第44話:リインの過去
それは誰でも忘れていた過去のこと。
「むー。お願いします。神様……」
ハンター協会の本部でのこと。丁級ハンターの資格試験を受けたリインは、結果発表を神に祈っていた。常日頃から神に感謝することは無かったが、こういう時は神仏に祈りたくもなる。それは誰しも思うところだろう。溺れる者は藁をもつかむ……というか。
そして結果発表。
「や……やった」
リインはハンター学院の中等部でありながら、ハンター試験に合格したのだ。
「やったー!」
その偉業を、理解していないハンター志望者はいないだろう。一般的にハンター試験の合格者はどれだけ若くても高等部からだ。
天寺リイン。
天寺財閥の令嬢として生まれた彼女は人生の中で困難に当たったことはそんなに無い。だから自分でも成し得ないことに憧れた。ハンターはその中でも普遍的な職業だった。成ろうと思って成れるものでもない。それに協会は厳正なので裏口もない。だから挑むに足る試験だと思っていたのだが、こうやって合格している。これでリインも今日からハンターだ。ダンジョン攻略のライブ配信とかしてチヤホヤされるのだ。
「はー。よかった」
その隣で疲れたような声が聞こえた。同じ合格者だろうか? そう思ってそっちを見ると、可憐な少女がいた。どう考えても年上だがリインと隔絶した歳ではない。おそらく高等部程度。どれだけロリ属性でも大学部には届いていないだろう。たまに小学生に見える大学生もいるとは聞くが。
その彼女もリインを見ていた。
「もしかして合格者?」
そう聞いてくる。
「はい! 丁級ですにゃ!」
「はー。その歳で。凄いね」
「そういうそっちは?」
「丙級だよ。高等部の内に取りたいって思っていたから何とか安堵している感じ」
「丙級……すごいですね」
実際に凄い。丙級のハンター試験はかなり無理だとリインも聞いている。実際に模擬試験を受けたこともあるが、筆記も実技もレベルが違っていた。コレは無理かも……と思ったことは記憶に新しい。
「いや。稼ぎたくてさ。丁級だと二割しか金銭得られないから」
それは確かに。とリインも思う。
「じゃあ丁級を連れてダンジョン攻略できますね」
「あ、私、日向クレナイっていうだけど。お点前は?」
「天寺リインっていうんだにゃ」
「天寺って……」
「まぁ。そのう」
古流財閥の天寺だ。とはいえリインは財閥の政治力は借りていないのだが。
「知ってる知ってる。ハンター協会が屈するとは思ってないから」
リインは丁級ハンター合格。
クレナイは丙級ハンター合格。
なので打ち上げに向かった。二人とも合格して、試験場で一緒になったことが偶然だったのか。二人は意気投合した。
「じゃあリイン。私と一緒にダンジョンに潜る?」
クレナイは丙級ハンターなので別のハンターとパーティを組めばダンジョンに潜れる。だがリインは丁級なので最低パーティに一人は丙級ハンターを必要とする。だから丙級ハンターであるクレナイの申し出は有難かったが。
「アンドロギュノスはどうするの?」
男女で契約する強化魔術。それによって得られるポテンシャルはとてもではないが否定できない。
「適当に余っている男性ハンターを捕まえればいいでしょ。私は別に構わないけど?」
そうクレナイは言った。
たしかに女性ハンターは少ないから、女性の丙級ハンターは重宝されるだろう。男どもが群がってもおかしくないと言える。
「辛いわー。男に言い寄られる私辛いわー」
まぁそこはツッコまないとして。
「私も一緒していいの?」
リインはそれを問う。
「せっかく同じ女性ハンターなんだから仲良くしたいじゃん?」
それはリインの側にも言えることだった。リインも男どもに囲まれるという意味で、少しだけ不安は持っていたのだ。
「だからね。一緒にダンジョン攻略しよう?」
そして二人はダンジョンに潜った。そこからは水が低きに流れるがごとく。
「くれ……ッ! クレナイ……!」
イケイケでダンジョンを攻略して、そのドツボにハマったパーティは崩壊していた。リインとクレナイ。それから一人の男性ハンターでパーティを組んだ。だがその男性ハンターは危機と見るや迷うことなく逃げ出していた。今、モンスターに殺されているクレナイをリインはどう見ているのか。ソレだけがリインの意識だった。
「死……死な……死なにゃいで……クレナイ」
「あぁ……ゲホッ」
モンスターに肺を貫かれて、咳込んで吐血するクレナイ。
「あ、もうヤバい。私は此処で死ぬから」
せめてリインだけでも逃げて。そう語るクレナイ。
「嫌だにゃ……クレナイ。……死なにゃいで」
「あー。もう無理。大丈夫。リインだったらもっと素敵な人をデミロマンスに出来るよ」
「嫌だ……ッ! クレナイ以外は嫌だ!」
「嬉しい……こと……言ってくれるね」
このままクレナイは死ぬ。そうと知って、けれどリインは何もできない。
「お願い。死なにゃいで……」
「ああ。無理。もう身体が寒い。このまま死ぬのか。嫌だな。もっと稼いで。リインにご飯奢って。一緒にダンジョンを攻略したかった……」
けれどそれも叶わない。肉体の稼働限界を超える。そうしてクレナイは死に至る。
「させない」
しかしリインはその事に頷かない。彼女を蘇生する方法はあるはずと。その可能性を放棄しない。
「――停止――」
だから死ぬ寸前のクレナイを時間停止によって保護する。
ああ。わかった。彼女を蘇生するには異常なまでの魔法関数のロイヤリティが必要なのだろう。
であれば、それを支払ってしんぜよう。
何十億でも何百億でも持っていけばいい。たとえ兆を超えるロイヤリティであろうと、リインはそれを支払う覚悟をした。クレナイを蘇生できるのであれば、金銭など例えるまでもない。いくら払ってでもクレナイを取り戻す。そのためには金が必要だ。それも億だの兆だのという金が。
「待っててね。クレナイ。貴方を蘇生して差し上げる」
そのためには丙級ハンターになるしかない。あるいは乙級ハンターか。そうして究極魔術を課金で行使できるポテンシャルが求められる。
そのためにはライブ配信だってする。一円でも多く稼がねばならない。廃課金を偽って、ダンジョンの報酬を魔法のカードに変える。そうして百億、五百億の暗号資産を手に入れる。全てはクレナイの蘇生をするために。表向き廃課金であることをリインも否定しない。だがその根幹にはクレナイを蘇生するための資金繰りがある。
マジナに怒られるのも当然だ。リインはそもそもクレナイを助けるために廃課金をしているのだから。それ以外は特に抗弁することでもない。リインはクレナイさえ無事息災でいてくれれば、それ以上を求めない。だから生き返って。クレナイ。私はあなたを愛しているから。




