2 サレ婚約者ポジの難しさを実感いたしますわ
私ことエレオノーラは、婚約者である王太子ジョフロワの浮気を知って、やり返すことを決めた。
つまり自分も恋人をつくろうと思い立ったのだ。
しかし私の恋人選びは、なかなかに難しい。
進んで王太子の婚約者の恋人になりたいなどという男は、権力が好きすぎて頭のたがが外れてしまったクズか、何も考えていないジョフロワ並みの馬鹿だ。
何人か会ってはみたが、一緒にいるだけでストレスになり、私の顔がこわばってしまうので、とても恋人にはなれそうもなかった。
さらに復讐したいのはジョフロワとイボンヌだけなので、配偶者や婚約者がいる男は避けたい。相手の女性を無意味に傷つけたくはない。
行き詰まってセヴランに「今恋人がいないんでしょ?期間限定でもいいから恋人になってよ」と頼んだから、真っ赤な顔で断られた。
それ以来、なんとなく避けられているような気もする。
私が知らないだけで、セヴランには恋人がいるのかもしれない。だとしたら申し訳ないことをした。
もう次にジョフロワと顔を合わせる公式行事…アルトラ王国との懇親会が明日に迫っている。
このままでは、しっぺ返し作戦はいきなり挫折しそうだ。
「異世界転生モノに登場する婚約者ポジの令嬢たちが、浮気に浮気でお返ししなかったのは、浮気相手探しが難航したからではないのか」とようやく思い至る。
(やり返しもせず泣き寝入りする軟弱者どもめ、なんて思っていてごめんなさい。サレ婚約者ポジの皆様…)
「ほかに頼める人はいないかしら…」
そう心の中でつぶやきながら、懇親会に先立ち、レーヌ公として隣国アルトラ王国との会議に出席する。
アルトラ王国はルシエル王国より歴史が浅く、国土も小さく、資源も少ない国だ。
ルシエル貴族の中にはアルトラを「格下」として馬鹿にする者も多いが、私はアルトラに将来性を感じていた。
昨年即位した国王が、アルトラを金融や医療の拠点とするため、特区を設けて整備を進めているからだ。すでに成果を挙げはじめていると聞いている。
(前世の…例えばシンガポールみたいな感じになるのかな?)
「国王陛下、差支えなければぜひ特区のお話を伺いたいですわ。とくに金融と医療について」
会議のあと、純粋な興味からアルトラの国王に質問すると、彼はよどみなく政策について説明を始めた。私の質問にもひとつひとつ的確に答えてくれる。
時折きれいにセットされた黒い髪に手をやりながら、紫の瞳を輝かせて。
(すごい…ちゃんと政策を自分で落とし込んで理解しているんだ)
政策の実務は、閣僚・官僚に任せている国王が多い。
しかし彼の理解の深さを見ると、彼は国政に熱意をもち精通もしていることが伺えた。
「アルトラは安泰ですわね。こんなに優秀な国王が即位なさって」
「それは褒めすぎです。レーヌ公爵領もこれほど優秀な領主がいる限りは安定でしょう。あなたにいただいた質問から、政策の課題や一層の発展可能性を見出せました」
「まあ」
「もっとお話しして、ご意見をお伺いしたいくらいです。あ、レーヌ公はこのあとの懇親会に出席なさいますよね?」
「ええ、もちろん。レーヌ公としてではなく、ジョフロワ王太子殿下の婚約者として、になりますが」
恋人を用意できなかったためしっぺ返し作戦が失敗することを思い、私は思わずため息をついた。
「何か?」
「あ、いえ。ため息などついて申し訳ありません」
「心配事があるなら、お話しいただけませんか。お力になれるかもしれません」
「そうですね…」
(もしかしたら…!)
「でしたら、その…国王陛下が連れてこられたアルトラ貴族の中で、配偶者も婚約者もおらず、私の恋人になってくださる男性はいらっしゃらないでしょうか?」
「はい?」
「例えばそちらの…」
私はアルトラ国王の後ろにずっと控えている、メガネの男性に目をやった。
「清い関係のままでいいのです。ただその、どうしても『恋人』という存在が必要なのです」
「理由を伺っても?」
私は国王陛下に、ジョフロワとイボンヌに復讐したい旨を説明する。
「うーん…残念ですが、適当な貴族は思いつきませんね。こちらのヤンも恋人がいますので」
ヤンと呼ばれた眼鏡の男性は進み出て何か言おうとするが、国王は彼を制した。
「そうですか…そうですよね。お恥ずかしい話をお聞かせしてしまい、申し訳ございませんでした。今の話は忘れていただけますか」
(やっぱりセヴランになんとか頼んでみよう。ゴリ押しすれば何とかなるかも…)
国王はしばらく黙り、手にした書類をそっとテーブルに置く。そしてまっすぐ私を見た。
「…適当な貴族はいませんが、私なら」
「えっ?」
「私です。婚約者も配偶者もいませんし、美しく聡明なあなたの恋人になれるのなら、これ以上の栄誉はありません」
黒髪の国王は、私の手をとってそっと口づけした。
「国王陛下…よろしいのですか?私の目的はとても浅はかな…」
「構いません。ヴィルジール…いや、ヴィルと呼んでください。私たちは恋人ですから」