第41話:反転装甲
「……っ……ガッ!」
属性強化された神雷が、そのまま俺を襲う。神経細胞が焼かれて、一瞬意識が飛んだ。
「アルテミスト様!」
ズタボロに焼かれて、そのままダウン。悲鳴を上げたチャイムが俺に駆け寄ってくる。
「大丈夫デスか!」
「あ? あー?」
何を言われているのか。ちょっと理解できなかった。自分が自分であるというアイデンティティがすでに崩壊寸前だ。脳まで焼かれたのだろう。正直今生きているのは、俺が不老不死であるからで、それ以上ではない。
「ていうか」
足も凍っている。
「ぐ……」
このままでは戦闘にならん。
「逃……げ……ろ」
「アルテミスト様は?」
「大丈夫だ。不死だから」
俺がハンターとして甲級の地位にいるのは、どうあっても死ねないからで。つまりダンジョンがどれだけ悪辣だろうと、俺は生きて帰ってこれる人材なのだ。
「――竜王吐息――」
さらに肥大王の魔術が飛ぶ。俺はとっさの判断でチャイムを突き飛ばした。こっちに向けられた極太ビームが、俺を焼いて収束する。もはや今の俺は見るに堪えない姿なのだろう。正直コレで甲級かと言われると反論のしようもないが。
「とりあえず……足は……溶けたな……」
凍っている方がマズかった。火傷は再生すれば終わるが、凍っているとデバフを維持されているようで厄介なのだ。再生能力とは別のところにあるからな。凍結は。
「――斬切分断――」
俺は斬撃を飛ばす。
「――相対固定――」
それを防御呪文で防ぐ肥大王。
「こっちの物理攻撃が通用しなくて。魔術は回避か防御……ってーなると」
ああ。いかん。頭が働かない。意識は浮上しているが、俺の再生能力は決して早くない。死なないことだけは肯定できるが、それで万事良しとはいかないのだ。
「はぁ!」
で、チャイムが魔剣を振るって肥大王に襲い掛かる。だが、それはすり抜けるように肥大王が無効化する。相手がまるでそこに存在していないような。水や立体映像を切っているような感覚。
「無謀」
で、さっきから存在はしていたのだが、今まで目立った活躍をしていなかったメテオールが不定形の肉体を伸ばして拘束しようとする。それを肥大王は回避する。ほぼ同時に金属になったメテオールの触手が肥大王を切り裂かんと襲うが、そっちはスルー。というか透過している。
「不明」
さすがにメテオールも意味不明なのだろう。俺もあんまり理解はしていないが。
「理屈。説明」
で、俺の傍に寄っているメテオールが俺に聞いてくる。相変わらず熟語でしか話さないので、今の俺の脳機能では会話の成立が甚だ難しい。
「物理攻撃が効かないってことは、つまり相手がミステリアル側の存在である証拠だ」
オーバリストと呼ばれるミステリアル側の存在は、一見人間に見えるが、その根幹は情報によって構築された意識体。言ってしまえば幽霊のようなものだ。俺は魂論には否定的だが、情報が独立するということまで否定しない。今の状況を例えるなら情報で構築されているミステリアルを物理で攻撃するのは、テレビゲームの敵キャラを物理攻撃で倒そうとする暴挙に近い。つまりミステリアルの側に立って、そのシステムアシスト上の攻撃をしなければ、そもそも成立しないのだ。その上で、現状を確認する。
ここはダンジョン。つまりマテリアルとミステリアルが混合する次元の特異点。
つまりここでは空想は現実になり、現実もまた空想になる。その互いにセマンティックが成立しているのがダンジョンだ。その上で肥大王がミステリアルの法則を用いているとなれば。
「なるほど。梵我反転か」
俺は高温のビームに焼かれている肉体を修復しながら、そう結論する。
「ぼんがはんてん?」
「不明」
無論だがチャイムやメテオールが知るはずもない。
「何デスそれ?」
「説明要求」
「なんというべきか。魔術の究極系っていうのか」
何とか意識が戻ってきたが、肉体の再生はそこに追従しない。まず神経を修復しているのだろう。
「梵我って知ってるか?」
「ブラフマンとアートマン……デスよね?」
「そ。つまり世界と自己。認知する広がる世界と、確認する内に沈む世界。自分がいなければ世界は確認できないけど、世界を認知できないと自分はそこに存在できない。この自我と外界を成立させているのが梵我って呼ばれる概念で、魔術の究極である梵我反転はこれを逆転させる」
「えーと?」
「固有結界とか領域展開みたいなもんだ。アートマンとブラフマンをそっくり入れ替える。つまり世界と自分とを逆転させる。これを梵我反転と呼ぶ。で、その応用で使われる反転装甲っていう技術が、多分肥大王の根幹」
「それは?」
「難解」
「いわゆる体内に制限されているアートマンを自分の肉体を包む程度にブラフマンに展開する。つまり自己内海を服を纏うように皮膚の表面まで展開する技術。これによって自分だけをアートマンの世界におくことができる」
「理屈は分かるデスけど、それで?」
「つまりだ。肥大王は反転装甲によって今自分だけ神秘世界の状況に身を置いている。だから物理攻撃は通じない。物理世界の常識は、その悉くが神秘世界には適応されない。パーセンテージ的に情報攻撃……つまり理論武装じゃないと通用しないわけだ。だから蹴りや殴りなどの物理攻撃は全部スルーされるし、魔剣による攻撃も確率上はほぼ無効化。魔術はミステリアル側の攻撃だから通用するが、それも防御と回避で対処されているっていうのが現在の状況」
「えーと。じゃあどうすればいいのデス?」
理屈そのものは簡単だ。
「情報百パーセントの攻撃を加えればいい」
それだけ。一般的に理論武装と呼ばれる攻撃だ。魔術の中でも情報に偏った攻撃をそう呼ぶのだが。それもここでは中々。もう一つ方法はある。こっちも梵我反転を展開すればいい。お互いが自分に強制したルールの中でなら互角に戦える。
「ただそうはさせてくれないだろうな」
仮に俺が肥大王なら、もう此処で決着を付ける。
「――唯神誅伐――」
ほらな。
ブオンッと鈍い羽音のような音がして、大空から魔法陣が展開。その魔法陣がエンジンのように回転して、俺たちを狙う。はぁ。骨が折れる。
「――別離隔乖――」
大体修復した意識の中で、俺は魔術を行使する。
「逃げてくださいアルテミスト様!」
「お前がな」
そうして衛星爆撃にも等しい空からの高熱の炎が降り注ぐ。それは一瞬で地上を灰燼に帰し、俺という存在を終わらせた。




