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第一話 プロローグ 『軍靴、異界に鳴る──若き王の呼び声』

赤黒い砂が空を覆っていた。

 熱気を孕んだ風が、焼け焦げた金属臭を運ぶ。

 遠くで鈍く爆ぜた音に、空気が震えた。


 ここは、内戦が長引く中東の某国。

 結城誠──二等陸尉。自衛隊から国連の停戦調整部隊に出向し、現地で軍事顧問として活動していた。


 「また爆発音か……停戦協定、完全に反故だな」


 土嚢の隙間から外を覗きながら、誠は小さく息を吐いた。

 砂塵の向こう、瓦礫の町に陽炎のような戦火が揺らめいている。

 その光景に、隣の隊員が疲れたように呟く。


 「なあ結城、お前さ。……まだ理想とか信じてんのか?」

 「……信じてるよ。だからここにいる」


 その返答に、同僚は鼻で笑った。「やれやれ。お前みたいなタイプ、真っ先に死ぬぞ」


 誠は応えず、外を見据えたまま通信機を調整する。

 次の交渉に向けて、武装勢力との連絡をつけ直さねばならなかった。

 だが──その瞬間、轟音が天を裂いた。


 「っ!? 地震か!?」


 地面がうねる。視界が揺れ、建物が崩れかける。

 それに重なるようにして、砂嵐の中心が真っ白に発光しはじめた。


 「誠! 離れ──」


 誰かの声がかき消される。

 砂嵐の渦の中心、光が裂けるように空を断ち割った。

 閃光。風。雷のような音。


 ──そして、重力が消えた。


 誠の身体は浮き上がり、風に千切れる紙片のように吸い込まれた。

 光の裂け目の中へ。


 


 ──次に目を覚ましたとき、そこはまるで違う世界だった。


 湿った土の匂い。草の擦れる音。澄んだ空気。

 荒野の片隅、誠はうつ伏せに倒れていた。

 口の中に乾いた土の味が広がる。


 「……どこ、だ……?」


 朦朧とした意識の中、隣に横たわる“何か”を感じて顔を向ける。

 ──少年。

 まだ十代半ばだろう。

 金髪が泥にまみれ、鎧は割れ、血に染まっていた。


 「……おい。しっかりしろ」


 呼吸は浅いが、生きている。

 すぐに止血と応急処置を施す。

 誠の手が、訓練通りに動く。タオルを裂き、枝と包帯で簡易の副木を当てる。


 (これは……中世? 鎧、剣。言語は……通じた。だが、文化が違いすぎる)


 だが状況を考える時間はなかった。

 ──音がした。

 複数の足音が、草を踏みしめて近づいてくる。


 (追っ手か。少年は狙われてる……)


 誠はすぐさま地形を確認する。

 斜面の上に、崩れかけた岩の列。

 その下に、血の跡をたどってこちらへ向かってくる兵士の姿。


 (武器はない。正面突破は無理。なら……陽動と地形利用だ)


 誠は少年の体を岩陰にそっと運ぶと、自分は反対方向の小高い茂みに身を潜めた。


 小石を拾い、斜面の上部に向かって投げる。

 カツン、と音が響いた数秒後──


 ガラガラガラッ!


 岩が崩れ、斜面を転がる。

 不意の落石に、兵士たちは慌てて避けた。


 その一瞬の隙に、誠は逆方向から斜面を上がり、再び別の岩陰へ。

 息を殺し、もう一つの石を投げる。今度は別方向。

 敵兵は完全に翻弄され、誠の位置を錯覚した。


 (今のうちに──)


 少年の元に戻り、肩を貸して立たせる。

 少年は気を失いかけながらも、微かに足を動かせた。


 「もう少しだ、頑張れ……!」


 二人は崖の反対側の獣道へと逃げ込んだ。

 そこに、黒いマントを纏った老騎士が馬を引いて立っていた。


 「お主が……“導かれし者”か」

 誠が警戒すると、老騎士は穏やかに首を振った。


 「その少年は、我が王の従弟──ガウェイン殿だ。無事で何より。さあ、こちらへ」


 黒馬に乗せられ、二人はそのまま霧のかかる林を抜け、石畳の続く街道へと導かれた。

 ──やがて、カメロットと呼ばれる城塞都市の塔が、霧の向こうに姿を現した。


 その夜。

 王宮の玉座の間。

 アーサー王は、報告を受けながら静かに目を伏せていた。


 「……ガウェインが生きていたか。そして、彼を救った異邦の軍師が現れたと」


 傍らに控えるのは、先の老騎士ベディヴィア。

 その目は静かに、希望を湛えていた。


 「王よ……あの者の“目”は、過去でも未来でもなく“今”を見ています」

 「……ならば、試してみよう。もし本物なら、我らに再び、希望の戦をもたらすはずだ」


 風が、塔の外を吹き抜けた。

 かつて栄え、今や崩れかけた王都の空に、かすかな鐘の音が響いていた。


──彼の名は、結城誠。

時を越え、剣なき知略で運命の戦場を駆ける者。

彼が導かれる先にあるのは、円卓の真実か、裏切りの神話か。


そして──伝説は、今、再び始まる。




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