巡礼の旅
次の話で旅立てそうです。
ある程度のキャラ造形とかその辺を・・・投稿したいですね・・・
旅立つまでの数日間は、穏やかに過ぎていった。
ガルゼンもマルダから「働かざる者食うべからず」と言われ、教会の手伝いに精を出していた。洗濯や掃除のほか、教会で預かっている子供たちの世話にも加わっている。
不思議なもので、あれだけ無骨な風貌の男が、子供たちとはすぐに打ち解けた。棒切れを振り回しての剣劇ごっこでは、ガルゼンが敵役を買って出て、地面を転がって見せるたび、子供たちの歓声が教会の外にまで響いた。
ある日、その様子を見たセルナが尋ねた時、彼は少し照れくさそうに言った。
「まあな……長く生きてりゃ、ガキの相手くらいは覚えるもんだ」
空いた時間には、セルナとの訓練も続いていた。
相変わらず、彼女は得意の超至近距離からの連撃を繰り返したが、ここにきてようやく成長の兆しが見え始めていた。
左右に体を振るフェイント、間合いの調整、回避の意識――どれもガルゼンの指導通りに試そうとしているのがわかる。
それでも、ガルゼンにとっては「及第点よりは少しマシ」といったところだったが、セルナにとっては嬉しくてたまらないらしい。泥だらけになりながら、満面の笑みでピョンピョンと跳ね回る姿には、思わず笑みがこぼれる。
ただ――ときおり、その笑顔の裏にふとよぎるものがあった。
ガルゼンの木剣を捌きながら迫ってくるセルナの表情。その中に、悔しさや必死さではない、もっと根の深い“焦り”のような何かが見え隠れする。
理由はわからなかった。ただ、それが“彼女の過去”に関わるものであることだけは、直感で理解できた。
夕食の後、二人はマルダに呼び出され、院長室へと向かった。
「明日、ガルゼンと共に巡礼の旅に出るように。いいね?」
マルダの静かな声に、セルナが素直に頷く。
「はい、分かりました」
「あいよ、了解」
「それと……セルナに装備を渡したくて呼んだのさ。私のお古だけど、悪いもんじゃない。ちゃんと使いな」
マルダが差し出したのは、銀の意匠が美しいガントレットだった。
ガルゼンも見覚えがある。かつてマルダ自身が使っていたものだ。
「これ……まだ持ってたのか。てっきり捨てたかと思ってた」
「捨てるわけないでしょ。こいつは、あの旅が“確かにあった”ってことを思い出させてくれる相棒なんだ」
セルナは目を丸くし、恐縮したように身を引いた。
「そ、そんな大切なものを……私なんかに、いいんですか?」
「いいに決まってるじゃないのさ。あの旅で使ってた相棒は、これだけじゃないしね。それに――」
マルダは真正面からセルナを見つめる。
「私の可愛い教え子が、本気で巡礼の旅に出るって決めたんだ。こっちも本気で送り出すのが、親ってもんだろ?」
「……ああ。お前にとっちゃ、もう本当の家族みたいなもんだもんな」
「ありがとうございます、マルダ様。わ、私……絶対に巡礼の旅を成功させてきます……!」
目に涙を溜めながら頭を下げるセルナを、マルダはそっと腕の中に抱き寄せた。
「おやおや。ほんと、私と違って泣き虫なんだから。こっちにおいで」
二人は血のつながった親子ではない。
教会に預けられる子供たちの多くは、親を亡くすか、あるいは“痣”を持って生まれたがために旅に出ることを運命づけられた者たちだ。
セルナもその一人としてここで育てられた――そう思われてきた。
けれど、それが本当かどうか、誰にも確かめようがない。
少なくとも今、目の前で抱き合っている二人の絆は、確かなものだった。
(もしかしたら、もう会えなくなるかもしれないんだ)
そう思ったガルゼンは、そっと席を立った。
何か言い残されたことがあったとしても、それは明日でもいい。
今夜だけは、この静かな時間を二人のために使わせてやるべきだと、そう思った。
翌朝、セルナが旅立つことは教会内で知らされ、シスターたちからは「おめでとう」、子供たちからは「遊んでくれないの?」と残念がる声が上がった。
セルナはそれに笑顔で応じながら、一人ひとりに言葉をかけて回る。
その大半は「元気でね」「またね」といった当たり障りのないものだったが、彼女の表情はどこか覚悟に満ちていた。
「巡礼の旅を、必ず成功させてきます。……もし私が帰らなかった時は、立派に勤めを果たしたと思ってください」
そう言ってマルダに頭を下げたセルナに、マルダはゆっくりと頷く。
「ああ、立派にお行き。でもね――」
マルダはちらりとガルゼンを見て、言葉を続けた。
「これはアンタにも言っておくよ。巡礼の旅、途中で投げ出すことがあるかもしれない。けど、そのときは……いつでも戻っておいで。ベルヴィア教会はね、ずっとここでアンタたち二人の帰りを待ってるからさ」
「……はい」
「ああ」
セルナがこの場所で大切に育てられたことは、ガルゼンにもよくわかった。
修行中に見せた天真爛漫な笑顔も、子供たちと遊ぶ姿も――そのすべてが、ここで育まれたものだ。
ただ、それでも彼は思わず目を伏せた。
(こんな小さな子どもでさえ、“巡礼の旅”がどういうものか分かってる。応援する者はいても、止める者はいない……本当に、嫌な世界だ)
その思いが、胸のどこかに重くのしかかった。