第46話:甲級
「マジナ……?」
その名を呼ばれることに不可解を感じる。一応仮面をつけているのだが俺がマジナだとあっさりとバレているらしい。実は甲級であると肯定はしているが、もしかして俺って結構バレていたり?
「なんで……ここに……?」
何でと言われてもな。
「リインを助けに来た……では足りないか?」
「ダンジョンは?」
「潜っているぞ」
その上でここにいるのだ。
「ゴメン。ちょっと意味わかんにゃい」
「単に此処にいるだけで。ついでにダンジョンにもいるってだけなんだが……」
過去にあり得ただろう御影マジナの可能性。
未来にあり得るだろう御影マジナの可能性。
それらの可能性の重ね合わせを、惑星規模で完遂している……とでもいうのか。
「グルァアアアアァァッ!」
もちろん俺が来ても状況が無条件で解決するわけでもない。俺とリイン。ついでにそれらが後背に陣取っている病院。これらをすべて守るには真っ向から受けとめるしかない。グレイトドラゴンのブレスが俺を襲う。まぁモンスターに反省を促すのも非生産的ではあるのだが。
「――反逆弾拒――」
二度目のブレスを違えようもなく反射させる。まるで光を鏡面にぶつけた様に、俺に接触したブレスが跳ね返ってグレイトドラゴンを焼く。
「?」
俺は人差し指を伸ばしてこめかみの辺りで何度も円を描く。
つまり「理解しているか?」だ。
「ぐ……るぅぅう」
相手も意識体が実存している存在だ。獣と同程度には学習能力も持っているだろう。つまりむやみやたらにブレスを吐いても、今ここにいる人間は痛痒を覚えない。そのまま戦っても勝ち目は削れていくだけ。ではどうするか。となると物理攻撃しかないのだが。そもそも今のグレイトドラゴンがマテリアルに存在しているのは端的に言ってミステリアルの反転装甲を纏っているから。こっちの物理攻撃を完封するが、同時に相手の情報打撃も通じない。ドラゴンブレスはミステリアルからマテリアルを改竄して放たれているから、物理法則に通用するのだ。
「とはいえだ」
その事情を検見して。その上で俺が理解者のフリをすることもないのだが。
「ぐるぁ……ぁあああぁぁ!」
それでも現状では可能性を試すしかないのだろう。こっちに向かって振るわれる尻尾。巨体に相応しい攻撃的な水平のソレを、俺は片手で受け止める。まぁ基本的に俺にしか通用しないので、受け止める必要もないのだが。その尻尾の表面を握力だけで握って、俺はグレイトドラゴンを持ち上げる。相手が情報体であるから、地面に立っているのもあくまで接触判定によるのだが。逆に言えば攻撃したという事実さえあれば、剣を振っていなくても剣を振ったことになるのが情報だ。
「ひゅ!」
鞭でも振るように、ドラゴンの尻尾の一部を掴んで持ち上げ、そのまま地面に叩きつける。爬虫類っぽい悲鳴を上げて苦しむドラゴン。ドラゴンと間合いを詰めて、その頭部を俺は蹴りつける。
「触れているにゃ?」
まぁ今の俺ならな。
「ぐるぁ!」
その俺に噛みつこうとするドラゴン。俺は魔法関数をダウンロードする。
「――死弑戮殺――」
特に副次的な効果もなく。ただ相手が死ぬだけの魔術。何の生産性もない。俺の忌避する魔術だ。具現するだけで俺の肺から悪寒に似たマイナス感情が溢れ出して、行使した俺自身が嫌悪してしまう。だがリインにとっては有益だったようで。ホケーッと俺の魔術を見て、その効果を認識しつつ、けれども感嘆としている。
「ふにゃー。マジナって規格外だにゃ」
「褒めても何も出んぞ」
「食費も?」
それを俺に言いますか?
「ていうか。此処だけじゃなくて巨大化したコボルトとかゴブリンがダンジョンから!」
「ああ。そっちは終わってる」
「……えー」
嘘じゃないぞ。
「どうやってって聞いていい?」
「影分身の術だ」
正確には確率情報を並列させて俺を複数具現しているだけだが。
「ちなみに俺のことは秘密だからな」
「ヒーローなのに?」
「御影マジナはひっそり生きたいのです」
俺にも生きる目的はあるが、それについてまで此処で論舌することもない。
「欧州もアジアも米大陸も終わったし。とりあえずは問題なしだな」
「あのー。それってつまり世界を救ったってことにゃ?」
いや。協会の方針とはいえ、そもそも引き金を引いたのは俺だ。俺にしてみれば責任問題にならないための手段でしかない。肥大王の終天魔術を引き出してしまったのは間違いなく俺だから。責任というか。自分の尻を自分で拭いているだけだ。
「にゃー。ややこしいにゃ」
「じゃ、俺はこんなところで」
後は若い者だけで。
「エーテルプリズムは?」
死亡したグレイトドラゴンから生まれるエーテルプリズム。だが、そもそも俺に所有権は存在せず。
「適当に換金してくれ。俺は関知しない」
「え? でも百億とかそのレベルだにゃ?」
「どうせ課金するんだろ?」
「ま、まぁ。それはそうにゃけど……」
「家賃くらいは払ってくれると、俺としては嬉しい」
「じゃあまたピンクロリータのメイド服で待ってるにゃ」
「お前ならそう言うと思ったよ」
まさに平常運転。
「本当にエーテルプリズムはいいのにゃ?」
「なんにせよ、今ここで所有権を主張しても空しいしな」
「それってどういう?」
「ああ、時間だ」
そうして今ここにいる「リインを助けた御影マジナ」が、情報解体されて消えていく。維持するエネルギーが解放されて、俺という可能性が実体に収束していくのだ。
「ふう……」
で、その俺の本体は未だにダンジョンの浅層にいて。世界を救いはしたのだが、それによって議論される詮索については思考するのも躊躇われ。まぁ甲級ハンターことアルテミストは引退しているので、政治的責任については政治家でどうにかするだろう。肥大王の排除が必要であることも事実で。そのミッションを実行したのが批判を呼ぶというのなら、それはもはや俺の管轄を超える。
で、まぁオチはあって。
「いってぇぇええええぇぇ!」
惑星そのものに自分を展開した俺は、例えるなら神経を露出させたようなもので。不快という言葉では説明の追いつかない痛覚を感じて、ダンジョンの内部で悶え苦しんだ。




