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第47話:奇跡


「そもそも私は魂というものを信じていにゃいにゃ」


 ダンジョンから俺が戻った後。ダンジョンからモンスターが出現した事実に関しては世界中で議論というか説明がなされていた。そこにアルテミストの不出来については論じらえていなかったが。日本の甲級ハンター。アルテミスト。その扱いは慎重にならざるを得ず。アルテミストが肥大王を討ったが故に問題が発生したという事実は封じ込められ。アルテミストは世界中に発生したモンスターをほぼ一人で討伐した英雄になっていた。やっていることはマッチポンプなのだが。俺だって肥大王が終天魔術を行使するなんて思っていなかったから責任は無いと思うのよ。


 で、そんな俺を連れてリインは病院を歩いていた。ダンジョンでの問題が解決した後。俺が融通したグレイトドラゴンのエーテルプリズム。それによってリインは廃課金を卒業したらしい。そもそも廃課金というのも詐称だったらしい。彼女には助けたい人がいて。その人物を救うために必要な金銭を集めていたという。だからって廃課金が肯定されるわけでもないのだが。


「パソコンと一緒にゃ。壊れた箇所を修理すれば、失われた機能は復帰する」


「まぁなぁ」


 俺もその意見には賛成だ。そもそも魂なるものが有って、それがマテリアルの人間を動かしているのなら生物は脳を壊されても死ぬことは無い。単純に生物の死が不可逆であるのは細胞生物というシステムの複雑さに現代医学が追いついていない弊害だ。生物のシステムへの理解が十全で、それを維持する技術があれば、医学技術による不老不死も不可能ではない……と俺は思う。まぁ俺のイモータルとは別の意味で難しいのだろうが。


「で、何をどうするんだ」


 国立ハンター学院の病棟。そこに眠っている一人の少女を、俺は全く知らないのだが。


 金色に反射する黒髪の美少女。それが病室のベッドに寝ていた。すやすやと……というには呼吸をしていない。では彼女は死んでいるのか……と聞かれるとそれも違うような気もする。


「だからどれだけ死んでも。パーツを十全に修理して機動させれば人間だって蘇る」


「それは物理主義の信念でもあるよな」


 だいたい話は分かった。リインはこのベッドに寝ている死者。本来であれば火葬するのが妥当な死体を、停止魔術で保管して。それから回復魔術で十全に修理して生き返らせることを目的としていたわけだ。そのためには莫大な金が必要になる。百億。二百億。いやいや五百億は必要だろう。


「ウィンディーズ王道魔術の水属性究極魔術は知っているにゃ?」


無尽強化アンリミテッドブーストだろ?」


 アンリミテッドブースト


「そう。あらゆる魔術を二重詠唱して際限なく魔術の威力を高める水属性究極魔術。もしも……もしもそれで回復魔術を強化したら死者だって生き返ると思わにゃい?」


「さぁ。どうだろな?」


 この世に魂はない。だが何か非線形で存在するパターンはある。であれば肉体を回復させたとて生き返る保証はないのだが。それでもリインが日向クレナイを心の底から大事に思っていて、その死者蘇生を行うのに何の躊躇もないというのも悟れる。で、今までどこに貯めていたのか。廃課金と自称していたリインはダンジョン攻略に使う必要経費とは別に、少しずつ貯金して別のトリセツに魔法のカードをチャージした分割財産を持っているらしい。チャージされた暗号資産は五百億。それは先のグレイトドラゴンのエーテルプリズムも加味されているのだろう。


 そして病室に付く。一人の女子が眠っていた。一応聞いている。丙級ハンター日向クレナイ。リインにとって一番大切な女の子で、リインの廃課金は全てこのためにあった。


 眠り姫の日向クレナイは起き上がる気配もなく。胸に穴が開いていた。肺を欠損しているのだろう。普通であれば死んでいる。それを停止の魔術で冷凍保存をしていたのだ。


 だから死ぬ直前。まだ間に合っている。はず。


 リインはギリギリ死んでいない日向クレナイを蘇生するために五百億円をコツコツと稼いできたのだから。


「で、だからこその廃課金」


「そういうわけだにゃ」


 そしてリインは五百億チャージしたトリセツに声紋認証で呪文を唱える。


「生き返って。クレナイちゃん!」


 それは願い。例えようもなく認めることのできない否認。防衛機制ではどうしても妥当とも言える悪夢。


「――我は神秘に希う――」


 リミッター解除。そうして回復系魔術をリインはクレナイに行使する。


「――治癒強化ヒーリング――無尽強化アンリミテッドブースト――」


 治癒強化は普遍的にある水系魔術だ。大体怪我を治すことに向いている。だがその後に歌った無尽強化。あれは数百億を持っていく。あらゆる魔術をほぼ超倍に増幅するバフ魔術。治癒とバフによって極限まで取り扱われたその魔術は、なんの欠損もなく日向クレナイの肉体を修復した。貫かれた肺は普通に戻ったし、流れ落ちた血液も補填された。今ベッドで寝ている日向クレナイは、そのポテンシャルで言えば健康志向の人間よりよほど健康だろう。


 だが血が巡っていない。瞳は何も映していない。脳も機能していないし神経も沈黙を貫いている。


 ――つまり最初から死んでいる。


 生きている内に臓器移植でも出来ればよかったのだがダンジョンでは不可能で。死んだ後のクレナイを停止魔術で保存して、その後に金を集めて蘇生させる。その意気やよし。だが根本的に死んだ人間は生き返らない。俺はそれをタナトススイッチと呼んでいる。いわゆる生きるにあたって起動スイッチが今の日向クレナイには足りない。今は完全に全快してそこらの若者より健康的な身体を手に入れているが、断言できる。このまま目を覚まさずただ腐っていくだけの肉の塊でしかない。


「わ、わ、分かっていたけど……にゃ」


 ボロボロとリインは涙を流す。心のどこかで察していた。死者が生き返るわけもない。そんな当たり前を。その現実を見ないふりして血を吐くように廃課金で金を集めた。今出た結果は覚悟していて、けれども覚悟の総量を超えている。


 クレナイが死んでいることに肯定はしなかった。たとえもうクレナイが死んでいて不可逆の状況まで足を踏み入っているとして。それでも生き返らせることが出来るはず。そうじゃなきゃおかしい。魂なんて存在しないんだから肉体を不備なく治癒すれば修理したコンピューターのように再起動するはず。その儚い願いで今まで廃課金をしてきたのだ。


 けれど現実は残酷で。死んだ者は死んだ者。生き返るはずもなく。


 わかっていた。わかっていたのだ。魔術でも死の不可逆性は覆せない。でも、リインには他に縋るものもなく。自分がお金を集めてクレナイを生き返らせる以外の人生目標は立てられなかった。だから後に残ったのは絶望で。無理だったという結果だけが残った。どっちにしろ助からなかったのだ。クレナイの死も。リインの矜持も。願いも。希望も。楽観論も。


「はあ」


 だからマジナは嘆息した。


「そういうことは早く言え」














「…………………………………………………………………………マジナ?」










 スッと死体となっているクレナイの青白い頬に手を添えて、呪文を唱える。


「――生活命寿――」


 ミステリアルからダウンロードした魔法関数。それは完全に修理された死体のクレナイに命の息吹を吹き込む。別の例えを用いるなら、完全に修理されたパソコンの電源ボタンをポチッと押したとも言える。そうしてクレナイは目を開いた。最初にその双眸に映ったのは。


「…………リ……イン?」


「ッ」


 いつまでも待っていた。クレナイがまたリインと呼んでくれることをもう二年ほど待っていた。実はすでに手遅れで、もうクレナイは死んでおり、魔術でもどうしようもないとリインの理性は理解していた。けれど世界はそれよりも少しだけ優しく。意識を取り戻したクレナイにリインは抱き着く。


「う……わぁ……わぁぁあああああぁぁぁッッッ!」


 こうしてリインの一番大切な人はマテリアルで生き返ったのだった。


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