第9話 囚われの騎士
カメロットの夜は、いつになく重かった。
砦奪還と毒事件――二つの勝利と混乱の余韻が、まだ城を覆っていた。
月明かりが細く差し込む地下の石牢。
そこに、鎖につながれた一人の男がいた。
円卓の一員――セドリック卿。
毒を仕込んだ疑いを受け、今は沈黙を守っている。
「……彼はまだ何も語らないのかい?」
誠の問いに、見張りの兵士が首を振る。
「はい。陛下の名を出しても、微動だにせず……」
その時、重厚な足音が近づいた。
灯りを背に、アーサーがケイ卿と共に現れた。
王は誠と目を合わせ、低く言った。
「軍師。これより尋問を行う。お前の“目”で見極めよ」
鉄の扉が軋み、セドリックが顔を上げた。
憔悴しきった瞳。だが、その奥に宿るのは怯えではなく、嘲り。
「……王の狗が二人も来るとはな。
この牢も随分と賑やかだ」
アーサーは何も言わず、正面に立ったまま問いを投げる。
「セドリック。毒の出所を答えよ。
誰の命で動いた?」
「……命? ふん。命令で動くのは兵士だ。
我ら“影”は、ただ見えぬ意思に従うだけだ」
「影……?」
誠が眉を寄せる。
セドリックはゆっくりと顔を上げ、薄笑いを浮かべた。
「知らぬなら教えてやろう。
“影の王”は、すべてを見ている。
お前たちが息をするたびに、だ」
次の瞬間、彼の目が何かを見たように見開かれた。
誠が気づくより早く、牢内の松明が──ふっと消えた。
「誰か、灯りを──!」
闇が一瞬にして広がる。
耳に届くのは、金属が床を打つ鈍い音。
「誠、伏せろッ!」
ケイ卿の叫びと同時に、背後の兵が喉を押さえて崩れ落ちた。
灯りを取り戻したとき、空気には甘い匂いが混じっていた。
「……毒煙だ、離れろ!」
誠は口を覆いながら、目を凝らす。
牢の奥――そこに、黒い影が立っていた。
フードを被り、仮面で顔を覆った者。
その手には、短い刃が光っている。
「お前が“影の王”か……!?」
誠が叫ぶが、相手は無言のまま。
煙の中を滑るように動き、壁を蹴って後方へ跳躍する。
その動きは、まるで人間ではなかった。
「囲め! 出口を塞げ!」
ケイが盾を構えるが、黒影は煙幕を放ち、扉の隙間から姿を消した。
残ったのは、沈黙と血の匂い。
「セドリック……!」
アーサーが駆け寄る。
だが――彼は、もう事切れていた。
喉に、小さな刃が突き立っている。
口封じのための、一撃だった。
「……誠」
アーサーの声が震えていた。
それは怒りでも悲嘆でもない――失望の色だった。
誠は床に落ちた刃を拾い上げる。
見慣れぬ紋章が刻まれている。
それは、円卓の紋章を逆さにした形だった。
(……内通者は、城の中にいる)
誠は拳を握りしめる。
セドリックの死は、終わりではなく始まりだった。
「……陛下、影の王はこの国の“内側”に巣くっています。
外敵ではありません。円卓の誰かが、繋がっている」
アーサーは沈黙したまま、ゆっくりと立ち上がる。
そして、背を向けながら静かに告げた。
「――ならば探せ。
この王国の“闇”を照らすのは、もはやお前しかおらぬ」
誠はその言葉に、短く頷いた。
光の届かぬ王都の底で、
“影”との戦いが、今、静かに幕を開けた。




