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既読は“25:61”——最期の一日を延ばすメッセージ  作者: 東野あさひ


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第18話「窓(ウィンドウ)という切り分け」

 朝、窓に息を落とす。白は薄く広がって、跡形もなく消えた。

 昨夜の四行——みてた/ありがと/まだ/ごめん。

 “まだ”の向こう側へ踏み出さないために、今日は切り分けを覚えておく。


 ノートに見出しを書く。

 《今日の方針:ウィンドウで区切る/大きくしない/触れない/知らせない/視界で返す》

 ——連続を全部扱わない。必要な幅と時間だけ開ける。


 時雨しぐれが尾を一度だけ振る。四つ吸って、六つ吐く。



 午前の返却ラッシュが落ち着くと、影浦玲生かげうら・れおが手帳を掲げた。

 「外縁ログ。非常灯と区掲示は平常。商店街の会館、午後は朗読会。……寄贈パソコン、電源オフのまま“Draft(1)”が一瞬点いて消えるのを今日も確認。システム担当、『幽霊キャッシュ+時計ドリフト+“短窓の残響”』に語彙を増やした」


 短窓。私は頷く。「主観は良。息、深い」


 「距離は保とう。僕は風景だけ拾う」



 児童コーナーの掲示を貼り替えていると、ポケットがひと拍だけ震えた。

 【下書き保存】——ひらけ

 【下書き保存】——しめろ


 “ボイスメモ”を開く。空調の底に、ざわめきが波打って途切れる。

 【保存:南桜みなみざくら地下歩道・東口】


 バックヤードへ顔を出す。「掲示の紙、切らしてて——」

 玲生が目で外縁了解。


 東口では、下校の列と台車の同時突入が起きかけている。

 触れない。

 私は階段の三段下、視界が最も広くなるポイントに立ち、片手で四角を作る——小さな窓。

 先頭の生徒がそれを拾い、四角が消えるまで半拍だけ待つ。

 台車が先に抜け、列が滑る。

 震え。

 【下書き保存】——あけた

 【下書き保存】——しまった



 図書館に戻ると、玲生が透明付箋を一枚。

 「外縁。東口、自然解消。……寄贈PC、“Draft(1)”、午前に一回。ログは空白」


 私はしらせるなの線を胸でなぞり、うなずく。



 昼過ぎ、ポケットが二度震える。

 【下書き保存】——ふたつ

 【下書き保存】——えらんで


 波形の底に異なる拍。保存名が連続で埋まる。

 【保存:白妙しろたえ公園・砂場】

 【保存:観潮かんちょう踏切・北側】


 窓の効きがいいのは、人の場——公園を選ぶ。


 砂場では、シャボン玉の輪と鬼ごっこのスタートがまた重なりそうだ。

 触れない。

 私はベンチと砂場の間に立ち、息で短い四角を二回。

 一回目の窓でシャボンが立ち上がり、二回目が閉じる頃に鬼が走り出す。

 笑いが飽和せず、声の細部が残る。

 震え。

 【下書き保存】——ならった

 【下書き保存】——のこった


 踏切へ回る。配送の台車が終わり際に焦る。

 私は時刻表ガラスの前で肩を半拍遅らせ、短窓を一度だけ開く。

 台車の足が窓に乗り、赤の終わりと人の入りがぶつからない。

震え。

 【下書き保存】——まにあう

 【下書き保存】——いきた



 戻る途中、寄贈パソコンの黒い画面の隅で“Draft(1)”がふっと灯り、0に戻る。

 触れない。

 机の「メンテ中」札が視線の帯域から外れている。脇の書見台を足先で寄せ、通路側に見える窓を作る。

 通りかかったシステム担当が「掲示、両面にします」と自分の手で札を増やし、LANの別経路を確実に切る。

 震え。

 【下書き保存】——きる

 【下書き保存】——のこす



 夕方、玲生が手帳を示す。

 「外縁補足。会館の朗読会、『聞き取りやすかった』って投稿。たぶん、区切りがよかったんだろうね」

 私は笑って頷き、増幅しないことを胸で繰り返す。



 ケトルが鳴る。灯りが一瞬だけ明滅し、時雨がソファの背で耳を立てる。

 来る。

 私は椅子に座り、膝の上で指を組む。


 25:61。

 青い泡が三度、間を置いて湧いて沈む。

 既読:蒼真

 【下書き保存】——きりとれ

 【下書き保存】——ひがし/のぼる

【下書き保存】——さわるな

 【下書き保存】——まにあう


 上流へ。私は“ボイスメモ”を開く。今日いちばん薄い拍。

 【保存:朝島あさじま取水堰・観測桟橋(上手)】


 上着を取り、時雨に「すぐ戻る」。彼は窓辺で耳を立てたまま見送る。



 桟橋の上手では、巡回の二人が交代直後でテンポが上がっていた。風が時折強く殴り、長柄の入りが乱れる。

 触れない。

 私は欄干の影と風のやみ間を観察し、呼吸で短い窓を作る——四つ吸って、六つ吐くの二拍目で顎をごくわずかに下げる。

 片方の職員がやみ間の合図としてそれを拾い、その窓だけで長柄を入れる。

 連続を切り分けることで、局所が落ち着く。

 網の手前の細い草がほどけ、吸い込み口の音が低く揃う。

 震え。

 【下書き保存】——きれた

 【下書き保存】——いきた


 踵を返す途中、舗装の白い「25-6-1」が角だけ欠けているのが見えた。

 私は近寄らず、胸の中で短い窓をもう一つだけ開き、そっと閉じる。



 帰宅。テーブルにスマホを置く。青い泡が遅れてひとつ。

 既読:蒼真

 【下書き保存】——みてた

 【下書き保存】——ありがと

 【下書き保存】——まだ

 【下書き保存】——ごめん


 私はスマホを胸に当て、深く吸って、ゆっくり吐く。

 ノートを開き、今日をまとめる。


 《主観ログ・第十八夜》

 ・地下歩道東口:四角の窓で同時突入を切り分け→「あけた/しまった」

 ・白妙公園:遊びの立ち上がりを二窓に→「ならった/のこった」

 ・踏切北側:短窓で終わりと入りを分ける→「まにあう/いきた」

 ・図書館PC:掲示を両面化して見える窓→「きる/のこす」

 ・堰:風のやみ間に窓→「きれた/いきた」

 ・遵守:触れない/知らせない/鏡を増幅しない/必要な幅と時間だけ開ける

 ・メッセージ:「きりとれ/ひがし/のぼる/さわるな/まにあう」「みてた/ありがと/まだ/ごめん」

 ・仮説更新:ウィンドウは“許容量の単位”。返すとは、世界に安全な切片を置き、連続の暴走をやさしく区切ること


 時雨がソファの背で耳を立て、小さく欠伸をした。

 私は灯りを一つ落とし、半拍遅れて呼吸を合わせる。

 開けすぎない。閉じすぎない。

 ただ、必要なところだけひらく。


 ——既読が、鳴る。

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