表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

第2話 円卓の王

――その都市は、荒廃と希望がせめぎ合うようにして立っていた。


高台に築かれた石の要塞都市カメロット

かつての繁栄の名残を宿しながらも、今は堅牢な砦として民と騎士たちを守っている。

その城門が、星の瞬く深夜にゆっくりと開かれた。


馬車が軋む音。

その中で、青年・誠はまだ乾ききらぬ血の匂いを袖に感じながら、揺られるままに沈黙を保っていた。


「……お主、本当に戦に不慣れなのか?」


隣に座る老騎士・ベディヴィアが問いかけた。

白髪の髭を撫でながらも、その眼差しは真っ直ぐに誠を見つめている。


「戦場を見るのは、これが初めてじゃない。けど……僕は、剣を振れない」


誠は窓の外――闇の中に浮かぶ城のシルエットへと視線を投げた。

その言葉に、ベディヴィアは小さく頷いた。


「剣を振らずに敵を退けた男など、わしは初めて見たぞ。ましてや、あの数を、わずか一人で――」


脳裏に蘇る先ほどの光景。

敵の包囲網を逆手に取り、誠は崖の地形を使って追っ手を誘導し、戦うことなく敵を落とした。

あれが偶然ではなく、“導き”だったのだとすれば。


「……あの子は?」


「気を失ったままだが、命に別状はない。お主の応急処置が功を奏した。見事なものだった」


誠はようやく安堵の息を吐いた。

この世界が何なのか、どこなのか、まだ理解は追いついていない。

だが――救えた命があった。それだけは確かな実感として残っている。


馬車はやがて城門を抜け、中庭の石畳を静かに走った。



「……異邦の男が、ガウェイン卿を救ったと?」


アーサー王の目前に膝まずくベディヴィアは、慎重な面持ちで話を進める。


「……王よ。あの男は忽然と現れ、剣を振らず知によって追手を退ける術を知る者。

私の見立てでは、古より伝わりし“導かれし者”……外なる世界から来た者と見て、ほぼ間違いないかと」


「導かれし……か」


アーサーは瞼を閉じ、己の胸奥に残る“予兆”の震えを感じていた。

運命の歯車が、音もなく回り出したような感覚。

それが吉と出るか、凶と出るかは、明日の対面にかかっている――。


「夜が明け次第、その者を玉座へ」


アーサーの言葉に、玉座の間の空気が静かに引き締まった。



朝靄の立ち込めるカメロット城。

その中央にそびえる塔の上層にて、誠は無骨な寝台の上で目を覚ました。


「……ここは?」


石造りの天井。無機質な壁。重厚な扉と、窓の外に広がる霧の都。

軍事施設でも、病院でもない。だが、どこか似ている。異世界の軍事施設──そんな印象だった。


扉の外に気配を感じた瞬間、鉄扉が控えめに軋んだ。

現れたのは、昨夜の老騎士──ベディヴィア。


「目覚めたか、導かれし者よ。王が、お前と話したいと仰っておられる」


「……王、って」


誠はまだ頭が整理できないまま、それでもベディヴィアの真剣な眼差しに押されるように、立ち上がった。



玉座の間。

陽の光が高窓から差し込む中、若き王がひとり、誠を待っていた。


(……若い。けど、ただの若者じゃない)


金の髪、鋭い瞳、そしてどこか陰を宿した表情。

アーサー王。伝説の名は、今や目の前にいた。


「君が“誠”か」


アーサーは短く問う。誠は無言で頷いた。


「私はアーサー。王として、君に問う」


その声音は若さを残しつつも、確かに何かを背負っている響きだった。


「なぜ、ガウェインを助けた?」


その問いに、誠はしばし黙ったのち、答えた。


「……そこに命があった。それだけです」


「合理的だな。だが、それが“勇気”とも“義”とも呼ばれる行動であることを、我々は知っている」


アーサーは一歩、踏み出す。


「我が国は、崩壊の淵にある。円卓の騎士たちは散り、敵は国内にすら巣食っている。……だが、君には戦う剣も、忠誠も、理由すらない」


そこで、王は言葉を切った。

そして静かに続ける。


「だからこそ、私は君を見極めたい。

この世界に“導かれた”理由が、ただの偶然なのか──それとも」


誠はアーサーの視線を真正面から受け止めた。

緊張ではない。彼の目には、何かを“試す”意志が宿っていた。


「……見極めるって、まさか」


その問いの続きを、ベディヴィアが代わって口にする。


「王立演習場にて、“戦術試験”を行うのです」


「試験……?」


「あなたが何者なのか。剣も魔法も持たぬ異邦の者が、“知”によって戦えるのか。

それを、王自らが試されるのです」



そして、昼下がり。

王都の南、演習場には騎士団と王族、兵士たちが静かに集まりつつあった。


誠は未だ状況を飲み込めないまま、簡素な戦術盤の前に立たされていた。

王が告げる。


「誠。君は今日、我が軍の副指揮官として布陣を担当せよ。

条件は簡単。“防衛戦”。城門を五十騎で守り切れ。……敵は、我が軍だ」


「……なるほど」


誠の目に、光が戻る。


(本気だな。なら、こっちも“本気”で応える)


王が微かに笑ったように見えた。


──こうして、“導かれし軍師”の最初の試練が始まった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ