第5話「影、円卓に忍び寄る ― 砦奪回戦」
村を救った翌日。
カメロット城の石廊を歩く誠の耳に、ひそひそとした声が混じった。
「……あれが“剣を振らぬ軍師”か」
「村を守ったそうじゃないか」
「だが所詮は、偶然だろう」
声には敬意と猜疑が混じっていた。
誠は足を止めず、視線だけ前に向けた。
その日、彼は王の命で「円卓の間」に呼ばれていた。
円卓――アーサー王の臣下たる騎士だけが座を許される、王国の中枢。
「……異邦の軍師、誠。席に就け」
中央のアーサーが促す。
報告役の騎士が告げた。
「陛下、辺境の砦との連絡が三日途絶えております」
「即刻、討伐軍を派遣すべきだ!」
金髪の若き騎士、ランスロットが立ち上がる。
誠は口を開いた。
「……無策で向かえば、罠にかかります」
一瞬、円卓の空気が冷える。
ランスロットが睨みつける。
「臆しているのか?」
「臆してはいません。ただ――敵はそれを狙っているかもしれません」
アーサーは手を上げた。
「ならば誠に奪回の指揮を命ずる。ケイ卿、ランスロット、同行せよ」
砦は丘の上、三方を断崖に囲まれ、正面の南門のみが広い道で繋がっている。
だが南門は敵の主力が固めていた。
誠は地図を広げ、即座に策を描く。
「南門は陽動に使います。北側の断崖を登って奇襲し、門を内から開けます」
ケイ卿が眉をひそめる。
「北崖は切り立っている。騎士でも容易ではないぞ」
「俺が行く」
ランスロットが笑った。
「崖登りなら俺が最速だ」
陽動部隊が南門前で喚声を上げた瞬間、ランスロット隊は北崖へ。
岩肌は苔で滑り、上からは敵兵が石を落とし、矢を射かけてくる。
「道を空けろ!」
ランスロットは片手で岩を掴み、もう片方の手で投げナイフを放つ。
矢を射かけていた敵兵が悲鳴を上げ、姿を消す。
彼は崖の中腹で一度足場を蹴ると、信じられない高さを跳び、
上端に手を掛けると同時に敵兵の槍を奪い、逆に突き返した。
次の瞬間、鎧をきしませながら崖上へ躍り出る。
門番の二人を同時に切り伏せると、
閂を外すまで剣を鞘に納めないまま、一息の間に北門を開放した。
合図の狼煙が上がる。
誠は陽動部隊を一気に突入させ、南北から砦内の敵を挟撃する。
混乱した敵は統率を失い、戦意を削がれる。
誠は叫ぶ。
「包囲せよ! 逃げ場を与えるな!」
だが殺しは最小限に抑え、降伏者は縄で縛って後方へ送った。
短時間で砦は奪回された。
戦後、ランスロットが誠の肩を叩く。
「やるじゃないか、軍師。だが次は崖登りも覚えろよ」
ケイ卿は呟いた。
「……策の中で戦っていたのは、我々の方だったのかもしれん」
カメロットに戻ると、アーサーが玉座から静かに言った。
「これから先、お前の戦はさらに血に染まるだろう。それでも進むか」
誠は拳を握り、黙って頷いた。
――“守るための戦”は、本当に守り切れるのか。
その問いだけが胸に残った。