1 召しませ、私の旦那さま!
この世界、ナザール王国で最も美しいと謳われる存在、それが私、聖女ミリア・アステールだった。
アステール伯爵家のひとり娘である私は、深窓の姫のような透き通る白い肌に、夜明け前の空の色を閉じ込めたようなアメジストの瞳を持っている。滑らかな絹糸のようなプラチナブロンドの髪は、光を受けるたびに繊細な輝きを放つ。
幼い頃から美しい子だと言われていたけれど、成長するにつれ、より美しく、豊満な体つきに成長し、「最強の美少女」になってしまった。
その容姿は、かつて日本という国に生きた私の前世の記憶と照らし合わせても、トップクラスの美少女と断言できた。
そして、ミリアには強大な魔法の力があった。浄化に、治癒。その美しさとも相まって、聖女と呼ばれるようになってしまったのは仕方のないこと、必然だったのかもしれない。
優しい家族。豊かな暮らし。なんの不自由もない私。
だけど、そんな私には、ひとつだけ不満があった。
周りを見渡せば──。
(うわ、今日の騎士団長のオーク顔、一段とキツいな。ギョロ目に顎の張り、鼻の低さ、分厚い唇、丸々と太ったお腹の贅肉は何段重ねかしら。あれは完璧なオークだわ)
(うおっ、宰相閣下が声をかけて来たわ。見事な平坦顔。目はどこですか? 開いてますか? という細さ。鼻は丸く、前歯が気になる。手足はこれでもかというくらい細い。ガリガリ過ぎてうっかりガイコツくんって呼んじゃいそう。ああ、これこそがこの国の美しさだなんてありえないわ!)
私以外のこのナザール王国の住人たちの美醜の基準は、日本でのそれと完全に逆転していた。
それに気づいたのは、私が六歳のころ。庭でコケた拍子に頭を打ち、日本で暮らした前世の記憶を思い出した時だ。
ラノベ大好き、異世界大歓迎。そんな世界に生まれ変わった私は正直テンションが上がった。
しかも、恐ろしいくらいの超絶美少女。「こりゃ将来安定だわぁ〜」なんて思ってたけど、そうはいかなかった。
幼い頃から次々と申し込まれる縁談。その相手とお茶会と称したお見合いにあらわれるのが、まるで魔物たちだったからだ。
ゴブリン、オークにガイコツ男。それを「イケメンですよー」と言われながら紹介されるのだ。嫌がらせされてるのかと思った。だけど、誰もが口を合わせてイケメンという。そういえば父も立派なゴブリン系ガイコツ。父もなかなかのイケメンと言われているのを見て気がついた。
ここって美醜逆転の世界!?
どうやら女性の基準は日本と同じようだが、困ったのは男性だ。
イケメンとされるのは、エラが張り、鼻が低く、目が離れ、顔全体が平坦な、いわゆる「平べったい塩顔」や、荒々しい「オーク顔」こそが最高に魅力的とされた。
体型だって、筋肉は醜さの象徴とされ、贅肉の付いた体型や、骨張ったガリガリ体型が美しいとされていた。
せっかくの異世界転生だっていうのに酷すぎない?
私は現在十六歳。婚約者なし。聖女としての業務を全うしながら、華麗に縁談を断り続けてきた。だって、今の今まで聖女として頑張って働いてきたのに、イケメンに出会えなかったんだもん!!!
まれに、魔物の討伐で訪れた村にイケメン男性がいることもあったけれど、この世界では不細工と称される彼らは、性格が歪みすぎていて、話すことすらままならない状態だった。
宰相閣下が、愛情と羨望の入り混じったまなざしを私に向けてくる。
「ミリア様がいらっしゃるだけで、この国は輝きを保てます。貴女様は、まさに国の宝でございます」
「いえ、それはわたくしの力ではありません。皆で支え合ってこそ、国は成り立ちます」
(や、やめて! 私にとって、あなたの顔はホラー映画なの! あぁ、イケメンに飢えすぎて体が干からびそう!!)
騎士団長が、忠誠心と畏敬を込めたまなざしを私に向けてくる。
「聖女としての日々の御公務、誠にご苦労様です。ミリア様の事は我々が守り抜きますゆえ、ご無理なされませんよう」
「お気遣い痛み入ります。わたくしは、ただ使命を果たしているまでですわ。貴方のお力は、どうぞ国民の皆様のためにお使いください」
(いやいや、あなたがその三段腹を揺らしながら足手まといにならなければ、私の公務はもっと楽なんですけどねぇ! 守られるなら、イケメンに守られたいわ!!)
私はこの世界で「超絶美少女」として崇められているが、その美貌ゆえに、この世界では醜男と結ばれる未来しかない。このままでは一生、イケメンに触れることさえできずに終わってしまう。
ミリアはイケメンに飢えた日々を送っていた。
ある日、魔王の勢力が強まりつつあるという情報が王宮を駆け巡った。魔境から溢れる瘴気が森を毒々しい紫色に染め上げ、その影響は王都にまで及びはじめていた。このナザール王国に危機が迫っていた。
それを打開すべく立ち上がったのが聖女ミリア、私だった。
「皆さま、どうかご安心下さい。私が、古の聖女に伝わる秘術を用い、魔王を打ち倒す力を持つ『勇者』をこの王宮へ召喚します」
私は厳かにそう宣言し、王宮の大広間に巨大な魔法陣を描き始めた。その姿は、静謐で神々しい聖女そのもの。誰もが私の言葉を信じ、この国の希望だと涙ながらに感謝した。
(ふふふ……勇者、勇者ね。そう、確かに勇者を呼ぶわ。ただし、私が設定したフィルターをかけた勇者をね!)
私の詠唱は、誰にも気付かれないよう、密かに特殊な術式を組み込んでいた。
条件1:魔王を倒す最低限の力を持つ者。
条件2:人間の独身男性であること。
条件3:浮気しない人であること。
条件4:性格は良いが、ワイルドさもあること。
条件5:容姿が、私にとっての『イケメン』であること。(具体的には、鼻筋が通った立体的な顔立ち、切れ長の目、引き締まった顎、均整のとれたボディライン……等々)
私は全力で魔力を注ぎ込む。こだわりすぎて、組み込むのに丸一日かかってしまった。
私のその膨大な魔力と、美貌の聖女の神々しい姿に、居並ぶ王族や貴族たちは驚愕し、平伏した。
「ああ、ミリア様の美しさが、魔法陣の輝きに拍車をかけている! なんと神々しい!」
(皆うるさいわ、黙ってて。ものすごく集中してるんだから! この召喚は、この私と、この世界を救う人になるのだから。失敗するわけにはいかないのよ)
祈祷は頂点に達し、私の全魔力が解放された。それまで淡く輝いていた魔法陣が、視界を焼き尽くすほどの強烈な光を放ち始めた。
「来るわ……」
私は目を見開き、強く祈った。
(「召しませ、私の旦那さまぁぁ!!!!」)
魔法陣が眩い光を発し、炸裂するような音と共に、一人の男が出現するのを凝視した。
光が収束し、大広間の中心に佇む男の姿が露わになる。
長身で程よい筋肉がつき引き締まった体躯。闇夜の色を纏ったような黒髪。そして、何よりも目を引くその容貌。
鼻筋は高く通り、眉は鋭く、切れ長の瞳は美しい蒼い光を放っている。一切の無駄がない、研ぎ澄まされたような顔の造形。日本基準で言えば、絵にかいたようなオラオラ系のクールなイケメンだった。
静まり返る大広間。そして、次の瞬間、ざわめきが恐怖に変わった。
「ひっ……な、なんだあの異様な顔は!?」
「あんなの、人間なのか? 鼻が……高すぎる! 目が大きくて、顔の凹凸がありすぎる!」
「これが、魔王を倒す力を持つ者だと? いくら力があっても、あの顔では不快感しかない!」
周囲の男たちは、心底恐ろしそうに顔を歪め、彼から目を逸らした。女性陣に至っては、その異様な顔立ちの恐怖に耐えかねて、数名が卒倒した。
その中で、一人だけ、彼をじっと見つめていた。聖女ミリア、私だ。
(……キ、キタアアアアアァァ!!!)
私の心の中は、まさに花火が打ち上がったかのような大騒ぎだった。
(うわあああ! なにこれ、超絶美麗な立体造形! 完璧な鼻筋! 目元の陰影が色っぽい! 想像以上のイケメンだわ! ようこそ私の旦那さま!)
私は、人知れず心の中でガッツポーズを決め、最高の演技で彼を見つめた。
「ふむ。俺は辺境伯のゼインだ。これは、王家から通達が来ていた、魔王を倒すために勇者を呼び出すという『勇者の器』ってやつか」
ゼインは冷徹な視線で大広間を見渡す。彼の視線が、貴族たちの顔を滑るたびに、彼らはまるで蛇に睨まれた蛙のようにビクッと震え、顔を青ざめさせた。
(キャアァァ!! 辺境伯で独身! 声までかっこいいのね! このクールな視線、たまらないわ)
私は感極まり、瞳を潤ませた。
「ああ、ミリア様。彼の恐ろしすぎる容貌に、美しき聖女様までもが怯えていらっしゃる」
「無理もない……あの、獣のような、異様に鼻の高い顔立ち。普通の人間なら卒倒する」
なんてひそひそと言っている。
(くっ……鼻が高くて獣って、ワイルド感あって最高の褒め言葉じゃない!)
「お前がこの国の聖女ミリアか。魔王討伐の件、協力してやる。だが、面倒ごとはごめんだ。さっさと話を進めろ」
周囲の反応に慣れているのか、ゼインは苛立ちを隠さずに腕を組み、冷たい声でそう言い放つ。
(いやーん、オラオラ系が私にオラついてるわ! クールな横顔が最高にイケメンで、嬉しすぎて泣きそう!)
私は感動のあまり、瞳から大粒の涙がこぼれ落ちそうになるのを必死で耐えた。
「ゼイン様。お越しいただき、心より感謝申し上げます。どうか、お力を貸してくださいませ。貴方様のその強靭なお力と、気高きお姿が、このわた……いえ、この国を救う鍵となるでしょう」
私は、その言葉の一つ一つに、熱い感情を込めていた。それは、ゼインの容姿への心からの「愛」と「歓喜」だった。
私の表情を見たゼインの瞳に、少しだけ動揺のようなものがみえた。そしてゼインは、面白そうに、冷たい笑みをわずかに浮かべた。その表情の変化に、周囲の人々は「ああ、醜悪な化物の嘲笑だ!」とさらに怯え、恐怖に震え上がった。
静謐な外見とは裏腹に、私の心の声は炸裂していた。
(うおおぉっ、ニヒルな微笑み! しかも、あの冷たい視線に射抜かれたわ! この人と魔王討伐の旅に出たら、毎日イケメンを拝めるのね。私、絶対この人を落として、旦那さまにするわ!)
歓喜に溺れる私はふるふると震えだした。今にも叫びそうになった口を両手で抑えている。ゼインが一歩一歩私に近づいてきたかと思うと、その鍛えられた指先で、私の頬に触れた。
「そんな汚らわしい手でミリア様に触れるな!」と周囲から怒号が上がる。
(ちょっちょっちょっちょっ、イケメンのドアップぅぅう!!! タッチぃぃぃ!!!)
次の瞬間──
「はぁぁぁんっっっ!!!」
と、いう悶絶の声と共に、私は限界を超えた。召喚の疲れと、興奮で、糸が切れたようにその場に倒れ込んだ。
「ミ、ミリア様が倒れられた!」
「ああ、やはりあの異形の男の容貌と威圧感に耐えきれなかったのだ!」
「恐怖のあまり、聖女様まで卒倒なさった!」
周囲の人々はパニックに陥った。
だけど私は、満足感と、これからの明るい未来を胸に、静かに夢の中へと落ちていったのだった。




