配がなくなるまで、目を閉じたまましばらく街の音を聞いた。
※ ※ ※
3月になった。あの日から鷹屋喜里には会っていない。
「会長、これなんとかならないんですか?」
生徒会室には、いまだ未整理の会長宛のチョコが積まれていた。
というより、許容量を超えたそれのおかげで、
生徒会は図書室の一角を間借りして活動している始末だ。
チョコへの対応が急務となったわけだが、
それら一つ一つの差出人を確認し、3月のホワイトデーにお返しするための
作業は遅々として進んでいない。
しかも、中身の確認には送られた本人の同席が必須と来ている。
そんなわけで我らが会長は一切手伝わず、優雅に紅茶をたしなんでいる中、
一つ一つ無駄に丁寧すぎる梱包をあけるはめになっているわけだが……。
「ですけどねぇ……ななおとなし様が風邪を引かれてなければ
こうはなりませんでしたねぇ」
「む、そりゃそうですけどね……」
あの日の屋上で、そのままぼんやしていて
風邪を引いたのは事実なので何も言い返せない。
そういえば、彼女は大丈夫だっただろうか……。
「ああ、そうそう、喜里ちゃんなら無事飛行機に乗りましたよ」
「あ、そうですか」
この外見だけは綺麗な生き物は、なんでもお見通しらしい。
「付け加えれば、彼女のドキュメンタリー番組は今日だったですねぇ」
「そんなもんもありましたかね」
どうせ寄付した人間が宣伝目的でつくったのだろう
それを見ていられなくて、こうして面倒な作業をかってでたのだが……。
目の前で、会長は携帯TVの設置を始めた。
「何をしている、ハカマ宇宙人」
「見てのとおり喜里ちゃんを見るためです。
でも、宇宙人というのは心外です。それならあなただって
宇宙に生きているのですから宇宙人じゃないですか」
確かに間違いではないのだが、今はそんなこと重要じゃない。
「会長頼むから、そういうのはやめにしないか?」
「嫌です、あなたがどうするか見たくて喜里ちゃんを任せたんです。
『毒食わばそれまで』ということです」
「それなら『皿まで』ででしょう・・・って、そういうの、もういいから」
こちらがツッコミをしている間にテレビの映像が流れる。
昼過ぎのワイドショーのはずだが、
ニュースキャスターが神妙な顔つきでこちらを見ていた。
『ええ、この時間は内容を変更して、
与党有力派閥の汚職事件に関する報道特別番組をお伝えいたします』
短いセリフの後すぐにCMにはいる。
画面では最近流行のタレントが手を突き出して叫んでいた。
「あれあれどうしたのでしょう?
喜里ちゃんはなかなかテレビ映りがいいので
録画して送って差し上げようと思ったのに・・」
わけがわからず画面を見ていると、横からわざとらしい解説が入った。
「説明………してもらえるんだろうな」
間違いなくこのハカマ星人が何かしたらしい。
「私は何も……しいて言うなら、喜里ちゃんの笑顔を
独占したくなったのでちょっと私の知っていることを、
その筋の人に教えてあげただけですが……」
「ああ、そうですか……」何を知っていたかはあえて聞くまい。
涼しげな顔のハカマお化けから目をそむけて、画面を見た。
『調べでは、郷戸グループ関連企業からの
不正献金があかるみにでており、さらに捜査は俗に
『郷戸一族』と呼ばれる組織に及ぶものと思われます』
「これって確か……」
「その一族は喜里ちゃんとそのお兄さんが世話になったところですね、
いやいや、偶然とは恐ろしいものです」
出資先がこんなありさまで、まともに手術が行われるのだろうか?
「おい、鷹屋さんは大丈夫なのか!」
「大丈夫ですよ、書類上彼女は既に学院の生徒です、
生徒である以上、全力を持って守るのが私達の仕事です」
「最初から、全部手のひらの上ってことですか」
「なんのことですか?私は九鬼君に
『喜里ちゃんのちゃんと笑う顔が見たいですね』と相談しただけです
結果『おもちかえり』したくなったわけですが、何か?」
確かに、あんたなら人の生き死にぐらい操れるだろうさ。
「それと九鬼君があなたに謝ってましたよ、
『立場上ではあるけどきついもの言いをしてしまってすまない』と」
「わかってる、どうせ一緒に振り回された口だろ?」
いつもはもっとフランクだったのだ、
建前としてああ振舞うことはあるけれども、
今回はこちらまで蚊帳の外だったということか――
「ああ、もうなんかどっと疲れた。会長、これ今度でいいか?」
まったく減らないチョコレートの山を指す。
「私は構わないですけど、
この中に喜里ちゃんから私宛のチョコがあったはずです
たしかあっちの連絡先も書いてありましたが……」
「………あ~はいはいはい、わかりましたよ」
これと対等に渡り合える人間を誰か教えて欲しい。
「それでこそです、あなたは勤勉ですから」
※ ※ ※
お仕事は無事終わらせることができたでしょうか?
あなたが『勤勉』な方であれば、この手紙は
まずあなたの目に触れられているものだと思います。
桜花さんは『気にすることはないです』と言ってましたが
いきなり居なくなってしまって、すいませんでした。
この手紙も空港のロビーで急いで書いてます。
九鬼さんという方が、会長のお使いで見送りに来てくれました。
京さんの話をしたら、
こうして手紙を届けてくれるという事になったのです。
学院にはやさしい方ばかりなので早く戻りたいと思います。
さて、こうして手紙を書いたのは他でもありません。
京さんが、少なからず私のことで
負い目を感じているのではないかと思ったからです。
言葉は自分に返ってくるものだと聞いたことがあります。
あなたがあのとき言ってくれた言葉で
あなた自身が、傷ついていないかと逆に心配してしまいます。
私を、私のまま繋ぎとめてくれた人
そうできる人はきっと、
もっと哀しいものを見てきたのかなと気が付いたからです。
私は全部が平気というわけではないですが、
それでもちゃんと前を向いていられます。
あなたの言葉で、一人の女の子が救われたのは事実です。
そのことは誇ってもいと思います。
ですから、今後あなたが自分の言葉を発するのを戸惑ったときは、
あなたの言葉を真に受けて、明るく生きようとしている単純な
女の子がいたことを思い出してください。
ちょっとカッコ付けすぎですね。
忘れちゃっても構わないですよ。そのときはメチャクチャ綺麗になって
『ああ、あのときちゃんと付き合っていればよかった』って
後悔させてあげます。
P.S
チョコはあげませんよ
いつかあなたの嘘を聞けるまでお預けです。




