崩明災(ほうめいさい)
こんにちは。
小説を書くのは片手で数える程しか書いたことのない初心者です。
それでもよければどうぞお付き合いください。
ちなみにすっごいどうでもいい事なんですが、作者名は架空のルチャリブレ(プロレスラー)の名前です。
メキシコ大好き。いいからタコス食べろ。
この物語は俺の物語じゃない。
俺の物語は、あいつの旅が終わったときに終わった。
今後、この世界はゆっくりと終焉に向かっていくだろう。
五つの灯台すべてに火が灯る日が、きっと来ることはないのだから。
───
メヒアカ大陸のはずれにある村、ベルヴィア。
都市部とは違い、緑豊かな農村である。レンガ造りの民家が並ぶ昔ながらの道には、今なお木造の家も残る。鳥のさえずりと、遠くで遊ぶ子供たちの声が共存する、のどかな場所。
この村は古くから林業と農業で生業を立てる者が多く、都市部への物資流通の拠点でもある。
そんなのどかな村に、場違いな男が一人、歩いていた。
年季の入ったマントを羽織り、左肩にはレザーアーマー。腰にはナイフと長剣。
鍛え上げられた体には古傷が刻まれ、そのひとつひとつが彼の強さを物語っている。
ベルヴィアの土の匂いが懐かしくもあり、胸に棘のように刺さる。
もうこの村は、戻ってきたと思っていい場所ではない。
名前はガルゼン・トゥリオ。見た目は20代後半だが、風格は老練な猛者そのものだ。
村の人々は遠巻きに彼を見つめ、誰も近づこうとはしない。
彼は、ある人に呼ばれてこの村に来た。
「ついに、この時が来たか。まぁまぁ長かったが……あいつ、まだ生きてりゃいいが。」
呟きながら、ガルゼンは村の一角にあるトナリ教会の門をくぐった。
「トナリ教会ベルヴィア支部へようこそお越しくださいました。本日はどのようなご用件でしょうか?」
入ってすぐ、バタバタと忙しく動いていたシスターが彼に気づいて声をかけた。
柔らかな表情をした女性で、まさに“シスター”という雰囲気の人物だ。周囲では子供たちが遊んでおり、教会内は活気に満ちている。
「院長のばーさんはいるか?そいつに用があって来たんだが。」
「マルダ院長ですか? 院長先生は……」
「あー、いやいい。詳しく言うのはアンタも辛いだろう。場所さえ教えてくれればいい。」
「は、はい。院長室にいらっしゃいます。どうぞ。」
「あいよ。」
ガルゼンは素っ気なく返し、奥へと進んだ。
院長室の扉を開けた瞬間、声が飛んできた。
「おや、アンタ、遅いんじゃないのかい?」
「……これでも急いだほうなんだが。」
そう言いながら目を向けた先にいたのは、胸の前で腕を組み、ふてぶてしい態度を取る老女。
彼女こそが、このベルヴィアにあるトナリ教会の院長──マルダ・グランナ。
年の頃は70代、口は悪いが面倒見は良い。若い頃は巡礼に出た祈り人のひとりでもあった。
「まぁいい、それよりも話がある。アンタに、ね。一緒に旅したとき言っただろ?
この鐘を鳴らせば、どんな場所に居ても私を見つけて、一つだけ願いを叶えてくれるって。」
腰にぶら下がった氷のハンドベルを示しながら、マルダは笑う。
「ああ、言ったが……あれはお前が死ぬ時に使って私を看取れって話だったろ? だから急いでここまで来たんだ。」
「はいはい、そう言ったね。でもちょいと頼みができてね。それで鳴らしたのさ。」
「そうか。なら仕方ねえ、話を聞こう。」
「んで? その手に持ってる酒とアンタに似つかわしくない花はなんだい?」
「これは……お前が死んでると思ったから、墓前に添える予定のもんだったんだがなぁ……」
「フン、私はあと20年は死なないよ。覚悟しときな。」
「はぁ……元気なばーさんだな。で、本題は?」
「ガル。アンタにはまた旅をしてもらいたい。灯台を灯す“祈り人”を守る旅だ。」
「……それはなんとなく察してたが……マジかよ。」
「別に私が行くわけじゃない。一人、馬鹿弟子がいてね。そいつの護衛を頼みたいのさ。」
「いや、そっちじゃねえ。旅そのものを、本気でやる気かと聞いてるんだ。」
「本気さ。私は何度も止めた。祈り人になるべきじゃないってね。でもあの馬鹿は聞かなかったよ。」
「……そうか。死ぬ覚悟で決めたんだな。」
「何度止めても、無駄だった。だからせめて最後まで守ってやれるように、アンタに頼むのさ。」
──
この世界では、平均して60年に一度、“崩明災”と呼ばれる大災害が起こる。
かつては百年に一度と言われていたが、今では四十年で兆しが現れることもある。
──それが、この世界の終わりの始まりだった。
“崩明災”──かつて人はそれを“天割れ”と呼んだ。
大地は裂け、海は引き、空は砕けた。誰もが、ただ見上げるしかなかった。
約千年前、この世界に突然現れた巨大な化物。
その出現によって引き起こされる災厄こそが「崩明災」と呼ばれる。
記録上では、その周期は一定しておらず、40年から70年と幅がある。
学者たちは「世界の理が歪み始めた証」と言い、教会は「信仰の薄れによる神罰」と教える。
だが、真実は誰にも分かっていない。
ただ一つ確かなのは──崩明災は、必ず来る。
人々は繰り返し対抗策を講じてきた。最も有力とされた手段が、“祈り人”による五つの灯台を巡る旅だった。
灯台は、最初の崩明災の約60年前、突如として大地から現れたとされる。
その役割や起源は不明だが、各地の伝承と記録から導かれた共通の結論があった。
「五つの灯台を灯し、その力を得た者が崩明災に対抗できる」
そして、その力を得た祈り人は、崩明災と対峙し、命を落とす。
なぜそうなるのかは分からない。
だが事実として、祈り人が帰ってきた例は一つもない。
だからこそ、祈り人になろうとする者はいない。誰も好き好んで死にに行きたくはないのだ。
だが、この世界では“痣”を持って生まれた者が、祈り人として選ばれる。
その子どもはトナリ教会によって“丁重に保護”されることになる。
祈り人に選ばれた家族には、土地や金銭が与えられ、村への支援も入る。貴族の仲間入りも夢ではない。
教会はその子どもを旅に出られる年齢まで育て、教育と訓練を施す。
その過程で“死は世界を救う名誉”であると教え込まれていく。
巡礼を果たせなかった子供の面倒も、教会が引き取る。
慈悲深い措置と言われているが──それは、生贄として使えなかった“資源”の再利用だという噂もある。
マルダ・グランナも、そうして戻った者のひとり。
旅の途中で片腕を失い、使命を果たせずに教会へ戻された。
今ではこのベルヴィアで、院長として子供たちを育てている。
「で、その弟子はどこにいるんだ?」
ガルゼンはふと思い出したように尋ねた。
「ちょっと待ちな。馬鹿弟子を呼んでくるよ。」
マルダは立ち上がると、扉を開けて叫んだ。
「セルナ! セルナはどこだい!!」
その声は、教会中に響き渡った。