3 恋人と踊るダンスはときめいて舌好調ですわ
アルトラ王国との懇親会。私はいつも通り、王太子ジョフロワのエスコートを受けて入場した。
とはいえ、手は形ばかりに添えられているだけで、ジョフロワの目は早くも会場内を泳いでいた。
(イボンヌを探してる)
普段ならジョフロワに「キョロキョロするのはみっともないから、やめてください」と指摘して嫌な顔をされるところだが、今日は…いや今日からはやめておこう。
会場の一角で、黒髪に紫の瞳を持つヴィルジールと目が合った。彼はすっと口角を上げて、わずかにうなずく。
色気と品格が漂う仕草に、自然と私の表情も和らいだ。
(素敵な人…ジョフロワよりずっと)
やがてジョフロワが「イボンヌを見つけた」と、私の手をそっけなく離し、足早にそちらへ向かう。
(まあ、想定内だけどね)
するとその瞬間、ヴィルジールがすっと近づき、私に手を差し伸べた。
「美しいエレオノーラ、踊っていただけますか?」
「ええ、喜んで」
私は手を取られ、彼に導かれるままダンスフロアの中央へと進んだ。
ヴィルジールのステップは優雅で力強く、私のステップは洗練されて軽やかだ。
自分たちの息がぴったりと合っているのを、どうしようもなく感じる。
ジョフロワ相手では本領を発揮できなかった私の身体が、完璧なパートナーを得て喜んでいるようだ。
(楽しい。ダンスを楽しいと思ったのは初めて)
会場中から私たちに視線が向けられるのを感じる。心地よい。
最高級の薄い布地で仕立てた紫のドレスの裾までが、見られていることを知って、喜んでいるかのようだ。
だって心をもっているかのように、まるで「見て!」と叫んでいるかのように、私の動きに合わせて美しく揺らめいて見せるのだから。
低くて甘い声で「ジャンプして」と耳元でささやかれ、私は軽く床を蹴った。
ヴィルジールが私の腰を支えて、私は鳥のように舞う。
「ふふっ。とても楽しいです」
「私もですよ」
ジョフロワとイボンヌが、こちらを凝視しているのが見える。イボンヌは明らかに不快そうで、ジョフロワは唇を噛み締めていた。
(見てないで、あなたたちもいつものように踊ればいいでしょ?)
踊り終えたあと、ヴィルジールは私の手の甲に軽く口づけて、「飲み物をとってきますね」と去っていった。
周囲ではすでに、私たちのダンスが「今日の主役」として話題になっている。
「エレオノーラ様、素晴らしいダンスでしたわ」
「王太子殿下と踊るときよりもさらに…」
「ありがとう」と私は少し上気した頬で微笑む。と、褒めてくれた令嬢たちの顔が曇った。私は振り返る。
ジョフロワとイボンヌだ。
「さっきは言わなかったが…今日はずいぶんと大胆なドレスだな」
「さっきはイボンヌ嬢を探すのに熱心で、私のことなど見ていなかったから、気づかなかったのでしょう。何か私のドレスに文句がおあり?」
「ああ、露出が多くて布が薄くて、どうしようもなく下品だ」
イボンヌはニヤッと笑い、私は肩をすくめる。
私のドレスは、薄い布を使い、背中が開き、デコルテを美しく見せるように仕立ててあるが、あくまで上品な範囲に留めてある。
「信頼する侍女に任せておりますし、最新流行ですのよ」
「なにが流行だ。イボンヌを見てみろ。肌をほとんど隠している」
「ドレスの好みや似合う・似合わないは人それぞれですわ。彼女のような少女趣味なドレスも可愛らしくて素敵ですが、私には似合いませんので」
「彼女のように可愛くしろと言っているのではない。しかし彼女のように慎み深くあるべきだろ」
(婚約者のある王太子にぴったりくっついてニヤニヤしてる女が慎み深いって…どう認知が歪んだらそう言えるんだろう)
今度はイボンヌはジョフロワの隣で、目をぱちぱちさせながら困ったような表情を浮かべて、必死に「無垢」を演じている。
(「王太子と婚約者が私のせいで喧嘩になって困っちゃう!でも私は可愛いんだから仕方ないよね?」って感じ?)
「婚約者のある王太子に近づく女性が慎み深いとは思えませんわね。イボンヌ嬢のドレスは、慎み深さの象徴と言うよりも、私にはむしろ防御に見えます。隙を見せたら手を出されるとわかっているから、守っているのでしょう」
「な…!」
「でも私の相手は、自制心のあるヴィルジール陛下ですもの。露出の多いドレスでも、安心して手を取っていただけるのです。下心でしか人と関われない男とは違うわ」
ジョフロワの顔がみるみる赤くなるのを見て、私は涼やかに微笑んだ。
私と同じように、嫌らしくない程度に女性らしさを強調するドレスを着ている貴婦人や令嬢たちが、私に賛同してコクコク頷き、応援してくれているのが見える。
「でも、そうですわね…これからジョフロワ殿下にエスコートいただくときは、肌を隠しましょうか。身を守るために」
「エレオノーラ…!」
ヴィルジールが急ぎ足で戻ってきて、私の隣に立つ。彼はそっと私に囁いた。
「あなたを守る騎士でいたかったのに、肝心なときにそばにいないなんて。恋人失格でしょうか?」
「いいえ、ヴィル。この程度の小物でしたら、自分で対処できますので」
ジョフロワは唇をわななかせる。
「どういう関係だ」
「主語がありませんが?」
「お前たち二人は、どういう関係だ!?」
私はゆっくりとほほ笑んだ。
「恋人ですわ」