第10話「王都の闇」
カメロットの空は、昼でも暗かった。
太陽が雲の裏に隠れてから、もう三日。
だがその暗さは、空のせいではなかった。
――円卓の一人、セドリック卿の死。
そして“影の王”という言葉。
それ以来、城の中では誰もが互いの背中を疑い始めていた。
廊下ですれ違う騎士たちは、言葉を交わさない。
笑いも、敬礼も消えた。
誠はその沈黙の中を、ただ歩いていた。
(……この城自体が、今は戦場だ)
王の私室。
重く閉ざされた扉の向こうで、アーサーは机の上に一枚の布を広げていた。
その上に置かれたのは、誠が拾った“逆さの円卓紋章”の短刃。
「……これを作った者を突き止めろ。だが、城の誰にも知らせるな」
王は低く言った。
誠は無言で頷く。
「お前の行動は秘密とする。
ベディヴィア、ケイ――お前たちは彼を護衛しつつ、監視せよ」
命を受け、誠は初めて城を出た。
行き先は、王都の最も暗い場所――《ノクターン街》。
ノクターン街は、夜にしか息をしていなかった。
煤けたランプの下、行き交う者たちの顔は皆、覆面やフードで隠されている。
聞こえるのは、低い笑い声と、金属を打つ音。
「……ここが王都の裏側、か」
誠はゆっくりと周囲を観察する。
通路の配置、建物の距離、見張りの視線。
まるで地図のように頭の中で組み上げていく。
(人の流れが偏っている……あの路地だな)
誠が進んだ先に、小さな屋台のような店があった。
そこに腰掛ける初老の男が、鋭い目を上げた。
「“逆紋章”を探してるのは、お前か」
男の声に、誠の目がわずかに細まる。
「……知っているのか?」
「ここでは皆、知ってるさ。あれは“影の円”の印。
表の騎士たちが陽の円卓なら、奴らは夜に集う円卓だ」
誠は息を呑んだ。
影の円――円卓の裏に、もう一つの組織。
「奴らを束ねる“黒衣の女”がいる。
最近、王城に出入りしているらしい」
「……黒衣の女?」
「名は知らん。ただ、“影の王”に仕える巫女と呼ばれてる」
その瞬間、背後で風が動いた。
誠の耳が反応するより早く、屋台の男の体が前のめりに崩れた。
背中に、小さな黒い刃。
血と一緒に、黒い羽根が一枚、舞い落ちる。
ベディヴィアが叫んだ。
「誠、離れろ!」
ケイが剣を抜くが、暗がりの奥にはもう誰の姿もなかった。
誠は膝をつき、男の手に残された布切れを拾う。
そこには“王城の紋章”が刺繍されていた。
(……やはり、城の中か)
城に戻ると、空気はさらに冷え切っていた。
円卓の間には既に数人の騎士が集まっている。
その中で、ランスロットが苛立ったように立ち上がった。
「王よ! なぜ異邦人に好き勝手をさせる!?
今日も奴は、裏街で何者かと接触していたという噂がある!」
「待て、ランスロット」
ベディヴィアが遮る。
「誠は陛下の命で――」
「ならば、この証拠をどう説明する!?」
ランスロットが投げ出したのは――誠の部屋から見つかった“逆紋章の短刃”。
場の空気が凍りつく。
「……誰が、それを」
誠の声は低かった。
「知らぬ。だが確かにお前の部屋にあった。
説明できるか?」
誠は沈黙した。
否定すればするほど、罠の臭いが濃くなる。
アーサーが立ち上がり、ゆっくりと命じた。
「誠。お前を一時拘束する」
夜。
牢の中で、誠は静かに壁を見つめていた。
蝋燭の火が、鉄格子の影を揺らす。
扉が軋み、アーサーが一人で入ってくる。
手には鍵と、あの短刃。
「……お前を信じたい。だが、城の誰もが疑っている」
誠は目を上げる。
「陛下。僕が敵であれば、この国はもう滅んでいます」
アーサーの瞳がわずかに揺れた。
「ならば――証を見せてくれ」
「三日ください」
「三日……?」
「三日の間に、影の正体を掴みます。
もし何も掴めなければ、僕を敵として処刑して構いません」
長い沈黙のあと、アーサーは鍵を差し出した。
「……三日だ。
だが誠、もう逃げ場はない。
この国の闇は、光より速く走る」
誠は鍵を受け取り、静かに頷いた。
「光が届かぬなら、僕がその光になります」
アーサーは背を向け、牢を後にした。
誠は手の中の鍵を見つめ、深く息を吸う。
(次の一手で――“影の王”の正体を暴く)
その瞳に、再び軍師の光が宿った。




