第43話:神秘羽化《エマージェンシー》
リインのスマホがエマージェンシーを展開した。
「ッ?」
その日。世界が震撼した。理論上あり得ないとされるダンジョンからのモンスター流出。地球の各所にあるリンクポイントから湧き出るようにモンスターが現れたのだ。それは一瞬で国家に危機意識を誘発させ、そうしてハンター全員に緊急連絡が入った。
現れたモンスターは浅層のモンスター。だがその巨体はとてもではないが浅層のモンスターというには大きかった。ゴブリン。スライム。コボルト。アーマーサウルス。エトセトラ。それらハンターには脅威と言えないモンスターが、だが巨大化してマテリアルに攻め入ってきたのだ。
「ぐあああああ!」
「がふうううう!」
「ぶるうううう!」
もはやその様は大怪獣総進撃とも呼べるもので、なおかつモンスターは反転装甲を纏っているので物理攻撃は一切効かない。だがミステリアル側のものはある一定の攻撃は通用するようだった。つまり軍隊では相手にならない。軍隊にも魔術は導入されているが、やはりそこはハンターに一家言ある。
幸運だったのはダンジョンの入り口はほぼハンターが常駐していたことだろう。対応は速やかに行われていた。
だがそれでもモンスターの総進撃は容易に止められず。蹴散らされていくハンター。各国が肥大王の排除のために高位ハンターはダンジョンに潜っている。それも痛かった。つまり低位のハンターだけで対処せねばならないのだ。
「――水流刺突――」
巨大化したコボルトの脳を水の槍で貫いて、くっと呻くリイン。何が起きているのかは彼女にもわからない。だが何故かモンスターがマテリアル側に流出しているのは誤魔化しようがない事実だ。ソレが何に起因するかはわからないとしても。
「とにかくダンジョン入り口で足止めを……ッ!」
他のハンターも加勢に来ている。そうして数の力で対抗しているが戦況は芳しくない。
「――水流刺突――」
さすがに街中で炎系の魔術は使えない。なので水流刺突で一体一体削っていく。これらのモンスターは何故か物理攻撃を完封する。だが魔術に関しては問題なく通用するらしい。魔剣も効果の有るものと無いものがあるらしい。通用しないハンターは後ろに下がってもらって。通用するハンターだけで陣を組む。
「日本のハンターの意地を見せてやれ!」
リーダー格の男が魔剣でモンスターの群れを指してそう言う。
「「「「「おおっ!」」」」」
それに応えてハンターが威勢よく吠えた。だがそれでも肥大化したモンスターの群れが根性でどうにかなるはずもなく。理性を失っているかのようなモンスターの群れがリインにとってはかなりマズい方向へ進行していた。
病院。
彼女がいる病院。
「ダメェ!」
だからリインは進撃するモンスターを追いかけた。あの病院には大切な彼女がいた。だからそこを襲わせることだけはどうしても許せない。
「――疾駆――加速――」
二重詠唱。そうして速度を得たリインは超加速によって病院までたどり着く。そしてモンスターを待ち受ける。暴走しているのか。それとも病院に何か思うことでもあるのか。病院にむかって進撃してくるモンスター。それを真正面からリインは迎撃する。
「――神雷――」
轟く雷鳴。白く染まる視界。猛烈な雷撃が、モンスターを襲う。そうして倒れるモンスター。だが次から次へとモンスターは襲い来る。
「――終末――」
そのモンスターに決戦魔術を解放する。金はかかるが、今はこれが一番いい。だがダンジョンの悪辣さはこんなものではなかった。
「グレイトドラゴン……」
以前マジナとウツロと一緒に倒したドラゴンバレーの階層主。あの悪夢がよみがえる。
「逃げろ! 天寺リイン」
ハンターがそう撤退を促す。が、リインにしてみれば冗談ではない。ここには見捨てることのできない大切な人がいるのだ。
「がああああ!」
「――竜王吐息――」
グレイトドラゴンのブレスとリインのドラゴニックバレルがぶつかり合う。威力は互角。それは過去にもわかっていたこと。とはいえ、今のリインには決定力がない。そろそろ暗号資産も尽きる。そもそも彼女は本来然程金を持っていない。廃課金と自称しているが。実際に廃課金だが。それには切実な理由があった。
「がああああ!」
さらに放たれるブレス。
「――障壁防御――属性強化――」
それを防御魔術で防ぐ。ミシミシィと障壁が悲鳴を上げる。それほどまでにドラゴンのブレスとは業が深い。
「くっ」
だが引くわけにはいかないのだ。この病院には守るべき人がいる。彼女が幸せにならないうちは、リインは死ぬわけにはいかなくて。
ズガアァァンッッッ!
ついに上限を突破し、リインは無様に吹き飛ばされた。
「あ……ぐ……」
何をされたのか。わかっている。グレイトドラゴンのブレスが自分の防御を上回ったのだ。そうと知っていても、納得はまた別感情。この程度で負ける自分が腹立たしい。
「あ……ぁ……」
それでも。圧倒的な現実はココにある。彼女にとって此処は一歩も引けない決戦地。
「ぐ……む」
魔術の展開。それ以上を考えるな。
最後のこの病院が残っていれば、リイン自身はそれでいい!
それでも容赦なく襲い来るドラゴンブレス。
荷電粒子が加速され、そうして亜光速で放たれるビームとでもいうのか。そもそもドラゴンは何処でビームを捻出しているのか。そこはまぁツッコミが野暮というわけだが。
「――障壁防御――属性強化――」
それに対しリインは防御魔術の展開。このままではジリ貧と分かっていながら、それでも立ちふさがる。リインの背中には、ここには守るべき人がいる。
「がああああ!」
「ぐ……う……」
そうして神秘と神秘がぶつかり合う。この防御魔術の展開が終わったら一撃で決着をつけてやる。その腹積もりでリインは防御魔術を維持していた。反撃のタイミングになった瞬間全てを込める。だが反撃の瞬間は来なかった。
ベキ……メキ……と防御障壁にひびが入る。このまま障壁が崩壊すれば、あとは紙切れの如く吹き散らされるだろう。それでリインは終わり。骨も残らずこの世から消え去る。
他のハンターはダンジョンの入り口でモンスターの対処。そもそも病院まで援護に行っているのがリインしかいないのだからそれも必然だ。今は世界中が進撃してきたモンスターの対応で大わらわなのだろう。でも。それでも。
「クレナイ……にゃん」
もしこれが最後なら、最後に呼ぶのは彼女の名前がいい。
守れなくてゴメン。
弱くてゴメン。
頼りなくてゴメン。
でも、あなたのことが大好きです。
そうして魔術障壁がドラゴンブレスの圧力によって割れる。




