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既読は“25:61”——最期の一日を延ばすメッセージ  作者: 東野あさひ


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33/35

第33話「終端(ターミネーション)という結び」

 朝、窓に息を落とす。白は薄く広がり、音もなく消えた。

 昨夜の四行——みてた/ありがと/まだ/ごめん。

 “まだ”の手前で、今日は尾を終わらせると決める。流れには終わり方が要る。終わらせかたが悪いと、反射する。


 ノートに見出しを書く。

 《今日の方針:**終端ターミネーション**で結ぶ/触れない/知らせない/視界で返す》

 ——通ってきたものを、静かに吸う口へ。


 時雨しぐれが尾を一度だけ振る。四つ吸って、六つ吐く。



 午前の返却ラッシュが落ちつくと、影浦玲生かげうら・れおが手帳を掲げた。

 「外縁ログ。非常灯も平常。寄贈パソコンは誤点灯ゼロ継続。システム担当、『未使用ポートにダミー終端を挿すか悩み中。人の流れは“出口で揺り返し”が残ってる』」


 揺り返し。私はうなずく。「主観は良。息、深い」


 「距離は保とう。僕は風景だけ拾う」



 児童コーナーの掲示を貼り替えていると、ポケットがひと拍だけ震えた。

 【下書き保存】——おわりがわるい

 【下書き保存】——むすべ


 “ボイスメモ”を開く。空調の底、そのまた下で、足音が出口の角で跳ね返る気配。

 【保存:南桜みなみざくら地下歩道・東口】


 「掲示の紙、切らしてて——」とだけ告げて外へ。玲生が目で外縁了解。


 東口の踊り場。階段を降り切った先で列が立ち止まり、後ろへさざ波が返る。

 触れない。

 私は三段下、視界が最も広い場所に立ち、胸の前で片手を丸く、もう片手でそこへ吸い込む仕草を作る——吸収端。

 先頭の生徒がその吸い口を拾い、降り切った流れが脇の帯へ自然に吸い込まれる。

 尾は消え、踊り場は静か。

 震え。

 【下書き保存】——すいこんだ

 【下書き保存】——とおった



 図書館に戻ると、玲生が透明付箋を足す。

 「外縁。東口、『出口が軽い』の投稿。……パソコン、担当が『未使用LANに終端抵抗を』って。やるらしい」


 私はしらせるなの線を胸でなぞり、うなずく。



 昼過ぎ、ポケットが二度震える。

 【下書き保存】——ふたつ

 【下書き保存】——えらんで


 底の拍が違う。保存名が連続で埋まる。

 【保存:白妙しろたえ公園・紙芝居の輪】

 【保存:観潮かんちょう踏切・北側】


 まず公園。

 紙芝居のオチで子どもが一斉に前へ出て、読み手の声が波打つ。終わりが跳ね返る。

 触れない。

 私は輪の対角線の外で両手を水平にし、下へ吸うように一度だけ下ろす——終わりの吸収。

 読み手が視界の端でそれを拾い、声を下端へ落としてからおじぎ。

 子どもたちの体が一拍分だけ足元へ戻り、歓声は丸く吸い込まれる。

 震え。

 【下書き保存】——しずんだ

 【下書き保存】——のこった


 踏切へ回る。赤の終わり、押手は白線際で身じろぎし、歩行の入りと尾がかちあう。

 私は時刻表ガラスの前で顎を半指落とし、白線の内側に終わりの皿を一枚置いて見せる。

 押手が皿へ肩を落とし、尾は白線内で吸収。歩行の頭とぶつからない。

 震え。

【下書き保存】——おさまった

【下書き保存】——いきた



 館内へ戻る途中、寄贈パソコンは黙って黒。

 机の下、システム担当が未使用ポートに終端を差し、筐体の余った穴へもブランクカバーを嵌める。

 私は通路の視線の行き止まりに小さな観葉を斜めに置き、目の尾を吸う口へ導く。

 担当が「反射、消えました」と笑い、LANの別経路を確実に切る。

 震え。

 【下書き保存】——むすんだ

 【下書き保存】——のこす



 夕方、玲生が手帳を示す。

 「外縁補足。公園、『終わりがやさしい』。踏切は『白線の中に吸われる感じ』。……館内、担当が**“尾の静穏”**って書いてる」

 胸の石が少し丸くなる。



 ケトルが鳴る。灯りが一瞬だけ明滅し、時雨がソファの背で耳を立てる。

 来る。

 私は椅子に座り、膝の上で指を組む。


 25:61。

 青い泡が三度、間を置いて湧いて沈む。

 既読:蒼真

 【下書き保存】——とじろ

 【下書き保存】——おわらせろ

 【下書き保存】——さわるな

 【下書き保存】——ひがし/のぼる


 上流へ。今日いちばん薄い拍を“ボイスメモ”で拾う。

 【保存:朝島あさじま取水堰・観測桟橋(下手の端)】


 上着を取り、時雨に「すぐ戻る」。彼は窓辺で耳を立てたまま見送る。



 桟橋の下手は、作業の入り抜けが均一になりすぎて、面で作られた小さな反射が往復していた。

 触れない。

 私は欄干の十字の傷の外、ボルト列の端に立ち、息で終わりの吸い口を置く。

 四つ吸って、六つ吐く——吐きの終わりで顎を半指下げ、尾をそこで吸う。

 片方の職員が抜けの最後を深く落とし、もう片方が入りの立ち上げを一指遅らせる。

 往復の反射は吸われ、網の手前の草の束は一度だけほどけて流れに戻る。

 水の音は片道になり、静かに 終わった。

 震え。

 【下書き保存】——おわった

 【下書き保存】——いきた


 踵を返す途中、舗装の白い「25-6-1」の**“—”が、いつもより太く見えた。

 一本の終止線みたいに。

 私は近寄らず、四つ吸って、六つ吐く。

 終わりを与えれば、世界はもう一度**始まれる。



 帰宅。テーブルにスマホを置く。青い泡が遅れてひとつ。

 既読:蒼真

 【下書き保存】——みてた

 【下書き保存】——ありがと

 【下書き保存】——まだ

 【下書き保存】——ごめん


 私はスマホを胸に当て、目を閉じる。心の中で、仕事の尾と私の尾を、それぞれ吸い口で終わらせる。

 ノートを開き、今日をまとめる。


 《主観ログ・第三十三夜》

 ・地下東口:吸収端の合図で出口の揺り返し消失→「すいこんだ/とおった」

 ・白妙公園:下端へ落とすおじぎで歓声の尾を吸収→「しずんだ/のこった」

・踏切北側:白線内の受け皿で尾を収める→「おさまった/いきた」

 ・図書館PC周り:未使用ポート終端+目の吸い口→「むすんだ/のこす」

 ・堰下手:吐き終わりの吸収で往復反射を停止→「おわった/いきた」

 ・遵守:触れない/知らせない/鏡を増幅しない/“尾は吸って終わらせる”

 ・メッセージ:「とじろ/おわらせろ/ひがし/のぼる/さわるな」「みてた/ありがと/まだ/ごめん」

 ・仮説更新:**終端ターミネーション**は“やさしさの幕引き”。返すとは、反射の誘惑から世界を守り、静かな終わりを手渡すこと


 灯りを一つ落とし、胸の前で小さな吸い口を作る。

 終わりを与える。

 それだけで、今夜の呼吸は楽になる。


 ——既読が、鳴る。

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